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引き伸ばされた夢の終わり 〜 はてな10周年に寄せて

Yes, it sure has been a long, hard climb
Train wheels runnin’ through the back of my memory
Someday, everything is gonna be diff’rent
When I paint my masterpiece

Bob Dylan, "When I Paint My Masterpiece"

はてな10周年(Hatena10th)とのことで、ユーザとしてお祝いの言葉を認めておく。先週金曜日の Ustream 放送は残念なことに仕事のためその時間帰宅できず見れなかった。

ワタシは2002年にはてなアンテナ、2003年7月にはてなダイアリーを使い始めた。はてなのサービスで現在まで使っているのも主にこの二つで、あとワタシ自身ははてなブックマークを本来の目的にはほとんど使っていないが、今話題のページを見たり特定のページの反応を調べるのにかなりの頻度で利用してきたとはいえる。

今回、昔自分がはてなについて書いた文章を読み直し、自分は随分とはてなに勝手な期待をしてたのだなと遠い目になった。例えば住所氏名登録騒動のときに書かれた文章を読むと、その大仰な構えに苦笑を禁じえないが、今ではこの騒動を知るユーザのほうが圧倒的に少数派だろう(今、はてなが同じことを言い出したら当時と受け止められ方は違うだろうか?)。

実はワタシは「はてなは日本のグーグル」という戯言を最初に言った人間なのだが(多分)、京都で生まれた得体の知れない会社がなぜここまで期待を集めたのか。一つは近藤淳也(id:jkondo)社長をはじめとするはてなの人たちのたたずまいがあったのは間違いないだろう。近藤さんが自身の著書に書いたことを現在どう評価しているかは知らないが、その即興性とオープンマインド、そして何とも危なっかしいところについて、かつてワタシは「はてなを突き動かす天然の狂気」という表現を使っていて、それこそが魅力だった。

もちろんユーザの大半は、はてなの中の人たちに興味などない人たちに違いないが、多くの有能なプログラマを惹きつけたのは、当時のはてなに一種の磁力があったからだろう。Web 2.0 という言葉を巡る多幸的な感覚があいまり、その磁力が頂点に達したのははてなの米国進出の前ぐらいだったのではないかと今になって思う。株式上場などでなく日本を去る決断をしたところが近藤さんらしいが、あれからも5年経つのか……

当時自分が書いた文章を読み直すと、これは端的にいって近藤淳也という人に対するラブレターなのだが、はてなの米国進出は、傍から見れば、当人が渡米前に語っていた「向こうに行っても鳴かず飛ばずで誰からも注目されず、日本の会社もガタガタになって成長が止まってしまう」という最悪のシナリオの線で進んだように見える。しかし、失敗から学ぶには、何より失敗を犯すリスクをとらないといけないわけで、そのリスクを取った人間にワタシは敬意を払う。

近藤さんが帰国してからも大分経った。上で書いたプログラマも多くは既にはてなを後にしている。少し前にその一人である伊藤直也さん(id:naoya)の講演「Webアプリケーションエンジニアがみてきたこの10年」を Ustream で見たのだが、そこで伊藤さんは Web 2.0 はインフラとなることで終わった、という趣旨のことを語られていた。たまたま Twitter 上でデブサミの講演を知り、途中から見たので彼の意図を間違って理解していたら申し訳ないが、個人的には腑に落ちる解説だった。

ウェブサービスとしてインフラ足りえているかを考えた場合、はてなの現状はどうか。全体的に見て、中途半端な印象は否めない。国内トップシェアのサービスならはてなブックマークがある。少し前に「はてなブックマークがdeliciousを追い抜き、diggに迫っている」とのツイート経由でユニークユーザ数比較を見たが、全体的に右肩下がりで苦笑いしたものだ。シリコンバレー101にもあるように、「ブックマーク共有サービスはネットの情報を広める役割を完全にFacebookやTwitterに持って行かれた状態で、斜陽サービスの1つ」なのだ。

ワタシは、はてなの優位性はそのサービスそのものではなくそこで活動するユーザであり、その点においてはてなは心得違えをしており、どうしてそれを後押ししてはてな自身のマネタイズにつなげる「編集」を積極的にやらないのか、というのがずっと不満だった。だから「ユーザの広報日記」を勧めたり、はてなダイアリーユーザによる単著を頼まれもしないのにまとめたり(2008年夏、2009夏、単著祭殿堂ユーザ)、『はてなダイアリーアンソロジー』を妄想するだけでなく勝手に選んだりしたわけだが(前編、後編)、一方でその時点で「はてなユーザ」とひとまとめに括れるような求心力はもはや存在しなかったわけで、ワタシの見立て自体も的外れだったのかもしれない。

思えば京都オフィス本格始動前に遊びに行ってから三年以上になる。現在はアルバイト含め、はてなは100人以上のスタッフを擁するそうで、ワタシが知るはてなとはある意味別の会社と言ってよいのかもしれない。ユーザとしてはてなに以前のような近しさはもう感じない。しかし、それは当たり前のことだし、悪いことだとも思わない。はてなは(気概的にはともかく)もはや「ベンチャー企業」ではないのだ。

上ではてなの中途半端さについて書いたが、もうブレイクできないと言いたいわけではない。例えば、はてなは既に自分を基準にしている限り見えない若年層のユーザをうごメモはてな(Flipnote Hatena)で獲得している。ワタシ自身は週刊うごメモはてなニュースをチェックする程度でしかないが、ユーザの創造力に驚かされることが少なくない。

近藤さん曰く「いよいよ攻めに」とのことだが、その新サービスは、新しいのもいいけどはてなアイデアをまともに機能させろよというような口うるさい古参ではなく、うごメモはてなで取り込んだユーザ層に向けられたものであるべきだと思う(いや、本当にユーザを増やしたいなら、ユーザサポートをもう少し考えてほしいけど)。これからのはてなは彼らのためにあるべき、なのだろう。

昔、近藤さんにジョン・レノンの "Grow Old With Me" という曲を引き合いに出し、はてなはユーザと一緒に成長していくような稀有な企業になれるのではないかという話をしたことがある。今思い出して書いていてかなり恥ずかしいが、ともかくワタシが語ったのとは違った形で、はてなはそれを実現できるのかもしれない。しかし、ワタシがその当事者になることはない。ワタシがはてなに何かを期待することはもうないのだ。

いずれにしても近藤さん並びにはてなの皆さんにはもっともっと面白いサービスを出して、世の中に少し色をつけてから死んで欲しいです。

長々と書いてきたが、この文章で一番ワタシが言いたいのは、やっぱりしなもんに噛まれたいということである。しなもん、ちょう好き!

はてな10周年おめでとうございます。

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