Dropbox(http://www.getdropbox.com/)は,オンライン・ストレージ・サービスを開発,運営するベンチャー企業である。ネット起業への投資で有名なベンチャー・キャピタルY Combinatorや,Sequoia Capitalの投資を受けている。
一口にいえば,インターネットにつながっていればどこでも誰とでも利用できるファイル・サーバーである。容量は無償で2Gバイトと十分なうえ,Windows, Mac, Linuxすべてに対応している。僕がこのサービスを知ったのは2008年11月。それ以来,学校でもアルバイトでも便利に活用していた。
そのDropboxの開発現場が,サンフランシスコ市内の北のほう,“シリコンバレー”ではない場所にある。僕たちが拠点として宿泊していたMountain Viewからは,車で2時間弱ほど。約30人の仲間とDropboxを訪れた。
Dropboxはオフィスビルの1フロアにあった。僕たちを迎えてくれたのは10人弱の社員。全員が24インチの液晶ディスプレイに向かって,コードを見たり,Twitterを見たりと,気ままに過ごしている。手元には技術書と食後の紙皿,さらにメモや落書きまで様々なものが机の上に散らかっていた。まるでサークルの部室のようである。
でも,昨日見たGoogleと共通して感じたことがあった。それはスタッフの人たちが楽しそうなこと。“やりたいように自分の仕事に取り組んでいる”という姿が,きれいに重なって見えた。
そこに友達がいっぱいいるから
スタッフの一通りの紹介のあと,CEOのDrew Houston氏が僕たちの質問に20分ほど答えてくれるという場が催された。ただし,会話はすべて英語である。英語ができる人たちはひたすら会話して笑いまくっている。一方,僕の英語力では,聞き取り,意味を解釈するのに必死だった。“ついてこれないやつが悪い”---たしかにここはアメリカなので当然だ。
理解できた会話の中で,印象に残ったことが1点あった。それは,「なぜシリコンバレーじゃなくてここなの?」という問い。Drewは「だってこっちのほうが友達たくさんいるんだもん」と答えた。
僕がシリコンバレーに行こうと思ったきっかけは,「なぜ世界的にヒットするウェブサービスがシリコンバレーから生まれるのか」という疑問だった。そこにDrewのこの答えで,僕には「別にシリコンバレーじゃなくてもいいんじゃない」と言われているように聞こえた。目からうろこだった。シリコンバレーが特別なんじゃない。きっと,僕自身が,僕に向いた場所を選ぶことが大事なんだ。少し安心した。そして,日本からも生まれないはずはないと信じる気持ちが芽生えた。
やっぱり卓球台
質問の場のあと,社員によるデモを見たり,オフィスの見学をしたりした。僕はオフィスの入り口にあった卓球台が気になっていた。
僕のアルバイト先は,会議室に卓球台があるはてな。なぜか負けるわけにはいかない気持ちが芽生えてくる。同じアルバイトの里田君と僕はCEOを勝負に誘った。Dropbox対はてなの卓球対決,スコアは取っていないが,やや優勢で卓球を終えることができた。
ゲストハウスの最後の夜に
JTPAシリコンバレー・カンファレンスの開催日から,今日のDropboxの訪問までの間,僕たちはMountain Viewにあるゲストハウスに宿泊していた。国内での準備メーリング・リストの参加者の一人が大きく予約をしてくれていたおかげで,日本からの滞在メンバーの大半となる30人ほどがそこに集まっていた。
15軒くらいの一軒家が並ぶ。一つの家には,四つほどの部屋。それぞれに部屋に,二つのダブルベッドと浴室,一つのキッチンと,インターネット接続がある。僕たちは一部屋に8人くらいで泊まったので,僕は一度もベッドで寝ることはなかった。朝早く,各々の訪問先に合わせて出発し,それが終わって帰ってくるころには夜。お互い顔を合わせられるのは,朝の食堂と夜戻ってきたときだけ。それでもここは,最高の環境だった。
僕がDropboxから戻ってきたこの日は,このゲストハウスで暮らす最後の夜だった。この夜,国内で顔を合わせたメンバーのほぼ全員と宴会になった。学生,社会人,起業家,ウェブ系,バイオ系,文系,理系……年齢もキャリアも違う人間が集まって,それまでの訪問と感じたことをさかなに,瓶ビールを飲んだ。
話題は自然と参加者個々の将来に移っていった。僕はスタンフォードに留学したい。彼は起業したい。彼女はシリコンバレーで働きたい……内面的な開示が次々と飛び交う。正直,日本でこんなことを言い出すと,顔をしかめる人は少なくない。現実的でない話と思われがちである。
でも,この仲間たちの間では,まったくそんなことはなかった。自分が感じたことを,あるいは自分が信じたい将来の自分の姿を,そのまま言葉にするだけで,確実に届き,きれいに重なる。酔いも手伝って,不思議な空間にいる感じがする。
周りを見渡すと,ほかの話の輪でも同じことが起こっているようだった。深夜2時,この場を記録したいと思った僕は,カメラをつかんで吹き抜けの上に駆け上がった。
かけ声は「SVC」。全員が笑顔で写った。
この翌日には,僕たちをはじめほとんどの人が帰国やほかの拠点への移動で別れた。次に会えるのは,いつだろうか,その場所はこのシリコンバレーだろうかと思いながら。