ショートショートを書きました 面白い、つまらない、どっちでしょう? 評価、感想を下さい。 「スポットライトの陰で」 撮影が終わっても、誰も彼の名を呼ばない。 カメラが止まり、照明が落ちると、スタッフもキャストも別々の方向へと散っていく。 男は自前のタオルで汗を拭きながら控えめに笑った。 ──フッ、いつものことだ。 彼は、いわゆる“汁男優”だった。 作品にその名がクレジットされることはない。もちろんセリフもなく、彼の出演する場面は、主役たちの端で、わずかに体の一部分が映り込む程度に過ぎない。視聴者も彼の顔など知る由もなかった。 作品で求められているのは、エネルギッシュな放出だけだ。右手の強弱でコントロールし、適切なタイミングで確実に“仕事”を果たす。それが彼の役回りだった。 世間では、笑われるか軽蔑されるのが落ちでも、この業界では専門職とされ、彼自身も黙々とこなしている。 若い頃は情熱も夢もあった。だが10年、20年と経ち、気がつけば惰性になりつつある。ベテランはいつの間にか初心を忘れていた。 帰り支度を済ませ、スタジオを出ようとした時、若いADが話しかけてきた。 「いつもありがとうございます。銀狐さんがいないと、現場が締まらないんですよ」 その言葉に、男は思わず返事が遅れた。 年甲斐もなく胸の奥が、じーんと熱くなっていた。 その夜、行きつけのバーで、窓ガラスに映る自分の顔を見つめた。やつれてはいるが、どこか満ち足りている。 たとえスポットライトは当たらなくとも、誰かが必要としてくれるのなら、それでいい。 男は小さくほほ笑み、店を出て夜の街を歩き出した。 背中には、淡い光がほんの少しだけ射していた。 その日、撮影が終わった後、珍しく監督が声をかけてきた。 「なあ銀狐、次回の作品なんだが、男優として出演してみないか?」 男は笑い飛ばした。これまで自分が表に出るなど考えたこともなかった。 「ハハハ。冗談はよしてくださいよ」 だが監督は真剣な顔をしていた。 「いや、じつは指名があったんだよ。相手はお前と絡んでもいいってさ」 心がざわついた。 若い頃、女優さんに触れようとして、スタッフからこっぴどく叱られたことがあった。それ以来立場を弁え、おかしな期待は持たないよう自分を律してきた。裏方に徹し、それがプロとして当たり前だと思っていた。 だが、大抜擢ともいえるチャンスがめぐってきた。断る理由はない。 男は、二つ返事で求めに応じた。 撮影前日、嬉しさのあまり、つい深酒をしてしまった。 「ちょっと、銀狐さん。今日はどうしたの?少し飲み過ぎじゃない」 バーのママの顔が二重に見えた。 「明日も撮影あるんでしょ?」 「フフフ。まあね。今夜はその景気付けさ」 「あら。なんだか嬉しそうだわね」 「ついに俺も、スポットライトを浴びる時が来たのさ。20年かかったけど、腐らず頑張ってきた甲斐があったよ」 この日、男は飲んでも飲んでも自分を見失うことは無かった。それだけ明日の本番に向け、気が張っていたのかもしれない。 監督は相手を教えてはくれなかったが、それは業界をよく知る男にとって、なんの支障にもならなかった。出演している女性はスカウトされた選りすぐりの美女たちだ。そのルックスと色気に不備はない。 イメージトレーニングを重ね、その日は夢心地のまま就寝した。 「よーい、スタート!」 監督の掛け声と共に、撮影が始まった。 ゲイビデオだった。