当ブログは YAMDAS Project の更新履歴ページです。2019年よりはてなブログに移転しました。

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WirelessWire News連載更新(アーカイブの危機とメンテナンスの大事さ)

WirelessWire Newsで「アーカイブの危機とメンテナンスの大事さ」を公開。

前回に続いてタイトルが目を惹かないのだけど、もちろん意図的である。意地でもバズるべくキャッチ―なタイトルをつけたくなかったのは前回と同じだが、前回はワタシ自身が鬱状態だったからで、今回は何より題材が地味なのに無理に派手なタイトルをつけてもしょうがいないと思ったから。

しかし、今回は(これでも)短くまとめられたぞ!

3回分の内容を1回にぶちこむ悪弊を反省し、今回は2回分+αの内容を盛り込むにとどめた。Internet Archive の報告書にしても、スチュアート・ブランドの執筆中の本にしても、端折った論点はいくつもあるので、興味がある方は原文をお読みいただきたい。

あ、スチュアート・ブランドの本、Amazon を見ると今年の9月にパート1が刊行されるみたい。

あんまり外部サイトにいっぱいリンクするのもどうなのかという話を書いているが、当の文章が外部サイトにいっぱいリンクしまくっている。つまり、ことこれに関してワタシは自らの方針を変えるつもりはないということだ。

CES 2025における最悪の製品

www.worstinshowces.com

「世界でもっともパワフルなテックイベント」を謳う CES が今年も年明けに開催されたが、そこで出展された製品を対象に、プライバシー、セキュリティ、環境面の配慮、修理しやすさといった観点から、最悪の製品を選出する企画があるのね。今年で4回目らしい。

主催者として、電子フロンティア財団や修理する権利を強力に推す iFixit が名前を連ねているのを見ると、上記の観点も分かるように思う。

www.ifixit.com

さて、今年の CES で何が最低賞をとったかは、その iFixit の↑の記事か、↓の動画を見ていただきたい。

「今年の CES は、AI や(往々にして誰も頼んでいない)「スマート」な機能で溢れかえっている。本賞の受賞者は、テクノロジーを加えられるからといってそうすべきでないのを証明している」という文句が奮っている。

Least repairable 部門は、Ultrahuman の2200ドルするスマートリング Ultrahuman Rare が、バッテリーの充電が500回しかできず、デバイスを破壊しないとバッテリーの交換ができないことを理由に選ばれている(参考:プロポーズに最適?18金とプラチナの高級スマートリングが登場 - CNET Japan)。

Least private 部門は、Bosch のインテリジェントなベビーベッドの Revol で、親の不安につけこんで赤ちゃんのデータを過剰に収集しているというのがその理由(参考:BOSCHがAI搭載みまもりベビーベッドを発表。ミリ波レーダーで心拍や呼吸まで監視 | Gadget Gate)。

……と全部紹介していくとキリがないので残りは原文をあたっていただきたいが、おなじみ TP-Link のルータや、Samsung や LG といったよく知られたメーカーの展示製品が選ばれているよ。全般的に AI 搭載を謳って誰が求めてるか分からん機能を実現していたり、修理をしにくくする製品が選ばれている。

奇しくも今年の CES を取材した西田宗千佳氏もこれに通じることを書いている。

家電同士がAIでつながって新しい価値を創造する、というのは分かる。しかし、「どの商品から家庭に入っていくのか」「なぜそれを消費者が買いたいと思うようになるのか」という明確な答えが見えてこない。

展示はつまらないがテクノロジーの未来が集う「CES 2025」 変化するテックの形【西田宗千佳のイマトミライ】-Impress Watch

ネタ元は Pluralistic。

自動車のナンバー情報が誤ってインターネットに直接ストリーミングされている?

www.404media.co

モトローラ社の自動ナンバープレート読み取り監視カメラの一部が、映像や車のデータをセキュリティ保護されていないインターネットにライブ配信されており、誰でもそれを見たりスクレイピングしたりできるという話である。

この記事で ALPR というワードが何度も出て来るが、これは Automatic License Plate Reader の略で、日本でいうところの自動車ナンバー自動読取装置、いわゆる「Nシステム」ですね。

この ALPR のカメラのデータが誤ってオープンなインターネットにストリーミングされるように設定されているものがあり、それは IoT の検索エンジンである Censys で見つけることができるという。

というか、米国内の ALPR マップである DeFlock なんてものがあるんですね。その作者によると、およそ170もの暗号化されていない ALPR ストリームが見つかっているとのこと。

この 404 Media の記事を読んで、ワタシが思い出したのは↓の話。

trafficnews.jp

ナンバープレートで管理する駐車場が増えているということ自体は、駐車場の利用者としては特に影響がないのだけど(どっちにしろ駐車場代は払うわけで)、インターネット上に誤って自動車のナンバー情報が公開されることで、これまで想定しなかったような悪用、犯罪の可能性が出てこないかというのを思ったりした。

ロボット・ドリームズ

昨年から観たかった映画だが、年が明けてからレイトショーでやってくれたおかげで観ることができた。

作品の舞台はニューヨークだが、登場人物はすべて動物であり(ということは「登場動物」と呼ばなくてはならない)、その登場動物は主人公をはじめ、ほぼ擬人化された存在だが台詞は一切ない。

主人公の犬(名前も「DOG」)が友達ロボットを購入し、そのロボットと友情をはぐくむが、ある事情によりその蜜月の日々が終わってしまう。果たして主人公とロボットはどうなるという話だが、それらの関係は友情というより愛情に近いように見えた。

そうした意味で、登場動物(そしてロボット)のジェンダーを基本的に明らかにしていないところは意図的に違いない。

本作におけるロボットは、パワフルではあるがロボットとしてはむしろ原始的な作りに見える。しかし、ロボットが意識を持ち、嫉妬などの感情も持っていると規定されている。そしてロボットの妄想(夢?)を当然のように描いているが、これってロボット SF としてダメなんじゃないか? と思ったりした。が、ワタシ自身は特に SF に見識があるわけではないので、この点について深追いはしない。

主人公とロボットが離れ離れになり、果たしてこれからどうやって再会がありうるんだろうと心配になってきたところで、ロボットがステカセキングになり、ターボメンをかなり追い詰めるところまで行くとは、まったく予想外の展開だった。

……あれ? キン肉マンの話が混じってしまったが、そこで EW&F の "September" がクライマックスになるんですね。幼い頃に初めて聴いて「こんな素晴らしい曲があるのか」と驚き、「ワタシに魔法をかけた洋楽100曲リスト」に入れるくらいこの曲が好きなワタシは、やはり泣いてしまった。

I Like Movies アイ・ライク・ムービーズ

これも KBC シネマでレイトショーをやってくれたおかげで観れた。

社会性が著しく欠け、とにかく映画がすべてだと考える高校生が主人公なのだが、彼の他人の見下し方はなかなかにヒドくて、彼と SNL の視聴という趣味を共有する親友さら遠ざけてしまう。

でも、そのヒドさ、ここにいる自分はまだ本当の自分ではなく、ニューヨークに出て NYU で映画監督を目指すことで初めて自分の本当の人生が始まるという主人公の根拠なき傲慢な確信は、多くの人が若い頃に持ってたものなんだよね。

その主人公と対峙するビデオ店の店長であるアラナが、自己開示する場面がとても痛切で、アラナ役のロミーナ・ドゥーゴがとても良かった。

そういえばワタシは『マグノリアの花たち』観たことないんだよな。

ズバリなタイトルを持ち、当然映画ネタがふんだんに盛り込まれた本作のラストが、主人公を含む初対面の男女4人がただ語り合うので終わるところにグッときた。

2024年下半期にNetflixなどで観た映画の感想まとめ

yamdas.hatenablog.com

2021年以来半年ごとにやっている、Netflix で観た映画の感想まとめを2024年下半期についてもやっておく。これまでと異なり、「Netflixなど」になっている理由は後述する。

昔の映画は入れず、近作のみとしているが、10年未満だったら近作、と基準を緩めさせてもらいましょう。

ケイコ 目を澄ませて(公式サイト、Netflix)

公開時に評判になったので観たいと思いながら逃したのを残念に思っていたので、Netflix に入るなり視聴した。

聴覚障害を持つ女性プロボクサーの話という事前知識しかなかったのだが、まさにパンチを繰り出すように前に進む主人公の映画と想像していたのと随分違っており、迷いの映画だった。でも、それが良いのだ。

今どき珍しく16ミリフィルムで撮られた作品で、最初その必然性あるのかと思ったが、その疑問はラストの主人公の大写しに霧消する。迷いの映画というのもあるが、ざらついた映像が本作にアメリカンニューシネマのような質感を与えていた。

バリー・シール/アメリカをはめた男(Netflix)

Netflix での配信はもうすぐ終わる。

トム・クルーズ主演の実話犯罪ものだが、これって『ブレイキング・バッド』みたいな映画ないのか? で題材を探した企画だったりするんだろうか。

映画化にあたり、もちろん脚色や現実との差異があるに決まっているが、それにしても80年代レーガン政権下でのデタラメな話がエンターテイメントになっている。クライムコメディとしてよくできているし、主人公家族の焼け太り感は笑える。

マッシブ・タレント(公式サイト、Netflix)

ニコラス・ケイジが架空の自己を演じ話題になった作品だったが、劇場公開時に見逃したのを残念に思っていたので、Netflix(以下略)。

やはり、本作の邦題は『巨大な才能の耐えられない重さ』にしてほしかったが、いやー、ニコラス・ケイジのファンとして楽しませてもらった。ケイジとペドロ・パスカルの組み合わせが良かった。

ケイジと Netflix というと、『あなたの知らない卑語の歴史』に結構出ずっぱりでホストをやっていたときは、楽しかったけど、なんだかなと思うところもあった。近年は、本作や『ドリーム・シナリオ』など充実した出演作が続いていて嬉しい限り。

PLAN 75(公式サイト、Netflix)

これも公開時に評判になったが都合がつかずに見逃した映画なので(以下略)。

河合優実と磯村勇斗は、『不適切にもほどがある!』の前に本作で同じ作品に出ていたのね。

本作の「PLAN 75」という安楽死制度という設定が何より強力で、それができるところの綿密な説明は本作になかったと思うが、実際にその制度の対象者やそのために働く人たちの描き方がよくて、本作に説得力を与えている。

しかし、本作は最後近くになって、倍賞千恵子の顛末にしろ、なんで磯村勇斗がそんな風に遺体を運ぶのもおかしいだろという感じで映画として失速するのが残念だった。

アイズ・オン・ユー(Netflix)

アナ・ケンドリックのことを知ったのは『マイレージ、マイライフ』だったが、その後たまたま彼女の出演作を見逃しており、今回主演だけでなく監督も務めているというのに興味をもって観てみた。

1970年代に犯行を重ねた連続強姦殺人犯であるロドニー・アルカラの実録サスペンスものなのだが、彼がすごいのは何より殺害した人数で、本作の最後で彼の被害者数を知ってひっくり返りそうになった。しかも、彼は人気テレビバラエティ番組に出演しており、そのおかげで「デートゲーム・キラー」とも呼ばれたらしいが、本作は彼の数々の犯行を描きながら、そのデートゲーム番組で彼と出会ってしまった主人公の恐怖体験を描いている。

そのデートゲーム番組で彼は外面が良く、しかも気が利いていて、主人公の感心をうまい具合に勝ち得るのだが、その後のひたすら主人公の女性が味わうイヤーな生理的嫌悪感が描かれており、そこの緊迫感がすごい。


この世に私の居場所なんてない(Netflix)

テラヤマアニさんがおすすめしていたのを思い出して観てみた。

本作で主人公を演じているメラニー・リンスキーのフィルモグラフィーを見ると、この人の出演作をいくつも観ているはずなのに、どこで出てたか言えなかったりする。そういう彼女が本作の主人公役によく合っていたし、イライジャ・ウッドの怪演も良かった。

予想していたよりもかなり破天荒な展開だなと思ったが、結構バイオレントなので、そういうのが嫌いな方はご注意を。


ドーターズ(Netflix)

ワシントン DC の刑務所にて、収監されている囚人の父親たちと彼らの娘たちのダンスパーティーの模様を、その準備段階から丹念に追うドキュメンタリー映画である。

この説明を聞くだけでエモい映画だと予想がつくし、父娘によるダンスパーティーが更生にポジティブな影響をもたらす可能性を確かに感じるが、本作に登場する囚人が一人をのぞいて全員黒人であることからも察せられる米国における刑務所の商業化の問題が頭をもたげるのである。


陪審員2番(U-NEXT)

ストリーミング配信サービスは、動画、音楽それぞれ一つしか有料契約してはいけないというのがうちの家訓なのだが(ウソ)、クリント・イーストウッドのおそらく最後の監督作となる本作が U-NEXT で独占配信となれば、これは観ないわけにはいかないと、悩んだ末に U-NEXT に加入した。

当初、本作が日本など多くの国で配信スルーとなったのには、言いたくないが作品の質の問題もあるのかと思ってたわけですよ。まぁ、悪くはないけど、スケールちっちゃいですね、みたいな。前作の『クライ・マッチョ』も割とどうでもいい作品だったし。

それが本作は、クリント・イーストウッドの監督としての彼のキャリアを通じても屈指の傑作なのだから、本作に感動するとともに「なんでこれが劇場で観れないんだよ」というワーナーに対する怒りも改めて湧いてしまったというのが正直なところだったりする。

本作はシンプルな設定を下手にいじることなく正面から描いているが、法廷劇というアメリカ的な映画であり、主人公が陪審員という意味で『十二人の怒れる男』などいくつかの映画を想起させながらも安易な展開に落ち着かず、最後まで観る者をも、あるべき正義について、道徳的なジレンマで締め付け続ける映画である。作中何度か映される目隠しをした女神像が本作の性質を象徴しているように思う。

『アバウト・ア・ボーイ』で親子を演じていたニコラス・ホルトとトニ・コレットの対峙により、ワタシの中で『ミスティック・リバー』の後味の悪さが更新される作品だった。本作の完璧なラストには息をのんだ。

2024年に観た映画の中で、本作は『オッペンハイマー』や『ホールドオーバーズ』に劣らないベストだった。

今年のNvidia本の刊行ラッシュを予感させる『The Nvidia Way エヌビディアの流儀』

yamdas.hatenablog.com

半年ばかり前のエントリだが、『誰が音楽をタダにした?』の著者が今年はじめに Nvidia 本を刊行することを知り、これは目の付け所がいいねぇと感心したものである。

books.macska.org

と思ったら、昨年末に早くも Nvidia 本が出ていたことを知った。

機を見るに敏とはこのことやねぇと思ったが、なんとこの本の邦訳『The Nvidia Way エヌビディアの流儀』が来月出るのを知って驚いた。

昨年末に出た本の邦訳が来月とは、原書刊行前から権利を取得して邦訳の作業を進めていたに違いない。こちらもまた機を見るに敏である。

今年は日米とも Nvidia 本の刊行ラッシュなんだろうねぇ。

プロデューサーギルドを告知するOK Goの宣伝広告動画に驚いた

www.facebook.com

年末年始に Facebook を眺めていて、OK Go の宣伝広告動画が流れて来たのだが、これには驚いた。

当たり前のように日本語字幕がついているにとどまらず、ダミアン・クーラッシュとティム・ノードウィンドの喋りまで(彼らの声で)日本語吹き替えなのである。

今ではこういうのが AI により可能というのは分かっていても、いざ見ると驚いてしまった。

yamdas.hatenablog.com

OK Go が長らくアルバムを出していないのは、およそ一年半前に取り上げているが、ようやく今年それが出るようで、それを受けて Producers Guild of OK Go を告知しているわけだ。

このプロデューサーギルドは、当人たちの言うようにファンクラブのようなもので、そのメンバーはリリース前の音源やビデオを楽しめたり、アルバムにクレジットされるなど一種のクラウドファンディングみたいなものですな。

さすがにワタシはこれには加入しないが(というか、既に申し込みは締め切られている)、彼らのニューアルバムは楽しみだ。

2024年中に終わってしまった(?)連載

年末年始にはてなアンテナ(!)の並びを見直していて、楽しみに読んでいたのに2024年のうちに更新が止まってしまったように見えるウェブ連載がいくつか目についたので、備忘録としてまとめておく。

好きなスズキナオさんの連載が二つあがったのは残念だが、それに限らずワタシが知らないだけで連載の名前や掲載ページが変わっているだけであれば、どなたか教えてください。

木澤佐登志さんの「生産性という病」連載が、一年以上のブランクを経て昨年11月に復活したという例もあるので、気長に次の更新を待ちたいものである。

30年前に渋谷陽一はビーイングについてどう評していたか

togetter.com

昨年末のNHK紅白歌合戦に特別枠で初出場して話題をさらった B'z を巡り、年明けに X などで議論になってるのを見かけた。

その関係で、速水健朗さんの元日のツイートが気になった。

このあたりの議論で、渋谷陽一の過去の評を思い出した人が結構いたようだ。

というわけで、昨年から断続的に行っている渋谷陽一の文章の引用を今年もやりたいと思う。

X を見ると、以下引用する文章のキャプチャをあげている人が既にいるので、以下は自分のための記録の意味しかないが、もう議論も大分出尽くし、火の勢いもさすがに弱まったところを見計らってやらせてもらう。

まずは「道徳主義的なビーイング批判はムカムカする」である。以下は『ロックはどうして時代から逃れられないのか』の468~472ページから引用するが、この文章の初出は1994年7月の「季刊渋谷陽一 ブリッジ3号編集後記」である。

この文章は、「ビーイング系のミュージシャンの評判が良くない」という文章から始まり、アンケートでも嫌いなバンド、ミュージシャンに高ポイントで登場するが、具体的な名前でなく「ビーイング系」と書かれている場合が多いという話になる。これだけひとつのプロダクションの音が象徴的な意味を持ったことはないので、これは画期的なことかもしれないと渋谷は書く。

実際、ロッキング・オン社から出ている雑誌にビーイング系のミュージシャンは登場しないのだが、別に絶対に掲載しないと決めているわけではないという。

というか、実はビーイングというプロダクションはそれほど嫌いではない。意外に思われる読者も多いかもしれないが、本当なのである。今や怪物のように言われている長戸大幸にしても、昔からよく知っているし、この業界ではわりと話の合う人間の1人である。確かにこんな状況になってからは本当に様子のおかしいところもあるようだが、たまに電話で話をする分には普通である(当り前か)。
 それじゃ、何で僕の出している雑誌にビーイング系のミュージシャンが登場しないのかと言えば、それほど嫌いではないが、好きでもないからだ。馬鹿野郎、だから何が言いたいんだよ、とか怒られそうだが、つまりビーイング系のアーティストなんぞより嫌いなバンド、ミュージシャンはいくらでもいる、ということなのである。今のビーイングは一種のスケープゴートになっているだけなのだ。

ビーイングの方法論は昔の歌謡曲と同じで、タレントを見つけてきて、有能な職業作家が曲をつけ、今風のアレンジでやっつけるという産業ポップスの王道を歩んでいるだけのこと、と渋谷は断じる。長戸大幸というプロデューサーの市場を見る目が正しく、それを実行できるスタッフがいるから成功したのだ、と。

あんなことでは本当の音楽が育たないとか、100年前の道徳の教師みたいなことを言って批評する奴もいるが、ポップ・ミュージックなんて、そんなもんなのである。だからポップ・ミュージックは面白いのであるし、そんなモンキー・ビジネスの中から普遍的なスタンダード・ナンバーが生まれたりするのだ。

このあたり、「僕は売れるポップ・ミュージックが大好きだ」で書いていたことを思い出す。

ビーイング以下の音しか作れない連中がやるビーイング批判は単なるヒガミでしかないし、道徳主義的なビーイング批判を目にすると、何故かムカムカと腹が立ってくる、と渋谷は書く。

どっかの週刊誌がビーイング批判の大特集をやった時コメントを求められたが、意地でも批判的なコメントを出さなかった。結局、その特集で唯一、肯定的なコメントだった。その週刊誌が売れて、ビーイングからお礼の電話があり、ひょっとすると100万ぐらい送られてくるかと思ったけど、何もなかった(当り前か)。

とボケた後に渋谷は、当時放映されていたアニメの『スラムダンク』を毎週観ている話をする。このアニメのオープニングとエンディングのテーマ曲の利権を独占しているのがビーイングであることを指摘した後にこう書く。

だからというわけではないが、このアニメとビーイングというのが、非常にイメージ的にダブって仕方がない。東京近郊、B級の高校、ちょっとしたヤンキーノリ、体育会系といった連想がビーイングに近いのだ。多くのプロダクションの持つ、東京中央集権主義、A級アーティスト指向、文科系クラブノリといったものと反対の方向に進んでいる気がするのである。B'zはLA録音とかしたりしているが、長戸大幸の発想の中にあまり海外進出といった上昇指向はないような気がする。あるとすれば東南アジアのマーケットはおいしそうだとか、そういうものではないだろうか。つまり徹底したリアリズムである。同じ経営者として、そうしたところは共感できる。

このくだり、リアルタイムに「ブリッジ」を本屋で立ち読みしていて、納得した覚えがある。

そして渋谷は、したり顔のビーイング批判とか出てくると腹が立つのであると書いた上で、「うーむ、これくらい書けば、今度こそ100万送られてくるかな」と締めている。

続いては、松村雄策+渋谷陽一『40過ぎてからのロック』収録の「ロックとは挫折なのか」から引用する。つまり渋松対談ですね。

渋谷 『BRIDGE』の三号がビーイングの社員にやたら売れているらしいぞ。
松村 何だ、ビーイングって、あのZARDやB'zのビーイングか?
渋谷 おっ、お前でもビーイングは知ってるんだ。
松村 当たり前だろう、trfだって知ってるぞ。
渋谷 お前の口からtrfとか出ると、なんかプロレスの団体みたいだな。
松村 うるせえな、だからビーイングがどうしたんだよ。
渋谷 いや、『BRIDGE』の三号を買ってるビーイングの社員が多いんだってさ。
松村 ビーイングのミュージシャンの特集でもしたのか?
渋谷 いや、うちの出版物にはビーイングのミュージシャンは一切登場しないんだよ。
松村 じゃあ、なんで売れてんだよ。
渋谷 あとがきにビーイングについて書いたんだ。
松村 誉めたのか。
渋谷 うーん、誉めたというかけなしたというか、作ってるもんはB級で、雑誌でとりあげる気はしないけど、金を儲けるのはうまいって書いたんだ。
松村 それはけなしてんじゃねえのかよ。
渋谷 どっちかというと、都会的というよりも田舎臭くて、そのへんが売れる原因じゃないか、って書いたんだ。
松村 だから、けなしてるんだろう、それは。
渋谷 いや、違うって。ビジネスの在り方としては正しいって書いたんだよ。B級であろうと、田舎っぽくたって、百万枚、二百万枚売るってのは、ちゃんと今の市場性を把握してビジネスしてるってことじゃないか。しかも、そうやっていくつものミュージシャンを世に出してるのは立派だよ。音楽の好き嫌いで言えば、正直言って好きじゃないけど、プロダクションとしては評価するね。
松村 ふーん。
渋谷 それで、これだけ誉めたんだから百万ぐらい包んで持ってこないかな、って書いたんだ。
松村 馬鹿か、お前は。持ってくるわけないだろう。
渋谷 いや、そうしたら発売日にいきなりビーイングから電話があってさ。
松村 怒ってただろう。
渋谷 いや、喜んでたぜ、というか笑ってたな。
松村 百万くれたか?
渋谷 くれって言ったけど、百万はあげられないけど飯ならおごるって。それで、実はきょう飯を食ってきたんだ。
松村 御土産に百万入ってたか。
渋谷 いや、最後に小さな紙袋を「じゃあこれを」とか言って渡されたんで期待したんだけど、中見たらZYYGのCDが入ってたよ。
松村 何だそれ。
渋谷 ビーイングの新人バンドだよ。
松村 単に飯食ってプロモーション受けただけじゃねえか。
渋谷 そうかも知れない。それからB'zのファンクラブの会報もくれたぞ。
松村 お前、なめられてんじゃねえか。
渋谷 そうかな。なんか、そんな気もしてきたな。

その後もロッキング・オン社の雑誌にビーイング系のミュージシャンは登場しなかったはずだが、それにも関わらずビーイングは「ブリッジ」に「がんばれ、渋谷陽一」という広告を出稿したのではなかったかな。

[2025年1月10日追記]:宇野維正さんから以下のコメントをいただいた。「その後もロッキング・オン社の雑誌にビーイング系のミュージシャンは登場しなかった」というのは間違いでした。

はてなブックマークで振り返る、2024年にワタシが遺した文章

昨年に復活した、本ブログの年末の恒例企画である。

YAMDAS Project 本サイト、はてなブログの YAMDAS現更新履歴、そして WirelessWire News 連載で、2024年に公開した雑文、翻訳文書の被ブックマーク数トップ20は以下の通り(2024年12月27日22時時点)。

  1. Windowsコンピュータがもう自分のものに思えない、という感覚 - YAMDAS現更新履歴(722 users)
  2. Googleのはじめ方(How to Start Google 日本語訳)(484 users)
  3. いかにしてイーロン・マスクはTwitterを破壊してしまったかを描くノンフィクション『Character Limit』 - YAMDAS現更新履歴(343 users)
  4. Amazonは生成AIアシスタントで開発者4500人年の工数を節約し、年間2億6000万ドルもの効率向上を実現したって? - YAMDAS現更新履歴(292 users)
  5. ティム・オライリーとシリコンバレーの贖罪 – WirelessWire News(289 users)
  6. 超富裕層とその「秘密の世界」についての本 - YAMDAS現更新履歴(253 users)
  7. Google検索結果からAIによるまとめを排除するフィルタ「&udm=14」 - YAMDAS現更新履歴(218 users)
  8. 長年の誤ったパスワードポリシーが推奨された原因はあの偉人の論文だった? - YAMDAS現更新履歴(215 users)
  9. BlueskyやThreadsに受け継がれたネット原住民の叡智 – WirelessWire News(212 users)
  10. 「はてな故人リスト」の必要性? - YAMDAS現更新履歴(180 users)
  11. マイケル・ムーアが映画『シッコ SiCKO』全編をYouTubeで公開している - YAMDAS現更新履歴(135 users)
  12. 産業ロックについて語るときに渋谷陽一の語ること - YAMDAS現更新履歴(132 users)
  13. ティム・バーナーズ=リーのオープンレターを起点に改めて考えるインターネットの統治 – WirelessWire News(116 users)
  14. 邦訳の刊行が期待される洋書を紹介しまくることにする(2024年版) - YAMDAS現更新履歴(98 users)
  15. SFが未来を方向づけるのか? 当代の人気SF作家が答える - YAMDAS現更新履歴(98 users)
  16. 沈鬱な黒い毒と小さな希望 – WirelessWire News(92 users)
  17. グリーンソフトウェアとは何ぞや? - YAMDAS現更新履歴(82 users)
  18. AI界隈で「オープンソース」が最新のバズワードになっている……って何をいまさら - YAMDAS現更新履歴(77 users)
  19. MozillaはFirefoxへのユーザーの愛を取り戻せるのか? - YAMDAS現更新履歴(76 users)
  20. 企業のクラウド離れが起こっている理由 - YAMDAS現更新履歴(75 users)

こうしてみると、自分でも面白いと思うエントリもいくつかあるが、はてなブックマークを集めることとその文章の質にはそこまで相関はないという当たり前の事実を再確認するだけである。というか、なんでこれが? と思うことが今年も何度かあった。そういうものだ。

この間書いた通り、2024年はワタシの人生自体が WirelessWire News 連載に浸食されてしまった年だった。端的にいって、限界に近い。この連載は来年終りを迎えるのではないか。

でも、それでワタシが死ぬわけではない。また別の展開があることを祈りたい。

2024年の更新はこれで終わりである。どうか皆さんよいお年をお迎えください。

「ゴースト・アーティスト」というSpotifyのメタクソ化を暴くリズ・ペリー『Mood Machine』、そしてメタクソ化のご本尊コリイ・ドクトロウ『Enshittification』の刊行

gigazine.net

これの元となった Harper's Magazine の記事は、ワタシもブログで取り上げようと準備していたが、先を越されてしまった。

Spotify の人気プレイリストに存在しない偽のアーティスト、「ゴースト・アーティスト」の曲が入っているという、数年前まで陰謀論扱いされていた、しかし本当の話について音楽ジャーナリストのリズ・ペリーが書いている。

GIGAZINE のエントリで省かれている話では、リズ・ペリーが PFC にコンテンツを供給するジャズミュージシャンに取材して得た、彼らの多くも報酬は前金で楽曲の権利は得られず、小銭稼ぎにしかならないという話がリアルだった。つまりは Spotify 以外誰も得していないんですね。

Spotify は PFC での楽曲制作に AI を活用するようになるだろうとリズ・ペリーは記事を締めくくっているが、この記事内容を含む、来年3月に刊行予定の Mood Machine は、間違いなく Spotify の「メタクソ化(Enshittification)」を取材した一線級の資料になるだろう。

Spotify に取材した本って『Spotify 新しいコンテンツ王国の誕生』(asin:4478108757)くらいしかないので、これは邦訳が期待される本である。

で、ワタシはこの Harper's Magazine の記事をコリイ・ドクトロウの Pluralistic で知ったわけだが、リズ・ペリーは彼が共著した『チョークポイント資本主義』で取材を受けている。

その内容については「ミュージシャンが報われないのはSpotifyが買い叩いてるせい? それともレコードレーベルが強欲だから?」を読んでくださいな。

さて、「反権力と脱メタクソ化への道」における記述によると、コリイ・ドクトロウは「『Enshittification』という本の執筆も、もう大詰めを迎えている」とのことだったが、気がつくと Amazon にページができている。

現時点での刊行日は来年10月なのでまだ先の話だが、この言葉の発明者自身による渾身の作になるはずだ。この言葉をアメリカ方言学会は2023年のワード・オブ・ザ・イヤーに、オーストラリアの国定辞書であるマッコーリー辞書が2024年の代表語に選出しているが、現在のインターネットを語る上でこの言葉は避けられない。どうも『チョークポイント資本主義』は邦訳が出ないようなので、再来年になるだろうが、『Enshittification』は絶対どこか邦訳を出してほしい。

OpenStreetMapが開始20周年を迎えて数か月後に大規模障害に見舞われる

stevecoast.substack.com

うっかり取り上げ損ねていたが、OpenStreetMap が開始から20年を迎えていたのね。

OpenStreetMap のことはこのブログでも折に触れ取り上げており、10周年のときも取り上げているが、今年の夏は忘れてしまっていた。いかんね。

tech.slashdot.org

で、問題はここからで、それから数か月経ち、年末になって OpenStreetMap は大規模障害に見舞われたとのこと。

OpenStreetMap は、創始者のスティーヴ・コーストが英国人なので、英国を拠点とする非営利団体 OpenStreetMap Foundation によって監督されているが、その組織規模はとても小さい、つまりは少人数での運営であり、障害対応のリソースも限られるのだろう。

今年は Internet Archive が法廷闘争に敗れたが、やはりこういうインターネット上の共有財産を担うプロジェクトには長続きしてほしいと改めて思った年の瀬だったりする。

マイケル・ムーアが映画『シッコ SiCKO』全編をYouTubeで公開している

これも Pluralistic で知ったのだが、マイケル・ムーアのドキュメンタリー映画『シッコ SiCKO』全編が YouTube にあがっている。

YouTube には確かにいろんな映画の一部、たまに全編がアップロードされているが、明らかに無許可のものが多く、そういうのは紹介をためらうが、これはマイケル・ムーアの公式チャンネルでの公開なのでその心配はないだろう。残念ながら(日本語含む)字幕はないけど。

なんで2007年公開の映画全編を今になってオンライン公開かというと、なんといっても UnitedHealthcare の CEO が路上で銃殺され、それに全米(のネット)が歓喜した事件が影響しているのは間違いない。

そのあたりについては、「大谷とルイージ、アメリカの医療」という文章が参考になる。

ロジャー・コーマンの自伝『私はいかにハリウッドで100本の映画をつくり、しかも10セントも損をしなかったか』文庫化に驚き、その値段に再び驚いた

調べものをしていて、今年惜しくも亡くなった「B級映画の帝王」ロジャー・コーマンの自伝『私はいかにハリウッドで100本の映画をつくり、しかも10セントも損をしなかったか』が来月に早川書房で文庫化されるのを知った。

ハヤカワ文庫? と思いきや、単行本も早川書房から出てたのか。

邦訳刊行から30年以上経って文庫化とは、『百年の孤独』ではないがすごいねぇ。

しかし、2200円という値段に再度驚いた。今時、文庫本も2000円超えなんだな!

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