小ロットの時代を先行する専業同人
『専業同人』という言葉がある。
出版社契約せずに同人誌を売るだけで生活しているマンガ家の類の事を指している。時たま商業誌に書いているけれども、同人誌の方が活発だという人も多い。
そういった人たちは大衆人気というわけじゃないから部数も収入も大手出版会社の人気作家とは比べるべくもないんじゃないかと思うのだけれども、それなりに暮らしていける程度には回っているのだろう。
青年向け漫画とかだと数万部とかそんな数字になってきておりずいぶんと苦しい業界になっている様だ。
話を聞くとやっぱり、連載で描いてもたいした収入にはならないので同人誌を作って行くしか無いとかいう。まあ、ずいぶんと前からずっとそんな話をしているので、やっぱりそうだよなーといった感じである。
はて?ここは「そういうものだ」で済ませるところなのだろうか?
論点は『売れない作家』とかそういうところではない。「雑誌に書いていると儲からなくて、同人誌を作って売った方が儲かる」というところである。
携帯向けコミック配信も言うに及ばずで、パイが小さくなりつつあるので薄利多売になってきており原稿料も驚くほど安くなってきているとか。
まあ売れないならそのまま市場が消えていくだけなんだろうけれども、漫画業界には『同人誌即売会』という場と風習がたまたま存在していた。そして、セルフリスクで本を製作し、売ることができる。また、同人誌を中継ぎしてくれる流通業者も(善し悪しはともかく)存在している。
製本と流通が作家個人の責任で行える『小さな市場』がもう既に存在しているのである。
ここで注目すべきなのは旧来の出版流通システムより、小ロット個人生産のほうが『まだ儲かる』と断言している人が既にいるところなのではないだろうか。
もちろん日本全国の大衆に向けて生産、配送、販売するという従来の出版システムは必要だし無くなりはしない。販売数も商売としての規模も大きいため、個人がそれにかなうことは無いだろう。
しかし、大衆を顧客とする必要が無い場合。300人から1000人程度を相手すれば暮らしていけるという、小さな規模で良い場合もあるだろう。マニアうけだったり、特殊嗜好だったり、あくまで作家個人のテイストを好いてくれるファンであったり。
そういった小さな市場でうまいことやっていくというのは有りだと考えている。
チェーン店ではなくて、個人経営の定食屋といった業種形態である。
漫画の世界は既に『小さな市場』の可能性というか、実際にそこで暮らしている人がいると表現できるのではないだろうか。
これまでも語ってきたように、大量生産の工業製品だけに因らない、個人工場の小さな市場も取り入れた生活になっていくと考えている。
この同人誌を軸にした漫画業界の広がりは、他の娯楽産業でも起こりうる。
東方アレンジやボカロブームは音楽出版会社に因らない音楽市場を垣間見せてくれている。
ゲームも実は市場が小さくなったジャンル(STGとか)から徐々に同人業界へとシフトしてきている。
ソフトウェア全般も実はそんな感じで、パッケージソフトは激減している反面オンラインソフトは作られ続けている。
これまで流通そのものはオンラインで飛躍したものの、購入や資金の移動がうまく行かなかった。
そこをエイヤっと乗せてしまったのが Apple Store であり Android Store である。
小売りソフトという土壌を作ってくれたのはありがたいけど、プロもアマも同じ土俵にドン!というのと、小さなソフトが小さなクラスタを形成する仕組みが今ひとつ整っていない。
そんなこんなで、超一流しか従来の産業ルートとして成り立たないというのは今後もますます加速していくと思う。
その反対で二流三流が身の丈に合った市場規模を形成するために、小さな市場と小さな流通を形成していくのだろう。
そのときに小さな市場と流通を支えるのが、ネットの力であり情報の力なのだと思う。
そしてその『小さな市場』がハードウェアのほうにも広がっていくのだろう。