時代は動き社会は変化する。新しい時代の萌芽がもっとも鋭敏な形で現れるのは,その国のもっとも先進的な部分なのかもしれない。
日本ではマンガ,アニメ,特撮といった世界で環境問題への警笛が鳴らされ普及していった。では,日本よりも遙か以前に大規模な環境問題に直面した欧米諸国では,どのような形で「環境思想」的なるものが登場したのだろうか? 環境問題研究者の石弘之氏によれば,それは文学の世界に顕著に見られるという。
ドラキュラのモデルは恐怖の「串刺し公」
初期においては,まず「環境問題が起きている」「環境問題は恐ろしい」という認識から始まった。
例えば『吸血鬼ドラキュラ』。ドラキュラは伝説でなく実在の人物がモデルである。と言っても吸血鬼ではない。正式な名前をヴラド・ツェペシュといい,現在のルーマニア内のある地方を治めていた領主だった。彼は当時破竹の勢いだったトルコ軍と勇敢に戦い,何度も武勲を挙げている。敵に対しては仮借なく,トルコの捕虜は,生きたまま木杭を肛門から口まで刺しこまれ,地面に突き立てられた。後世「串刺し公」と呼ばれたのは,この処刑方法からとったという。
こうした残酷な態度は領民に対しても向けられ,人々は彼をドラキュラと呼び出した。ドラキュラとは父のあだ名「ドラクル(=悪魔公)」に由来するとも,一族の象徴であった龍(=ドラゴン)に由来するともいわれている。
しかし,このドラキュラ公は決して悪評一辺倒でもなかった。大変な熱血漢で,「ヴラド公のもとでは,町に盗みはなく,人々は勤勉に働いた」と当時の記録は伝えている。社会主義政権チャウシェスク時代にはヴラド公は侵略者トルコと果敢に戦いルーマニア独立を守った英雄とされていた。別に死後,吸血鬼になったという伝説もない。
一方,欧州,特に東欧からロシア,そしてバルカン半島にかけては元々,吸血鬼伝説が豊富だった。科学的に分析すれば,寒冷地帯であるから比較的死体の保存状態が良好であること,人間の細胞は脳死後も一部が生きていて成長することがある。従って,死後に髪の毛や爪などが伸びても不思議ではない。たまたま何かの機会に死後しばらくたって棺桶を開けたところ,保存状態のよい死体の髪の毛や爪が伸びていたら,「この死体は生きている」ということになる。
とはいえ,実際には死んでいるのだから動いているところは目撃されない。となると「人目につかない夜に活動しているはずだ」。こうして吸血鬼伝説が誕生する。死体が起き上がることは恐怖である。そこで工夫されたのが,死体を棺桶に杭で打ち付け動けなくする方式だ。これが吸血鬼を殺すには心臓に杭を打ち込むという説のおおもとである。