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2012/02/09

Franceでは、刑事告訴事件の処理の遅れを理由に国賠が認められた

リベラシオン紙に、児童の性的虐待事件に関連して司法の遅れが断罪されたという記事が載っている。

パリ大審裁判所が国に対して、「船舶学校」事件の容疑者に対する長すぎる捜査を理由に、告訴した被害者たちに250000ユーロを支払うよう命じたというのである。

その元の刑事事件は、子供たちを船に乗せて鍛えるというコンセプトの、ちょっと日本の某ヨットスクールに似た感じの活動をしている「学校」において、1994年、その校長に対する強姦および性的虐待の訴えが起こされ、以来30人もの児童がその種の被害を警察に申告したというのが始まりである。

その被害者のうち14人は民事原告(日本の刑事損害賠償命令制度のモデルとなった附帯私訴原告)になっている。

ところが、この船舶学校の校長と4人の幹部が重罪裁判所に送られたのは2011年5月のことで、その審理は2013年3月に予定されている。しかもまだ重罪裁判所に起訴した事自体、争われていて、御年75歳の校長は結局裁かれないままになるだろうとの感触もある。

これに怒って、被害者のうち11人の告訴人が、国の重過失で17年も手続を遅延させたとして慰謝料請求をしたのだ。

裁判では、被告国の代理人が、被害者が多数いてフランス全土に分散していたため遅れたのだと主張した。しかしパリ大審裁判所は、この主張を認めず、検察官と予審判事の怠慢を認定し、総額245000ユーロと裁判費用5000ユーロの支払いを、原告・告訴人に支払うよう命じたのであった。

裁判遅延は裁判拒否に等しいということわざがあるが、裁判拒否はフランスでは犯罪であり、違法行為でもある。訴訟遅延を理由に損害賠償を命じたのは、フランスでも珍しいとのことだ。

日本では、刑事裁判の遅れで被害者に損害賠償を命じたというケースは聞いたことがない。私が知らないだけかもしれないので、ご存じの方はフォローしていただきたいが、刑事捜査の遅れのため被害が拡大したというケースでは、国家賠償が認められた判決もある。有名な桶川ストーカー事件(平成17年1月26日判時1891号3頁)と、神戸大学院生拉致殺害事件(大阪高判平成17年7月26日)だ。桶川ストーカー事件では、死亡の結果との因果関係を否定しているが、任務懈怠による慰謝料請求は認容されている。

ところが最高裁は、下記のような判決を出しており、これはおそらく判例として定着しているのであろう。
最判平成2年2月20日集民159号161頁

犯罪の捜査及び検察官による公訴権の行使は、国家及び社会の秩序維持という公益を図るために行われるものであって、犯罪の被害者の被侵害利益ないし損害の回復を目的とするものではなく、また、告訴は、捜査機関に犯罪捜査の端緒を与え、検察官の職権発動を促すものにすぎないから、被害者又は告訴人が捜査又は公訴提起によって受ける利益は、公益上の見地に立って行われる捜査又は公訴の提起によって反射的にもたらされる事実上の利益にすぎず、法律上保護された利益ではないというべきである。したがって、被害者ないし告訴人は、捜査機関による捜査が適正を欠くこと又は検察官の不起訴処分の違法を理由として、国家賠償法の規定に基づく損害賠償請求をすることはできないというべきである(最高裁昭和二五年(オ)第一三一号同二七年一二月二四日大法廷判決・民集六巻一一号一二一四頁参照)。以上と同旨の原審の判断は正当であり、これと異なる見解を前提とする所論違憲の主張は失当である。

まあしかし、他方で、被害者の言い分だけ鵜呑みにして拙速な捜査をして冤罪事件でも引き起こせば、今度は違法捜査として被疑者被告人からの賠償請求が待っている。こちらの方は過失があれば国賠に乗るのである。
そういうわけで、犯罪の申告があったときにどう対処すべきかは難しい局面があることは否定できない。

上記の賠償が認められた事例は、極端なケースでもあり、特に桶川事件は立法にも結びついた顕著な事例なので、例外であろう。

いずれにしても、被害者の告訴に対して適切なスピードで事件を処理しなかったことを理由とする損害賠償は、日本では認められなさそうである。

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コメント

その刑事告訴が、嫌がらせ目的で、民事詐欺訴訟の成果物としての虚偽の刑事告訴であった場合は、被害者宛の損害賠償が認められると思いますが、?

投稿: 佐々木実之 | 2012/02/10 11:38

それはそうだと思いますが、強制捜査を受ける社会的ダメージはなかなか回復できるものでもないでしょう。

投稿: 町村 | 2012/02/10 12:22

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