NTT東西地域会社が2024年1月以降、アナログ電話やISDNなど固定電話網(PSTN)を順次廃止してIP網に移行する。産業界が電話回線を使ったデータ通信をインターネット網などに切り替える中、金融業界で移行が遅れている業務がある。金融機関と企業が金融決済データを電話回線でやりとりする「全銀手順」である。
背景には電話回線の移行先にインターネット網を使うか、インターネットと隔絶した専用回線を使うかで、金融機関の意思決定が遅れ気味だった事実がある。信用金庫・信用組合を含む銀行業界の大半は、全銀手順の後継サービスとして専用回線を使う方式だけを採用した。NTTデータが提供する「AnserDATAPORT」である。インターネット網を通じた接続サービスも提供する金融機関は現在、少数にとどまる。
問題は、銀行業界でAnserDATAPORTの採用が2021年からようやく広がったため、金融機関と取引する利用企業の移行が「2022年後半から本格化した」(NTTデータ)ばかりということだ。移行期間が実質2年弱と短いうえに、現在は申し込みが集中しているため、AnserDATAPORTの申し込みから導入完了までには最大6カ月が必要だという。大半の企業が使っているISDN(INSネットのディジタル通信モード)は2024年1月初め〜1月末に全国で順次終了が決まっている。企業は2023年6月ごろまでに手続きを完了しないと、ISDN終了に間に合わない恐れもある。
一方、一部の企業や関係者からは「AnserDATAPORTは費用負担が重い」と懸念の声が出ている。銀行以外の業界では、資金決済にインターネット網を採用した例も多い。費用負担を懸念する一部企業に対し、銀行業界が円滑にAnserDATAPORTへ移行を促せるかも課題として浮上している。
全銀協が認めたインターネット接続、銀行に広がらず
全銀手順は全国銀行協会が定めた業界標準で、企業と銀行間で口座振替の依頼や入出金明細照会などの取引のほか、銀行以外の企業間取引でも多く使われる。アナログ回線向けの「全銀ベーシック手順」のほか、現在はISDN回線を使う「全銀TCP/IP手順」の利用が大半だ。
移行が課題となっているのは、企業の業務システムが金融機関へ決済データを自動送信するEDI(電子データ交換)接続の場合だ。人手が介在する方法ならば、金融機関はパソコンから口座振替データをファイル送信できるサービスなども提供している。インターネット接続で利用可能だ。
銀行とEDI接続を利用する主な業種は、大量の口座振替依頼を扱うクレジットカードや保険、電力・ガス、地方自治体、収納代行企業、通信サービスなどだ。NTTデータの推計では国内で約1万社が存在する。
銀行業界は当初、全銀手順に使う電話回線の有力な移行先としてインターネットを想定していた。全銀協がインターネット網や閉域IP網に対応させた後継規格「全銀TCP/IP手順・広域IP網」を2017年5月に公開している。規格に暗号化通信を導入し、インターネットでも業務に使えるセキュリティーを確保できるとの立場を取っている。なおAnserDATAPORTも全銀TCP/IP手順・広域IP網を閉域IP回線で採用しているが、回線の制約などから通信速度をインターネットよりも低く抑えている。
しかし銀行業界ではインターネットの採用が広がらなかった。現時点で同方式でインターネットによるEDI接続を提供するのはGMOあおぞらネット銀行や、信用金庫26社が参画する九州しんきん情報サービスなどにとどまる。
関係者の話を総合すると、一部の大手金融機関や大口利用者である地方自治体の多くがセキュリティー上のリスクを懸念したことが影響したようだ。当時は総務省が定めた、業務システムとインターネットを使う情報系システムを切り離す「三層分離モデル」が地方自治体に推奨されており、大半の地方自治体がこのモデルを採用していた。
一方、専用回線経由の後継サービスであるAnserDATAPORTも当初は、みずほ銀行が2016年に最初に採用したのが目立つ程度だった。銀行業界で採用が広がったのは、2019年12月にゆうちょ銀行が採用を決めた後からだ。NTTデータによると、金融機関の採用実績は2020年度末の14社から2021年度に76社、2022年度末に134社と、2021年ごろから急増した。NTTデータによると国内のほぼ全ての金融機関が採用する見通しで、2023年度中に160社超を見込む。
つまり電話網の終了が3〜4年後に迫る時期になって、銀行業界ではようやくISDN回線の後継の枠組みが固まった。ゆうちょ銀行など先行した銀行を除けば、企業の新規契約が本格化したのが2022年からといい、実質的な移行期間は2年を切っている。インターネットEDI普及推進協議会(JiEDIA)の仲矢靖之会長代理は「銀行各社の意思決定と移行への着手は明らかに遅かった。流通や製造など他業界は早くからEDIの回線にインターネットを採用し、ISDNからの移行は最終段階に来ている」と指摘する。