Wikipediaの記事を裁判に証拠として提出することの効果
学生が、学校のレポートとかでWikipediaを出典として挙げるという問題は、もう10年近く問題視されてきた。
これに対して裁判所にWikipediaの記事を証拠として提出することはどうか? 一般的には、よく思われない行為とみなされているのではあるまいか?
ところが、MITとアイルランドの大学の研究者が明らかにしたところによれば、裁判官の判断にWikipediaは計り知れない影響力があるというのだ。
Scientists Conclude that Wikipedia Influences Judges’ Legal Reasoning
記事によると、実験的に学生にアイルランド最高裁の判決に関する記事を150本作成してもらい、半分はWikipediaにアップし、半分はそうせずにオフラインで保持し、これを使って裁判官の判断への影響を二通り観察したという。
第一は、ある事件の判決に関してWikipediaに記事が書かれた場合に、その判決が後の裁判で引用される回数が増えるかどうか。
第二は、Wikipediaの記述が裁判官の判決文に影響を与えているかどうか。
その結果、Wikipediaに記事のある判決の引用はそうでない場合に比べて20%増加し、特に一審で、その判決の結論を支持する方の論拠として引用される傾向が強かったという。
このことから、Wikipediaの記事は裁判官やロークラークにとって便利な情報源として利用されていると研究者たちは結論づけている。
また、自然言語分析によれば、裁判の判決文とWikipediaの記事との間に有意な類似性が見いだせるともされている。
かくして、Wikipediaの無名の法的コメンテーターが判決の形成や起案に影響を及ぼしていることは確実だとされており、これには対処が必要であること、さしあたり、法的な分析も含めた法情報で確かなものをネット上に無料でアクセス可能な形で提供していくことが必要だという。
さて、日本ではどうであろうか?
書籍よりは、デジタル情報の方が引用もしやすく再利用もしやすいことは確かである。私も紙媒体の判例集で判決文を読んでも、それを論文などで引用する場合は、裁判所サイトの判決文や、有料データベースの判決文を利用する。判決文の起案にあたって、デジタル化された先例を引用する場合に、コピー・ペーストすることは全然悪いことではない。しかしそれが行き過ぎて、先例となる法準則の部分のみならず判断過程の文章までも再利用しようとなると、当該事件では出てこないことが文章中に現れたりして、それを修正し落とすということもありえないことではない。
そして、その再利用元が出所不明な無名ユーザーであったら、それはもちろん利用する裁判官が文責をもつとはいえ、内容が歪む可能性も無きにしもあらずである。まあそんなことはないとは思うが、仮にそんな事になっていたとすれば、AI裁判官の出現に抵抗できなくなるので止めてね、と思うのだ。
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