Justice:ストラスブール大審裁判所
ストラスブールはアルザス・ロレーヌ地方ということで、裁判制度がフランス本土とは微妙に異なるのだが(例えば商事裁判所はないとか)、大審裁判所は存在する。
この写真の建物は、市のウェブサイトでも紹介されているが、歴史的建造物である。
といっても100年ちょっとではあるが、ドイツ領時代の1890年代、Skjold Neckelmannという建築家により立てられたネオ・グレック様式の建物で、場所的には旧市街から外れた新市街に位置する。
周辺には、アルザス州の弁護士会、欧州仲裁裁判所 Cour européenne d'arbitrage、欧州弁護士会連合会の本部、ストラスブール調停協会、欧州および共同体の法律協会などが同居する建物もあった。
裁判所の内部は、広いホールを中心にして、中程度の法廷が6部屋あり、さらに奥には重罪院用に大法廷があり、結構広い。
もっとも、歴史的建造物で、要するに古いし、人口規模に照らして手狭になっているので、現在は臨時裁判所を2つ作り、民事裁判等はそちらで行っているようだ。
この歴史的建造物の裁判所は、刑事事件(重罪院、軽罪裁判所、少年裁判所)が行われていた。
私が傍聴した法廷では、身柄事件が4件、在宅起訴の事件が1件行われていた。すべての事件で付帯私訴もついている。
傍聴席から見て正面に法壇があり、三名の裁判官が着席している。
同じ高さのボックスが左右にあり、左側には検察官が着席している。右側には、パソコンを備え付けたボックスで書記官がいる。書記官の手前側に、1段下がった高さのベンチが2列と、その前に机のないベンチがあり、その前列のは弁護人と附帯私訴原告代理人とが並んで座っている。その後ろの列には、前の審理の終わりに入ってきた被告人が待機するスペース、前の机なしの列には附帯私訴原告本人が座る。
身柄事件の4件は、すべて同一の検察官、裁判所、弁護人が担当し、流れ作業的に一人づつ法廷に引き出されては、尋問と弁論により結審し、全員の審理が終わると30分くらいして判決が全員について言い渡される。
その流れは、次のとおりである。
まず、被告人が裁判所の面前に引き出されると、裁判長が人定尋問を行い、職歴などを尋ねる。そこでもめる人もいるが、「とにかく記録ではそうなっているから」と相手にされない。
家族状況を聞かれ、よくわからない答えなので、結婚しているかと聞かれ、いやしていないと答えるが、じゃあ独身かと聞くとそうではないといい、要するに訳の分からない人もいたが、これもまた裁判長は「記録によれば何年何月何日に結婚している」と宣言して次に進む。尋問する意味はあまりない。
加えて前科前歴が、やはり裁判長によってずらずらと並べられ、間違いないかと聞かれるが、これは間違いを主張する人もいなかった。あんなにあっては自分でも覚えられないだろうと思うが。
その後、裁判長が、予審判事の報告書に基づいて、公訴事実を簡潔に告げ、「今日すぐに審理を受けますか、それとも後日にしますか」と被告人に聞く。これは身柄事件の4人だけだと思ったが、4人とも今日すぐ審理を受けたいと言って、そのまま進んだ。
それでは公訴事実を、と裁判長が、再び予審判事の報告書に基づいて、やや詳しく公訴事実を述べる。調書朗読も含まれており、証人の述べたことが、ある時は独白方式で、またある時はQ&A方式で読み上げられる。
中には、その途中で裁判長に異議をいう被告人もいるが、裁判長との問答で終わる。
以上の手続が終わると、両陪席裁判官に質問はないかと聞き、検察官に、そして被告人の弁護人にも、質問はないかと聞く。私の見たところでは4人中2人について、検察官がいくつかの質問をし、その他の関係者は全く質問なしであった。
以上が終わると、附帯私訴原告代理人に弁論をさせ、いくらの請求をするのかを言明させる。
その次は検察官の論告で、求刑も行われる。最後は弁護人の最終弁論がある。いずれも5分から10分程度の短いものである。
私の見た5件はいずれも基本的な事実関係には争いがなく、また予審判事の報告書もあるので新たな証人尋問も必要がない事件であった。陪審が参加する重罪院では、精神科医の性格診断から証人尋問が始まるが、軽罪裁判所では証人尋問もまれなのであろう。そもそもが実質審理を予審判事の下で行っているので、裁判というより最終判決言渡し前の確認手続という趣きである。
そのうち比較的やりとりがあったのが二件目のDV事件で、被害者たる妻は母親に付き添われて出廷し、加害者の公判の時は弁護人と附帯私訴原告代理人の席の前のベンチに座っていた。被告人が立たされている弁論台と被害者の座るベンチとの間には仕切りも何もない2メートルあるかないかの空間だったが、被告人の身柄を抑えている警官が両者の間に立ちはだかり、被告人が直接附帯私訴原告を見ることが出来ないようにしていた。
DV加害者は、要するに暴行障害となるが、フランスの場合はDVについて加重犯規定があり、また保護命令を判決に付帯して付けることができる。被告人に裁判長が質問する中で、妻と娘が住む家に近づいてはならないという趣旨の説明をすると、納得出来ない様子で、自分の住処だ、どこにも行くところはないなどと反論をしていた。
附帯私訴原告代理人の弁論では、結婚以来被告人が継続的に被害者に暴力を振るっていて、娘にも悪影響があることを強調し、金銭的な請求だけでなく接近禁止を命じて欲しいと述べていた。これに対する弁護人の弁論は、家を追い出されたら被告人がSDF、すなわちホームレスとなってしまい、更生もできず、むしろ家族に迎え入れるほうが社会的には正しいと述べていた。これには被害者は怒っている様子だったが、附帯私訴原告代理人は肩をすくめるだけ。弁護人の立場上の発言ということであろう。
もう一件興味深かったのは、隣人紛争のケースである。身柄事件ではないので、被告人は傍聴席で待機し、後でわかったことだが、その後ろに附帯私訴原告夫妻が座っていた。
被告人と附帯私訴原告とは同じアパートに住む者同士だが、被告人が附帯私訴原告の家に入り込み、そこで退去せず、物を壊したりしたとして告訴され、刑事裁判になったというのである。
被告人は、裁判官の人定尋問にもまともに答えられない様子で、精神状態は正常では無いようだった。職歴を聞かれても、働いているともいないともつかない答えであった。
ただし、裁判長の説明にも弁護人の説明にも精神鑑定結果が多く引用されていたので、刑事責任は問える状態だったのであろう。なお、この被告人には前の4人とは異なる弁護人がついていた。前の4人は公設弁護人のような様子であったが、この在宅事件の被告人の場合、何らかの福祉関係から派遣された弁護人ではないかと推測されるが、詳細は不明であった。
この隣人紛争ケースだけは被告人以外の者が陳述をした。それは附帯私訴原告本人で、やはり法廷内のベンチに座り、被告人への尋問が終わると、同じ陳述台に立って、被告人の行為を説明し、附帯私訴として何を請求しているのかを説明させられていた。要するにもう迷惑をかけないようにして欲しいということだったが。
その上で、附帯私訴原告代理人が弁論をし、検察官が論告、弁護人が弁論をして結審。
全員の審理が終わると、30分くらい休廷し、再開すると、全被告人が法廷に立たされ、一人づつ判決を言い渡されていった。
DV加害者は1年の拘禁、1年の労働義務、そして家族への接近禁止が言い渡されていた。接近禁止に期間は特に付けられていなかったようである。
実刑判決を受けた3人は、すぐに手錠をかけられて留置施設に連れ戻され、執行猶予のついた一人は手錠無しで留置施設に連れ戻された。
在宅事件の被告人は、もちろん手錠無しで、留置施設に行くのではなく、普通の出口から出て行った。
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