231回忌

今年も巡ってきた。
今日は、ヨアンネスの231回忌である。

慣例に従って、レクイエムK.626を静かに聴く。
今年は、Amazon Music Unlimitedを契約しているので、そこから選ぶことにした。
Amazon Musicでは、たくさんの演奏が配信されているので、どれにするかいろいろ悩んだが、結局、選んだのは次の演奏。

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アーリーン・オジェー(ソプラノ)
チェチーリア・バルトリ(メッゾ・ソプラノ)
ヴィンソン・コウル(テノール)
ルネ・パーペ(バス)

ウィーン国立歌劇場合唱連盟
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
サー・ゲオルグ・ショルティ(指揮)

【録音】
1991年12月5日 ウィーン,シュテファン大聖堂(ライヴ)


録音日を見たらわかるように、没後200年の記念演奏のようだ。
しかも場所はシュテファン大聖堂、葬儀が行われた教会である。(結婚式もここ)

Wien_-_Stephansdomss2.jpg この記事をアップする直前に聴き終わったところ。
まず教会の鐘が静かに鳴らされてから演奏が始まる。
シュテファン大聖堂は、前を通って、入口から中を覗ったことはあるけれど、中に入ったことはない。この演奏を聴く限りでは、教会にありがちな内部の反響は強くない。演奏会にむいている教会かもしれない。
オルガンも多分教会のものなのだろう。大オルガンという感じではないように思った。

奉献唱の後とベネディクトゥスの後にお祈りが入り音楽が中断する。結構長い。
僧(だろう)が祈りの詞を語る。おそらくラテン語。ミサの詞で使われる語がところどころ聴きとれる。そして参会者(聴衆とは言わないほうが良いだろう)が唱和する。参会者が起立する音も入っていて臨場感がある。
全曲が終了すると、今度はちょっと大きめの音で教会の鐘が鳴らされる。録音ではフェイドアウトしていくから、実際に何度撃たれたのかはわからない。
当然だと思うけれど、ライブ録音だが、演奏後の拍手はない。
音楽を鑑賞するというよりも、モーツァルトの冥福を祈ることが、この演奏の目的なのだろう。

そのことで、音楽が中断されて良くないという意見もあるようだ(Amazonのレビュー)

今日、この曲を聴くのはもちろん冥福を祈り、故人を偲ぶためである。その思いを、このミサに参加した人たちと共有できるのだと思えば、これは貴重な体験(といっても録音だけれど)となるような気がする。

演奏自体は良い。標準と思ているリヒター盤と比べて、ディナーミクは少し大きめ。Lacrimosaはちょっとウェット気味だが、それが参会者の涙を誘ったかもしれない。
アーリーン・オージェはやはり素晴らしい声を聴かせてくれた、
ショルティは、変な細工はしない人だと思うが、外連味のない演奏だ。名演に数えても良いと思う。

Amazon Music Unlimited、使いにくい、出来が悪いと散々なことを書いたけれど、許す。
この1曲(CDは手に入れにくい)を収録していたことで、会員を続けて良かったと言って良い。


それにしても没後すぐには、このような立派な追討の式は行われなかった。
天国も地獄も信じない私だけれど、モーツァルトについては、今でも音楽を作っている天国(地獄かもしれない)、その天国は信じたい。

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