jugement:二重起訴禁止に触れるかどうかが争われた事例
実に筋悪の事件なのが難だが、二重起訴禁止が正面から問われた例である。
特許庁の審判官だった人を被告に、原告の特許を取り消す決定がその前の確定判決に抵触する違法なものだとして、損害賠償と謝罪書面交付を求めたものである。ところが、原告は同じ被告に対し、同じ決定の違法性を主張して、不法行為に基づく損害賠償と謝罪書面交付を求める別訴を提起していた。
被告は、本案前の抗弁として、二重起訴禁止に触れるとした。
裁判所の結論は、二重起訴禁止に触れないというのである。
その理由は、以下の判決文の指摘にある。
原告の本件請求は,特許庁審判官であった被告が,合議体の審判長として本件特許に係る特許異議申立事件の審理を担当した際に,特許異議申立人である住石の利益を図って,「前に確定した判決」(①東京高裁昭和37年6月28日判決,②東京高裁昭和39年6月2日判決,③東京地裁平成4年12月21日判決)と抵触する違法な本件決定をしたことが,被告及び住石の共同不法行為に該当するとして,被告に対し,民法709条,719条に基づく損害賠償として慰謝料100万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日以降の遅延損害金の支払並びにその支払がされない場合には本件決定が前に確定した判決と抵触する瑕疵があったことを謝罪する旨の謝罪書面の交付を求めるもの
原告の別件訴訟の請求は,特許庁審判官であった被告が,合議体の審判長として本件特許に係る特許異議申立事件の審理を担当した際に,①同特許異議申立事件は,不正競争防止法2条1項4号所定の不正競争行為を行った住石によって申し立てられたものであり,同法3条により差し止められるべき事由があったにもかかわらず,被告がこれを看過して本件決定をしたことには,住石の利益を図った故意又は過失であること,②被告は,特許第96574号公報や実公昭46-5289号公報を看過し又は排斥し,本来は要旨変更に当たらない平成7年3月14日付けの補正を要旨変更に当たるとして,理由に食い違いのある瑕疵のある本件決定をしたことは,住石の利益を図った故意又は過失であること,上記①及び②を理由に被告が本件決定をしたことが原告との関係で不法行為に該当するとして,被告に対し,不法行為に基づく損害賠償として慰謝料50万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日以降の遅延損害金の支払並びにその支払がされない場合には本件決定の理由に食い違いのある瑕疵があったことを謝罪する旨の謝罪書面の交付を求めるもの
要するに、本件訴訟は本件決定が確定判決に反する判断をした点で違法だから不法行為だというのに対し、別件訴訟は本件決定は不競法に反する行為を見逃したり認定を誤ったりしたことを理由に違法だから不法行為だというのである。
これをもって裁判所は、以下のように判断した。
本件訴訟及び別件訴訟は,被告が合議体の審判長として本件決定をしたことが不法行為に該当するとして不法行為に基づく損害賠償の支払等を請求する点においては共通するものの,被告が行ったとする具体的な違法行為の内容は異なるものであり,また,原告が被告に対して交付を求める謝罪書面の内容も異なるものであるから,本件訴訟の訴訟物と別件訴訟の訴訟物が同一であるとまで認めることはできないというべきである。
かくして二重起訴禁止に触れないというのだが、そうなのであろうか?
同一の行為が違法であることを理由に不法行為に基づく損害賠償を請求するとき、違法性を基礎づける事実が複数あったとしても、いずれにしても違法性(というか故意過失)を基礎づける事実に過ぎず、訴訟物たる損害賠償請求権が複数あるわけではないのではないか。
分かりやすい例でいえば、自転車を運転中に人にぶつかって死なせてしまったとしよう。不法行為であるから故意過失が必要だが、自転車を運転していた人が酔っ払っていた事実と、携帯電話で通話しながら運転していた事実があって、そのそれぞれが事故の原因となったとすると、損害賠償請求権は二つ発生するのか?
普通は両事実とも運転者の過失を基礎づける事実で、道徳的非難は倍加するかもしれないが、請求権が複数発生するとは考えないであろう。
同一の給付は原則として単一の訴訟物と構成する新訴訟物理論ならもちろんだが、実体法上の請求権ごとに訴訟物を考える旧訴訟物理論にあっても、上記のような違いは違法ないし過失を基礎づける事実の違いをもたらすに過ぎず、請求権が複数発生するとは考えないであろう。
二重起訴禁止だけでなく、上記別件訴訟が請求棄却で確定した後は、その既判力により、本件訴訟で主張されている「確定判決に反する判断をした違法」は遮断され、請求棄却の判断が拘束力を持つはずである。
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