2026-01-28

自裁を考えるに至る論理

小学校時代中学時代、高等時代あらゆることがうまくいかない

例として、小学校一年からやっていたスポーツがあったが、中学部活で「中学1年から始めた運動神経の良い同級生」と「小学校時代から名を馳せていた2個下の後輩」に追い抜かれ中学最後総体レギュラー落ち

上記のようなことが部活だけではない

受験期に自分無能であることを自覚し、数学理科を捨てて英語国語世界史に注力

私立ではあるもの都内難関大学に進学

無能の癖に大学名によりプライドが育つ

アルバイトでも無能ぶりを発揮

面接研修ではウケが良いものの徐々にメッキが剥がれ最終的にはクビになるか、無能扱いされて立場がなくなり辞める

一発逆転をはかり新卒でフルコミ保険営業に入り、当然うまくいかメンタル身体ボロボロになり退職

地元に帰り政令指定都市市役所職員となる

最初は順調だったものの、徐々に仕事を溜めたり、単純なミスを繰り返し信頼を失う

役所で居場所を失う

役所は確かに相当なことをしなければ職を失うことはないが、無能に対する当たりは強いし扱いは前職やバイト先よりもひどい

これまでの経験上、役所を辞めたとて働ける場所がない

とりあえず当座働く先はたくさんあるだろうが、今の職場社会保険共済)や年金の支払い、老後の再雇用を考えると今の仕事をやり続けるしかない

あと30年間今の信頼も居場所もない職場で腫れ物扱いされなければならない

選択肢が「辛さから逃げて人生を捨てる」か「安泰な人生のために30年間苦しみ続ける」しかない

そんな人生を生き続ける意味はあるのだろうかと苦悶

自裁するしかないのではないか

友人に林業をすすめられたこから藁にもすがる思いで認定事業体になってる林業事業者を探したが、都合よく求人出してるとこなんかないし、借金こさえて農家になってみたところでこれまでの人生経験上確実に失敗する

自分は今の職場で陰口や嘲笑に耐えながら30年生き続けるしかない

なぜなら無能から

それなのにそれが辛い

受け入れられない

どこかに自分が生きられる場所があるのではないかと思案するもそんな所はどこにもない

地球は、人類は、限られた資源能力を使って奪い合う修羅惑星

そんな惑星能力のない人間は生きられない

それでもここは日本

馬鹿にされて笑われて時には無視されて

そんなことを耐えるだけで今日の衣食住には困らない

それなのに耐えられないかもしれない

辛い

自裁するしかないのではないか

思うのです

記事への反応(ブックマークコメント)

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん