2018-06-04(Mon)
絵に描いた餅は食えない
先週末の 「さよなら新自由主義 菊池英博講演会」は 大盛況のウチに終わりました。
お越しいただいた皆さん ありがとうございました。
会場で出してもらった質問にほとんど答えられなかったので、なんとかして生活フォーラム関西の公式ブログで回答を掲載したいと準備中です。
モリカケなどの直接的に安倍叩きになるネタではなかったので、集まるかなあと心配していましたが、あにはからんや、はじめてお見かけする顔も多く、「新自由主義をなんとかせなあかん」という思いを共有している人は少なくないと感じました。
さて、モリカケ以外のネタと言えば、先日の国会での党首討論で、国民党の玉木雄一郎がモリカケを話題にしなかったうえに、討論終了後に安倍が歩み寄って握手をしたもんだから、フルボッコになっています。
わずか15分なので、どんな問題発言をしているのか、ぜひとも直接確認していただきたいと思います。
どうでしょうか。
取り上げたテーマは二つ。
ひとつは、自動車関税を10倍にする件についてトランプから事前通告はあったかどうか。
ふたつめは、北方領土に在日米軍を置かないと、なぜロシアに確約できないのか。
このテーマ自体は、実質植民地である日本の弱みを的確に突いていて、いいね!と私なんかは思いました。
が、大多数の革新やリベラルの方々にとっては、モリカケではないという一点で 「ゆ党」であり「自民党予備軍」ということなんですね。
自民党予備軍が、「日本が米国のパートナーではなく植民地である」と言うことを端的に示すこのような事例を質問するわけがない、ということがなぜ分からないのか、それが私には分かりません。
おそらく理由はふたつなんでしょう。
最初から「国民党=自民党予備軍」という結論ありきだから。
そして、「討論の内容なんて聞いていないから。」
または「質問の意味が理解できないから。」
しかも、安倍晋三が一直線に歩み寄って握手したのだから、もう国民党憎しの皆さんにおかれましては、内容も理屈もあったもんじゃないわけです。
それみたことか!! ということに相成ったようです。
安倍晋三がかなりの人たらしで、国会閉幕して首相が各党を回って挨拶するときには、あの天敵・山本太郎にさえニコニコと話しかける人物だと言うことを、知ってか知らずか、求められた握手を断らなかっただけで裏切り者確定!とされるのだから、ちょっとどうしていいのかわかりません。
あのシチュエーションだったら、例え枝野幸夫でも手を払いのけることはできないでしょうに。
■■
国民党を憎んで余りある皆さんは、おそらく考えたこともないでしょうけれど、国民党を「維新と同じだ」「ゆ党である」と決めつけることで、一番よろこんでいるのは誰だと思いますか?
枝野さんですか? 志位さんですか?
違いますよ、これは絶対。
論理的にまちがいなく、安倍晋三その人です。
国民党と他の野党が反目していれば、まあ当分のあいだは安倍政権は安泰ですから。
これだけマスコミもモリカケを取り上げて、個別問題では圧倒的多数の国民が「不適切」と感じていても、野党さえフニャフニャにしておけば、自民党は決して負けることはないんです。
この現実は、いかに国民党憎しの正義感の塊の人でも認めざるを得ないでしょう。
私は国民党を支持なんてしてませんよ。
このブログの左側を見ての通り、支持政党は自由党です。
IR法案(の露払い法案)に賛成し、原発再稼働に反対できない国民党はダメダメだとは思っています。
電力労連ほかの連合利権に縛られているのも重々分かっています。
でもしかし、ダメダメだったら排除すべきなの? という一点でもの申しているのであります。
どうなの?本当に排除すべきなの?
排除して、ほんでどうするの?
国民党憎しの方々にこう尋ねると、明確な答えは返ってきません。
中には、「政権なんてとれなくても、ただしいことを言いつづけるべきだ」と
キッパリと明言される方もおられます。
武士は食わねど高楊枝 ではないですが、ここまで矜恃を保たれる方には敬意を表しますが、食わないと死ぬ人もいるということも頭の片隅にはおいていただきたいのです。
素晴らしい政策、清廉な政治、そんなことが実現すれば言うことはないです。
でも、それを待っている間に、耐えられずに死んじゃったり、倒産したり、塗炭の苦しみを味わっている人もいるんです。
絵に描いた餅は、どんなに栄養満点でも誰の命も救うことはできません。ただの一人も。
しかし、泥水で命をつないでいる人は世界中に数え切れないのです。
その人たちに、不衛生だから飲んじゃダメ! と言うのですか
国民党憎しの正義の味方の皆さんの姿は、私にはそのように見えるのです。
■■
私は、政治に多大な期待をするほうが間違っている と思っています。
2009年の政権交代は、ある意味ではそのために崩壊し、癒やされぬ傷を負いました。
あのとき国民が、自民党よりはちょっとマシかもね、くらいに冷めていれば、民主党の裏切りにあきれ果て、あれ以来二度と投票に行かない人が1000万人以上もでることはなかったでしょう。
もちろん、これは国民が悪いのではなく、あのときの民主党は国民の期待を煽りましたし、その熱がなければ初めての選挙による政権交代は実現しなかったかもしれません。
悪いのは何と言っても、裏切った民主党執行部です。これは紛れもありません。
それでもやはり、現実の政治に理想を求めるのは、危険すぎるし、誰も救わない、と思うのです。
大金持ちと大企業以外にとって、自民党よりはマシな政策を実現する。
経団連を魔女狩りするのではなく、ちょっとだけ税負担をしてもらい、国内投資を増やしてもらう。
そんな泥水のような政権交代でも、「自分たちで選ぶ」という経験を積み上げていくことで、「お上がよろしくやってくれる」という民主主義とはほど遠い今までの日本の政治意識が、徐々に変わっていく。
「自分たちで決める」という意識が根付くようになれば、実質植民地である今の日本の現状にも 「あれ おかしいんじゃないの」と気が付くようになる。沖縄だけを孤立させていることにも、気が付き始める。
これが、小沢一郎が描いた「二大政党制による政権交代」の中長期ビジョンなのじゃないか と私は解釈しています。
まさに「自立と共生」です。
これまでも書いてきたように、私の考えは以下の通りです。
選挙用の党は大きくまとまって、最大公約数の(ある意味泥水混じりの)政策を立てる。
ただし、党の中で明確な派閥を作り、現在の主張は曲げずに言いつづける。
当然ながら党議拘束無し。
ただし、選挙公約だけは拘束すべきです。
かつての民主党執行部のような公約破りは除名でしょう。
あの時は、公約を守った方が除名されましたけどね。
正義の味方の皆さんは、政治の目的をもう一度確認していただきたいと思います。
政治の目的は 「正義の実現」 ではありません。断じてありません。
なぜなら、正義は一つではないからです。
「ある正義」を実現すれば、「ほかの正義」が損なわれることは珍しくありません。
政治の目的は「できるだけ多くの人の暮らしが成り立つようにすること」であり、そのために 「正義の折り合いを付ける」 ことです。
つまり、もっとも被害の少ない「妥協の仕方」こそが、政治なのです。
人それぞれの正義を持つことはとても大切なことです。
しかし、違う正義を心に秘めている人もいるのです。
それを真っ正面から戦わせるのではなく、折り合いをつけて生きていけるようにすること。
多くの正義の味方の皆さんは、やむにやまれぬ実体験をとおしてその考えに至ったのだろうと思います。
ですから、なんとしても戦わねばならない。この正義を実現しなければならない、と考えておられるはずです。
その気持ちは痛いほど分かります。
であればこそ、「絵に描いた餅は食えない」という、冷厳な事実を見つめてください。
一歩一歩、日本にはまだほど遠い「民主主義」を根付かせて、少しずつ進んでいくしかないんです。
ずっと前からこのブログをよんでくださっている方は、私が保守とか右翼とかではないとお考えだと思います。
私自身、自分は革新系だし左翼だと思ってきました。
しかし、ここ数年、自由党のみなさんとお話しする機会が増えるにつれて、保守のイメージが変わるとともに、自分は意外や意外、かなり保守だったんだと思うようになりました。
自分の信念が変わったと言うよりも、取り巻く世の中の認識の仕方が変わったのだと自分では思っています。
自分の正義を捨てるのではなく、多くの正義が星の数ほどうごめいているこの広い世の中を、一度深呼吸して眺めてみることが、政治に関わる人間にとって、必要なことなのだと、私は自分の体験から確信しています。
ちょこっとでも、私の言葉が心に引っかかってくださる方がおられれば幸いです。
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会場で出してもらった質問にほとんど答えられなかったので、なんとかして生活フォーラム関西の公式ブログで回答を掲載したいと準備中です。
モリカケなどの直接的に安倍叩きになるネタではなかったので、集まるかなあと心配していましたが、あにはからんや、はじめてお見かけする顔も多く、「新自由主義をなんとかせなあかん」という思いを共有している人は少なくないと感じました。
さて、モリカケ以外のネタと言えば、先日の国会での党首討論で、国民党の玉木雄一郎がモリカケを話題にしなかったうえに、討論終了後に安倍が歩み寄って握手をしたもんだから、フルボッコになっています。
わずか15分なので、どんな問題発言をしているのか、ぜひとも直接確認していただきたいと思います。
どうでしょうか。
取り上げたテーマは二つ。
ひとつは、自動車関税を10倍にする件についてトランプから事前通告はあったかどうか。
ふたつめは、北方領土に在日米軍を置かないと、なぜロシアに確約できないのか。
このテーマ自体は、実質植民地である日本の弱みを的確に突いていて、いいね!と私なんかは思いました。
が、大多数の革新やリベラルの方々にとっては、モリカケではないという一点で 「ゆ党」であり「自民党予備軍」ということなんですね。
自民党予備軍が、「日本が米国のパートナーではなく植民地である」と言うことを端的に示すこのような事例を質問するわけがない、ということがなぜ分からないのか、それが私には分かりません。
おそらく理由はふたつなんでしょう。
最初から「国民党=自民党予備軍」という結論ありきだから。
そして、「討論の内容なんて聞いていないから。」
または「質問の意味が理解できないから。」
しかも、安倍晋三が一直線に歩み寄って握手したのだから、もう国民党憎しの皆さんにおかれましては、内容も理屈もあったもんじゃないわけです。
それみたことか!! ということに相成ったようです。
安倍晋三がかなりの人たらしで、国会閉幕して首相が各党を回って挨拶するときには、あの天敵・山本太郎にさえニコニコと話しかける人物だと言うことを、知ってか知らずか、求められた握手を断らなかっただけで裏切り者確定!とされるのだから、ちょっとどうしていいのかわかりません。
あのシチュエーションだったら、例え枝野幸夫でも手を払いのけることはできないでしょうに。
■■
国民党を憎んで余りある皆さんは、おそらく考えたこともないでしょうけれど、国民党を「維新と同じだ」「ゆ党である」と決めつけることで、一番よろこんでいるのは誰だと思いますか?
枝野さんですか? 志位さんですか?
違いますよ、これは絶対。
論理的にまちがいなく、安倍晋三その人です。
国民党と他の野党が反目していれば、まあ当分のあいだは安倍政権は安泰ですから。
これだけマスコミもモリカケを取り上げて、個別問題では圧倒的多数の国民が「不適切」と感じていても、野党さえフニャフニャにしておけば、自民党は決して負けることはないんです。
この現実は、いかに国民党憎しの正義感の塊の人でも認めざるを得ないでしょう。
私は国民党を支持なんてしてませんよ。
このブログの左側を見ての通り、支持政党は自由党です。
IR法案(の露払い法案)に賛成し、原発再稼働に反対できない国民党はダメダメだとは思っています。
電力労連ほかの連合利権に縛られているのも重々分かっています。
でもしかし、ダメダメだったら排除すべきなの? という一点でもの申しているのであります。
どうなの?本当に排除すべきなの?
排除して、ほんでどうするの?
国民党憎しの方々にこう尋ねると、明確な答えは返ってきません。
中には、「政権なんてとれなくても、ただしいことを言いつづけるべきだ」と
キッパリと明言される方もおられます。
武士は食わねど高楊枝 ではないですが、ここまで矜恃を保たれる方には敬意を表しますが、食わないと死ぬ人もいるということも頭の片隅にはおいていただきたいのです。
素晴らしい政策、清廉な政治、そんなことが実現すれば言うことはないです。
でも、それを待っている間に、耐えられずに死んじゃったり、倒産したり、塗炭の苦しみを味わっている人もいるんです。
絵に描いた餅は、どんなに栄養満点でも誰の命も救うことはできません。ただの一人も。
しかし、泥水で命をつないでいる人は世界中に数え切れないのです。
その人たちに、不衛生だから飲んじゃダメ! と言うのですか
国民党憎しの正義の味方の皆さんの姿は、私にはそのように見えるのです。
■■
私は、政治に多大な期待をするほうが間違っている と思っています。
2009年の政権交代は、ある意味ではそのために崩壊し、癒やされぬ傷を負いました。
あのとき国民が、自民党よりはちょっとマシかもね、くらいに冷めていれば、民主党の裏切りにあきれ果て、あれ以来二度と投票に行かない人が1000万人以上もでることはなかったでしょう。
もちろん、これは国民が悪いのではなく、あのときの民主党は国民の期待を煽りましたし、その熱がなければ初めての選挙による政権交代は実現しなかったかもしれません。
悪いのは何と言っても、裏切った民主党執行部です。これは紛れもありません。
それでもやはり、現実の政治に理想を求めるのは、危険すぎるし、誰も救わない、と思うのです。
大金持ちと大企業以外にとって、自民党よりはマシな政策を実現する。
経団連を魔女狩りするのではなく、ちょっとだけ税負担をしてもらい、国内投資を増やしてもらう。
そんな泥水のような政権交代でも、「自分たちで選ぶ」という経験を積み上げていくことで、「お上がよろしくやってくれる」という民主主義とはほど遠い今までの日本の政治意識が、徐々に変わっていく。
「自分たちで決める」という意識が根付くようになれば、実質植民地である今の日本の現状にも 「あれ おかしいんじゃないの」と気が付くようになる。沖縄だけを孤立させていることにも、気が付き始める。
これが、小沢一郎が描いた「二大政党制による政権交代」の中長期ビジョンなのじゃないか と私は解釈しています。
まさに「自立と共生」です。
これまでも書いてきたように、私の考えは以下の通りです。
選挙用の党は大きくまとまって、最大公約数の(ある意味泥水混じりの)政策を立てる。
ただし、党の中で明確な派閥を作り、現在の主張は曲げずに言いつづける。
当然ながら党議拘束無し。
ただし、選挙公約だけは拘束すべきです。
かつての民主党執行部のような公約破りは除名でしょう。
あの時は、公約を守った方が除名されましたけどね。
正義の味方の皆さんは、政治の目的をもう一度確認していただきたいと思います。
政治の目的は 「正義の実現」 ではありません。断じてありません。
なぜなら、正義は一つではないからです。
「ある正義」を実現すれば、「ほかの正義」が損なわれることは珍しくありません。
政治の目的は「できるだけ多くの人の暮らしが成り立つようにすること」であり、そのために 「正義の折り合いを付ける」 ことです。
つまり、もっとも被害の少ない「妥協の仕方」こそが、政治なのです。
人それぞれの正義を持つことはとても大切なことです。
しかし、違う正義を心に秘めている人もいるのです。
それを真っ正面から戦わせるのではなく、折り合いをつけて生きていけるようにすること。
多くの正義の味方の皆さんは、やむにやまれぬ実体験をとおしてその考えに至ったのだろうと思います。
ですから、なんとしても戦わねばならない。この正義を実現しなければならない、と考えておられるはずです。
その気持ちは痛いほど分かります。
であればこそ、「絵に描いた餅は食えない」という、冷厳な事実を見つめてください。
一歩一歩、日本にはまだほど遠い「民主主義」を根付かせて、少しずつ進んでいくしかないんです。
ずっと前からこのブログをよんでくださっている方は、私が保守とか右翼とかではないとお考えだと思います。
私自身、自分は革新系だし左翼だと思ってきました。
しかし、ここ数年、自由党のみなさんとお話しする機会が増えるにつれて、保守のイメージが変わるとともに、自分は意外や意外、かなり保守だったんだと思うようになりました。
自分の信念が変わったと言うよりも、取り巻く世の中の認識の仕方が変わったのだと自分では思っています。
自分の正義を捨てるのではなく、多くの正義が星の数ほどうごめいているこの広い世の中を、一度深呼吸して眺めてみることが、政治に関わる人間にとって、必要なことなのだと、私は自分の体験から確信しています。
ちょこっとでも、私の言葉が心に引っかかってくださる方がおられれば幸いです。
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