arret:弁護士の受任通知が支払停止と認められた事例
破産法では、支払停止後に個別の弁済を受けると、偏頗行為(えこひいき)として、破産手続の中で取り消され、払ってもらったお金を返さなければならないことがある。これを否認権という。
問題はいつから、個別弁済が偏頗行為となるかである。
この基本的な問題について判示した最高裁判決が公開された。
参照条文たる破産法162条は次のような規定だ。
第162条 次に掲げる行為(括弧略)は、破産手続開始後、破産財団のために否認することができる。一 破産者が支払不能になった後又は破産手続開始の申立てがあった後にした行為。ただし、債権者が、その行為の当時、次のイ又はロに掲げる区分に応じ、それぞれ当該イ又はロに定める事実を知っていた場合に限る。
イ 当該行為が支払不能になった後にされたものである場合 支払不能であったこと又は支払の停止があったこと。
(中略)
3 第一項各号の規定の適用については、支払の停止(破産手続開始の申立て前一年以内のものに限る。)があった後は、支払不能であったものと推定する。
ここでいう支払不能とは、債務者の財産でもって弁済期にある債務を支払うことができない状態をいい、実質的な状態であるから外部からは容易に判別できない。それでは困るので、その外部的徴表があれば支払不能を推定する。その外部的徴表が「支払停止」である。
支払停止とは、一般には、債務者が弁済期にある債務の弁済を一般的継続的に停止したことと定義され、例えば「債務の支払いができなくなりました」と店の前に張り紙をして店を閉めるとか、夜逃げをするとか、あるいは手形の不渡りを繰り返して銀行取引停止処分を受けるといった事実により認められる。
そして上記判例の事案では、多重債務を抱えた債務者が、弁護士に債務整理を依頼し、弁護士が「当職らは、この度、後記債務者から依頼を受け、同人の債務整理の任に当たることになりました。」、「今後、債務者や家族、保証人への連絡や取立行為は中止願います。」などと記載した通知を債権者一般に対して送付したというのである。
従来の常識からすれば、一般的な支払いの停止を外部に示したものといえるかどうか、微妙なところはある。「取立行為は中止」せよということで弁済はしないという表示があったとも言えるし、他方で債務整理の方針や自己破産の方針が明示されているわけではないので、個別弁済は続けるという可能性も残されていたといえなくもない。
はたして、この受任通知の後に、債権者の1人は債務者から17万円余りを取り立てており、またこれを否認して返せという訴訟に対して原審裁判所は、この受任通知は支払停止に当たらないと判断していた。
しかし、最高裁は、従来の議論に比較的忠実に、支払停止に該当するとして、以下のように判示した。
破産法162条1項1号イ及び3項にいう「支払の停止」とは、債務者が、支払能力を欠くために一般的かつ継続的に債務の支払をすることができないと考えて、その旨を明示的又は黙示的に外部に表示する行為をいうものと解される(最高裁昭和59年(オ)第467号同60年2月14日第一小法廷判決・裁判集民事144号109頁参照)。
これを本件についてみると、本件通知には、債務者であるAが、自らの債務の支払の猶予又は減免等についての事務である債務整理を、法律事務の専門家である弁護士らに委任した旨の記載がされており、また、Aの代理人である当該弁護士らが、債権者一般に宛てて債務者等への連絡及び取立て行為の中止を求めるなどAの債務につき統一的かつ公平な弁済を図ろうとしている旨をうかがわせる記載がされていたというのである。そして、Aが単なる給与所得者であり広く事業を営む者ではないという本件の事情を考慮すると、上記各記載のある本件通知には、Aが自己破産を予定している旨が明示されていなくても、Aが支払能力を欠くために一般的かつ継続的に債務の支払をすることができないことが、少なくとも黙示的に外部に表示されているとみるのが相当である。
この判断は、黙示の表示として認めている点で注目されるだろうが、貸金業法21条1項9号の以下の規定を考えれば、至極当然といえよう。
債務者等が、貸付けの契約に基づく債権に係る債務の処理を弁護士若しくは弁護士法人若しくは司法書士若しくは司法書士法 人(以下この号において「弁護士等」という。)に委託し、又はその処理のため必要な裁判所における民事事件に関する手続をとり、弁護士等又は裁判所から書面によりその旨の通知があつた場合において、正当な理由がないのに、債務者等に対し、電話をかけ、電報を送達し、若しくはファクシミリ装置を用いて送信し、又は訪問する方法により、当該債務を弁済することを要求し、これに対し債務者等から直接要求しないよう求められたにもかかわらず、更にこれらの方法で当該債務を弁済することを要求すること。
この規定は必ずしも民事効に結びつくわけではないが、弁護士等の受任通知の法的効果が現れており、特に受任通知を受け取った債務者に対しては、取立行為禁止を意味するのであるから、それにもかかわらず取り立てて受領した弁済金は、後に返還を強いられても不当とはいえない。それだけの警告はなされている。
と考えれば、債務整理の方針や自己破産の受任が具体的に記載されていないからといって、支払停止に該当しないと解さなければならない理由はない。
なお、この判決には須藤裁判官による補足意見がつけられており、それは債務者が大企業の場合にも同様に解するならば再建を妨げるおそれがあるので、大企業の場合は別だというものである。
もっとも、須藤裁判官の言われる大企業の場合と、個人ないし小企業の場合とでは、「受任通知」のあり方が全く異なるのであろうから、本件と同様の事態が大企業倒産の場合に生じるとは到底思えない。従って、あまり意味のある留保とは考えられないのである。
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