生物の仕組みを分析し、それをもとに工学へと応用する研究分野「バイオミメティクス」について、そのもとに行われている様々な研究トピックをカタログ的に紹介している本。
バイオミメティクスという言葉自体は前から知っていたが、今年の頭あたりに国際標準化のニュースを見かけたりしたので、ちょっと気になっていた。
科博でも企画展をやっていたし。
この本の中で、「生物規範工学」という言葉が出てくるが、科研費の新学術領域研究に採択されていて、そこで使っている言葉。多分、そのための造語。この本の編著者である下村政嗣はこれの代表者で、また科博もこ研究に参加している。
生物、特に昆虫が多いんだけど、まあすごいなというのが素朴な感想
というのも、ナノサイズの仕組みが多くて、よくもまあ自然淘汰という奴はこんな小さい部分を作り込んでいったものだなあと。
かなりたくさんのトピックスがあるので、その中から面白かったものをピックアップするなら……
モスアイ構造というの、何度も出てくるのだけど、光を反射しない=透明になるとか、虫が登れなくなるとか結構面白い
リキッドマーブルも面白かった。接着剤を粉末にして扱いやすくする
昆虫は、偏光を感知できるので、太陽の位置がわからなくても方向がわかるというの、すごいなあと思った。光は光だけど人間には知覚できない何かを知覚している世界、というの想像の埒外にあって面白い。
チューリング・パターンの話、いつかちゃんと本読みたい。
ジンバブエのアリ塚ビル
ドイツ、めっちゃ博物館多い
インダストリー4.0とバイオミメティクスは関連しているらしい
第1章 生物の形や仕組みはテクノロジーにいかせる
第2章 生物表面の多機能性や高機能性に学ぶ
第3章 情報の受信と発信の仕組みに学ぶ
第4章 生物の構造とメカニズムに学ぶ
第5章 生物の設計とものつくりに学ぶ
第6章 生物の相互作用やシステム、生態系から学ぶ
第7章 様々な分野や学問が融合するバイオミメティクス
第8章 バイオミメティクスとこれからの社会
第1章 生物の形や仕組みはテクノロジーにいかせる
1 バイオミメティクスがある日常「ナイロン、マジックテープ、新幹線」
1935年発明 ナイロン(カイコの模倣)
1940年代 面状ファスナー(マジックテープ、VELCRO)はオナモミから
2 古くて新しいバイオミメティクス「歴史はダ・ヴィンチからはじまる」
「バイオミメティクス」という言葉は1950年代後半に、オットー・シュミットが命名
分子系バイオミメティクス(1970年代から酵素や生体膜の模倣、80年代人工光合成、人工筋肉、ナノテクノロジーへ)
機械系バイオミメティクス
材料系バイオミメティクス(新潮流、1990年代くらい)
生態系バイオミメティクス(さらに新しい?)
4 生物模倣技術から生物規範工学へ「技術革新をもたらすパラダイム変換」
5 バイオミメティクスは世界を救う?「経済と環境の両立」
2007年 ドイツ政府の生物多様性についての白書
2008年 COP9にて民間企業による生物多様性保全活動のための組織が発足
2009年 「日本経団連生物多様性宣言」
2010年 サンディエゴ動物園の報告書
これらにおいて、バイオミメティクスが注目されている
コラム1バイオミミクリーとバイオミメティクス
第2章 生物表面の多機能性や高機能性に学ぶ
7 生物の粘液分泌能を模倣した機能材料「離漿現象」
8 昆虫はMEMS技術のヒントの宝庫!「フナムシに学ぶ流体操作」
9 カタツムリの殻から学んだ建築材料「雨でキレイに! ナノ親水技術」
油で汚れづらいカタツムリの殻
数ミリからナノサイズまでの凸凹があることで、水が入り込んで油を浮かして落とす。
タイルを数十nmの粒子でコーティングすると、雨だけで汚れが落ちる
10 ガの眼を模倣した低反射の光学材料「モスアイ構造」
これは科博にも置いてあった。
微小な突起の集合体。
最初、ガの眼で発見されたから「モスアイ構造」という名前だが、トンボやセミの羽にも同じ構造が見られる。透明になって保護色になっていて、光の反射もおさえる。
11 チョウの翅を真似た機能性材料「撥水性・鮮やかさを備えた衣服をまとう」
鱗粉=ウイルスサイズ(100nm)の棚のような構造をしている→この棚によって光の屈折・反射・干渉が起こり、青い波長の光だけが反射される=構造色
12 鮮やかな生物の色は退色に強い「構造色と色素色の違い」
色素色は、特定の色以外を吸収する
構造色は、特定の色の光を強く反射する
退色に強い
13 構造色が可逆的に変化する材料の開発「変色する仕組み」
ルリスズメダイ:刺激を与えると青から緑へ変色→反射小板という組織の間隔が変わることで変色
オパールフォトニック結晶:コロイド粒子を配列、その間にエラストマー(弾性物質)を充填。エラストマーによって粒子の感覚を変える
14 モルフォチョウの不思議に迫る「ナノテクノロジーが創る美」
15 ファンデルワールス力って何?「接着剤がいらない接合材料」
ヤモリの手足には100μmほどの毛(セータ)が生えており、その先にさらに細かい毛(スパチュラ)が生えている
スパチュラにあるパッドのような構造が、ファンデルワールス力によってくっつく
スパチュラには斜めにパッドがついており、水平方向に押すと簡単に剥がれる
十分な接着力とはがれやすい材料の開発
ところで、トピックのタイトルが、「ファンデルワールス力って何?」なのに、ファンデルワールス力の説明がない。
16 気泡を利用したクリーンな接着方法「空気が接着剤になる」
テントウムシは水中でも歩くことができる。
気泡を利用した水中接着
17 凸凹なのにツルツル滑る「ムシも登れないフィルム」
再びモスアイ構造
虫やヤモリは、どんなに傾斜がきつかったり、裏返ったりしている面でも平気で歩くことができるけれど、ナノサイズで凸凹しているモスアイ構造になっていると、毛が接触する面積が少なくなって、くっつきにくくなる
18 雨の日も安定して動けるキリギリスの脚「まるでタイヤ?」
スティック・スリップ現象(高摩擦状態と低摩擦状態が交互に発生)
20 環境に優しい防汚塗料「海の生物の表面から学ぶ」
フジツボや貝などは、かたいものにくっつくが、ゲルにはくっつかない。
21 電子顕微鏡のための宇宙服「高真空下で生命維持させるNanoSuit」
電子顕微鏡は、観察対象を真空にしなければならないので、生物を観察しようとすると、しわくちゃになってしまう。
NanoSuit法を使うと
22 バイオミネラリゼーション「硬くて強いアワビの殻」
頭足類:外套膜で体を覆う。以下の外套膜は発達した筋肉となるが、貝類では外套膜から石灰質を分泌して貝殻に
タンパク質が無機結晶の隙間を埋めることで、割れにくい構造となっている
23 粉末のようにふるまう液体「リキッドマーブルの不思議」
アブラムシ:自分で出す蜜で巣の中でおぼれないように、蜜を個体粒子で覆っている=リキッドマーブル
接着剤をリキッドマーブルにすると、液体の接着剤が粉末状になるので扱いやすくなる。力を加えると、中から液体(=接着剤)が出てくる
24 水の中でもちゃんとくっつく「環境に優しい接着剤」
イガイの接着たんぱく質
コラム2チョウだけじゃない、鱗粉の秘密
紙魚にも鱗粉
第3章 情報の受信と発信の仕組みに学ぶ
25 コウモリとイルカに学んだバイオソナーシステム「音でものを見る」
26 危険、近づくな! 振動や音のサイン「振動や音による行動制御」
昆虫は音や振動を検知して、動きを止めたりする。これを害虫防除技術に利用する
27 音の方向を知る仕組み「ムシの耳と人間の耳」
人間の耳は干渉計になっていて、音の方向がわかる
昆虫は、体が小さくて同じ仕組みを使えない。が、鳴き声を使ってトリック解
28 微弱な風で気配を探る「コオロギに学ぶ気流センサ」
コオロギの感覚毛を真似た気流センサ
29 100キロ先の情報をつかむタマムシの赤外線センサ「冷却不要の赤外線センサの開発へ」
タマムシは、複眼の後ろにある球状細胞が赤外線センサになっている
球状細胞はクチクラの殻で覆われていて、中に水が入っている。赤外線でその水が温められると膨張して、奥にある感覚毛を押す(熱情報→力学情報への変換)
従来の赤外線センサは、光電効果を利用しており、効果をあげるためには冷却すする必要がある
シリコンとコンデンサの間に水を入れた赤外線センサの開発
30 ハエの眼を持つヘリコプタ「複眼で飛行制御」
オプティックフロー
31 月明かりだけでも道に迷わない仕組み「ムシは偏光がわかる」
昆虫は棒状の膜の中に視物質があるので、偏光が感知できる
太陽や月の光は、微粒子によって散乱し、空に偏光のパターンができる。太陽が隠れていても方向がわかる
(感想)人間には知覚できない何かを知覚してるのすごい
32 虫の求愛の仕組みからセンサ技術が生まれる「ガ類の優れた嗅覚メカニズム」
33 アリは匂いで家族がわかる「化学環境センシング」
34 自然生態系のシステムに学ぶ「植物と昆虫の攻防」
植物防御法の開発をめざして研究中
35 人工膜で味見したら?「味の数値化」
味覚センサの開発
電位変化のパターンで、味覚物質ではなく味そのものを数値化(味覚物質は多すぎて個々を分析するのが不可能)
コラム3ミミクリーのミメティクス|昆虫の擬態の巧妙さ
モスアイ構造のセミの翅は、ストロボ撮影しても反射しない
第4章 生物の構造とメカニズムに学ぶ
36 微風でも滑空できるトンボの翅「断面構造の秘密」
普通の飛行機の翼は流線形
トンボの翅は、凸凹している
トンボにとっては、空気は粘性が高い。凸凹によって、粘っこい空気を流している。
トンボは高速ではうまく飛べない
小型風力発電機が開発中。風速1mという微風でも回転するが、風が強くなると性能が低下するので減速機が不要
37 羽ばたいて飛べ! 昆虫ロボットを作る「羽ばたき翼と回転翼」
翼の迎え角が大きいほど揚力は大きくなるが、失速する
ヘリコプターは、迎え角を小さくし、高速回転することで揚力を生む
昆虫は、迎え角を大きくし、高速で動かさなくても飛べる
39 ゴカイの遊泳制御メカニズム「前後左右、自在に進める機構」
40 動物の動きは次世代ロボット技術のヒントが満載!「ドイツのロボット会社の取り組み」
ゾウの鼻を模したロボットアーム
アリやチョウを模した、集団行動できるロボット
41 分子の自己集合がもたらす基本構造「二分子膜の材料化」
43 滑らかに動く関節の構造「超低摩擦な関節軟骨」
コラム4Fin Ray Effect? 魚の鰭に学ぶ
第5章 生物の設計とものつくりに学ぶ
44 人間のものつくりと生物のものつくり「進化適応に学ぶものつくりとは?」
TRIZという問題解決法による解析
人間の技術体系は、「エネルギー」や「物質」に依存
生物の技術体系は、「情報」や「空間」、「構造」に依存
46 自己組織化が創る多機能性「セミの翅にもモスアイ構造?」
50 自己組織化によるバイオミメティクス「ハニカムフィルムで水滴操作」
コラム5寺田寅彦と日本人の自然観|自己組織化研究の先駆者
第6章 生物の相互作用やシステム、生態系から学ぶ
51 宇宙空間で生き残れる生物がいた!「乾燥耐性の仕組み」
ネムリユスリカの幼虫
52 暗闇のエネルギー産出系「環境適応と多様性」
深海生物の化学合成→効率のよいエネルギー変換システムのヒント?
53 生物の体内構造をインフラの設計に取り入れる「カイメンに学ぶフェイルセーフ」
カイメンの体内には水路網がある
一部が目詰まりしても水輸送機能を失わない頑強性
自己組織化による拡張性
54 バイオミメティック・アーキテクチャ「砂漠のアリ塚はとっても快適」
アリ塚は、地下の湿った空気を使って内部を冷却し、煙突によって熱を廃棄する
ジンバブエの首都にあるイーストゲートセンターは、アリ塚の構造を模した空調を持つ省エネビル
ナイジェリアでは、バイオミメティクスクスを適用した環境都市設計の提案も
55 ぶつからないイワシ、渋滞しないアリ「交通手段への応用」
日産のエポロ
科博においてあった
コラム6フグが作るミステリーサークル
奄美大島の海底、放射状に溝の入った直径2mほどのサークル
フグの産卵巣で、海水が流れるために溝を入れている
サークルが見つかったのは90年代半ば。フグがこれを作っているのが分かったのは2011年。
第7章 様々な分野や学問が融合するバイオミメティクス
56 博物館が持つデータをどのようにいかすか?「自然史博物館はバイオミメティクスの宝庫」
日本の博物館の数
自然史部門を含むことのある総合博物館:156館
自然史博物館を含む科学博物館:108館
世界で最も博物館の多い国=アメリカ合衆国
17500館
うち自然史博物館:875館
人口当たりの博物館数が最も多い国=ドイツ
6304館
うち自然史博物館:303館
57 オントロジー・エンハンスド・シソーラスって何?「工学者の発想を言葉で支援する」
生物学の素人でも生物学の情報を見つけるためのツール
=オントロジー・エンハンスド・シソーラス
キーワードから連想していって研究を検索するシステム
59 生物から技術矛盾解決のヒントを探る「バイオTRIZって何?」
TRIZ
ロシアの特許審議員アルトシュラーが、250万件以上の特許を調べて見つけた法則
60 特許調査にみるバイオミメティクス「多岐にわたる応用」
特許庁「平成26年度特許出願技術動向調査―バイオミメティクス」
アメリカと欧州は、医療・生体適合材料、親水性・疎水性材料が多い、日本は光学材料(モスアイ構造のフィルムや構造色)が多い、中国はロボットが多い。
61 工業製品の剛性向上・軽量化とその標準化「生物の順応的成長に学ぶ」
ドイツではバイオミメティクスの国際標準化を推進推進しているが、日本の研究者はむしろ古いと思っていて、関心が低い
第8章 バイオミメティクスとこれからの社会
62 バイオミメティクスはなぜイノベーションか?「欧州で研究活発化」
63 ステークホルダーは誰だ?「社会実装に向けて」
64 心豊かな暮らしを支えるバイオミメティクス「有限な地球環境を大切に」
65 日本の現状と世界との距離「後塵を拝する日本」
推進団体・産学官連携組織、国家政策も、ドイツが先導的で、日本は欧米からやや遅れている
66 インダストリー4.0とバイオミメティクス「自律分散システムと生態系バイオミメティクス」
インダストリー4.0に主力で参加してるドイツ企業も、バイオミメティクスを推していて、特に自律分散システムの方に傾向が寄ってきているらしい。
コラム8だから、博物館に行こう
この、トコトンやさしいシリーズというのは初めて読んだのだけど、1トピックについて1見開きで右頁にテキスト、左ページに図・イラスト・写真という構成
本当に「トコトンやさしい」のかというと、工学系の知識がゼロのような自分にとっては、謎の用語が飛び交うところもわりとあった。
あと、トピックごとに書き手が違っており(なおかつそれは一番最後の執筆者一覧を見ないと分からない。本文ページに書き手の名前はない)、それはそれで別に構わないのだけど、まれに説明が前後していることがある。あと、わりとどうでもいいところをあげると、人名について、敬称なし、先生、氏、博士と敬称がばらばらだったりした。