お茶畑の冬支度 - 2017.11.29 Wed

今年の春に植えたお茶畑の冬支度をした。このあいだ村上へ視察研修に行ったときに、お茶の苗を植えたら雑草と乾燥防止のために黒マルチを施していたので、それを今風に表現すれば「ぱくった」ということだ。資材の黒マルチは、数年前に田んぼの畦に敷くために購入したのがあったのを思い出した。田んぼの畦に敷いたときは、毎年春の耕耘ですぐに駄目になってしまい、駄目になったビニールがロータリーの爪に絡みついてしまうので一年でやめてしまったのが納屋の二階に眠っていたのだ。
それから風で苗が倒れないように支柱も立てた。これも村上の人から教えてもらったのだが、支柱を立てるとお茶を刈る時に間違えて切ってしまうのではないかという懸念があるが、竹の支柱にして刈り取る高さより低くすれば問題ないとのこと。こんなことならお茶の苗を植える前に村上へ研修に行ってればよかった、と思いながら作業を続けるのだった。
村上茶の産地を視察研修しました - 2017.11.01 Wed

10月29日と30日に平成29年度のJA佐渡お茶倶楽部先進地研修で、北限の茶処「村上茶」の産地を訪問しました。この日は台風21号の接近で雨風が容赦なく吹き付ける悪天候でしたが、村上製茶株式会社の尾形さんと飯島さんと矢部さんがあらかじめ用意してくれた資料をもとに懇切丁寧に案内してくれました。

喜っ川
前泊の月岡温泉からジャンボタクシーで村上に到着すると、待ち合わせの9時半まで時間があったのでタクシーの運転手さんお勧めの喜っ川さんに立ち寄り、店内にぶら下げられてある鮭の干物や吉永小百合さんのポスターを撮影したりカミさんに心ばかりの土産を購入しました。

大人の休日クラブ

天井からぶら下げられた鮭の干物
待ち合わせ場所の冨士美園さんに入ると挨拶もそこそこに村上茶の圃場視察に向かいました。最初に案内していただいたのが、今年造成したばかりの1~2年生の苗木を植えたばかりの圃場。ここでは一番年長の尾形さんが「村上も一昔前は北限の茶処の名前でここ辺り全部茶畑だったのですが、耕作者の高齢化と後継者不足で年々野菜畑になったり耕作放棄したり住宅地になったりして面積が減少しているんですよ」と説明してくれました。

昔はこの辺りすべてが茶畑でした
尾形さんの説明を聞きながら感心したのは、案内してくれた飯島さんの「村上の在来種もいいところがいっぱいあるのでそのまま残しているんですよ」という言葉でした。規模を拡大したり新規に造成したりするとこれまでやってきたお茶の伝統や文化はかなぐり捨てて新品種に統一したり製法を変えてしまったりしてしまうものですが、ここでは在来種の茶木もそのまま残しているということです。

村上茶の在来種
尾形さんは「このまま村上茶を廃れさせちゃいけないってことで、国交省や村上市の補助事業を申請して、村上製茶株式会社を設立し耕作放棄状態の茶園を集約化するとともに近代的な製茶工場を建てて、細々と続けている茶園の加工や新しく造成した圃場の茶葉の加工をしています」と、実際に現地を案内しながら活動状況を説明してくれました。

1・2年生の苗を植樹したばかりの圃場

1・2年生の苗を植樹したばかりの圃場には黒マルチが施してあり苗の一本一本に竹の支柱が添えてありました。私も今年の3月にお茶の苗を植えたのですが一割位の苗が枯れてしまったので、確かにこうして植えれば乾燥防止や雑草対策にもなっただろうなあと思いました。

平成25年に造成した圃場
次に平成25年に造成した圃場を案内してくれ最後に7年目の圃場を案内してくれました。さすがに7年目ともなるとワールドカップのサッカー場のように素晴らしいものでした。同行の田中倶楽部長も「これを見るとうちらがやってるのは何なんだって思っちゃうよな」とため息混じりに呟いていました。

7年目の圃場
私も同じようにカルチャーショックを受けたのですが、それでも「一列毎に模様が違って見えるのですが、違う品種のお茶を植えているのですか」と質問したら「乗用の(大型)茶摘み機で刈るので光線の関係で違って見えるのかもしれませんね。品種は同じですよ」と教えてくれました。
圃場の視察が終わると、いよいよ村上製茶株式会社の加工場を案内してもらいました。この建物は以前は郷土資料館として使われていたそうですが、近代的な機械を入れて製茶工場にしたとのことでした。ちなみに一階は緑茶の加工場で二階は紅茶の工場になっていました。

村上製茶(株)
一階の緑茶の加工場を見学した後、二階の紅茶の加工場も見せてもらいました。階段を上がると今は稼働していないのでガランとしていましたが、4月から9月までの間は茶葉の香りで咽返る位にいっぱいになるんだろうなと思いました。我々が二階に上がると尾形さんが「製茶工場になる前はここにも窓があったのですが、近隣の民家に(騒音などの)迷惑がかからないよう防音壁で塞いであります」と説明していました。

近代的な製茶工場
村上製茶株式会社の加工場の視察が終わると、飯島さんの冨士美園さんで本場の村上茶を御馳走にになりました。富士美園といえば数日前の日報に「一本二万円のワインボトル入り高級緑茶」が紹介してあったことを思い出し、店内を失礼にならないように見まわしたら他の緑茶や紅茶と同じように棚の一角にさりげなく置いてありました。飯島さんはとても器用な方で紅茶の缶や自前の商品のほとんどは全部自分でデザインしていると話していました。

1本2万円の高級村上茶

洒落たデザインの紅茶
我々は店の中にある応接室に通されるとテーブルに造り付けの瓢箪型の焜炉があり、炭火が時々パチパチと弾けながら周囲の空気を温めていました。寒いところから入ってくるとこれだけで御馳走なのに、飯島さんは高級な茶葉を惜しげもなく遣ってわれわれに村上茶を贅沢に振舞ってくれました。

瓢箪型の焜炉

とろっと甘い村上茶♪
飯島さんがお茶を入れる手さばきが余りにも見事なので思わず見入ってしまったのですが、こっそり名刺をみたら彼は全国手もみ茶振興協会認定の教師であり日本茶のインストラクターとのことでした。冨士美園さんではいろんな種類のお茶を御馳走になり寿命が十年くらい延びたような気分になりました。※個人の感想ですけど ( ´艸`)

3種類の村上の茶葉を使った紅茶
昼食は村上の老舗割烹善蔵さん。さすが村上らしい鮭暖簾が掛けられてある玄関を入ると枯山水の中庭を眺めながらお座敷に通されました。

割烹善蔵

鮭のオブジェ
ここに来る前は、ただ「せっかくなので昼食はお互いの情報でも交換しながら一緒にしませんか」と言われていただけで、まさかこんなお座敷が用意されているとは思わなかったので、サプライズを通り越して恐縮しながら席に着きました。しばらくすると善蔵の女将さんが今日のお膳の説明をしてくれました。

村上ならではの鮭づくし料理
もちろんお膳には村上名物の鮭づくし料理。鮭は捨てるところがない魚だと昔から謂れていますが、私のイメージではコンビニの鮭弁位なもので、鮭一匹で一つしかとれない鮭の心臓を使った料理(昔は村上でもとても貴重なものでお嫁さんが台所の片隅で自分の子供にこっそり食べさせたといわれているそうです)だとか、鮭の干物をお酒に浸していただく「鮭の酒びたし」だとか、滅多に私のような庶民の口には入らない珍味まで文字通りの絵にかいたような鮭づくしでした。
女将さんの説明が終わると、尾形さんが「このような宴会のマナーとして出された料理や酒は残さず全部食べるというのが村上市の条例で決まっています」と付け加えました。

尾形さんと飯島さん
もちろん村上の銘酒、〆張鶴もいただきました。「村上の鮭と酒をこんなにご馳走になって恐縮です」と言えば、尾形さんが「村上にはもうひとつさけがあって、それは情けです」と笑いながら教えてくれました。そういえば村上に向かう途中タクシーの運転手さんが「村上の人は情が深くて、人懐っこい人が多いですよ」と話ていました。

矢部さん
われわれがイクラと呼んでいる鮭の卵をこちらではハラコと呼んでいるそうですが、もちろん穫れたて。まず先にひと口新米の味をかみしめてから岩船産新米コシヒカリにドバーっとかけていただきました。

はらこ飯
私は市会議員の尾形さんが言うことなので間違いはないと思ったのですが、目の前に並べられた料理を眺めてはちょっと無理かなとも思ったのですが、郷に入ったら郷に従えのとおりとりあえずなんとか完食にこぎつけたのでした。 それにしてもこの上ない贅沢な昼食でした。

もちろん完食(^^♪