医学は日進月歩していくのであり、うつ病の診療においても、ここ5年間で、診断、生物学的な知見、新しい治療法、抗うつ剤の使用法やその副作用における注意事項などが、更新されているのであった。うつ病における、この5年間における動向についてレビューした論文があるので紹介したい。
今月の10月20日のNHKスペシャル「病の起源」はうつ病をテーマにした放送であった。NHKではうつ病は人類の進化と現代の文明社会が 生み出したものだと位置付けていたが、人類の進化はさておき、うつ病が増加した背景には確かに社会的な側面が大きいものと思われる。私は以前から思っているのだが、もし、現代社会が週休3日制であったならば、週休4日制であったならば、子供時代のような1か月間の連続の休みが毎年保証されているのならば、うつ病になる人はもっと減っていたのではないかと思えるのであった。
http://www.nhk.or.jp/special/yamai/detail/03.html
人類は週休4日でも成り立つようなスローライフな社会を目指すべきだったのかもしれない。そのために工業化や近代化を進めたのであろうが、生活が成り立つ程の収入を得ようと思えば未だに週5日(へたをすれば6日)も働かないと生活が成り立たないような社会なのであった。何という皮肉な結果であろうか。そういったあくせくとした現代社会に嫌気がさして、スローライフな生活を目指し都会を離れ田舎に移住する人達も出てきてはいるが、大部分の人は未だに都市部を中心とした生活を送っている。現代人はあくせくと働き過ぎである。働かないのも退屈で辛いが、休みなく働くのはもっと辛い。生活保護が増えているのは、蟻のように休みなく働くことを義務付けられた、現代社会が生み出した歪んだ現象のようにも思えるのであった。
大うつ病性障害: 臨床、神経生物学、治療における新しい視点
「Major depressive disorder: new clinical, neurobiological, and treatment perspectives」
このレビューはNIMHでサポートされており、内容に関しては信頼できるであろう。ただし、SSRIに関してはここ数年間で批判されるようになった有害事象、特に、Discontinuation Syndrome、依存性に関する有害事象などについては一切書かれていない。さらに、うつ病のメカニズムとしてはここ数年間でグルタミン酸仮説(特に自殺との関連)が有力になってきているが、グルタミン酸仮説に関してもあまり触れられてはいない。抗うつ剤に関しても、アゴメラチンについては新しい抗うつ剤として紹介されているが、SSREであるチアネプチンについては米国では未発売のためこの論文では紹介されていない。それらの点について他の論文を参照し補足して記載しておいた。
(字数制限のため2部に分けて紹介する)
要旨
大うつ病性障害の治療における診断や神経生物学知見の過去5年間の動向を議論する。うつ病を適切し評価・管理し、うつ病を改善するためには、診断と併発疾患に注意することが重要な要因として認識されてきている。うつ病の評価と治療の選択に関連する、遺伝子、分子生物学、神経画像所見といった神経生物学の進歩を提示する。うつ病への心理療法、抗うつ薬の継続的な使用、新しい治療薬の開発、新たな治療法の現状についても説明する。さらに、治療に関連した2つの問題点(SSRIでの自殺リスク、妊娠中の抗うつ薬)について述べる。進歩はしてきているが、完全に満足できるうつ病の治療法はまだ存在しないと言える。
疫学、併存疾患、診断
Epidemiology, comorbidity, and diagnosis
世界的にうつ病は非常に高い有病率を示し公衆衛生上の大きな問題となっている。大うつ病性障害の年間有病率は6.6%、生涯有病率は16.2%である。男性は女性の2倍の有病率であり、大うつ病は全ての年齢で発症する。うつ病は他の身体疾患(例えば、狭心症、関節炎、喘息、糖尿病)と同様に健康を大きく害する慢性疾患であり、うつ病が単独で生じるよりも他の身体疾患が併発している場合はより重度な病態を呈する。さらに、プラマリーケアにおいては、他の慢性疾患が存在する場合はうつ病が合併しているとうつ病が無視されてしまうため、無視されることがないように注意すべきである。
過剰診断と未診断がうつ病の診断と管理において重要な問題となる。メタアナリシスでは、一般開業医はうつ病ではない場合はうつ病を除外診断することができると結論づけたが、うつ病を見逃すことよりも過剰診断する方が容易であることを示した。不安が存在すると、うつ病の診断を困難にする。一部の研究者は、不安うつ病(anxious depression)という概念を確立すれば、プライマリケアでのうつ病の同定を改善するだろうと主張しており、そのようなカテゴリがDSM-5やICD-11で提案されている。
大うつ病と他の精神疾患との鑑別や表現型に関する研究がある。躁病や軽躁病までの診断には一致しないものの、うつ病患者の40%には一生涯の中で軽躁症状が発生する。軽躁症状が大うつ病性障害の症状と同時に生じることがある。軽躁症状を持つ大うつ病の治療と予後を検討するための調査が必要である。閾値以下の軽躁症状の存在を示す単極性障害が存在する可能性がDSM-5で提案されている。
注; 補足しておくと、うつ病においては薬剤誘発性の躁状態と自殺の誘発はある種の遺伝子(セロトニン関連の遺伝子のSNP、CYP遺伝子の多型(CYP2D6の多型など)を持つ個体に生じる特異的な反応なのではという仮説が提唱されている。こういった現象はクラリスなどの抗生物質でも生じ、抗生物質を中止すれば躁状態はただちに消失する。こういった事象が抗うつ剤でも生じないとは限らない。軽躁状態は抗うつ剤の血中濃度が急激に増加することによる中枢神経系への毒性反応である可能性も否定はできない。
さらに、セロトニントランスポーター遺伝子プロモーター領域の多型(5HTTLPR)を持つ個人はSSRIによって躁状態が誘発され易いことが指摘されている。
また、強迫性障害(OCD)でもSSRIによって躁状態が誘発されることが報告されている。OCDと双極性障害が元々併発していた可能性もあるが、SSRIによって躁状態が誘発された可能性もある。
大うつ病と思われたが抗うつ剤で治療中に軽躁状態を呈するような病態を双極3型 Bipolar III disorder (pseudo-unipolar bipolar disorder)と呼ぶべきであると提唱している研究者もいる。しかし、双極性障害の2/3はうつ病相から始まるとされており、初発のうつ病では大うつ病なのか双極性障害なのかの鑑別ができないことも確かであり、うつ病+軽躁に関しては、双極2型や双極3型といった本来の病態なのか、薬剤によって誘発された病態なのか、等、どう評価すべきなのかは統一された見解はまだないのが現状である。さらに、境界型人格障害と大うつ病エピソードとの関連性も指摘されてきており、境界型人格障害を有するケースでは薬剤によって軽躁状態が誘発され易いようであり、大うつ病の診断に関してはますます混乱を深めているのが現状である。
32年間の前向きの追跡調査にて、大うつ病の前に全般性不安障害が先行するという仮説が出された。実際に逆のパターンも頻繁に存在し、全般性不安障害と大うつ病の共存は精神的な負担の増加を意味する。社会不安障害SAD(社会恐怖)は重度の大うつ病MDDに発展する重要かつ一貫性のある危険因子と見なされている。さらに、人格障害の合併は、大うつ病の悪い予後と治療への反応の乏しさに結びついている。メタボリックシンドロームのある種のリスク(例えば、肥満)はうつ病のリスクを高める。これらの双方向の関係はうつ病における冠動脈疾患の増加の原因かもしれない。
注; SADではMDDに発展する前から既にMDDと同じような感情処理パターン(扁桃体や膝下前帯状回の活動亢進)を脳内で行っているケースがあり、そういったケースはMDDへと発展し易いのかもしれない。
Kendlerらは、冠動脈疾患の急性の状態とうつ病との関係を示した。重度なうつ状態やうつ病への治療に不十分な反応を示した急性冠動脈疾患の入院患者の6~7年後の心疾患による死亡率は2倍に増加した。別の研究では、うつ病や不安は安定型冠動脈疾患患者の2年間の有害心臓事象と強く関連していることを示した。これらの結果から、冠動脈疾患を有する全ての患者にうつ病のスクリーニングをすることが勧告された。しかし、この勧告はまだ議論の余地がある。うつ病と糖尿病との関性を調べる研究では、うつ症状は高齢者の糖尿病のリスクを65%増加させることが示された。これらの研究から、身体疾患においてうつ病を同定し、うつ病を治療することが重要であると言える。
神経生物学の進歩
Advances in neurobiology
遺伝子研究
Genetic studies
遺伝子、分子生物学、神経画像研究が大うつ病性障害の神経生物学的基礎の理解の進歩に貢献している。しかし、神経生物学的知見がうつ病の臨床的、機能的帰結を向上させることができるかは不明である。このように、過去5年間で、うつ病の神経生物学的研究は2段階からなっている。(1)病態生理を理解する。(2)治療の選択に結びつく神経生物学的所見を同定する。の2つである。
複雑な精神疾患が多くの遺伝子の影響下にあり、遺伝子的変異と環境との相互作用にも関連付けられている可能性があるため、大うつ病に関連付けられた単一の候補遺伝子の同定は困難であった。アプローチの1つに、モノアミン関連遺伝子がある。例えば、大うつ病性障害は、グルココルチコイド受容体遺伝子NR3C1の多型、モノアミン酸化酵素A遺伝子、グリコーゲン合成酵素3β(リン酸化と、代謝酵素や多くの転写因子の調節に大きな役割を担っている)、グループ2代謝型グルタミン酸受容体遺伝子GRM3、に関連していることが示されている。生物学的メカニズム、抗うつ剤の代謝経路に関連する候補遺伝子の同定は、抗うつ薬治療への応答予測に役に立つであろう。
セロトニントランスポーター遺伝子SLC6A4のプロモーター領域の変異(セロトニントランスポーター連動型多型領域[5HTTLPR])に焦点を当てた多くの研究がなされた。メタアナリシスではうつ病と5HTTLPRとの間の2つの関連性を見出した。1つ目は、5HTTLPRの長い対立遺伝子と選択的セロトニン再取り込み阻害剤(SSRI)への反応性の増加とSSRIの副作用の減少、2つ目は5HTTLPRの短い対立遺伝子と、パロキセチンによる有害事象の増加である。なお、ミルタザピンでは逆にこの変異があると有害事象が減少する。セロトニンタイプ2A受容体の遺伝子のいくつかの1塩基多型(SNP)がSSRI治療への成績に関連付けられている。SSRIでもし有害事象が出たら、5HTTLPRの短い対立遺伝子を持っているのかもしれないと判断し、NaSSA(ミルタザピン)に変更するのも1つの対処方法かもしれない。
注; 5HTTLPRではShort (S) allele(短い対立遺伝子)であるとセロトニントランスポーターの機能が低下することになり、セロトニントランスポーターの機能が元々低下している上に、さらにその機能をSSRIで阻害することになるため、シナプス間隙のセロトニンの濃度が著しく上昇し有害事象に結びつくということは容易に理解ができよう(下図)。
他の候補遺伝子としては、グルタミン酸作動性遺伝子GRIK4があり、シタロプラムへの反応性と副作用に関連付けられている。他には、脳由来神経栄養因子BDNF遺伝子のバリン/メチオニンの多型(rs6265)とSSRIへの反応、他のいくつかのBDNF遺伝子のSNPとデシプラミンへの反応が関連付けられている。グルココルチコイド受容体へのコルチゾールの結合を調整しているタンパク質であるFKBP5遺伝子の変異が抗うつ剤への反応性に関連付けられている。一方、SSRIの作用を媒介しているカリウムチャネルのサブタイプの1つであるTREK1遺伝子の変異は、いくつかの抗うつ薬への非反応性に関連付けられている。COMT活性を変化させるカテコール-O-メチルトランスフェラーゼ(COMT)遺伝子の変異は、いくつかの抗うつ剤への反応性に関連付けられている。
ゲノムワイド関連分析による研究は、これまでの候補遺伝子以外の遺伝子マーカーによって抗うつ剤への反応性が予測できることが示唆した。これらの新しい予測遺伝子としては、コルチコトロピン放出ホルモン受容体1CRHR1、CRH結合タンパク質CRHBPがあり、不安うつ病におけるSSRI反応性を予測する。さらに、uronyl-2 sulphotransferase、インターロイキン11遺伝子は、それぞれ、ノルトリプチリンとエスシタロプラムへの反応性を予測する。
注; うつ症状にターゲットを広げて世界中の研究者(86名の科学者の国際チーム)が参加して相当数のサンプルを用いてゲノムワイド関連分析を行ったが、失望する結果だった(何も有意な遺伝子は見つからなかった)という結果報告が本年度になされているので紹介しておく。34549人の被験者の結果からは、5q21領域に関連がありそうだということは分かったのだが、それ以上のことは分からなかった。さらに50,000以上の被験者の調査をすれば関連遺伝子が見い出せるかもしれないという気が遠くなるような結果であった。まだ諦めずに被験者を増やし調査を続けるようだ。候補遺伝子を見つける仕事は実に根気がいる大変な作業なのである。
http://www.sciencenews.org/view/generic/id/347624/description/Depression_gene_search_disappoints
分子生物学的研究
Molecular studies
大うつ病性障害に関連付けられている3つのホルモン型因子があり、疾患の病態生理に関与している。(1)BDNFなどの神経栄養因子や他の成長因子、血管内皮増殖因子(VEGFR)、インスリン様成長因子1(IGF-1)、例えば、血清BDNFは、大うつ病患者で減少し、抗うつ薬によって、BDNFの減少は反転される。(2)(前)炎症性サイトカイン(インターロイキン1β、インターロイキン6、腫瘍壊死因子α)。(3)視床下部・下垂体・副腎皮質(HPA)軸の障害。である。
ストレスを受けており落ち込んでいる個人では(前)炎症性サイトカインの分泌と生産が増加している。抗うつ薬がこれらのサイトカインの濃度を正常に戻したり合成を抑制することが示されている。HPA軸の障害がうつ病の急性エピソードで示されている。デキサメタゾンコルチコトロピン放出試験での神経内分泌応答(HPA軸の障害を調べられる)が抗うつ剤によって減衰する(=HPA軸の障害が改善する)ことが示されている。
注; 一方、統合失調症と同様に、うつ病においてもグルタミン酸仮説が有力となってきている。この点に関するレビューが本年度に発表されており、この論文の一部を紹介したい。
簡単に言えば、うつ病では、ストレスによって辺縁系や皮質におけるグルタミン酸の放出が高まり(HPA軸のグルココルチコイドなどがこのメカニズムに関与しているだが、詳しいメカニズムは下の論文PMC364531を参考のこと)、グルタミン酸神経伝達が亢進し、脳組織の構造の変化を招き、樹状突起の改変(密度の減少など)が起こり、シナプス数の減少や脳容積(海馬など)が減少しているということが動物モデルなどから推測されている。すなわち、うつ病ではグルタミン酸系神経伝達の機能不全・調節不全の状態になっているというのである。うつ病患者の死後脳からは前頭葉におけるグルタミン酸の増加も見出されている(下図)。
グルタミン酸系神経伝達は主に認知(感情認識、感情処理を含む)に関与しているのであるが、気分や不安に関与する脳の領域や、その回路のニューロンとシナプスの大半も神経伝達物質としてはグルタミン酸を使用している。うつ病では、その領域がグルタミン酸系の機能不全・調節不全によって障害されているのである。従って、治療としては最終的にグルタミン酸系の機能不全を改善することがターゲットとなる。シナプスの可塑性のような現象が抗うつ剤に反応したうつ病患者のグルタミン酸作動性神経伝達システムで確認されているのではあるが、うつ病における神経可塑性仮説は、まさにグルタミン酸系神経伝達システムで生じているシナプスの減少を改善することにあるのである。
脳全体では、総数千億のニューロンが存在するが、そのうち約2~30万のニューロンがセロトニン作動性ニューロンに過ぎず、大分部はグルタミン酸作動性ニューロン(興奮性)かGABA作動性ニューロン(抑制性)である。モノアミン系作動ニューロンは数としては非常に少ないが、その速い神経伝達によってグルタミン酸系ニューロンに投射線維を送りコネクトすることでグルタミン酸系ニューロンの機能を調節している。従って、モノアミン系に作用する薬剤でも間接的にはグルタミン酸系に関与することができる。実際、抗うつ薬は、シナプス可塑性に影響を与え、間接的な作用ではあろうが、グルタミン酸受容体の機能やグルタミン酸のシナプス前放出を妨げることなどが示されている。さらに、SSRIなどのモノアミン系に作用する抗うつ剤は、うつ病患者は最初のステップでは3割しか寛解状態に達しない。これはグルタミン酸系にはSSRIは間接的にしか関与できていないためであろうと推測されている。
治療抵抗性うつ病では、このグルタミン酸系の機能不全が改善されていないために治療抵抗性に陥っている訳であり、ケタミンなどの直接グルタミン酸系に作用するような薬剤でないと反応しないことが理解できる。ケタミンの効果が急速なのは、まさに、グルタミン酸系に直接作用しているからである。なお、グルタミン酸系の受容体は多くの種類があり非常に複雑である。今後はグルタミン酸系の受容体において、どのような種類の受容体が主に障害を受けているのかを明らかにしていき、そこにターゲットを絞った新しい抗うつ剤の開発に期待がかかる。
なお、ケタミンの抗うつ効果に関してはグルタミン酸受容体のブロックによって、 逆にグルタミン酸の急激な放出(グルタミン酸サージ)が起こり、それによってAMPA受容体が活性化されてAMPA受容体の下流の機構によって抗うつ効果を発揮しているのではないかとPMC3645314らの著者は推測しており、グルタミン酸が過剰になっているという仮説とは一見矛盾したような推測がPMC3645314には書かれている。グルタミン酸クリアランスの異常として説明されているのではあるが、このあたりの変化や病態は複雑であり、よく理解できない。まだまだ統一した見解としてはまとまらないように思える。しかし、うつ病においてもグルタミン酸神経伝達系が関与していることには間違いないであろう。
なお、ケタミンの抗うつ効果に関してはグルタミン酸受容体のブロックによって、 逆にグルタミン酸の急激な放出(グルタミン酸サージ)が起こり、それによってAMPA受容体が活性化されてAMPA受容体の下流の機構によって抗うつ効果を発揮しているのではないかとPMC3645314らの著者は推測しており、グルタミン酸が過剰になっているという仮説とは一見矛盾したような推測がPMC3645314には書かれている。グルタミン酸クリアランスの異常として説明されているのではあるが、このあたりの変化や病態は複雑であり、よく理解できない。まだまだ統一した見解としてはまとまらないように思える。しかし、うつ病においてもグルタミン酸神経伝達系が関与していることには間違いないであろう。
神経画像研究
Neuroimaging studies
神経系がサポートしている感情処理手続き、報酬要求、感情調節は大うつ病性障害を理解する上で重要であるが、大うつ病性障害ではその全てが機能不全に陥っている。これらのシステムには、感情と報酬要求処理に関係する皮質下システムを含む(例えば、扁桃体、腹側線条体)。 内側前頭前皮質と前帯状皮質は感情処理と自動的か無意識の感情調節に関与している。そして、外側前頭前皮質(腹側外側前頭前皮質や背側前頭前皮質)は認知制御や自発的か努力的な感情調節と関連している。これらの感情処理・感情調節システムは、扁桃体、前帯状皮質、内側前頭前皮質を含む前頭前皮質・辺縁系ネットワークとして概念化され、セロトニン神経伝達によって調整されている。一方、報酬に関するネットワークは腹側線条体が中心となり、眼窩前頭皮質や内側前頭前皮質と接続し、ドーパミンによって調節されている(下図)。
大うつ病性障害の神経画像研究は、これらの神経系の特定の機能異常の証拠を提供してきた。これらの研究の知見をまとめると、うつ病では、マイナスの感情刺激(恐怖)に関係する扁桃体、腹側線状体、内側前頭前皮質の活動性が異常に亢進していることが報告されている。一方、プラスの感情刺激や報酬の受領と報酬の予測に関係する刺激では腹側線状体の活動性が逆に減少していることが報告されている。これらの知見は、うつ病ではマイナスの感情を呼び起こすような刺激にばかり注意が向いており、プラスの感情や報酬に関連した刺激からは切り離されてしまっていることを意味している。感情を自発的、無意識に調節している前頭前皮質領域における神経活動を調べる必要がさらにある。これらの機能的な神経画像研究からは、これらの神経系(扁桃体を含む)の主要領域における灰白質の容積の減少を示唆している。さらに、加齢に伴う前帯状皮質の容積の減少、死後脳における前頭前皮質領域における神経細胞とグリア細胞の病理が示唆されている。
大うつ病性障害における感情と報酬の処理と感情調節のための神経系の異常が、機能の接続性functional connectivity(作用し合う接続性)を調べる神経画像研究からも示されている。例えば、ある研究では、幸せそうな顔の感情ラベルをする際の内側前頭前皮質-扁桃体の間における逆に作用する異常な接続性を大うつ病を持つ個人で報告した。これらの知見は、内側前頭前皮質→扁桃体へのトップダウンの調節の増加を意味し、プラスの感情の刺激に対してはバイアスがかかってしまっていることを示唆している。他の研究はMRIによる白質のDTi画像による全脳の白質の接続性を調べたものである。この研究から得られた知見は、うつ病では前頭前皮質→皮質下白質との間の異常な接続性を示しており、うつ病の感情の調節に影響しているのではと推測されている。
休息中(=何もしていない時)の脳の活動を検査することで、脳が内省している最中の脳の機能がどのようになっているかの洞察が得られる。そして、検査したところ大うつ病の個人では異常な所見を示した。うつ病におけるデフォルトモードネットワークの機能異常の証拠がある(関連ブログ 2013年5月16日)。このネットワークは、内側前頭前野の下側(腹側)(vmPFC)などの脳の正中線に位置する領域を含む。このネットワークの前方部分(例えば、vmPFC)は自己参照処理に関与しており、認知すべき情報の提示先が変更されるような認知課題中には非活性化される傾向がある。難しい作業中のvmPFC活動性の正常な減少は感情的な刺激情報の脳内での伝達が障害されていないことを示唆しており、逆に、このvmPFC活動性の非活性化が欠如していることは感情的な刺激情報の脳内での伝達が障害されていることを示唆する。課題に依存しない非アクティブ化の画像所見からは、大うつ病性障害のデフォルトモードネットワークでのvmPFCの異常を示唆している。うつ病での安静状態におけるデフォルトモードネットワークの所見から内側前頭前皮質領域(前帯状皮質やvmPFCを含む)への接続が増加していたことが明らかになった。
大うつ病性障害の神経画像研究へのメタアナリシスでは、疾患に関係する2つの重要な神経ネットワークシステムを同定した。1つ目は、背外側前頭前皮質と前帯状皮質の背側の領域を中心としたネットワークであるが、認知機能を制御する他の領域も含まれており、休息状態での活動性の低下によって特徴付けられ、治療により活動性は正常に戻った。2つ目のネットワークは、内側前頭前皮質と皮質下の領域を中心としたネットワークであるが、うつ状態では感情刺激対して非常に活発であったが、抗うつ薬による治療にて正常に戻った。このメタアナリシスは、感情処理に関するネットワーク(扁桃体、前頭前野内側部)の活動性の増加、感情の調整に関するネットワーク(例えば、背外側前頭前皮質)の活動性の低下という証拠を提示している。
神経画像研究は、うつ病の帰結を予測する手段となり、抗うつ薬への反応の違いによって神経画像所見は変化する。これらの研究はセロトニン作動性神経伝達が媒介する内側前頭前皮質-辺縁系ネットワークの役割に焦点を当てている。SSRIは、感情によって誘発されるこのネットワーク領域の活動性を調節し、SSRIのへの反応性は、逆に、このネットワークの活動性によって予測できる。皮質下領域と前帯状皮質の間のLFBF(low-frequency BOLD fluctuations)相関もうつ病患者ではSSRIの治療後に増加していた。
しかし、非セロトニン作動性抗うつ剤の内側前頭前皮質-辺縁系ネットワークへの作用は殆ど知られていない、そして前頭前皮質-辺縁系ネットワークの投薬前の活動性が、非セロトニン作動性抗うつ薬の反応性をも予測するかを検証する必要がある。前帯状皮質と扁桃体との間の機能的な結合性の脱同調という所見はケタミンの抗うつ作用に迅速に反応するかを予測する。一方、内側前頭前皮質の活動性低下や扁桃体の活性化は認知行動療法CBTへの反応性を予測する。深部脳刺激DBSに対する反応性は、前帯状皮質の腹側(subgenual)領域(=ブロードマンの25野)の活動性低下と相関し、DBSは腹側線条体における代謝を増加させた。
研究結果の統合
Integration of measures
大うつ病性障害の遺伝子、分子生物学、神経システム、行動の間の関連性を同定するために遺伝子、分子生物学、神経画像所見を組み合わせることで、根底にある病態生理学的プロセスの理解や治療への反応性の予測が可能となっていくだろう(図2)。
神経栄養因子(例えばBDNFやVEGF)の遺伝子の変異、これらの因子の濃度の変化、さらに、気分の調節や行動や認知機能と関連した神経領域の構造と機能の変化、うつ病におけるこの3つの関連性が十分に論文化されている。これらの変異や変化があると、認知機能が障害されていないことを前提とする認知行動療法などの治療に対する反応性を低下させるかもしれない。
下に列記したレポートでは、HPA軸の機能に関与する遺伝子の変異、炎症性サイトカインの濃度の変化、気分の調整の鍵となる神経領域の機能と構造変化、この3つのうつ病における関連性を強調している。さらに、これらの研究は、神経画像テクニックが診断に適用することが可能であり、双極性うつ病と大うつ病性障害を具体的に区別する上で役に立つ方法が示されている。言い換えれば、これらの方法にて、早期の診断が容易となり、治療の選択肢を知ることが可能となる(図3。↓。鑑別診断への応用例。双極性障害でのうつ病相と単極型うつ病との鑑別を側頭葉下側白質領域の接続性をMRI検査のFA値から数値化することで鑑別できるようになるかもしれない)。神経画像所見と組み合わせた認知機能を調べるためのコンピュータ化技術は、うつ病の個人をケース・バイ・ケースに分類し診断に応用することができるだろう。
(炎症と気分との強い関連が示されている。炎症により膝下前帯状皮質sACCの活性増加と中脳辺縁系への接続性が変化し、うつへの気分の変化が生じる。炎症は気分を容易に変えてしまうのである。うつ病の臨床でも炎症性サイトカインをルーチンで調べる必要性があると言えよう。)
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2885494/
(次回に続く)
(側頭葉下側の白質のFA値でうつ病相の鑑別が可能となる)
(次回に続く)
(側頭葉下側の白質のFA値でうつ病相の鑑別が可能となる)
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