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2020.09.27
ラジオ体操

枯れたと思っていた野牡丹の鉢、残っていた枝に花が咲いた。
よくぞ生き残ってくれたと嬉しくなり、水遣りをしているこの頃である。
この木曜日の朝5時半、新聞を取りに玄関に出たら散歩中のご婦人と出会った。
「ラジオ体操のご夫婦」として知っているご婦人であった。
愛犬「ハナ」が元気な頃のこの時間、私と女房・「ハナ」が散歩に出掛けたものである。
我が家から30分ほど歩くと広い公園があり、周りの散歩道を人が7三々五々歩いている。
朝6時になると、あるご夫婦のラジオからラジオ体操の曲が流され皆は体操をしたもの。
「お久しぶり、こんなところで珍しいですね、ご主人は?」と私はご婦人に挨拶をした。
「主人は2年前に亡くなりましたので、今は一人で歩いています」とご婦人。
話では腎臓を悪くして病院に入り、院内歩行中に転倒し頭を打って死亡とか。
2年前のことで、ご主人は享年84歳であったという。
まま、病院で事故死とは、世の中ままなりませんね、と会話。
今はあちこち一人で散歩しているというご婦人に、私はお悔やみを申し見送った。
「ハナ」の公園散歩を止め2年以上経つのかと時の流れを感じ、好々爺であったご主人を偲ぶ。
2020.09.23
不完全燃焼

お互いが勝利を意識し、終盤へ向かう局面。私は黒石である。
この19・20・21日に奈良の名園「依水園」で奈良伝統工芸展が開かれた。
知人の陶芸家や南都塗師の出展もあるので21日に女房と一緒に出掛けた。
この4・5ヵ月の奈良は観光客は激減していたが、この日は人通りも回復していた。
鹿も煎餅をもらって元気な様子で、腹をすかせた「野良鹿」も居なくなるかと安心。
さて昨日22日は和歌山へ行った。碁敵との一局を打ちにである。
私は還暦を過ぎて囲碁を習った。有段者である友人に三年たったらの勝負を約した。
そして3年後から年二回の対局を始めたが、この10年間で20連敗という結果である。
昨日は彼の自宅での一局、奥方の茶・菓子の接待を受けながらの対局は3時間20分。
写真の局面は上中央の白陣地へ黒が侵入したところ、お互い長考が続いた。
麦茶・コーヒー・抹茶に和菓子・洋菓子・果物と奥方の気遣いに恐縮しつつ盤面を睨む。
互いに勝利を意識して終局。獲得陣地の計算すると白72黒75。21戦目で私の初勝利。
私はほくそ笑みながら局面を振り返り解説。彼は悔しそうに自分の失着を言い訳。
そして、行き付けのホルモン屋へ出向く。奥方は顔をしかめて同行を拒否なさる。
そのホルモン屋にメニューはない。ホルモンにキムチ・ナムル、玉ねぎ、数量を云うだけ。
ジンギスカン鍋にタレを混ぜたホルモン(牛シマ腸)のボールをひっくり返し載せるだけ。
まま、注文と云えば飲み物である。ビーリか日本酒か焼酎を何杯かというだけのこと。
この店は20年来の行き付けで、不愛想な店主も武骨な愛嬌がある。何よりも旨い。
楽しく飲みながら、ジンギスカン鍋を突っついていると、彼はボソッとつぶやいた。
囲碁は黒石側、つまり先手に6目半のコミ(ハンディ)が課せられているとか。
黒75目対白72目で私・黒の三目勝ちと思っていたら、コミ計算で3目半の白勝ち。
よし、次回こそと不完全燃焼の状態で私は帰路に就く。
2020.09.20
泉下の畏友へ
亡き畏友の満中陰の品か届いた。御仁は死を前に座談会への宿題を出した。
亡くなる3ヵ月前である。「日本人は何処から来たか」という宿題。
私は書き残していた昨年のブログの続きを書き、私なりの答えとしたい。
昨年、つまり2019・07・19のブログ「人類が渡った二つの海峡」。
http://houan7010.blog.fc2.com/blog-entry-1677.html
>アフリカに残った人類のY遺伝子はAとB型で、半島に出た人類はDEとCF型に変異した。
イラン辺りの地で滞留していた人類は、DE型がDとEに分岐、CF型も以下のように分岐。
東ルート(オーストラロイド)…C1b2、F、K、MS、H、L
北ルート(モンゴロイド)…D、C1a1、C2、N、O、Q
西ルート(コーカソイド)…C1a2、I、J、G、R、t,
Eは西ルートで中近東から地中海、アフリカ帰還とされていたが東アフリカに残留とも。<
と書いたが、やはりEはアフリカに残り、後日、中近東・南欧に広がったと学説が改訂。
新説の出アフリカとY染色体遺伝子の拡散図を上下に示す。
上の図ではY染色体Dの日本進入を朝鮮経由としているが、樺太・北海道経由であろう。


下の図はY染色体が記されていないが、7万年前と6万年以降の人類の移動。
更に赤丸でネアンデルタール人、青三角でデニソア人との接触の場所と時期。
D系統が、CF系統共に出アフリカ後にイランからチベット高原へ、5万年前頃に分派。
D1a1(チベット人の半数)、D1a2a(大和民族 32%、琉球民族 56%、アイヌ民族 75%)。
D1a2aは日本列島固有型で日本列島以外には略皆無。従って支那・朝鮮経由はない。
そしてD1a2b、インド洋のアンダマン諸島のオンゲ族 100%、ジャラワ族 100%。
デニソア人と遭遇し、支那・満州・朝鮮へ向かったのはC・QとO・N,,、Dは日本へ。
CとQは満州・シベリア・アメリカ、Oは支那・東南アジア、Nはシベリア・フィンランドへ。
O系はO1、O2、O3に分岐、O1は台湾先住民、O2は東南アジア・朝鮮、O3は漢族に。
O2.・O3は弥生以降に日本へ入り縄文人と混交、闘争の跡は見られないのが重要。
他にCやNも含め、日本人には世界的にも珍しい多染色体遺伝子を持つことになる。
4万年前に樺太経由で日本列島へ来たDは縄文人となり、沖縄諸島まで縄文文化の痕跡を残す。
縄文文化の担い手にはD1a2以外にC1a1という日本固有の染色体遺伝子を持つ人がいた。
日本人の3%弱ながら、日本以外には見られず、姉妹群のC1a2が欧州で僅か見られる。
ベルギーやチェコの旧石器時代、スペインやハンガリーの中石器時代の人骨がC1a2。
クロマニヨン人のY染色体遺伝子もC1a2だという、その姉妹遺伝子が日本人にとは?
さて女子テニスの大坂なおみ、父親はカリブ海のハイチの黒人とか。
カリブ海諸島の先住インディオは欧州白人の侵入でほぼ絶滅(虐殺、病原菌)。
代わってアフリカから黒人が連れて来た。なおみの父親のY染色体遺伝子は恐らくE.
宿題を続ける。
ATLウィルスのこと、京都大学ウイルス研究所所長であった日沼頼夫氏の話である。
ATLウィルス、成人T白血病ウィルスの研究である。日本人の中に約100万人いるとか。
TTLウィルスの感染経路は家族内だけの伝播に限られたものだという。
母乳で母から子へ、精液で夫から妻へという感染伝播である。
このウィルスのキャリアは日本以外ではアフリカ人にしか見られない。
アフリカ人が奴隷として連れていかれたアメリカ・カリブ海の黒人にキャリアがいる。
このウィルスの別種がメラネシアやオーストラリアの先住民の中に見られる。
コーカソイド(欧州人・印度人)と新モンゴロイド(東アジア人)にはキャリアはいない。
メラネシアやオーストラリアの先住民とはY染色体遺伝子はC1bである。
ATLウィルスは日本へD1a2の人から入ったのか、C1a1の人から入ったのか・・。
このウィルスキャリアの日本での分布は離島や僻地、山間部に多いと聞く。
つまり、稲作農業を拒んで漁労・狩猟の生活を続けた縄文人の子孫であろう。
最初の日本列島人の男系はY染色体遺伝子D1a2とC1a2の持ち主。
日本人固有の女系m遺伝子は台湾辺りからのM7とシベリアからのN9。
日本人のファーストカップルはD男性とN9女性、そしてC男性とM7女性であったろう。
縄文人の生活力と航海力に、ボトルネックになった南の島の人が娘(B)を託した。
南洋諸島に源を持つm遺伝子Bは、縄文人の女性奪略でなく、保護救出の証。
その時の縄文人社会は、ある種イスラムの一夫多妻になったかもし知れない。
「日本人は何処から来たか」、男女に経路の違いがあるというのが私の思い。
男系の近くて遠い親戚がアフリカ黒人、女系はシベリアと台湾、そして南方諸島。
別話、日本人は同系のY染色体D1a2を持つアンダマン島人を白人支配から救った。
昭和17年3月に日本軍が英領アンダマン諸島へ進軍、終戦時まで占領していた。
まま、遺伝子分離から5万年の悠久の時間だが、「血は水より濃し」。
写真はアンダマン島へ上陸する日本軍。
<
参考までにY染色体遺伝子の系統樹。アフリカ人ABEと日本人固有遺伝子Dの近さが分かる。

現生人類(ホモサピエンス)以前の化石人類の骨が多く発見されるトゥルカナ湖 。
ケニアの西方にある。昔はもっと広い湿地帯で現生人類はこの東北辺りに出現し繁栄。
それが約7万年前にスマトラ・ドバ火山で生活環境が崩壊し人類はボトルネック状態へ
1万人弱となった現生人類の中にY染色体遺伝子の変異を為した男性がいた。
その男の子孫は遺伝子がDEとCFに分岐する頃にドバ火山爆発、そして出アフリカ。
その頃にDEはDとEに更に分岐、Eはアフリカに残りDはCF集団と共に出アフリカ。
その集団は200人前後だったと想定されている。人類のボトルネック効果。
子孫が再び繁殖すると遺伝子頻度が元とは異なるが均一性の高い集団ができるとか。、

アフリカを出たY遺伝子Dがアラビア半島からイラン、チベット経由で日本列島へ。
南回りでY遺伝子Cの一部も日本列島へ、この両者が2・3万年前頃に融合し縄文人に。
今から3千年前頃から、大陸の色んな人たちが日本へ、それを縄文人は受け入れた。
縄文人と渡来人との闘争は遺跡に見当たらないのが、日本人のY遺伝子多様化を示す。
Dが出アフリカをした地点は今のジブチ、今は日本の海上自衛隊が駐屯し海を守っている。
7万年前の出アフリカの縁であろうと思えてしまう。
「日本人は何処から来たか」の答えは、アフリカと云うしかないと私は思う。
亡くなる3ヵ月前である。「日本人は何処から来たか」という宿題。
私は書き残していた昨年のブログの続きを書き、私なりの答えとしたい。
昨年、つまり2019・07・19のブログ「人類が渡った二つの海峡」。
http://houan7010.blog.fc2.com/blog-entry-1677.html
>アフリカに残った人類のY遺伝子はAとB型で、半島に出た人類はDEとCF型に変異した。
イラン辺りの地で滞留していた人類は、DE型がDとEに分岐、CF型も以下のように分岐。
東ルート(オーストラロイド)…C1b2、F、K、MS、H、L
北ルート(モンゴロイド)…D、C1a1、C2、N、O、Q
西ルート(コーカソイド)…C1a2、I、J、G、R、t,
Eは西ルートで中近東から地中海、アフリカ帰還とされていたが東アフリカに残留とも。<
と書いたが、やはりEはアフリカに残り、後日、中近東・南欧に広がったと学説が改訂。
新説の出アフリカとY染色体遺伝子の拡散図を上下に示す。
上の図ではY染色体Dの日本進入を朝鮮経由としているが、樺太・北海道経由であろう。


下の図はY染色体が記されていないが、7万年前と6万年以降の人類の移動。
更に赤丸でネアンデルタール人、青三角でデニソア人との接触の場所と時期。
D系統が、CF系統共に出アフリカ後にイランからチベット高原へ、5万年前頃に分派。
D1a1(チベット人の半数)、D1a2a(大和民族 32%、琉球民族 56%、アイヌ民族 75%)。
D1a2aは日本列島固有型で日本列島以外には略皆無。従って支那・朝鮮経由はない。
そしてD1a2b、インド洋のアンダマン諸島のオンゲ族 100%、ジャラワ族 100%。
デニソア人と遭遇し、支那・満州・朝鮮へ向かったのはC・QとO・N,,、Dは日本へ。
CとQは満州・シベリア・アメリカ、Oは支那・東南アジア、Nはシベリア・フィンランドへ。
O系はO1、O2、O3に分岐、O1は台湾先住民、O2は東南アジア・朝鮮、O3は漢族に。
O2.・O3は弥生以降に日本へ入り縄文人と混交、闘争の跡は見られないのが重要。
他にCやNも含め、日本人には世界的にも珍しい多染色体遺伝子を持つことになる。
4万年前に樺太経由で日本列島へ来たDは縄文人となり、沖縄諸島まで縄文文化の痕跡を残す。
縄文文化の担い手にはD1a2以外にC1a1という日本固有の染色体遺伝子を持つ人がいた。
日本人の3%弱ながら、日本以外には見られず、姉妹群のC1a2が欧州で僅か見られる。
ベルギーやチェコの旧石器時代、スペインやハンガリーの中石器時代の人骨がC1a2。
クロマニヨン人のY染色体遺伝子もC1a2だという、その姉妹遺伝子が日本人にとは?
さて女子テニスの大坂なおみ、父親はカリブ海のハイチの黒人とか。
カリブ海諸島の先住インディオは欧州白人の侵入でほぼ絶滅(虐殺、病原菌)。
代わってアフリカから黒人が連れて来た。なおみの父親のY染色体遺伝子は恐らくE.
宿題を続ける。
ATLウィルスのこと、京都大学ウイルス研究所所長であった日沼頼夫氏の話である。
ATLウィルス、成人T白血病ウィルスの研究である。日本人の中に約100万人いるとか。
TTLウィルスの感染経路は家族内だけの伝播に限られたものだという。
母乳で母から子へ、精液で夫から妻へという感染伝播である。
このウィルスのキャリアは日本以外ではアフリカ人にしか見られない。
アフリカ人が奴隷として連れていかれたアメリカ・カリブ海の黒人にキャリアがいる。
このウィルスの別種がメラネシアやオーストラリアの先住民の中に見られる。
コーカソイド(欧州人・印度人)と新モンゴロイド(東アジア人)にはキャリアはいない。
メラネシアやオーストラリアの先住民とはY染色体遺伝子はC1bである。
ATLウィルスは日本へD1a2の人から入ったのか、C1a1の人から入ったのか・・。
このウィルスキャリアの日本での分布は離島や僻地、山間部に多いと聞く。
つまり、稲作農業を拒んで漁労・狩猟の生活を続けた縄文人の子孫であろう。
最初の日本列島人の男系はY染色体遺伝子D1a2とC1a2の持ち主。
日本人固有の女系m遺伝子は台湾辺りからのM7とシベリアからのN9。
日本人のファーストカップルはD男性とN9女性、そしてC男性とM7女性であったろう。
縄文人の生活力と航海力に、ボトルネックになった南の島の人が娘(B)を託した。
南洋諸島に源を持つm遺伝子Bは、縄文人の女性奪略でなく、保護救出の証。
その時の縄文人社会は、ある種イスラムの一夫多妻になったかもし知れない。
「日本人は何処から来たか」、男女に経路の違いがあるというのが私の思い。
男系の近くて遠い親戚がアフリカ黒人、女系はシベリアと台湾、そして南方諸島。
別話、日本人は同系のY染色体D1a2を持つアンダマン島人を白人支配から救った。
昭和17年3月に日本軍が英領アンダマン諸島へ進軍、終戦時まで占領していた。
まま、遺伝子分離から5万年の悠久の時間だが、「血は水より濃し」。
写真はアンダマン島へ上陸する日本軍。

参考までにY染色体遺伝子の系統樹。アフリカ人ABEと日本人固有遺伝子Dの近さが分かる。

現生人類(ホモサピエンス)以前の化石人類の骨が多く発見されるトゥルカナ湖 。
ケニアの西方にある。昔はもっと広い湿地帯で現生人類はこの東北辺りに出現し繁栄。
それが約7万年前にスマトラ・ドバ火山で生活環境が崩壊し人類はボトルネック状態へ
1万人弱となった現生人類の中にY染色体遺伝子の変異を為した男性がいた。
その男の子孫は遺伝子がDEとCFに分岐する頃にドバ火山爆発、そして出アフリカ。
その頃にDEはDとEに更に分岐、Eはアフリカに残りDはCF集団と共に出アフリカ。
その集団は200人前後だったと想定されている。人類のボトルネック効果。
子孫が再び繁殖すると遺伝子頻度が元とは異なるが均一性の高い集団ができるとか。、

アフリカを出たY遺伝子Dがアラビア半島からイラン、チベット経由で日本列島へ。
南回りでY遺伝子Cの一部も日本列島へ、この両者が2・3万年前頃に融合し縄文人に。
今から3千年前頃から、大陸の色んな人たちが日本へ、それを縄文人は受け入れた。
縄文人と渡来人との闘争は遺跡に見当たらないのが、日本人のY遺伝子多様化を示す。
Dが出アフリカをした地点は今のジブチ、今は日本の海上自衛隊が駐屯し海を守っている。
7万年前の出アフリカの縁であろうと思えてしまう。
「日本人は何処から来たか」の答えは、アフリカと云うしかないと私は思う。
2020.09.12
不覚

枯れたと思っていた秋明菊の鉢、青い新芽が出ていた。嬉しい限り。
この水曜日、死んだ愛犬ハナの犬小屋や台車を大型ゴミに出した。
市に連絡を入れると、他にもあれば6ッコまでは引き取ってくれるという。
古着屋や本等も良いと聞き、早速に古着の提出を準備。
古着は、コロナ騒動の影響で5月以降に自治会のゴミから除外されていた。
私は、早速にクローゼットの中で場所をとっている背広やコート類を廊下に出した。
考えれば、背広なんぞ最近は殆ど着ることが無くなっている。
人曰く、断捨離の極意は「見ずに捨てる」という話を思い浮かべた。
女房に云うと、背広類のハンガーを外して段ボール箱に畳んで詰めてくれた。
古着の廃棄は半透明ゴミ袋に入れると市の清掃局に云われたので詰め替えた。
出した後で、私は礼服のことに気付いた。確かに古着ではあったが用途は明確。
その時にはゴミ収集車は行ってしまった後であった。不覚。
これからの人生、冠婚葬祭には出ずにおくか、新に礼服を購入するか、逡巡する。
まま、紋付き袴は有るので、それで良しというところ以外は出向かないことにしよう。
俗人人生の終活とは、まさに断捨離であろう。人・物・思い出、所詮は断捨離の対象。
礼服を捨てたことに、自身それなりに言い聞かせているところ。
秋明菊は、枯葉の根から青い新芽を出した。私には出来ない話だと実感。
2020.09.07
ボトルネックと群れ

7月に逝った座談会仲間が2年ほど前に呉れた本、ゲノム革命ーヒト起源の真実ー
ニューヨーク大学の生物学教授の著書、日本訳は2016年に出版された。
人類学とは自然人類学や文化人類学と思っていたが近年は遺伝子人類学が多い。
母から娘に母系で伝わるでm(ミトコンドリア)遺伝子から人類の分布経路の研究。
父から息子に父系で伝わるY染色体遺伝子から人類の移動経路の研究とかである。
人類がアフリカ単一起源で、m遺伝子のイブとY遺伝子のアダムの実在が証明云々。
アウストラロピテクの二足歩行から現生人類(ホモサピエンス)、そして出アフリカ云々。
その人類の進化の中で、「ボトルネック効果」と「群れ」の話が興味深い。
「ボトルネック効果」とは、生物集団の個体数が瓶の首が細くなるように一度減少した後、
瓶の底が広がるように再び繁殖した結果、遺伝的な多様性が以前よりも低下することとか。
今の国民民主党が思い浮かぶが、再び繁殖するかどうか。アカンやろ。
7万年前のドバ火山大爆発で地球の気候が変わりアフリカの現生人類も1万人以下に減少・。
残された生活圏はアフリカ中南部の限られた場所だけ、サハラ以北は砂漠化してしまった。
生き残った現生人類の中でオメガカップル集団(組織カースト下位)は生活圏から追われる。
集団(群れ)は200人程度、数10カップルその子供が紅海を渡りアラビア半島南部へ逃れた。
現生人類の出アフリカは一回だけと云われており、その集団が世界に広がったという。
ここで「群れ」、地上に生きる動物に群れは精々150頭が限度というのが研究者の言。
何かの事情で(水や食料を求める)群れ同士が集まっても、それは一つの群れではない。
この話、自民党の派閥に重なって面白い。ウン十人規模から精々100人程度。
最近のテレビの政治放送では派閥名と人数を書いた札を候補者の横に貼っている。
人間もやはり動物の範疇にあるなと苦笑いする今日この頃。
さて、前のブログで人類は一夫一妻と云ったが、イスラム圏の一夫多妻を指摘された。
イスラム圏でも本来は一夫一妻、だがジハード(聖戦)を旨とするイスラム軍である。
亭主が戦死した寡婦の救済策が本来の意味、よって複数の妻には平等が原則。
ここで思い浮かぶのが、勲一等旭日大綬章・三木武吉の国会発言。
「およそ大政治家たらんものはだ、いっぺんに数人の女をだ、喧嘩もさせず嫉妬もさせずにだ、操っていくぐらい腕がなくてはならん」
2020.09.02
人類が選択した「一夫一妻制」

アウストラロピテクスの頭蓋骨。ゴリラやチンパンジーと違い犬歯が退化している。
今朝のNHK、京都市が「同性パートーナシップ宣言」をしたとのニュースがあった。
番組では京都の日本人女性と米国人女性の同棲生活が「ほほえましく」流された。
女性アナも嬉しげに恋愛結婚と解説していたが、私はこの女性アナをアホかと思った。
「一夫一妻制」と恋愛は同じ次元のものではないということが分かっていない。
「一夫一妻」と恋はイコールだという発想になっているようだが違う。
恋愛は感情で、「一夫一妻制」は人類が生み出したルールである。
一夫一妻制とは自分の子孫を残さんがため辿り着いた人類の知恵だ。
動物世界で一夫一妻は3%程度、霊長類では人間とテナガザルだけ。
殆どは一夫多妻か多夫多妻で雄間の闘争があり、雄は大きな体と牙(犬歯)を持つ。
アウストラロピテクスは犬歯が退化しており、雄間の闘争が無くなっていることを示す。
群れがあっても、そこには生殖権を支配するボスの存在は無いということ。
夫々の妻子を持つ雄同士が群れを成して「社会」を作っている。
アウストラロピテクスは二足直立で歩行ができた。両手が正にフリーハンド。
手に食物資源を持って運ぶことが出来たので、雄は特定の雌に資源を与えた。
雌は雄を選び、食物などを得ることと引き換えにその雄に操を立てる。
不倫や不義密通は群れのご法度となっていたようだ。(ペンギンもそうだと学者談)。
300万年前頃の東アフリカ地域で猿人アウストラロピテクスが一夫一妻の群れ社会作った。
このアウストラロピテクスから20万年前頃に我々の祖先ホモサピエンスが出て来た。
実は、この7月に亡くなった知人の内科医が、4月に我々仲間に討論テーマを出していた。
テーマは「日本人はどこから来たか」だった。
私は自論を出さないままでいたいたことを悔やんでいた。
京都市の同性パートナーシップ宣言に触発されたのでつい書き込んだ。
子作りを目的としない結婚なんぞ人類として、動物としてあり得ないと私は思っている。
因みに、一夫一妻の動物は狼、狸、鷲鷹の猛禽類、ペンギン・鶴・白鳥等がいる。
オシドリ夫婦と云われるオシドリは、一回の子作りで夫婦解消、次の相手を探すらしい。
前のブログに狼のオメガペアのことを書いた。犬の祖先になったと云われている話。
狼の群れの秩序は厳しい、ボスには絶対服従の社会である。しかも一夫一妻制。
ボス夫婦はアルファカップルと呼ばれるが、下っ端に居る雄と雌のオメガカップル。
餌の配分も少なく、虐待も受ける中でオメガカップルは人類に近付いた。
飢えたオメガカップルが群れを離れ野良狼となり、やがて人間と共生した。
一夫一妻のカップルとは子作りをすること、オメガカップルは犬の祖先を産み育てた。
野良になっても連れ添う狼のオメガカップル、微笑ましくも涙ぐましいものがある。
結婚・不倫は本人の自由恋愛とほざく女性がいるようだ。狼の爪の垢を食わせたい。
日本人は何処から来たか、日本人の出現にはオメガカップルに似た話がある。
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