Books:法律書100冊の選定
あなたのお勧めの法律書はどれですか?
くすみ書房のクラウドファンディングに応募し、100冊以内の自分の本棚を一定期間設定するという権利をいただいた。
そこで、100冊を選定しなければならないが、一般の人向けに100冊の法律関係書物を推薦するというのは、結構な難事であることに今更気がついた。
もちろん、普通の本屋に「法律書」として並んでいる受験参考書やハウツー本を並べれば、100冊などあっという間だろうが、それでは面白くない。この本は面白いよと人様に「勧める」というのには適さないものが大半だ(もちろん、それでもこれは、というものが皆無とは断定できない)。
同じように、いわゆる基本書とか教科書、体系書、コンメンタールの類も、授業では紹介しても人様に勧めるものではない。もちろんここでも、「これは」と思うようなものはある。例えば三ヶ月先生の法律学全集といえば、民訴関係者には分かるだろう。賛否は別として。
逆に小説の類も、数は多い(ペリー・メイスンとか和久峻三とか、軽く100冊は超えるだろう)が、「法律書」なのか、というところで難しい物が多い。単なるミステリでしょということになる。例えば宮部みゆきの『火車』は、お勧めの法律書の上位に来るが、彼女の書くものは法実務に関係するものが多いので、境界線は難しい。
海外ミステリとかリーガル・サスペンスとか、数え上げればきりがないし、漫画とか映像作品(テレビとか映画とか)でも良い物はたくさんある。しかし多分映像作品は対象外なのかもしれない。
ということで、法律の棚だから別に中学生をターゲットにしなくても良いとは思うが、一般の書店の企画であることも考慮に入れて、一般の人に「これ、面白いから読むべき」と薦めたい法律関係書100冊を選定したい。
ご提案があったら、このエントリのコメント欄やTwitter、Facebookなどを通じてお知らせいただきたい。その際、ウリ文句もあったらなお嬉しい。
私の思いつくリストは、別ページに挙げておく。
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コメント
いつもブログやTwitterを拝見させていただいております。立命館大学法学部4回生の小林と申します。
法律関係書を100冊募るというエントリを拝見し、学生の身ながら持っている本のいくつかを提案させていただきます。
・小説系
大岡昇平「事件」新潮文庫1980年
日本の文豪が訴訟や法律をテーマとして扱うことは他の国とくらべてみても特に少なく、大岡昇平の「事件」は初めて文豪が正面から訴訟や正義を扱った物として出色の物だと思います。
特に推理小説の業界では裁判の合議を初めて扱ったものであるという評価を受けています。
そして、この本の一層素晴らしいところは法律用語や手続き等の描写が正確である、という点です。
裁判の合議は今もなお裁判官のみぞ知るブラックボックスのようなものですが、本書での合議や裁判官の訴訟指揮については裁判官出身の研究者である伊達秋雄法政大名誉教授が、法律用語や訴訟手続きについてはのちに最高裁判事となる大野正男弁護士が監修しました。
長尾龍一先生の書評にもある通り、大岡昇平の根拠を追求する性格も法的手続きの描写に見事にマッチしており、日本のリーガル・サスペンスものとしては今なお最高傑作の地位にあると私は思います。
ヘンリー・デンカー 中野圭二訳「復讐法廷」早川書房 2009年
ミランダ準則や違法収集証拠排除法則が果たして正義に適うか、ということについて重大な問題提起をした小説です。著者は弁護士であり、法廷の描写の正確性は担保されています。
また、本書は1984年刊のものの復刊ですが、1984年の週刊文春ミステリーベスト10海外部門で1位を取っており、極めて読みやすい本です。
ロバート・トレイヴァー「裁判」創元推理文庫1978年
訳書が出たのは1978年ですが、原著が出たのは1958年なので、大変古い本にあたるのですが、意思能力の無い者をいかに裁くかという今なお重要な問題をテーマにしており、一般人にも法律関係者にも薦めたい本です。
本書の著者は弁護士、検事、州最高裁判事という極めて法曹としての経験が豊富であり、本書も全米ベストセラー連続38週第一位を占め、アメリカでは法廷小説の最高傑作と呼ばれています。
上述の大岡昇平「事件」は本書をモデルにしたものである、と本書の解説で大岡昇平が明言しています。
・グリシャム「パートナー」「原告側代理人」
先生もお読みでしょうから特に説明は不要でしょうが、アメリカの弁護士の法廷外での法技術の使用方法を鮮やかに描いたものだと思います。
・その他読み物系
山形道文「われ判事の職にあり」出門堂2010年
戦後の混乱期に餓死した山口良忠判事の伝記です。
その壮絶な最期から、時に過剰にその思想が喧伝されることもありますが、山口判事自身はそれほどアクの強い思想家ではなく、
むしろ純朴な実務家であったという事実が弁護士である著者の地道な取材活動によって裏付けられています。
現在でも裁判官が「正義」の代理人(弁護士も検事もそうですが)のように、まるで宗教家のように捉えられていますが、
むしろ自身の「正義」に殉じた人がどれほど普通の裁判官であったか本書で知ってもらいたいと思います。
なお、2010年の出門堂版は私が持っている文藝春秋社1982年版より字がかなり大きく読みにくいので文藝春秋社版をおすすめします。
ロイド・P・ストライカー 古賀正義訳「弁護の技術改訂版」青甲社 1974年
ハーバードロースクールの教授職や連邦判事に指名されるが一生弁護士を貫いた極めて名高い弁護士が書いた法廷技術論として今なおアメリカでは読み継がれている名著です。
法廷技術だけでなく、弁護士の役割、名誉、心構えなども熱を込めて語っており、弁護士=人権屋などと言われている今こそ読んで欲しい本です。
ただし入手困難です。
訳者の古賀正義弁護士はジェロームフランクの名著「裁かれる裁判所」の訳者でもあります。
イェーリング「権利のための闘争」岩波文庫
言うまでもない世界的名著です。権利を主張することとはなんぞや、ということをこれほど薄い本で語り尽くす法教育の啓蒙書として最高の本だろうと思います。
中川善之助「民法風土記」講談社学術文庫2001年
中川先生(我妻先生や川島武宜先生、稲本洋之助先生、来栖三郎先生、青山道夫先生などもそうですが)は社会学的調査を用いて、法理論と社会実態を調和させた民法の大家ですが、
その中川先生が調査の過程で感じたこと等を柔らかなタッチで語る紀行文です。
条文以前にあった慣習法としての民法の姿を捉えることもできる好著です。
同じ大家による紀行文としては団藤重光「刑法紀行」というものがあるのですが、こちらは団藤先生特有の厳密な論理性と硬い文章で固まりきっており、正直団藤刑法綱要などを読んでて団藤先生に慣れている人じゃないと読みにくいのでおすすめできません。
ベッカリーア「犯罪と刑罰」岩波文庫
これも言うまでもない世界的名著でしょう。「法と道徳の区別」「罪刑法定主義」等、東大法学部卒の政治家すらなぜか認識していない(あえて無視してるだけでしょうが)近代法の基礎概念を強く叩きこんでくれる名著です。
長尾龍一「法学に遊ぶ 新板」 慈学社 2009年
現代の社会問題や娯楽などと法との関係を基礎概念から問いなおしてくれる好著です。
穂積重遠「法窓夜話」
説明不要の名著です。
ただ私は法学を学んだことのない方に薦めるなら「判例百話」の方が実際に日本で起きた事例を扱っていて比較法や歴史の話が多い「法窓夜話」より日本人には親しみ易いと思います。
我妻栄「法律における理屈と人情」日本評論社 1987年
本書は我妻先生が啓蒙活動の一環として行った講演会を文章化したものであり、一般の方にもわかりやすく民法の思想が説かれています。
・法学入門系
穂積重遠・中川善之助「やさしい法学通論」
三ヶ月章「法学入門」
法学入門の本の役目は、法の前提知識が無い人間に基礎知識を与え、法律家として妥当な価値判断を行えるようにすること、法律学という学問に興味や知的興奮を感じることのできるようにすること、法律学に嫌悪感や難しい印象を与えないよう予防接種することの3つだと私は考えています。
法学入門と銘打つ本は数多くあり、また名著と呼ばれる本もたくさんあります(例えば団藤重光「法学の基礎」、星野英一「法学入門」、我妻栄「法学概論」)。しかしこれ3つの役目を全部果たすことのできた本はこれまで穂積「やさしい法学通論」と三ヶ月「法学入門」の二冊しかないと思います(特に団藤や我妻は3点目では絶望的です)。
まだお薦めしたい本が山ほどあるのですが、とりあえずこの程度に留めておきます。
大変長文で失礼いたしました。
投稿: 小林佑輔 twitter @Yu_Tomioka | 2013/11/13 01:18