SNSでなりすまされない権利
インターネットの会員制交流サイト(SNS)で自分に成り済ました人物を特定するため、中部地方の四十代男性がプロバイダーに情報開示を求めた訴訟の判決で、大阪地裁が、他人に成り済まされない権利を「アイデンティティー権」として認めたことが分かった。SNSでは、ネット上の匿名性を背景に、他人名義のアカウントを作って成り済ました人物が勝手な発言をするなどの被害が問題化している。新たな権利が定着すれば、このような行為の防止や早期被害回復が進むとみられる。原告代理人の中沢佑一弁護士によると、こうした権利を認めた司法判断は初。判決は二月八日付で、被害に遭った期間が短かったことなどを理由に、請求自体は棄却。男性は控訴している。
佐藤哲治裁判長は、原告の主張に沿う形で、アイデンティティー権を、他人との関係で人格の同一性を持ち続ける権利だと定義。成り済ました人物の発言が、本人の発言のように他人から受け止められてしまい、強い精神的苦痛を受けた場合は「名誉やプライバシー権とは別に、アイデンティティー権の侵害が問題となりうる」とした。
この権利は憲法一三条で定める幸福追求権や人格権から導かれるとする一方、「明確な共通認識が形成されているとは言い難い」とも指摘。「どのような場合に損害賠償の対象となるような成り済まし行為が行われたかを判断するのは容易ではなく、判断は慎重であるべきだ」と述べた。
大阪地判平成28年2月8日ということになろうか。
「なりすまされない権利」とは「アイデンティティー権」と言えば、日本では新しいように見えるが、いわゆる「氏名権」というのは、プライバシー権の一つとして古くから認められてきた。
フランスでも、大学一年生の民法入門講義で「氏名」の法的保護が扱われ、そこでは商標の保護、パブリシティー権の保護という商業上の利益保護から、氏名の持つアイデンティティーに話が及び、夫婦同氏強制制度から夫婦別姓選択制への転換もこの文脈で説明される。そして姓と名の変更を求める権利も取り上げられる。
日本でいうならば、在日韓国人の本名表示権や母国語の発音で表現される権利が主張されたり、逆に通名の利用を禁止されて損害賠償を求めて認められた裁判例などにも通じるものがある。
なりすまし行為が名誉毀損と成り得る事案では、発信者情報開示が立つのは当たり前である。
そうではなくて、なりすまし行為が本人の社会的評価を低下させず、また上記のようなパブリシティー権や商業的利益侵害もないようなケースにおいて、氏名権侵害というだけで権利侵害=賠償請求が認められるかというと、これまでは認めてこなかった。
上記の裁判例は、報道に現れた文言だけから解釈するなら、その従前の解釈をはみ出すものではないようにも思える。
氏名権の存在を認めたとしても、なりすまし行為がその侵害として違法性を認められるかどうかは、一応別の問題だからだ。
もっともコメントをしている湯淺先生は「アイデンティティー権の侵害に当たると明確に示した」としているので、記事には現れていない文言があるのかもしれないが。
個人的には、なりすまし行為に正当な理由は考えにくく、パブリシティーの利益がなくても法的保護に値する利益としての氏名権侵害を認めても良いと思うが。
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