arret:刑事確定記録の閲覧につき保管検察官の裁量権逸脱を認めた事例
刑事訴訟の記録は、公判に提出されていないものについては刑事訴訟法47条が原則非公開を定め、公判に提出された後に、その刑事裁判が終結して確定した場合には、刑事確定訴訟記録法という法律に基づいて、検察官が罪の重さに従って保管する。判決などの裁判書は、死刑判決や無期懲役などの事件では100年、逆に死刑相当の事件で無罪判決が出た場合の裁判書は15年という具合である。
そしてその間、請求があれば閲覧を認めるのが原則だが、例外的に、以下の場合に当たると保管検察官が認めた場合は、閲覧を拒絶することができる。
一 保管記録が弁論の公開を禁止した事件のものであるとき。 二 保管記録に係る被告事件が終結した後三年を経過したとき。 三 保管記録を閲覧させることが公の秩序又は善良の風俗を害することとなるおそれがあると認められるとき。 四 保管記録を閲覧させることが犯人の改善及び更生を著しく妨げることとなるおそれがあると認められるとき。 五 保管記録を閲覧させることが関係人の名誉又は生活の平穏を著しく害することとなるおそれがあると認められるとき。 六 保管記録を閲覧させることが裁判員、補充裁判員、選任予定裁判員又は裁判員候補者の個人を特定させることとなるおそれがあると認められるとき。
これらの事由に当たる場合でも、「訴訟関係人又は閲覧につき正当な理由があると認められる者から閲覧の請求があつた場合」であれば、閲覧を認める。
そして刑事裁判の記録は、有罪であれば当然前科情報となり、ほとんどの場合は4号や5号、つまり犯人の更生や関係人の名誉・プライバシー侵害に当たることになる。もとろん「著しく」という限定が付されている以上、常にとはいえないが、そのおそれは常にあると言える。
そうすると、但し書きとしてみとめられた「閲覧につき正当な理由がある」かどうかが主戦場となる。
この最高裁決定の事案は、閲覧請求弁護士の依頼人である甲社が、その株主Cから株主総会招集請求を受けたので、この請求が濫用に当たることを立証するため、つまり民事裁判で証拠に使うために、AB両名の受けた刑事判決書の閲覧を求めたというものである。
AとBとが取締役をしている会社乙は、Cが以前に代表取締役をしていた会社であり、AとBの刑事裁判の判決書から乙社が以前から犯罪行為をしていたことを明らかにして、本件請求も権利濫用だと主張立証するというのが目的である。
保管検察官も原審も、正当な理由には当たらないとしたのだが、最高裁は以下のように判示して、破棄差戻しした。
本件で申立人が閲覧請求をしている刑事確定訴訟記録である第1審判決書は,国家刑罰権の行使に関して裁判所の判断を示した重要な記録として,裁判の公正担保の目的との関係においても一般の閲覧に供する必要性が高いとされている記録であるから,その全部の閲覧を申立人に許可した場合には,Cらとの間の民事裁判において,その内容が明らかにされるおそれがあり,法4条2項4号及び5号の閲覧制限事由に当たる可能性がないではないが,そのような場合であっても,判決書の一般の閲覧に供する必要性の高さに鑑みると,その全部の閲覧を不許可とすべきではない。本件では,申立人が「プライバシー部分を除く」範囲での本件判決書の閲覧請求をしていたのであるから,保管検察官において,申立人に対して釈明を求めてその限定の趣旨を確認した上,閲覧の範囲を検討していたとすれば,法4条2項4号及び5号の閲覧制限事由には当たらない方法を講じつつ,閲覧を許可することができたはずであり,保管検察官において,そのような検討をし,できる限り閲覧を許可することが,法の趣旨に適うものと解される。
最高裁が「国家刑罰権の行使に関して裁判所の判断を示した重要な記録として,裁判の公正担保の目的との関係においても一般の閲覧に供する必要性が高いとされている記録」と位置づけて、可能な限り閲覧を認める方向で工夫せよとしたのは、評価できる。
もっとも、本件においてA、B、あるいはひょっとするとCも、これらの者のプライバシーを侵害しない程度の範囲に絞って閲覧を認めることが、果たして上記の閲覧目的に適うのか、最悪黒塗りだらけでほとんど実質的中身は判読できない文書が閲覧されることになるのではないか、という疑問は禁じ得ない。
民事裁判において、関係人のプライバシー保護と裁判の公開や適正とが対立する場面は数多く、文書提出命令や証言拒絶権の解釈の場面で鋭い利害対立が生じる。
本件の場合は文書提出命令ではなく、裁判外での閲覧を認めるかどうかというものなので、例えば裁判上の記録の非公開とか、知財にあるような秘密保持命令とかで対処することは困難だが、閲覧者に民事裁判以外での情報開示を禁止し、民事裁判でも秘密保護のための仕組みを導入するなどすれば、秘密保護と裁判の適正・公開との対立は緩和されることだろう。
そのような必要性を示唆する一例として、本決定は重要である。
| 固定リンク
「裁判例」カテゴリの記事
- Arret:共通義務確認訴訟では過失相殺が問題になる事案でも支配性に欠けるものではないとされた事例(2024.03.12)
- Arret:欧州人権裁判所がフランスに対し、破毀院判事3名の利益相反で公正な裁判を受ける権利を侵害したと有責判決(2024.01.17)
- jugement:大川原化工機の冤罪事件に国賠請求認容判決(2023.12.27)
- arret:オノアクト贈収賄事件に高裁も有罪判決(2023.10.24)
- arret: 婚姻費用分担請求に関する最高裁の判断例(2023.08.08)
コメント
民事で文書提出命令なら問題ないと、本稿に書いてある。
北海道の養老院へ転出した縄野建三・縄野輝子夫妻の意向を受けた、北弁の「縄野歩」弁護士の受任事件ばかり取り上げないでください。
投稿: 佐々木実之 | 2012/07/04 17:07