arret:民訴教材・和解による訴訟終了宣言に被告が控訴、請求一部認容はできるのか?
難しい事件だが、処分権主義の格好の教材ということができる。また最高裁が意識しているかどうかは別として、訴訟判決の既判力についての判示もあり、興味深い。
事案は、貸室の明渡請求事件で、一審で和解が成立したが、被告が和解無効を主張して期日指定申立てをし、一審では和解が有効であるとの判断で訴訟終了宣言を判決でしたので、被告が控訴したところ、控訴審では和解が無効であるとの判断の下で一審判決を取り消し、和解無効確認判決と、原告の請求を一部認容する判決を下した。
この控訴審判決は、明らかにおかしい。原告が控訴していないのに、控訴審で原告の請求を一部とはいえ認容するのは、原判決(訴訟終了宣言)よりも控訴人たる被告に不利である。
また、原告も被告も、和解の有効無効の確認請求は立てていないので、これに対して主文で和解の無効を確認したのは、絵に描いたような処分権主義違反というものである。
#ロースクールの試験問題にこれ出したら、分かり易すぎるとの評価が学生たちから出てくること間違いなしだと思うが。
しかし、被告の控訴により係属した控訴裁判所が、一審の和解有効との判断を覆す時に、原告の請求を認容することは不利益変更禁止に反するとすると、被告の控訴を認めて請求棄却の自判をするのかといえば、それもまたそのような実態判断をしていないのでおかしい。
一部のみの控訴棄却と一部のみの請求棄却ということもありうるかと考えたが、本件の一部認容というのは立退料の支払いと引き換えに立ち退きを命じるという判断であって、性質的に一部棄却となってはいるが、その部分だけを独立させるとおかしなことになる。立ち退きを命じる部分は不利益変更禁止にかかり、引き換え給付を命じる部分だけを本案判決として出すということになるのだが、そもそも引き換え給付部分は既判力を生じる訴訟物に対する判断ではないし、数量的な一部棄却とは異なり、それだけを判断することはできない。
そして最高裁によれば、「和解による訴訟終了判決に対する控訴の一部のみを棄却することは,和解が対象とした請求の全部について本来生ずべき訴訟終了の効果をその一部についてだけ生じさせることになり,相当でない」ということだから、数量的な一部棄却判決でもダメだということになる。
そうすると、結局、残された道は控訴を棄却するということしかない。
これがすわりが悪いと感じるのは、被告が和解無効を主張して控訴を提起し、請求棄却を求めているのに、そして控訴審は和解無効を認めたし請求の一部とはいえ棄却される部分があると認めたのに、ただただ原告が控訴も付帯控訴もせず、つまり相手にしないとの態度をとれば、和解を無効とする判断もできなくなるという点にある。
原告としてはまともに応訴しない方が得だということになりはしないか?
もし、控訴棄却判決を下すことで、和解による終了宣言が確定し、それで和解が有効だという子になるのであれば、解決として適切ではない。
しかし、控訴棄却により和解による終了宣言が確定すると、どういう部分に判決効が生じるかが改めて問われる。
最高裁は次のように書いている。
訴訟上の和解が成立したことによって訴訟が終了したことを宣言する終局判決(以下「和解による訴訟終了判決」という。)は,訴訟が終了したことだけを既判力をもって確定する訴訟判決である
訴訟が終了したことだけが確定するのであって、それが和解により終了したことも、ましてや和解が有効であるということも、既判力は生じないというのが最高裁の判断の前提のようである。
しかし、この点は従来の訴訟判決の既判力をめぐる一般的な認識と大きく異なる。例えば訴えの利益がないとして訴え却下判決が下されたら、その訴えの利益なしとの判断に既判力が生じるというのが多数説、あるいは通説だったからだ。
この点は、この訴訟終了宣言だけの場合の判断であるとして、他の訴訟要件欠缺の場合の見解とは関係がないとして整理することもできようが、注目すべき判断であることは間違いない。
そしてそういう前提であれば、この最高裁が控訴棄却の自判をしたことで確定した訴訟終了宣言にも関わらず、被告は改めて和解無効確認請求訴訟を提起することができるし、それが既判力により妨げられることもない。また原告も和解の有効を主張するか、あるいは無効を前提に改めて原請求を反訴なりで請求すれば良い。つまり、この判決は全く効力はなかったということになる。
さて、それでは、控訴審が被告だけの控訴に基づいて判断をすること自体無駄なことなのかという疑問が生じる。請求認容は不利益変更禁止にかかるし、請求一部棄却はできないとなれば、原告が(附帯)控訴しない限り、控訴審の審理は控訴棄却しかありえないから、やるだけ無駄か。被告単独では控訴できないということになるのか?
これは、そうではなくて、被告の主張が認められて請求の全部棄却という判断になれば、その旨の本案判決はできた。そうなる可能性があるのであれば、控訴審の審理も無駄ではない。
そうではなくて原告の請求を一部でも認めるという本案の結論に立つ限り、それは原告が求めないと下せないということで、結果的に審理が本案判断の既判力に結びつかないのは、それを求めなかった原告のせいというわけである。
こう考えれば、最高裁の結論もすわりが悪いとは感じなくなる。
あとは、本件控訴審が原告に附帯控訴を働きかけなかったところに難点を残すし、その意味では今後の控訴審実務に一つの教訓となる判決だということができそうである。
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