かつての日本では、結婚それ自体に制度的なベネフィットがかなり内蔵されていた。会社員の妻として扶養に入れば、第3号被保険者制度によって自分で保険料を前面で負担しなくても基礎年金の権利を持ちやすく、配偶者控除なども含めて、結婚は生活保障と老後保障を得るための現実的な装置として機能していた。 さらに、男性正社員の長期安定雇用を前提に、夫が大黒柱となる家族モデルが広く成立していたため、女性にとって結婚は、個々の夫の性格や能力以前に、制度と雇用慣行によって一定の利益が担保された仕組みでもあった。当時の女性が結婚するために必死になっていたのも、少し考えれば当然のことであった。
しかし1990年代後半以降、この前提は大きく変わった。共働き世帯は専業主婦世帯を上回る状態が長く続き、短時間労働者への社会保険適用拡大などを通じて、専業主婦・扶養内就労を優遇する仕組みは縮小方向にある。 その結果、昔のように「結婚すれば制度的に得をしやすい」という構造は弱まり、結婚の損得は、制度が自動的に補ってくれるものではなくなった。
そうなると、女性にとって結婚がベネフィットになるか、むしろコストが上回るかは、夫となる男性の資質に強く左右される。十分な収入を安定して得る力があるか、家事や育児を分担する意思と実行力があるか、情緒的に安定していて配偶者の負担を増やさないか、相手の就業継続や資産形成を妨げず、むしろ支えられるか――こうした条件を満たす男性であれば、結婚は女性の生活水準と安心感を押し上げ、QOLの上昇に直結しうる。 逆に、収入が不安定で、家事育児にも消極的で、妻のキャリア形成にも非協力的な男性であれば、現代の結婚は制度的な下支えが弱いぶん、女性にとって経済的・時間的・心理的負担の大きい契約になりやすい。
この意味で、現代の結婚市場では「結婚そのもの」よりも「誰と結婚するか」の比重が以前よりはるかに大きい。社会保険や扶養優遇が厚かった時代には、平均的な男性と結婚しても制度が一定の利益を補完してくれたが、その補完が薄れるほど、女性のQOLを実際に引き上げられる男性、すなわち経済力・協働力・人格的安定性を備えた男性ほど人気が集まりやすくなる。 現代で選ばれる男性とは、女性の可処分時間、可処分所得、精神的安定を増やせる男だと言える。
| 項目 | 昭和後期までの主担当 | 1990年代以降の移行 | 2020年代の主担当 |
|---|---|---|---|
| 防犯・対外防衛 | 夫や父兄が守る | 警察・相談窓口へ公的化が進行 | 公的機関が中心、自衛は本人補完、夫依存は縮小 |
| 稼得・生活費 | 夫が大黒柱 | パートレベルの共働き化で本人就業が拡大 | 生活費折半とペアローンで本人補完 |
| 老後保障・医療保険 | 夫経由の扶養優遇が大きい | 第3号被保険者を残しつつ個人加入へ誘導 | 本人就業による加入が重要化、公的機関の個人単位化が進行 |
| 家事・育児 | すべて妻が担当 | 保育整備・育休制度が徐々に新設 | 家事は本人負担が重く、育児は保育園等の公的機関が一部補完 |
| 生活困窮時の安全網 | 夫や親族への依存が相対的に大きい | 生活保護や母子福祉が制度化・一般化 | 公的機関が最後の支え、本人就業が第一選択 |
| 離脱・再出発支援 | 夫婦関係からの離脱コストが高い(ほぼ離婚できない) | DV防止法で国家介入が始まる | 公的保護命令・相談・住宅就業支援が整備 |
昔の結婚は女性に必要な機能を夫が束で提供する制度に近かったのに対し、現代はその機能が「本人」「国家」「配偶者」に分散した。
そのため現代の結婚は、制度だけで自動的に得になるのではなく、夫がこの分散した機能のうち何をどれだけ実際に担えるかが、生活の質を左右しやすくなっている。
それって女が下方婚しておらず国連の定める男女平等が達成できてないだけですよね。
>「本人」「国家」「配偶者」に分散した って書いてるけど、実態としては 「男」「男」「男」なんだよね まず国家を支えてる税金は男のほうが圧倒的に多く収めているし また、女の...
もうすでに下位男性に結婚の機会なんかないのでどうでもいいよ
自民党が底辺移民いれまくって、生活保護費をガバガバ支払っていながら 日本人にはこれ。 まじで日本人最下位の国、ジャパン😢