新基幹システムの開発頓挫を受け、Z会が2017年11月に委託先の日立ソリューションズ(HISOL)を訴えた裁判。2022年10月にZ会の勝訴が確定し、日経クロステックは同訴訟の一部始終について報じ、主要な争点や開発の問題点を解説した。
関連記事: 日立子会社がZ会に11億円の支払い、システム開発訴訟はなぜ起きたか東京地裁は2022年2月24日の一審判決でZ会の主張を認め、同社既払契約代金のうち11億1394万2000円の支払いをHISOLに命じた。HISOLはこれを不服として控訴したが、東京高等裁判所は2022年10月5日に棄却を言い渡した。その後、HISOLが上告しなかったため、Z会の勝訴が確定した。
実は、この結果はZ会にとって「100%の勝利」とは言えないものであった。Z会が当初請求していたのは27億3056万6856円で、これに対し認められたのは半分にも満たない金額だからだ。
なぜ裁判所は11億円の支払いしか認めなかったのか。背景の1つにシステム開発の受委託で欠かせない「責任制限条項」がある。
賠償責任は契約金額まで
責任制限条項とは契約において受託側の損害賠償責任の上限を定めると共に、責任の発生条件を限定する条項のことである。免責条項、責任限定条項とも呼ぶ。システム開発訴訟に詳しいSTORIA法律事務所の杉浦健二弁護士は同条項について「法的知識のあるベンダーであれば、自社の責任を制限する目的で、責任制限条項を契約に盛り込んでいることが多い」という。
Z会とHISOLの契約にも責任制限条項に当たる記述があり、賠償金額の上限はサービスの契約金額であると定められていた。契約金額に基づいたZ会の請求分は20億2124万4400円となり、裁判所が最終的にシステム障害との関連を認めた個別契約の合計額が11億円であった。
Z会は契約金額以外に、システム障害に起因して生じた緊急対応費用や弁護士費用などを合わせた7億932万2456円もHISOLに請求した。緊急対応費用とはシステム障害で利用できなくなった教材の代替品の準備やそれらの発送費用、問い合わせ窓口の設置費用、社内労務費の増加分などである。
責任制限条項により契約金額を超える損害賠償請求が難しい中、Z会はどういったロジックで緊急対応費用を請求したのだろうか。ポイントになったのはHISOL側の「悪質性」だ。
責任制限条項を定めるに当たっては、受託側にどのような過失があった場合に損害賠償を求められるかが重要だ。具体的には「過失なし」「軽過失」「重過失」「故意」の4種類に分類できる。受託側に重過失や故意、つまり悪質性が認められた場合でさえも賠償しなかったり、賠償の上限金額を著しく低く設定したりしているような責任制限条項は「契約に盛り込んだとしても、係争時に裁判所が認めない可能性がある」(杉浦氏)という。
Z会とHISOLの個別契約には「乙の責めに帰すべき事由による債務不履行に起因して甲が損害を被った場合」(甲はZ会、乙はHISOL)の賠償金額について、「サービス料金相当額」を上限に定める責任制限条項があった。Z会側はこの「乙の責めに帰すべき事由」に悪質性があったため、責任制限条項を適用すべきでないと主張した。これにより、契約金額以上の賠償を請求したわけだ。
だがZ会の代理人弁護士である西村あさひ法律事務所の矢嶋雅子氏も、2023年2月の日経クロステックの取材に対し「システム開発訴訟において、責任制限条項を超える(賠償責任を裁判所に認めさせる)のはハードルが高い」としたように、裁判所はHISOLの悪質性を認めなかった。Z会は最終的に緊急対応費用の請求ができなかった。