久しぶりに図書館で文芸誌の棚を見ていたら(というか『文藝』の別の号を探していたのだけど)、表紙にある「フォークナー」「イーガン」「犬王」の文字が目に入ってきたので、思わず手に取ってしまった。
◎特集2 フォークナー没後60年・中上健次没後30年
【座談会】池澤夏樹×柴田元幸×小野正嗣×桐山大介「文体の暴れ馬『ポータブル・フォークナー』翻訳奮闘話」
『ポータブル・フォークナー』の翻訳者4名の座談会。
実はwebにもアップされている。
【豪華訳者陣による唯一無二の新訳!】『ポータブル・フォークナー』刊行記念、池澤夏樹×柴田元幸×小野正嗣×桐山大介による翻訳奮闘話、公開!|Web河出
翻訳の企画自体は池澤がして、柴田が小野、桐山に声をかけた、と。池澤は当初、翻訳については逃げる気だったとか(実際連載小説と時期が重なって大変だったらしい)
訳文については、柴田からかなり細かくチェック、コメントをもらっての作業だったらしい。
フォークナーについて、難解だと言われているけど、ユーモアもあるよ、とか。文章が仮に難解だとして、抽象的な方向にはいかないんだよ、とか。非白人作家への影響とか。
◎特集3 平家! 犬王! 平家!
『犬王』まだ見れていないんだよなー。『平家物語』もそういえば途中までだ。
◎特集4 SFマガジン責任編集 グレッグ・イーガン祭
【短篇】グレッグ・イーガン 山岸真訳 「籾殻」
『宇宙消失』と『順列都市』の間くらいに書かれた作品。
初期作品で未訳のもの、まだあったんだな。
ググったら、グレッグ・イーガン “Chaff” - 視神経にあらすじなどは大体書いてあった。
コロンビアとペルーの密林地帯に、エル・ニドという謎の領域があって、麻薬カルテルとかが根城にしている。
主人公は、突如アメリカからエル・ニドへと亡命した科学者ラルゴを連れ戻すようCIA?から言われてエル・ニドへ潜入する。
身体改造して、エル・ニドのウイルスへの耐性などつけているが、結局捕まる。ラルゴからは、雇い主は主人公とラルゴの両方殺すつもりだったんだろう、と言われたりする。
最終的には、ラルゴは、脳の配線を変えて望んだ自分になれる技術を開発していたという話で、そもそも望んだ自分の姿って一体なんだってなる、初期イーガンのアイデンティティもののヴァリエーションではある。
その点のテーマ的なところでは、イーガンの他作品と比べてちょっとというところはあるが、エル・ニドの設定とかは結構面白い。そもそも、イーガン作品でコロンビアのジャングルが舞台っていうのが、既にちょっと面白いというか。
2053年とかが舞台だけど、大コロンビア復興運動があって、でもテロでgdgdになっているとかが説明されていたりする。
タイトルの「籾殻」は『闇の奥』からの引用で、作中にも出てくる。主人公が、アメリカのラルゴの家を訪れると『闇の奥』が置いてあって、人間の信念は風に舞い飛ぶ籾殻のようなものだ、みたいな一節に線が引かれている。50歳過ぎてから突然今の安定した生活を捨てて、麻薬カルテルのもとへ渡るという心変わりを示したものか、と思わせておいて、脳の配線改変技術のことを指していたのだな、と分かる話
ジャングルの中に人を探しにいく、という構図自体が『闇の奥』である(ということは解説でも触れられている)
【鼎談】酉島伝法×橋本輝幸×長谷川愛「私たちの大好きなハードSF覆面作家」
そういえばイーガンって覆面作家だったな、と。ググって出てくる顔写真は全部同姓同名の別人ですって注釈があった。
長谷川さんというのは、メディアアート・バイオアートのアーティスト/デザイナーの方らしい。
イーガンは、バイオアートって言葉が広まる前に、バイオアートネタの作品(「愛撫」)を書いてるんですよ、とか。
酉島伝法が、イーガンのことを意識して自作書いてるというような話とか
色々なことをイーガンはやっているけど、異種知性ネタはやってないねーとか
英語圏では、日本ほどの人気作家ではないんだよな(2000年代以降は賞へのノミネートがないとか)。日本での人気は、山岸さんが精力的に翻訳しているおかげでしょう、という話もされている。
あとは、ジェンダー・生殖のテーマをこれだけ書き続けているのも特徴的ではないか、とか。
◎特集1 怒り 感情だけはやつらに渡すな
上3つの特集目当てだったので、こちらの特集はスルー気味だが、気になったものはちらほら
小川哲「スメラミシング」
これはなんとなく読んでしまった。コロナとtwitterと陰謀論
「僕」パートと「私」パートが交互にすすむ。
「僕」は、どことなくASDっぽい青年(。過去に友人とのあいだで傷害事件が何かがあったらしく、それもあって母親が過剰なまでに彼を社会から遠ざけようとしている。それでも「僕」はとあるホテルに就職するが、そこの支配人が他の従業員と仲良くしよう・飲み会しよう圧をかけてくる人。コロナ禍にあっては、マスクやワクチンへの忌避を隠さず、従業員が減る。
「私」パートは、twitterで知り合った人と喫茶店で待ち合わせるところから始まる。この2人はこれから、新宿でのノーマスクデモに参加するところで、相手は強力な反農薬主義者。
「私」は何か特定の陰謀論にはまっているわけではなさそうだが、子どもの頃、プリントや教科書のサイズが違うのが気に入らずハサミで切ったりしていて、「世界を変えたい」と思っている。
「スメラミシング」は、反ワクチン陰謀論界隈で有名になったtwitterアカウントなのだが、意味ありげなことをつぶやいているだけで、それを他のアカウントが読み解きしてみせる、という構図になっていて、「私」はその第一人者的な位置にいる。
残雪 河村昌子 訳「憤怒 」
残雪のエッセイ。エッセイ集からの再録。幼少期の怒りのエピソードと、怒りという感情大人になって忘れていく的な話。