民訴教材:弁論準備手続の結果陳述
徳島地裁が、弁論準備手続の結果を口頭弁論で陳述した旨を調書に記載し忘れて、しかし弁論準備手続てされた内容を前提に判決したようで、控訴審でそれが判明した。
手続きミスで徳島地裁判決取り消し 書記官が調書記載忘れ ミス修正し同じ結論の控訴審判決
基本訴訟は「平石山鉱山の工事差し止め請求訴訟」で、「弁論準備手続きで当事者の主張をまとめた準備書面や正当性を裏付ける資料が提出されていたにもかかわらず、口頭弁論では陳述されなかったことになり、形式的には証拠に利用できなくなっていた。」
民事訴訟には、当事者が口頭弁論で主張した事実だけが判決の基礎にできるという弁論主義というルールがあり、準備書面という文書に事実主張を記載して裁判所に出してあっても、それを口頭弁論期日で「陳述」しないと、その内容は主張したことにならない。
#法廷傍聴に行くと、裁判官が「訴状や答弁書は陳述で」といい、弁護士が曖昧に頷いたりしているのが、ここでいう「陳述」である。言葉の本当の意味で陳述するわけではない。そして陳述したことは口頭弁論調書に記載される。
これと同じく、口頭弁論期日ではない弁論準備手続の中で当事者が主張した事実や提出した証拠も、改めて口頭弁論期日でやり直さないとならないのが筋だが、それはあまりに煩雑なので、一括して、その結果を「陳述」すれば良いことにした(民訴法173条)。
#その意味は上と同じで、「陳述」したことを確認するだけで、それは口頭弁論調書に記載される。
ところで口頭弁論で何をしたかは、口頭弁論調書によってのみ証明することができるというルールが別にある(より正確には「口頭弁論の方式に関する規定の遵守 」民訴法160条3項)から、書記官が調書に「陳述」と書かないと、上の謎の仕草「陳述」を実際にはしていたとしても、していなかったことになるのだ。
#なお、書記官が記載する責任者であることは確かだが、調書は裁判官もチェックするし、当事者だって文句を言える(民訴法160条2項)ので、書記官だけを責められない。
となると、それをどうやってリカバーするかということになるが、民事訴訟の控訴審は一審の口頭弁論の続きをやるという建前がある。これを続審という。
ここでもやはり、一審の裁判官の前で主張したこと、提出した証拠などは二審の裁判官の前でやったことではないので、例の謎の仕草「陳述」が必要(民訴法296条2項)だが、「陳述」してやったことにする対象に含まれていない訴訟行為は、それではやったことにならない。そこで、本来なら一審の口頭弁論期日にすべきだった「弁論準備手続の結果陳述」を、その続きである控訴審の口頭弁論期日に行い、それを口頭弁論調書に記載すれば良いのだ。
なお、記事には両当事者が同意したのでことなきを得たようなニュアンスだったが、陳述をするのは一方当事者だけでいい(対立当事者間の主張共通の原則)。一審敗訴の当事者としては、一審からやり直したかったところかもしれないが、無駄な抵抗というところであろう。
以上のように、結果的にはミスが見つかっても何事もなかったように判決に進めるのであり、元々のミスというのも記載漏れという、それも些細といえば些細なことである。ニュースにするほどのことかと思わなくもないが、手続法的には見過ごせない問題だ。
そこで問題となっているルールは、当事者が言ってもいないことを裁判官が勝手に持ち出して裁判をすることは許されないという、当事者が主人公だという基本ルールであり、訴訟の場で言った言わないという争いにならないようにする基本的な仕組みにも関係する。
つまらない形式的な問題に見えることでも、当事者の権利や安心を裏打ちする原理原則に関係するが故に、重要なのである。
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