前回は,坂本に“仕事に役立つ7つの科目”について説明しました。坂本は,はじめての部下である藤井と揉めていました。その理由は,藤井の文書力に関することでした。
坂本は,藤井の書いた文書は「分かりにくく,バランスが悪い」と指摘しましたが,藤井はそれを受け入れず,坂本に反感を持ちました。藤井も坂本も負けん気が強いので,次第に2人の雰囲気は悪くなっていきました。
そこで,私は坂本を呼んで話を聞き,彼に
「部下にはもっと具体的に課題を指摘し,納得してもらえるように論理的に説明しなくてはならない」 「上司と部下は仕事が上手くいくようなルールを共有化しなくてはらない」 「上司は“仕事に役立つ科目”を体系化し,それを部下に責任を持って伝えなければならない」 |
という話をし,坂本に上司の役割,責任についてアドバイスしたのです。
さて,今回は,藤井の文書をどう添削していけばよいかを坂本に教えた際のエピソードを紹介します。これは“仕事に役立つ7つの科目”の一つ目「文書」に関するノウハウがテーマとなります。
上手い“文書添削”ができなければ部下から信頼されない
芦屋: | 坂本,ちょっと君には厳しいことを言うかもしれないが,上司という立場の「先輩」である僕のアドバイスをぜひ,受け入れてほしい。怒ってはいけない。とにかく聞き入れてほしいんだ。
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坂本: | はい。
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芦屋: | 人は本来,自分の仕事を他人に批判されたくないと思ってる。藤井もそうだし,君もそう。もちろん,僕もそうだ。自分が正しい,問題ないと思っていることを他人から批判されれば気分を害す。当然,それが上司でも同じ。上司だから,表面上は聞き入れるけど,腹の中では不満に思う。それが自然だよ。
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坂本: | それは,そうでしょうね。
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芦屋: | そう,それが基本。でも,いつもそう思うわけじゃないよ・・・それはどういう場合か君に分かるか?
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坂本: | うーん。自分の自信があることは文句言われると不満ですよね。でも,そうじゃないこと,新しい仕事などまったく知らない分野で指導されても不満には思わないですね。
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芦屋: | そう。人は,自信のあること,自分のやり方で問題ないと思っていることに文句言われると不満を持つけど,自分が「駄目だ」と自覚していることを指導されることにあまり抵抗はないんだ。「駄目だから指摘される」,「できないからできるようにアドバイスをもらう」という心理状態になる。
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坂本: | なら,藤井は「自分の文章は問題ないのに,修正を指示された」から不満ということになるという理解でいいでしょうか。彼には文書が下手という自覚がないということですよね。
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芦屋: | そう。その通り。ここが大事なんだけど,「自覚がない」というのが厄介なんだ。自覚がなければ指導しにくく,自覚があれば指導しやすい。だから,教育効果を高めるまず必要なのは,「自覚を持たせる」ことなんだ。つまり,藤井に「自分のは駄目文書だから添削される」と納得してもらわなくてはならないということ。君は藤井に「自覚を持たせる」言い方をしたか?
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坂本: | ・・・
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芦屋: | 君は,藤井の文書を見て,「全体的に分かりにくい」,「バランスが悪い」と言った・・・でも,それじゃ藤井には何が悪いのか分からない。何が悪いか納得できる説明がなければ,「俺は悪くない。坂本さんの指摘がおかしい」という具合になる。人は誰でも素直ではないよ。藤井は気が強い。今まで開発部で通っていた文章力がここに来て急に「駄目」といわれても納得できるわけがない。厳しい言い方だけど,今回のケースは上司である君の「努力不足」なんだ。
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坂本: | でも・・・
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芦屋: | まあ落ち着いて聞けよ・・・おそらく,君の言うことは正しい。藤井の文書を僕はまだ見てないけど,おそらく,君が言うとおり「分かりにくく」,「バランスが悪い」のだと思う。君は開発部から異動した後,僕の下でいろんな文書を見て,僕の文書添削を受けてきた・・・だから,既に君には,僕の文章術が伝播しているんだ。だから,藤井の文書をおかしいと思う。違うか?
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坂本: | ・・・そうです。
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芦屋: | でも,藤井はそうじゃない・・・つい最近まで開発部にいたんだ。彼は彼の文書の書き方で後輩の文書添削もしてきたんだと思うよ。エンジニア同士の「通じればよい,ビジネスルールがあまり関係ない」文書の書き方でね。だから藤井は「自分の文書力は問題ない」と思っている。でも,ここはエンジニアだけの世界じゃない。お客さまやシステム以外の人にも,部長層や経営層にも伝わる文書力を必要とするんだ。君が文書力として考えるのは,そういうビジネス文書力。そして,藤井が文書力と思っているのは,エンジニアの間だけで通じればよい文書力。君も藤井もそれぞれ自分が正しいと思っている。だからギクシャクする。
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坂本: | なるほど。では,藤井には,「ここで必要な文書力とはどういうものか」ということをしっかり説明し,その基準に照らし,「どこが,なぜよくないのか」,「どうすればよいのか」を理解させればよいということになりますね。
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芦屋: | そう。その通り。お互いが「自分が正しい」と思っているんだから,性質が悪い。それをきっちり説明してあげて,自覚をもってもらうことが必要だ。そのために,君は正しい文書添削力を持たなくてはならない。
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坂本: | 文書添削力・・・
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芦屋: | そう,部下の文書に抽象的に意見を言うのではなく,「どこが,なぜ,悪いのか,どこをどう修正すればよいか」を理路整然と話せること。これができなければ,部下に信頼されないし,尊敬されない。リスペクトされないんだ。部下を引っ張ることができないから,仕事が成功しない。君は駄目上司と低評価される。
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坂本: | ・・・
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芦屋: | 大丈夫。今から教えるよ。では,藤井が書いた文書を見ようか。何の文書?
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坂本: | この前私と藤井で東さんと戸塚さんのところに打ち合わせに行ったときの報告メモです。
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芦屋: | あれか。まあ,大きな問題がないと電話で報告受けたときのやつだな。見せてくれるか。
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坂本: | これなんですが・・・
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芦屋: | なるほど・・・これは君の言うとおりだな。分かりにくいし,バランスも悪い。で,君はどんな具合に添削する?
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坂本: | それが,イメージは思い浮かぶのですが,具体的に赤ペンを入れようとするとかなかな筆が進まず・・・
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芦屋: | そうか。では,今から考えてみて。これから“文書が上手いと言わせる”5つのテクニックを説明するよ。それを聞いて,明日までに赤を入れてきてほしい。答え合わせはそのときにしよう。
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坂本: | はい。
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芦屋: | ではいくよ。 まず,(1)つめは構造化の概念だ。文書は,同じテーマの話をグループにして,番号を振って書いていくほうが見やすい。例えば,「1.先方の要望,2.先方の意見,3.当方の所感/読み,4.今後の予定」など。バラバラに書かれるよりも,グループ化したほうが読みやすい。構造化の概念は,「大項目,中項目,小項目」や「概要,詳細」のようにレイヤ(階層)の分類も必要だ。大きな話と細かい話が同レベルで書かれていると辛い。 |
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坂本: | それは,そうですね。
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芦屋: | (2)つめは,事実と,意見や推定は分けて書くこと。「大きな問題はないと思われる」というのは推定。事実ではない。
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坂本: | はい。
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芦屋: | (3)つめは,推定や意見という「主張」には根拠を書くこと。先ほどの,「大きな問題はないと思われる」というのは根拠にとぼしい。書くなら,「先方の発言(当方に好意的,当方が一番優れているという主旨の発言)から推定すると,大きな問題はないと判断」のように書かなくては駄目だ。 (4)つめは,主語をはっきり書くこと。誰が,何を発言したのか。当方なのか,先方なのかあいまいだと本当に分かりにくいんだ。 (5)つめは,省略をしないこと。我々はこの仕事を担当しているから分かるけど,他の人は,東さんが何しているのか,戸塚さんがどういう役割を担っているのか。今,どういうフェーズで,当社は何をしようとしているのかが分からない。これでは,報告書を読んでもチンプンカンプンなんだ。だから,適宜()内に補足したり,脚注で説明したり,「分かりやすいように」配慮してあげることが必要なんだ。分かるか? |
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坂本: | はい,とにかく,添削してみます。
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芦屋: | 今説明した(1)~(5)は文書に共通するルールなんだけど,他にも「結論が先,各論が後」,「大事なことが先,そうでもないものは後,どうでもよいことは書かない」,交渉録的要素が強い報告書や議事録の場合は,「ペンディング項目を一覧化する」,「決定事項を一覧化する」,「いつまでに決着させるかを明確にする」ということも非常に重要になる。坂本,こんなルールを上司と部下で決めてしまえば,後は楽になるんだよ。 |
坂本には,こんな話をしました。そして,坂本に実際に添削してもらうことにしました。次回は,藤井の文書をどう直して,どのように納得してもらえる説明をすべきかを具体的に説明しましょう。
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