「アップルの『iPhone』の話をするとき,だいたい私はディズニーランドを引き合いに出します」。こう語るのは人気ブログ「Life is beautiful」を執筆する米UIEvolutionの中島聡CEO(最高経営責任者,写真1)。中島氏は米マイクロソフトでWindows 95やInternet Explorerの開発に参加したことでも知られる。
10月26日,東京都内で開催中のイベント「IPコミュニケーション&モバイル2007」で講演した中島氏は,「ディズニーランドと他の遊園地の一番の違いは『ユーザー・エクスペリエンス』」であるという。ユーザー・エクスペリエンスは日本語に変換しにくい言葉だが,中島氏はこれを「おもてなし」と訳す。ディズニーランドはメリーゴ-ランドがあるかないか,ジェットコースターの高低の落差は何メートルかといった個別の機能で勝負していない。「ディズニーランドは入った瞬間からエクスペリエンス(おもてなし)を感じられる場を作っている。すごく楽しくて,帰った後も思い出になる演出をしている」。
中島氏によると,スターバックスコーヒー(スタバ)も同様であるという。「スターバックスのコーヒーはあまりおいしいとは思っていない。コーヒーの味はタリーズやドトールの方がおいしい」。それでもスターバックスへ行くのは,ゆっくり座れるイスや店の音楽,香りなどの演出がある空間で時間を過ごすためだ。「スタバは単なるコーヒーの店ではなく,会社と家の間にある第3の空間を作り出している。スタバはコーヒーの味で勝負していない。トータルのユーザー・エクスペリエンスで勝負している。スタバは入った瞬間にスタバを感じられる」。
米アップルがiPhoneで成功したのはディズニーランドやスターバックスのようにユーザー・エクスペリエンス=おもてなしを提供できたからだ,と中島氏は説明する。「iPhoneを持つことによる喜びや欲しくなる感覚を作り出す。マーケティング,ものづくり,持った後のユーザーに対するサービスの全部を統合したおもてなしを提供しているという点でiPhoneは画期的だ」。よって,画面の大きさやカメラの画素数といった個別の機能でiPhoneと他の携帯電話を比較してもあまり意味はない。カメラの画素数なら,少し古い日本の携帯電話でもiPhoneより上である。
“おもてなし”は買う前から始まっている
中島氏は,このエクスペリエンスの提供はiPhoneの発売前から始まっていたと指摘する。「今年の1月,(サンフランシスコで開催された)『マックワールド』でiPhoneを初めて見たときからユーザー・エクスペリエンスが始まっている。マックワールドの会場にはたった1個のiPhoneしか置いてなかった。1個だけを“月の石”のように展示してあった」。そこから始まり,アップルが運営する「アップルストア」へ行くこと自体が楽しい,iPhoneを買って帰るのも楽しい,箱から取り出すのも楽しい──といった演出が続くので,iPhoneのユーザーは高い満足度を得るとする。
このようなアップルと日本企業はいかにして戦うべきか。「それはすごく難しい戦いだ。単にマルチタッチ(スクリーン)を入れたとかではなく,トータルでの満足感をどうやってユーザーへ提供するかを考えて戦わなくてはならない」。一方,利益率が低くても大量に売るというビジネスモデルもあるが,その市場には中国や台湾のメーカーが待ち構えている。日本の携帯電話メーカーが高品質でユーザー・エクスペリエンスを提供するアップルと,薄利多売の中国や台湾のメーカーとの間に挟まれると「きつい戦いとなる」。
日本の企業の弱さは「トータルでのユーザー・エクスペリエンスの設計を重視していない点。これではアップルとは戦えない」。機能ではなくユーザー・エクスペリエンス=おもてなしによる差異化が重要であると中島氏は強調し,講演を締めくくった(写真2)。