arret:非嫡出子差別合憲決定
既に多くのメディアで報じられているが、今日、判決決定がネットに公開された。
最決平成21年9月30日(PDF判決全文)
法廷意見は、必要最小限のことしか書かれておらず、要するに原判決決定は過去の判例に反しないというだけだが、これに長文の補足意見と反対意見が付いている。いずれも、現時点での非嫡出子差別は憲法に反するとの価値判断を示している。
合憲だとして補足意見を述べた竹内裁判官と、違憲であるとして反対意見を述べた今井裁判官との意見を異にしたポイントは、要するに違憲判決等の効力の理解の違いにある。
竹内裁判官は、本件で違憲判決決定を下すと、本件相続が発生した平成12年6月30日(本件基準日)以後、同様に相続した非嫡出子のすべてについて、違憲判断の効果が及ぶという見解である。従って大混乱が生じるだろうという。
これに対して今井裁判官は、本件で違憲判決決定を下したからといって、これまでの確定した判決裁判に再審事由が生じたり効力がなくなったりすることはないという。
この対立だけについてみれば、今井裁判官が正しい。竹内裁判官は、最高裁がする憲法判決の効力について一般的効力があると考えているかのようである。しかしそのような一般的効力は、たとえ違憲判決を下したとしてもないのである。
このことは一般にも誤解されているかもしれないが、最高裁判所がある法令を違憲だと判断した場合でも、その法令が当然に効力を失うわけではなく、廃止を義務づけられるわけでもない。ただ、その事件においては適用されなくなるだけである。
例えば、最高裁は昭和48年4月4日に、以下のような判断を下した。
刑法二〇〇条は、尊属殺の法定刑を死刑または無期懲役刑のみに限つている点において、その立法目的達成のため必要な限度を遥かに超え、普通殺に関する刑法一九九条の法定刑に比し著しく不合理な差別的取扱いをするものと認められ、憲法一四条一項に違反して無効であるとしなければならず、したがつて、尊属殺にも刑法一九九条を適用するのほかはない。この見解に反する当審従来の判例はこれを変更する。かくして親殺しを死刑または無期懲役とする刑法200条は違憲だと判断されたのだが、その後も法令集から200条が削除されることなく残存し、刑法が現代語化された平成7年に、ようやく削除されたのである。 その間、法律としては効力を持ったまま、実際には適用されないという状態が続いた。
違憲判決の効力が一般的に法令の廃止をもたらすという立法例も、もちろん存在する。ヨーロッパ大陸法はそのような例が多い。これに対してアメリカの司法制度は、事件ごとの判断を下す付随的違憲審査制と呼ばれる制度で、これを戦後の日本国憲法は取り入れたのである。
そういうわけで、過去の他の相続に遡って効力が左右されるというのは全くあり得ないのだか、最高裁判事ともあろう人がそのような初歩的な間違いをしているとは考えられない。竹内裁判官の懸念は、実質的な不平等や実際上の混乱の発生のおそれにあるのだろう。
つまり、本件で非嫡出子の相続分を嫡出子と同一と判断したのなら、同時期以降に相続した非嫡出子が実質的に不公平感をいだき、紛争が再燃するという懸念である。
個別事件での公平平等を確保するのか、それとも他の事件も含めた公平平等を図るべきなのか、難しい選択である。
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コメント
はじめまして。一介の企業法務担当者で、刑法や憲法に
対する感性は高くないので、あまり気にしないでください。
>かくして親殺しを死刑または無期懲役とする刑法200条
>は違憲だと判断されたのだが、その後も法令集から
>200条が削除されることなく残存し、刑法が現代語化
>された平成7年に、要約削除されたのである。その間、
>法律としては効力を持ったまま、実際には適用され
>ないという状態が続いた。
その通りだと思いますが、現実の受刑者に対する対応と
して個別恩赦が実施され(おっしゃるとおり、再審事由
等がないので)、実質的に違憲状態の解消を図ったような
気がするのですが、私の記憶違いでしょうか?
投稿: はる | 2009/10/06 10:10
紛争が再燃するという懸念の為だけで憲法解釈を変えると言うのはおかしいんじゃないですかね。 そう言う事を言い出したら結局はこの差別は永遠に無くならないと私は思います。
実は私も非嫡出子ですが、子の立場からいわせて貰うなら明らかにこれは差別です。 子は親を選べない訳ですからね。 生まれる時に「お前は嫡出子の半分の価値が無いけど生まれますか?」って契約でもあるなら納得しますが・・
こう言う差別はいい加減最高裁が違憲判決を出して立法府で速やかな法の修正をするべきだと思います。
投稿: 迷い猫 | 2009/10/06 12:02
ものすごくどうでもいいことなのですが・・・。
判決ではなくて決定なのですけれど・・・。(^^);
投稿: えだ | 2009/10/06 20:19
ほんとだ。ていうか、なんで間違えたんだろう??
投稿: 町村 | 2009/10/07 10:30
> はるさん
http://hakusyo1.moj.go.jp/jp/15/nfm/n_15_2_2_4_4_0.html
ご指摘の通りです。
投稿: tedie | 2009/10/08 02:38
違憲判決直後から刑法200条削除案を作ろうとしても「わしの目の黒いうちは削除は許さん」と頑張った老政治家がいらっしゃたそうです。その方が平成一桁で鬼籍に移籍(転籍?)されて改正案が日の目を見た模様です。
投稿: キメイラ | 2009/10/08 20:00
tedie様、資料の場所をご教示いただき、誠にありがとうございます。
さて、本件決定が前提としている、平成3年(ク)第143号も見て
みました。大法廷決定ですが、反対意見を5名の裁判官が表明しており
ます。
その、理由中、最後に、「違憲と判断するとしても、当然にその判断
の効力遡及するものでないことを付言する。」とあります。但し、その
遡及させない方法は「違憲判断に遡及効を与えない旨理由中に明示する
等の方法により、その効力を当該裁判のされた時以後に限定することも
可能である。」とあります。
これについて、竹内裁判官が補足意見で、「違憲判断の効力を遡及さ
せず、従前の効力を維持することの法的な根拠については、上記(引用
した)反対意見は明らかにしておらず、学説においても十分な議論が尽
くされているとは言い難い状況にある。」につながっています。
一方、今井裁判官の意見は、「当事者の思惑や譲歩など様々な事情を
踏まえて成立するものであるから、本件規程が無効であることによって
当然に錯誤があるということにはならない。」とあります。
比べてみると、確かに今井裁判官の結論に妥当性があるのかも知れま
せんが、遡及効について、より深く検討しているのは、竹内裁判官の様
に感じられます。
いづれにせよ、本決定における補足意見、反対意見の結論は、「国会
は早く規程の改正をせよ」としている点では、一致していると感じ、そ
の意見の差は大きくないと思いました。
なお、蛇足ですが、平成3年(ク)第143号抗告人代理人の一人に
福島瑞穂大臣が加わっていることの方が、今後の状況に大きな変化を与
えそうな気がしました。
投稿: はる | 2009/10/09 11:50
非嫡出子でもないのにこういう事を言うのもなんですが、
これは差別ではなくて区別な気がします。区別しておかないと、「結婚」というルールも簡単に扱われてしまうし、また「色んな人と関係を持たないようにする」という秩序なんてのも乱れてしまう気がします。もし、誰の子供を持っても同じように財産がもらえるのなら、それを狙った犯罪まがいのことも増えるかもしれません。(結婚はせずに5人くらい子供をもち、母子家庭ということで補助金をもらい、また5人の子供たちは財産も嫡出子と同じようにもらう・・なんて。ないとは言い切れませんよね?)
一概には言えませんが、強いて言えば、もしも差別されるとしたら「きちんとした手順を踏まず(結婚せず)子供を生んだ母親」であり、子供ではありません。母親もそういう事を理解した上で生んだのなら差別するべきではありません。また、嫡出子と同じように財産をもらったから差別の目がなくなるというものでもないし、同じように財産をもらえば価値も同等なんてのも違う気がします・・。
差別だ差別だと言って本当の問題から目をそらすのは・・ちょっと・・。
投稿: 通りすがり | 2010/02/04 13:13