表面代謝説
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/19 07:05 UTC 版)
1959年、ジョン・バーナルによって「粘土の界面上でアミノ酸重合反応が起きる」とした「粘土説」が提唱された。何らかの界面は化学反応が起き易くなっており、化学反応の触媒としての機能を界面が有することは当時から良く知られていた(詳しくは酵素の項を参照)。この説自体は、赤堀四郎によって提唱された「ポリグリシン説」を基にしている。こうした界面上で有機物が発生し、それらがポリマーに進化していく様子をさらに具体的に論じたのが、ドイツの弁理士ギュンター・ヴェヒタースホイザー(Günter Wächtershäuser)が1988年に論文で発表した「表面代謝説」である。主な趣旨は以下の通り。 黄鉄鉱(FeS2)表面で有機物の重合反応を含めたあらゆる化学反応が発生した。 初期の生命は単位膜によって覆われず、黄鉄鉱表面に存在する代謝系が生命であった。 黄鉄鉱界面上に発生した代謝系は、独立栄養的(二酸化炭素などの無機化合物を炭素源とする)生物であり、最初に生まれた生命は独立栄養生物である。 黄鉄鉱界面上で発生したイソプレノイドアルコールは、古細菌脂質を構成する物であり、単位膜によって覆われた最初の生命は古細菌である。 ほか、多くの主張が見られるが、単位膜系を有しない点、自己複製能力を有しない点で、表面代謝説は生命の定義から逸脱する。しかし、生命の定義というものを再認識させたと言う点で興味深い主張である。 化学進化説の主張によると、初期の生命体は有機物スープを資化していった従属栄養生物だったが、表面代謝説では炭酸固定を行なった独立栄養生物であるとの主張がなされている。その証拠として、以下のギ酸生成式があげられる。 CO2 + H2 → HCOOH(G0'= 30.2kJ/mol) FeS + H2S + CO2 → FeS2 + H2O + HCOOH(G0'= -11.7kJ/mol) 1行目は吸エルゴン反応(非自発反応)であり、エネルギーの外部からの投入を要求する。2行目は黄鉄鉱上でのギ酸生成反応であるが、これは発エルゴン反応(自発反応)であり、黄鉄鉱上で有機物の生成がおきやすいことを示している。 さらに、こうした有機物生成反応のみならずグリセルアルデヒド-3-リン酸およびジヒドロキシアセトンリン酸は、リン酸基(負に荷電している)が黄鉄鉱界面(正に荷電)に吸着され、配向を保ったお互いの分子が重合するという反応が発生し、生成物としてリン酸トリボースという、そのままDNAやRNAの材料となる糖新生反応が起きる。このトリボースにイミダゾール環であるプリン、ピリミジン塩基が結合することによりTNA(トリボ核酸)が生成し、DNAやRNAの雛形となる。グリセロリン酸を基点として各種アミノ酸が生じるモデルも提唱されている。 膜脂質については、前述のイソプレイノイドアルコールの生成モデルがある。イソプレノイドアルコールは脂肪酸に比べて、界面に吸着しやすいため重合反応が見られる。極性脂質誕生以降、ある濃度で脂質がミセル化し、同時に生じたRNA、DNA、タンパク質なども同時に遊離し、そうしたミセル化した脂質の袋こそが、祖先型の古細菌であるとヴェヒタースホイザーは主張している。 表面代謝説は、一見非常に理論的で明快な結論を引き出しているようだが、以下の説明が不十分であるために不完全な理論であると言える。 古細菌から真正細菌への分化の原因。 転写、翻訳の成立。 能動輸送系の成立。 溶媒中で効率の良い触媒(酵素)の形成過程。 しかしながら表面代謝説は深海熱水孔周辺に黄鉄鉱が多く見られることから、熱水孔を生命の起源と支持する学者の間では人気のある仮説の1つである。事実、黄鉄鉱上で酵素の関与無しに代謝系が生じる可能性を示唆した点は非常に興味深い。また、生命の定義にも議論を投げかけた点において、生命の起源に関する説得力ある仮説として支持され続けている。
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