現在、統合失調症に関連すると報告された遺伝子は1008種の遺伝子が登録されている(2014年11月現在)。私が大学を卒業した頃には、まだドーパミン受容体の遺伝子さえクローニングされてなかった。それを思うと隔日の感がある。しかし、逆に、増えすぎてしまっている。本当に、1008種が全部、統合失調症の発病に関与しているのであろうか。多くは発病後の2次的な変化に関与しているのかもしれない。しかし、それはまだ誰にも分からないままなのであった。
もし、その全てが平等に等しく統合失調症に関連しているのであれば、その組み合わせの数は膨大な数となり(例えば、1008種中の100種が関連しているとしても、その組み合わせは1.4774E+140通りもある)、それでは、あまりにも多すぎて遺伝子の観点からの推測や考察などは全くできなくなってしまう。しかも、そんな1008種の遺伝子が全部関与して障害されていたら、生きていくことすらできなくなるだろう。死産に終わるか幼少時期にすぐに死亡するはずである。ということは、1次的に関与している遺伝子と、非1次的に関与している遺伝子とを区別していかなねばならないことになる。
そこで登場したのが、ゲノムワイド関連解析(Genome Wide Association Study、GWAS)である。疾患を持たない健常群との厳密な比較から、その疾患に有意に関連しているという遺伝子を炙り出す手法であり、GWASの厳密な統計解析にて有意であると示された遺伝子は、確実にその疾患に関連していることになる。しかし、この解析方法では、サンプルの数が重要であり、これまでは、サンプル数が少なく、GWASではなかなか統計学的に有意な遺伝子を炙り出すことはできなかった。
(GWASについて)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%80%A3%E9%8E%96%E4%B8%8D%E5%B9%B3%E8%A1%A1
(統計解析についてが簡単に分かる)http://www.med.hirosaki-u.ac.jp/~uro/html/Research-Publications/Statistical_Analysis_v2.pdf
しかし、本年度に、ついに、統合失調症のGWASにて、画期的な結果が発表されたのである。今回はこの論文を紹介したい。
この論文については、別の研究者からは下のようなコメントが出されている。
この論文は、統合失調症の研究において、過去10年間で最も重要な論文の1つだと言える。統合失調症は遺伝性疾患だと昔から知られているが、原因となる遺伝子座(座位)の同定は、複雑で異種の遺伝子構造が絡むため捕え切れていないままであった。この研究は、15万名に近い膨大な数のコホートサンプルを使用して、統合失調症のリスクが著明に増加(あるいは減少)する108種の共通の遺伝子領域を特定した研究である。同定された108種の遺伝子座(座位)は、極めて厳密な統計学的手法を用いて同定されており、統合失調症のリスクとなり得る遺伝子であると断言できよう。
同定されたSNPsは、ドーパミン-2受容体(D2R)を含め、統合失調症のリスクの根底に関わる神経生物学的なメカニズムに寄与している遺伝子であろうと現時点で理解されている遺伝子と一致しており、それらは抗精神病薬の標的となるものであり、グルタミン酸作動性神経伝達に関与する複数の遺伝子が含まれており(=統合失調症の「グルタミン酸仮説」に合致している)、そして、統合失調症において既に知られている神経免疫の関与と合致する主要組織適合性複合体(MHC)遺伝子が含まれている。
このGWASで最も強くヒットした遺伝子は驚くほど大きなエフェクトサイズを有していた(~1.3というオッズ比は、このSNPによって統合失調症のリスクが30%増加することを示す)。さらに、注目すべきことは、1よりも著しく小さいオッズ比を有するいくつかのSNPは、統合失調症に対して保護的に作用することを意味し、これらの遺伝子が薬物治療の標的として有力な候補となる遺伝子として同定されたことになる。
この研究で同定されたSNPを組み合わせることで、著者らは、統合失調症のリスクが10倍にまで増加することを予測可能にする「遺伝子リスクスコア」を作成した。このスコアは、遺伝子による診断手段としてはまだまだ未完成ではあるが、近い将来、高リスクにある個人を同定するための重要なツールとなり、リスクのモニタリングや研究に応用されることであろう。
https://pubpeer.com/publications/80F9516724C0D3DA246CB7AF033CFC?utm_source=Chrome&utm_medium=ChromeExtension&utm_campaign=Extensions
では、本文を読んでいこう。
統合失調症に関連する108種の遺伝子座(座位)に関する生物学的な考察
「Biological insights from 108 schizophrenia-associated genetic loci」
要旨
Abstract
統合失調症(SZ)は、遺伝することが高い疾患である。遺伝的リスクは、多種の対立遺伝子によって付与されるが、疾患に対しては小さな効果しか有さないものの、共通の対立遺伝子はゲノムワイド関連解析によって検出できる。我々は、今回、最大で36989名のSZ患者と113075名のコントロールサンプルの多段階からなる統合失調症のゲノムワイド関連解析を報告する。我々は、ゲノム規模で有意な108種の保存された遺伝子座(座位)に位置する128種の独立した関連性を有するSNPsを同定したが、そのうち83種はこれまでに報告されていないSNPsであった。
関連するSNPsは、脳内で遺伝子発現が濃縮しており、今回の調査結果は生物学的な妥当性を有する。今回の研究で得られた多くの知見は、統合失調症の病因に全く新しい洞察を付与する可能性があるが、DRD2などのいくつかの遺伝子との関連性は、統合失調症においてその関連性が既に知られていたものである。一方、統合失調症の治療と関連する可能性があるグルタミン酸作動性神経伝達のハイライト分子の関与も今回の知見に含まれており、現在中心となりつつある統合失調症の病態生理学的な仮説と一致している。脳内で発現している遺伝子とは無関係であるが、今回、関連性が判明した知見の1つは、免疫が重要な役割を持っている組織において遺伝子の発現が濃縮しており、免疫システムと統合失調症との間にリンクがあること示唆する根拠を提供している。
はじめに
Introduction
統合失調症は、約1%の生涯発病率を有し、個人や社会が負担するコストの問題のみならず、死亡率も相当に高い疾患である。統合失調症では、薬物治療を利用することは可能だが、効果が乏しい患者も多く存在する。利用可能な全ての抗精神病薬は、ドーパミン受容体タイプ2をブロックすることで主な効果を発揮すると考えられているが、しかし、60年以上も前にこのメカニズムが発見されて以来、効果が証明されている他の標的分子に基づく新しい抗精神病薬は開発されていない。治療が停滞したままになっていることは、統合失調症の病態生理学が未知のままであるという事実の結果でもある。従って、統合失調症の原因を同定することは、疾患の治療方法や予後を改善する上で重要なステップとなる。
遺伝する率が高いことが、統合失調症の病因は遺伝子の変異であり、それは遺伝することが可能であり、その遺伝子の変異が中心的な役割を果たしていることを示している。リスクに関わる変数は、普通から極めて稀までという広範囲に及ぶが、現時点までにGWASで見積もられた数字では、統合失調症の遺伝的リスクの3分の2は、共通する対立遺伝子によって指標化されうることを示唆している。それ故、GWASは、統合失調症の根底に関わる生物学的な病態を理解する上での重要なツールとなる。
現在までに、30種の統合失調症に関連する遺伝子座(座位)がGWASによって同定された(この30種については原著のリファレンスを参照して頂きたい)。サンプル数の大きさが結果を制限する最も重要な因子の1つだと思えるため、(サンプル数を可能な限り大きくできるように)我々は精神医学ゲノミクスコンソーシアム(PGC)の中に統合失調症のワーキンググループ創設した。今回の研究の主な目的は、既に公表された、あるいは、未公表の統合失調症のGWASの遺伝子型サンプルデータを、1つの統合した形の利用可能なサンプルとして結合することであった。我々はこの論文で、分析結果を報告するが、その結果の中には、ゲノムワイドの点からは有意だと言える少なくとも108種の独立した遺伝子座(座位)が含まれいる。今回見出された遺伝子のいくつかは統合失調症の病態生理学の仮説を提示するだけでなく、治療の目標となり得る遺伝子である。そして、統合失調症における新しい洞察を私達に提供することであろう。
(以下、難解な表現ばかりであり、意訳している部分が多く、間違って訳している箇所やおかしな訳がかなりあると思えるため、疑念を感じた場合は、私の訳を信じることはせずに、原著を必ず読んで頂きたい。)
108種の独立した関連性を有する遺伝子座(座位)
108 independent associated loci
(とにかく変な訳が続くが、気にせずに読み飛ばして頂きたい。重要なことは何となく分かることであろう。統計学に関する記載が多く、私も何となくしか分からなかった。この章を簡単に要約すれば、非常に厳密な解析学的手法でGWASのデータ解析を行ったところ、真に統合失調症と関連性を有すると思われる遺伝子座が108種も炙り出され、その108種は全てが統合失調症と関連する遺伝子座であり、統合失調症は、やはり多遺伝子疾患だったということである。)
我々は、ゲノム規模での遺伝子型データを得たが、そのサンプルの内訳は、人種をマッチさせ、かつ、オーバーラップしないSZのケースとコントロールのサンプル(ヨーロッパ系人種は46種、東アジア系人種は3種、34,241名の統合失調症ケース、45,604名のコントロール)、および、ヨーロッパ人の3組の家系のサンプル(発端者である親の影響を受けた1,235名の子孫)から構築されている(補足表1と補足メソッド)。
この中には主なPGCのGWASデータセットが含まれている。我々は、全ての研究サンプルの遺伝子型を処理したが、処理する際に、解析の質を統一した制御手順を採用し、1000枚のゲノム・プロジェクト参照パネルを使用してSNPや遺伝子の挿入や削除を検出した。各サンプルに対して、人の集団を層別化し、コントロールと比較するために用意されたマーカー量と主成分(PCs)を使用して関連解析が行なわれた。解析結果は、固定効果モデル(fixed effects model)で重みつけがなされた逆分散を使用して結合された。解析の品質を管理した後に(補定INFOスコア≧0.6、MAF≧0.01、うまく補定されたもの≧20サンプル)、約950万個の変異に対する考察を行った(結果は下の図1に要約してある)。
(固定効果モデルについて)
(固定効果モデルと変量効果モデルの違いについて。この資料は読んでおいた方がよいだろう。なぜ、この論文では、こんな記述があるのかが、何となく理解できる。この論文は、サンプルを結合しているため、結合によって不均一なサンプルになった結果ではないという説明をするためである。)
http://homepage3.nifty.com/aihara/meta_analysis3.html
http://homepage3.nifty.com/aihara/meta_analysis3.html
大規模なサンプルを確保するために、いくつかのグループは、研究基準による評価ではなく臨床医による診断が優先されているが、その診断は妥当性があることを確認している。事後の解析にて、関連する遺伝子座(座位)のエフェクトサイズのパターンは、異なる評価手法や確認モードによっても類似していることが明らかになり、我々が以前に行ったサンプルの調査結果の判定を支持している(拡張図1)。
次に、メタ解析で P<1×10の-6乗という独立した連鎖不均衡を示したSNPのサブセットに対して、deCODEジェネティック社からの解析データを取得した(ヨーロッパの祖先を有する1,513名のSZのケースと66,236名のコントロール)。
そして、我々は、低い連鎖不均衡の値(r2乗<0.1) を有する独立した連鎖不均衡を示すSNPsを、500kb以内に位置するよりSZと有意に関連するSNPとして再定義した。その結果、主要組織適合性複合体(MHC)遺伝子の延長した領域中(~8Mb)に高い連鎖不均衡を有するSNPの所見を得たが、このMHCの遺伝子座(座位)に含まれているSNPは1つのみであった。
次に、deCODEのデータを、GWASの1次解析のデータと結合した。その結果、36,989名のSZのケースと113,075名のコントロールのデータセットが得られ、最終解析を行った。この最終解析にて、128種の独立した連鎖不均衡を示すSNPsが、ゲノム規模での有意差を越えた値を有していることが判明した(P≦5×10-8乗。補足表 2)。
さらに、統合失調症のリスクを生じる変異として同定されている多くの共通した遺伝子変異が、メタ分解析にかけられたが、我々が行ったGWASでの検定統計量の分布はゼロからは外れていた。(拡張データ図2)。
これは、統合失調症が多遺伝子疾患であると論文で発表された以前の所見と一致している。ゼロから外れた検定統計量の偏差は(λGC=1.47、λ1000=1.01)、多遺伝子モデルから予想した値(λGC=1.56)よりもわずかに小さかったが、現在のサンプルサイズにおける統合失調症の遺伝子タイプの情報や生涯リスクや遺伝率を我々に提供してくれるものである。
追加された一連の証拠から言えることは、我々が行ったGWASの中で観察された値とゼロとの間の分布の偏差は、統合失調症は、多くの遺伝子が寄与している疾患(=多遺伝子疾患)であると真に結論付けることを可能にする結果だということである。
まず第1に、検定した統計値が大きくなる原因を区別して解析することが可能になる連鎖不均衡情報を使用する新しい解析方法を適用したことで、我々が得られた結果は、集団による層別化ではなく、多遺伝子によるアーキテクチャー(構成)による結果であることが見出された(拡張データ図3)。
第2に、SZのケースvsコントロールGWASにおいて非常に有意な値(P<1×10の-6乗)を有する独立した連鎖不均衡を示すSNPsのSZのリスクと関連すると思われる234種の対立遺伝子の78%は、deCODEの独立したサンプルの中でも過剰に炙り出されていた。このSZケースvsコントロールGWASとdeCODEで複製されたデータとが一致することは、偶然に生じることは殆どあり得ない( P=6×10の-19乗)。さらに、我々のGWASでテストされた対立遺伝子は、メタ解析のために3組の家系やdeCODEのデータを加える前に既にP<10の-6乗という閾値を越えていた。従って、GWASでもdeCODEでも認められた傾向は、独立した所見であると言える。
第3に、親を発端者に持つ家系の子孫である1,235名の分析では、SZのケースvsコントロールGWASにおいてP<1×10の-6乗という値を有する263種の独立した連鎖不均衡を示すSNPsが示された。この中で、統合失調症に関連すると思われる対立遺伝子の69%は、遺伝子が子孫に過剰に伝えられていることを再び見出した。この結果は、偶然によって生じることはなく(P=1×10の-9乗)、SZとの関連性が閾値に到達していることを完全に説明しており、集団の層別化による結果ではないと言える。
第4に、我々は、GWASで見出された3家系の傾向データを使い、真にSZと関連している場合の予想比率(P<1×10の-6乗)を見積もったが、3家系ではSNPsの対立遺伝子の1/2が偶然同じであったという傾向が予測されたという事実を考慮すれば、真にSZと関連したある種のSNPsは、サンプル数が制限された3家系の中では反対の傾向を示すこともあり得るということである(補足手法)。
傾向テストの観察結果からは、スキャンの結果SZとの関連性が示された(P<1×10の-6乗)約67%(95%の信頼区間: 64.73%、あるいはn=176)のSNPsは、真実であると予想される(=本物のリスク遺伝子座)。従って、今回の研究で示された妥当性を有すると思われるSZと関連するSNPsの数は、現在までに行われた規模以上の数になろう。
このように、これらの分析結果からは、観察された統計値のゼロからの偏りは主に多遺伝子がSZと関連していることを示唆しており、そして、真にSZと関連している遺伝子の末端領域において過剰な関連性が生じていることを示唆している。
SZと関連している遺伝子の境界領域にあるSNPsは翻訳されないだろう。しかしながら、遺伝子の境界領域にあるSNPは統合失調症のリスク遺伝子を同定する上で有益である。
我々は、SZと関連している遺伝子座(座位)を定義したが、その物理的な領域にはr2>0.6という相関値を示す128種の全てのSNPsが含まれていた。そして、250kb以内に位置する各々の遺伝子座(座位)は1つの遺伝子座(座位)として統合された。
その結果、物理的に異なるSZと関連する遺伝子座(座位)は108種に帰結した。それらのうちの83種はこれまでに統合失調症との関連性が示されていなかった新たな遺伝子座(座位)であり、それ故、統合失調症の原因に対する新しい生物学な洞察を提供してくれる(補足表3; 領域のプロットは補足図1)。
(下にランク10位までを示しておく。108種全ては補足表3を実際に見られたし)
なお、108種の遺伝子座(座位)には、これまでに行われた大規模なGWASで有意差が既に示されている5つの遺伝子座(座位)も含まれている(補足表3)。
なお、108種の遺伝子座(座位)には、これまでに行われた大規模なGWASで有意差が既に示されている5つの遺伝子座(座位)も含まれている(補足表3)。
注; 今回の108種の遺伝子座(座位)には、あの有名なDISC1が含まれていない。DISC1はGWASでは炙り出されないのかもしれない。今回のGWASで危険度ランキング1位となった遺伝子座位は、Locus too broad(遺伝子座が大きすぎる)となっており、 まだ、どのような機能に関わる遺伝子なのかは不明である。
注; なお、今回のGWASで炙り出された危険度ランキング2位の遺伝子座位は、MiR-137であった。
SZと関連する遺伝子座(座位)の特徴
Characterization of associated loci
108種の遺伝子座(座位)の中で、75%はタンパク質をコードする遺伝子(40%は単一の遺伝子)であり、8%は遺伝子の20kb以内に位置している(補足表3)。
今回の研究で提示された遺伝子座(座位)の中で、統合失調症の病因や治療の中心となる仮説に関係しうる注目に値する関連遺伝子座(座位)としては、DRD2(ドーパミンD2受容体は全ての抗精神病薬のターゲットである)や、グルタミン酸神経伝達やシナプスの可塑性に関与している多くの遺伝子(例えば、GRM3、GRIN2A、SRR、GRIA1)が含まれている。
さらに、CACNA1C、CACNB2、CACNA1I(電圧依存性カルシウムチャネルのサブユニットをコードする)といったカルシウムチャネル・ファミリーとの関連性は、統合失調症や他の精神疾患における関連性が以前から指摘されていた。
カルシウム・チャンネルをコードする遺伝子や、グルタミン酸神経伝達とシナプス可塑性に関与するタンパク質は、遺伝子の変異を調査する目的で行われた研究からは統合失調症に対しては独立して関連しているものと思えるが、共通する遺伝子としてその変異を調査した研究からは、それらの遺伝子の変異は、広範囲な機能のレベルにおいて収束して統合失調症に関与していることを示唆している。
(注; 言い換えれば、1つの遺伝子ではなく、様々な遺伝子の機能異常が積み重なった結果、統合失調症失調症が発病するのである。もし、違う形で機能異常が積み重なれば、他の精神疾患として発病することも十分にあり得よう。)
現在までに提唱された統合失調症の病因や治療に対する仮説に関連する遺伝子座(座位)は、これらの遺伝子が統合失調症との100%の因果関係を有する要素だと示唆する訳ではないが、議論を補足すべき遺伝子ということを我々は強調したい。
統合失調症に関連する各々の遺伝子座(座位)に対しては、我々は、確実なSZの原因となるSNPのセットを同定した(その定義に関しては、補足手法を参照のこと)。
今回検出された結果では、既知のエクソンに存在する多型として確実に寄与することが可能な関連シグナルは10例(補足表4)だけであった(下表)。
(注; 言い換えれば、エクソン、すなわち、タンパク質の構造を変えるという変異型は、SZのリスクを確実に生じさせる遺伝子座108種の中でたった10種でしかなかった。ということは、遺伝子異常によってタンパク質の構造が変化することがSZの主な原因ではないということになるのかもしれない。)
注; なお、エクソン領域にSNPが認められた遺伝子の1つであるSLC39A8は、ランキング6位の遺伝子でもある。 SLC39A8は金属、特に、亜鉛トランスポーターをコードしている。統合失調症では亜鉛欠乏症になっているのであろうか(実際に、亜鉛欠乏と統合失調症との関連性が報告されている)。
注; なお、エクソン領域にSNPが認められた遺伝子の1つであるSLC39A8は、ランキング6位の遺伝子でもある。 SLC39A8は金属、特に、亜鉛トランスポーターをコードしている。統合失調症では亜鉛欠乏症になっているのであろうか(実際に、亜鉛欠乏と統合失調症との関連性が報告されている)。
タンパク質をコードしている遺伝子に生じる変異は限定された役割しかないが、その役割については、エクソームのDNA配列の所見と一致しているし、GWASによって検出された最も関連性が高い変異であるという仮説とも一致していることから、考えられることとしては、SZのリスクと関連する遺伝子座(座位)における変異の役割は、タンパク質の構造の変化よりも、遺伝子発現量の変化に対して発揮されているということである。そして、この考え方は、統合失調症のリスク遺伝子座(座位)には量的形質遺伝子座(quantitative trait loci、eQTL)が多く含まれているという観察結果とも一致する。
(エクソームシークエンシングについて)
(量的形質遺伝子座について)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%8F%E7%9A%84%E5%BD%A2%E8%B3%AA%E5%BA%A7%E4%BD%8D
(注; タンパク質の構造の変化がなくても、多種の遺伝子の発現が低下したり、増えたりすることで、その積み重なりの結果が統合失調症の発病を呼ぶことになるのであろう。)
そこで我々は、、統合失調症との関連について説明することができるeQTLsを同定するために、人間の大脳皮質のeQTL研究(n=5550)と末梢血(n=53,754)のeQTLs研究のメタ解析から得られた eQTLに対して、今回の研究で確実にSZのリスクと成り得るSNPsであると定義されたSNPsのセットを結合させて、さらなる解析を行った(補足手法を参照)。
その結果、多数の統合失調症に関わる遺伝子座(座位)には、遺伝子座(座位)の1Mb以内に少なくとも1個のeQTLが含まれていた(補足表4)。
しかしながら、SZとの因果関係が相当高いと思われたeQTLは12種だけだった(脳では2種。末梢血では9種。双方では1種)。
この低い割合は、もし、SZのリスクに最も強く関わっている遺伝子の変異は調節を受ける性質を有するのであれば、現在利用可能なeQTLのデータでは力不足であり、有意差を示せる程のパワーがなく、細胞の特異性や発達の相違を提供できないことになる。従って、eQTLによって明確なSZの発症のメカニズムの仮説を確立するためには、さらなる実験が必要である。
(注; SZのリスクに関わる量的形質遺伝子座 eQTLのデーターが増えていけば、SZの発症リスクのメカニズムがさらに詳細に明らかになることであろう。)
脳と免疫
The brain and immunity.
さらに、我々は、統合失調症と関連してくる調節の性質をよく調べるために、56種の異なる組織や細胞のアクティブなエンハンサーの特性を備えた遺伝子マーカーの配列の上に、SZとの因果関係を確実に有する遺伝子変異のセット(n=5108)をマップさせた(補足メソッドを参照)。
その結果、統合失調症との関連性は、脳におけるアクティブなエンハンサーにおいて豊富に見出されたが、統合失調症との関係性がありそうもにない組織(例えば骨、軟骨、腎臓および繊維芽細胞)では、その傾向は認められなかった(下図2)。
エンハンサーを定義するために使用された脳組織では、不均一な細胞の集団から構成されている。そこで、さらに大きな特異性を追求するために、我々は、RiboTagマウスの系統を使用して神経細胞内やグリアで豊富に発現している遺伝子を対照比較させた。
(RiboTagマウスについて)
その結果、複数の大脳皮質・線条体のニューロンのライン(系列)で強く発現している遺伝子は、SZとの関連性が豊富化していた。これは、統合失調症における神経の病理学的変化の重要性を支持するものの、この所見は、(図2を見れば分かるように)、統計学的には有意だが、他の系列と比べて十分に有意ではなく、他の系列の関与を排除できないことを意味し、神経以外の他の系列(注; 免疫系など)が関与していることを意味する。
統合失調症との関連性は、重要な免疫機能、特に、獲得免疫(CD19とCD20ライン、下図2)に含まれるB細胞の系列の組織においてアクティブになっているエンハンサーで豊富であることが判明した。
(注; 抗体を産生するB細胞が統合失調症に関与している可能性が高いのである。ということは、統合失調症は自己免疫疾患なのであろうか。)
これらの豊富になっているエンハンサーは、MHCの拡張領域や脳のエンハンサーの含む領域を除外した後の解析でも有意であり(例えば、CD20のエンリッチ値はP<10の-6乗であった)、この所見は、異なる組織のエンハンサー要素の間の相関関係によるアーチファクト(エラーやノイズ)ではなく、MHCの拡張領域との強い全般性の相関関係に由来するものではないことを示している。
(注; 統合失調症研究におけるCD19とCD20の今後の動向には注目しておく必要があろう。CD19やCD20はB細胞の表面に存在するタンパク質の種類であり、例えば、CD19はB細胞補助受容体としてB細胞の活性化に関与している。)
(注; もし、統合失調症がCD19やCD20を介した中枢神経系への自己免疫疾患であるならば、リッキシマブのような薬剤が効果を発揮する可能性があり、さらに研究が進めば統合失調症のCD19やCD20にだけ的を絞ったような薬剤が開発される期待がかかる。)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AA%E3%83%84%E3%82%AD%E3%82%B7%E3%83%9E%E3%83%96
疫学の研究からは、統合失調症では免疫系の調節不全が役割を果たしていることが昔から示唆されていたが、今回の知見は、この仮説を遺伝子の観点から支持するものである。個々の遺伝子座(座位)への調査から明らかになった免疫仮説を超えるような生物学的な仮説を追加するためには、遺伝子セット解析を介した制限されたデータの採取のさらなる保証化を試みる必要がある。
しかし、ゲノム規模で有意な遺伝子座(座位)の内部にある遺伝子対する利用可能なアプローチや解析方法は、今のところは2つしかなく、コンセンサスを得たような行われるべき解析方法もなく、最適な有意差を示せる閾値も確立されていないため、我々は、この点に関しては慎重であらねばならない。
いくつかの予想された候補となる経路では、SZとの関連性が見かけ上は有意に豊富になっていると観察された経路があるが(拡張データ 表1、下表)、経路テストでの相関からSZとの関連性が有意に豊富になっていると言えるような遺伝子セットは、どのアプローチでも同定されなかった(補足表5)。
この点に関する十分な解析結果はいずれ他の論文で報告されることであろう。
(注; 有意だと示された経路は下表からは、細胞接着とトランスシナプスシグナリング、FMRP{脆弱X精神遅滞タンパク質}、カルシウムチャネル、miR-137、などである。特に、FMRPは有意差が高く注目される。なお、FMRPは、多くのタンパク質の発現をmRNAの段階で標的として調節している分子である。)
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3528815/注; しかし、経路まで考えると、1つの経路が他の経路と複雑にクロストークしていたり、相互作用をしていれば、複雑なネットワークを形成している経路となろうが、そういった経路になると複雑過ぎて、もはや我々の頭の中でイメージをすることは不可能である。いろんな経路が最終的に収束してシナプス間隙のドーパミンの放出増加という現象(精神病状態)を生じさせているのが統合失調症なのであろうか。しかし、それを抗精神病薬でブロックし続けると、経路にフィードバックがかかり、上流における経路の流れが変わり、前頭前皮質のグルタミン酸(NMDA受容体)の機能不全(陰性症状、社会機能の低下)が生じるのであろうか。いずれにせよ、経路(ネットワーク)まで考察すると、もはや訳が分からなくなってしまう。
稀な遺伝子変異のオーバーラップ
Overlap with rare mutations
統合失調症に関連するCNVsは、自閉症スペクトラム障害(ASD)や知的障害とも関連し、オーバーラップすることがあるが、これは、遺伝子のデノボ変異(de novo mutations)に起因する。
(デノボ変異について)
この点に関して、我々は、統合失調症のGWASによって関連性が示された遺伝子のインターバル(間隔)と、統合失調症におけるデノボな非同義的な遺伝子変異との間に有意なオーバーラップがあることを見出した。この所見からは、統合失調症における稀な遺伝子変異のメカニズムを研究することで、統合失調症に関する情報がさらに広範囲に得ることができるものと思える。
さらに、我々は、統合失調症のGWASによって関連性が示された遺伝子領域と、知的障害とASDにおけるデノボな非同義的な遺伝子変異との間のオーバーラップを見出したが、この所見は、これらの疾患の病態生理学変化は部分的にオーバーラップしているという仮説をさらに支持するものである。
(注; 統合失調症、知的障害、ASDの病態の一部はオーバーラップしていると、遺伝子研究から証明されたことになる。)
多遺伝子リスクスコアのプロファイリング
Polygenic risk score profiling
従来の研究では、感受性や特異性が低いものの、GWASにて統合失調症との控えめな関連性が見出された対立遺伝子から構成されたリスクプロファイルスコア(RPS)でも、独立したサンプルにおけるSZのケースvsコントロールの状態を予測できることが示されている。
この点に関しては、今回の研究でも強固に確認された。
擬似R2乗(Nagelkerke R2乗、説明されたSZのケースvsコントロールの状態のばらつきの尺度)の見積もりは、RPS分析において選択されたリスク対立遺伝子に対する特定のターゲットとなるデータセットや閾値(PT)に依存する(拡張データ図5、下図。および6a)。
(擬似R2乗 Nagelkerke R2乗について)
しかし、初期の研究で使われた同じターゲットで閾値(PT)が0.05を有するサンプルを使用して解析したところ、今回のR2は0.03から0.184へと大きくなった(拡張データ図5)。
負担閾値モデル(liability-threshold model)、SZの生涯リスクが1%、独立したSNPの効果、SZのケースvsコトンロールに対する調整などを仮定した場合、今回のRPSは、サンプルを横切った形で統合失調症への負担尺度の変化量の7%について説明することができ(拡張データ図6b)、それらの約半数(3.4%)はゲノム規模で有意だと示された遺伝子座(座位)によって説明することができる。
(注; リスクの半数は遺伝子ということだが、残りの半数は環境因子ということなのだろうか。)
(注; 複数の遺伝的素因が組み合わさった発症リスクは理論的に正規分布を呈し、たとえば身長などの、多遺伝子が関連すると考えられる形質の分布とよく一致する。このような発症リスクの分布で、一定の閾値を超え、環境因子の影響も加わって発症するというモデルはliability threshold modelと呼ばれる。多遺伝子疾患は、多くの感受性遺伝子群の加算効果が一定の閾値を超えた時に発症するというモデルである。)
さらに、我々は、連続的なリスク因子への標準的な疫学研究アプローチを使用して、SZケースvsコントロールの状態を予測するRPSのキャパシティ(能力)を評価した。
この点に関して、我々は、3つのサンプルのRPSによるオッズ比を算出したが、各々を異なるスキームを用いて図で提示した(図3)。
デンマークのサンプルは、母集団に基づくサンプルである(すなわち入院患者と外来患者)。スウェーデンのサンプルは、統合失調症でスウェーデンの病院に入院した全てのケースに基づくサンプルである。さらに、統合失調症分子遺伝子(Molecular Genetics of Schizophrenia、MGS)サンプルは、米国とオーストラリアの臨床からのソースであり、遺伝子研究ために特別に用意されたサンプルである。このサンプルを用いて、我々は、RPSの十分位数(デシル、deciles)に個人をグループ化し、最低のリスクデシルを参照し、リスクの影響を受けた状態のオッズ比を見積もった。
その結果、各々のサンプルにおけオッズ比は、統合失調症のリスク対立遺伝子の数の増大を伴いながら大きくなっていった。全てのサンプルにおける10番目のデシルとなった時の最大値は、デンマークのサンプルでは7.8(95%の信頼区間CIは、4.4~13.9)、スウェーデンのサンプルでは15.0(95%のCIは、12.1~18.7)、MGSのサンプルでは20.3(95%のCIは、14.7~28.2)だった。
統合失調症に対して、インデックス化して遺伝子による負担を測定する必要性を考えると、個人を層別化(階層化)できるRPSの能力は、臨床研究や疫学的研究における新しい評価方法を提供することであろう。
しかしながら、我々は、今のRPSの感度や特異性では、リスクを予測するテストに使用することを支持できないことを強調したい。例えば、デンマークの疫学のサンプルでは、受信者操作曲線(receiver operating curve)の下の面積は(Area under the curve、AUC)、たった0.62であるに過ぎない(拡張データ図6c、補充表6。下図を参照のこと。)
(受信者操作曲線 receiver operating curveについて)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%97%E4%BF%A1%E8%80%85%E6%93%8D%E4%BD%9C%E7%89%B9%E6%80%A7
(注; AUCは、1.0に近い値でないと診断は誤診を招くだけであり利用できない)
最後に、リスクに対する非付加的効果(非相加的効果、non-additive effects)の証拠を求めるため、我々は、ゲノム規模で有意に達した125種の常染色体にあるSNPsの全てのペアの間の相互作用に対して統計学的な検定を行った。
その結果、相互作用項目に対するP値はヌル(ゼロ)に従って分布しており、多重比較によって補正した後では、相互作用は有意ではないことが判明した。従って、我々は上位性や、有意差がある遺伝子座(座位)間における非付加的効果の証拠は見出せなかったことになる(拡張データ図7。上図を参照のこと)。
(注; 遺伝子のSNP同士の相互作用が加わってSZのリスクが増加する訳ではないという意味であろうか。)
しかし、このような非付加効果は、他の遺伝子座(座位)との間に存在することや、または、より高次の相互作用の形で発生する可能性はあろう。
注; こういった遺伝子リスクスコアが上昇するほど薬物治療に対して抵抗性を示し、クロザピンの治療歴を有する率が高くなる。さらに、社会機能のスコアが悪くなり、発症時期も早くなる傾向を認めたという報告が本年度に発表されている。発症のリスクの評価だけでなく、薬物療法(特に、従来の抗精神病薬)への反応性や発症時期などを予測するツールにもなるものであろう。遺伝子リスクスコアが高いケースには躊躇することなくクロザピンを試みるべきだと論文の著者は述べている。
(注; なお、この論文が発表された後に、統合失調症における多遺伝子による発病リスクを数値化して評価することに関する論文が発表されている。興味がある方は下の論文を読まれたし。)
議論
Discussion
(我々が知っている限りの規模だが、)統合失調症における最大の規模の分子遺伝学的研究が行われ、今回、我々は、SZのリスクに関わる数多くの遺伝子座(座位)を同定する上でのGWASの力を実証できた。急激にサンプルサイズを大きくして設計された代替的な確認方式や診断方式を使用すると、異質なものが混入し、そのデータは壊滅的になると思われるが、そのようなことはないということを、我々の結果は示している。バイオマーカーや支持される診断テストが存在しないものの、統合失調症ような表現型に対してもこの点に関しては真実であり、今回のアプローチは、臨床的に定義された他の疾患のGWASに対しても適用できるであろうと楽観してよいものと思われる。
さらに、我々は、SZとの関連性は全てのクラスや機能に関わる遺伝子を横切ってランダムに分布している訳ではないことを示した。もっと正確に言えば、それらは、ある種の組織や細胞で発現している遺伝子に集中(収束)していたのである。
今回、炙り出された遺伝子は、最新の知見に基づく最も有望な遺伝子であり、治療のターゲットとなり、これまでに提唱された統合失調症の病因仮説の大系と整合するような遺伝子が含まれている。そして、今回報告された多くの新しい発見は、病態のメカニズムや統合失調症の治療に対する研究を発展させていくための基礎となる病因に関連する知識を提供することであろう。
我々は、統合失調症における稀な遺伝子変異とGWAS遺伝子座(座位)の変異との間のオーバーラップを見出した。さらに、いくつかの遺伝子グループの機能への広範囲な収束を見出したが、それには、遺伝子変異のセット、特に、異常なグルタミン酸作動性シナプスやカルシウムチャネル機能に関連する遺伝子が含まれていた。
これらの遺伝子の変異が、どのように統合失調症のリスクを増加させる機能に影響を与えるのかは遺伝学(遺伝子)だけでは答えは得られないが、しかし、オーバーラップしているという所見は、共通で稀な遺伝子変異に対する研究は、相反するというよりむしろ補足的であり、稀な遺伝子変異によって駆動されるメカニズムに関する研究が統合失調症への情報を提供してくれることを強く示唆している。
(本文終わり)
私は、読んでいて非常に難解な論文だと思った。意訳を駆使して読んでいったのだが、私は何となく分かったに過ぎなかった。しかし、それでも意味はあろう。ゼロよりはましである。
しかし、議論の部分が何かもの足りない。今回炙り出された108種の遺伝子座(座位)についてもっと具体的に知りたい。そこで、補足議論の内容も訳して掲載しておくことにした。
「ゲノム規模での有意な遺伝子座(座位)の領域内にあるSZとの新しく関係性が示された遺伝子」
我々は、統合失調症(SZ)のリスクと関連する遺伝子座(座位)の中に位置する遺伝子で、現在までに提示されたSZの病因や治療の仮説に関係性を有するような遺伝子が同定されたことを強調したい。しかし、我々は、今回の所見は、特定の遺伝子との関連性がSZの原因ではなく、GWASにてリスクとの関連性が示された遺伝子座(座位)に1つやそれ以上のリスクとなる遺伝子変異が存在するという意味でしかないことを強調したい。
「治療の標的(Gタンパク質にカップルしている受容体のシグナル伝達)となる遺伝子」
<DRD2(11q23.2)>
ドーパミン作動性神経伝達は、認知、報酬、動機づけ、学習、メモリーといった機能にとって必要不可欠なものである。ドーパミン2型受容体サブタイプは、精神医学において特に重要である。なぜならば、D2以外に作用する新しい選択肢が試みられているが、D2をブロックすることは抗精神病活性の状態を十分に作り出す上で未だに必要な方法だからである。
<GRM3(7q21.12)>
mGluR3は代謝型グルタミン酸受容体をコードしており、広範囲にアストロサイトで発現している。そして、GRM2(mGluR2の)と共に、主に、統合失調症の潜在的な治療の標的となり得るものとして研究されてきた。
「グルタミン酸神経伝達に関与する遺伝子」
<GRIN2A(16p13.2)>
NMDA受容体サブユニットをコードするGRIN2A(NR2A)は、シナプス可塑性における重要なメディエーターである。ケタミンなどのNMDA受容器のチャネルブロッカーやNMDAの自己抗体は、人間において統合失調症に似たような症状を生じさせる。この遺伝子の変異は、焦点性てんかん、ID、自閉症、統合失調症で報告されている。
http://ja.wikipedia.org/wiki/NMDA%E5%9E%8B%E3%82%B0%E3%83%AB%E3%82%BF%E3%83%9F%E3%83%B3%E9%85%B8%E5%8F%97%E5%AE%B9%E4%BD%93
<GRIA1(5q33.2)>
グルタミン酸受容体1(GluR1、GluA1)がコードしているものは、速いシナプス伝達を担当しているAMPA(非NMDA)受容体のサブユニットである。活性依存性にAMPA受容体のシナプスをターゲットにすることは、受容体を介した樹状突起形成や海馬のシナプス伝達や可塑性にとって重要である。
http://ja.wikipedia.org/wiki/AMPA%E5%9E%8B%E3%82%B0%E3%83%AB%E3%82%BF%E3%83%9F%E3%83%B3%E9%85%B8%E5%8F%97%E5%AE%B9%E4%BD%93
<SRR(17p13.3)>
セリン・ラセマーゼは、L-セリンをラセミ化してDセリンに変換させる。DセリンはNMDA受容体に対する必須的な共アゴニストであり、NMDA受容体を活性化する。Dセリン値の変化は統合失調症に関連していることが報告されている。
<CLCN3(4q33)>
CLC-3は、電位依存性のクロライド(塩素イオン)・チャネルをコードしており、海馬のグルタミン酸作動性シナプスに局在し。神経の可塑性を調節している。CLC-3をノックアウトされたマウスでは、GABA作動性の機能が変化し、出生後に海馬が完全に縮小しており、神経ネットワークの接続障害を引く起こすことが示唆されている。。
他のグルタミン酸関連遺伝子としては、GRM3(上記を参照)や、SNAT7をエンコードしているSLC38A7(16q21)、SNAT7はL-グルタミンを優先的に神経内部にトランポートするアミノ酸トランスポーターだが、再取り込みや再利用においては重要な役割をはたしているのかもしれない。
「ニューロンのカルシウムシグナリングに関与する遺伝子」
<CACNA1I(22q13.1)>
CACNA1Iは、Cav3.3 T-型カルシウム・チャンネルの開口部を形成するαサブユニットをコードする。このチャネルの活性化は、NR2B含むNMDA受容体と共同で活性化された時にシナプスの可塑性と長期増強を引き起こす。このチャネルのブロックはまだ効果が実証されていないが、ある種の抗精神病薬はT型のカルシウムチャネルをブロックする。
(カルシウムチャネル)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%82%B7%E3%82%A6%E3%83%A0%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%8D%E3%83%AB
(T型カルシウムチャネル)
<RIMS1(6q12-13)>
RIMは、多重ドメインタンパク質からなるシナプス膜エキソサイトーシス調節タンパク質1(Regulating synaptic membrane exocytosis protein 1)をコードしている。その役割は、カルシウム・チャンネルをシナプスの活性領域に拘束してドッキングさせ、シナプス前部の可塑性や神経伝達物質の放出を促進させる役割を有しており、シナプス小胞からの神経伝達物質の放出の際に中心的に関わっているタンパク質である。
前述の遺伝子の他にも、カルシウムシグナリング遺伝子には次の遺伝子が含まれる。CACNA1C、CACNB2、CAMKK2、NRGN、ATP2A2である。ATP2A2遺伝子の変異はDarier病を引き起こし、双極性障害や精神病の家系からも分離されている。
「シナプスの機能や可塑性に関与する遺伝子」
<KCTD13(16p11.2)>
KCTD13は、ポリメラーゼデルタ相互作用タンパク質1をコードしているが、このタンパク質は細胞骨格構造の調節に関与するBCR(BTB-CUL3-RBX1)E3ユビキチン-タンパク質リガーゼ複合体の基質特異性アダプターである。既に、神経発達障害や脳と身体サイズの表現型(小頭症)に関連付けられている16p11.2の領域内に位置するKCTD13の病原性CNVが報告されている。ゼブラフィッシュとマウスの研究では、このCNVにおける変異量に感受性を有する駆動遺伝子としてKCTD13のオルソログ(共通な祖先を持つ異種間の相同遺伝子)との関連性が報告されている。統合失調症と双極性障害のこれまでに行われたGWAS研究においてこの遺伝子座(座位)の関与が報告されている。
<NLGN4X(Xp21.33-32)>
NLGN4Xは、ニューロリギンをコードする遺伝子であるが、ニューレキシンと結合し、グルタミン酸作動性やGABA作動性前部シナプスの形成を誘導することにより、軸索における神経伝達物質の放出関わる機能性部位の局在的な形成を誘導する。NLGN4は興奮性と抑制性の双方のシナプス後部に存在し、ニューレキシンとの相互作用を介してシナプス前部のカルシウムチャネルの集団を調節する。NLGN4遺伝子の変異は自閉症に関連していることが報告されている。
http://bsd.neuroinf.jp/wiki/%E3%83%8B%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%AD%E3%83%AA%E3%82%AE%E3%83%B3
<IGSF9B(11q25)>
IgSF9bは脳に特異的な接着分子であるが、海馬と皮質抑制性シナプスに局在する介在ニューロンで強く発現している。介在ニューロンの発育のために必要とされる。
<CNTN4(3p26.3)>
コンタクチン(Contactins)は、軸索と関連する細胞接着分子であり、神経回路網の形成や可塑性の機能に関与している。CNTN4は、脳の中で高度に発現している。遺伝子の欠損は変異はASDに関係すると報告されている。
<MEF2C(5q14.3)>
筋細胞特異的エンハンサー因子2CやMADSボックス転写エンハンサー因子2とも呼ばれる転写調節因子をコードしている。この転写調節因子は、神経新生、興奮性シナプスの数、シナプス後部の構造における樹状突起形態形成や分化を調節している。胎生後期における前脳でのこの遺伝子の欠損は、興奮性シナプスの数の劇的な増加、海馬依存性の学習やメモリーの障害を引き起こす。初期の欠損は新皮質における異常なニューロンの遊走を生じる。MEF2C 機能不全はの単独でも重度の知的障害を引き起こす。
<PTN(7q33)>
プレイオトロフィン(Pleiotrophin)は、ヘパリン結合脳分裂促進因子(HBBM)、ヘパリン結合成長因子8(HBGF-8)、神経突起成長促進因子1(NEGF1)、ヘパリン親和性調節ペプチド(HARP)、ヘパリン結合成長関連分子とも呼ばれ(HB-GAM)、神経突起成長促進因子ファミリーに属するサイトカイン/成長因子であり、発生の段階における神経突起成長を調節している。長期増強を抑制した時に、海馬において海馬の活性に依存した形で発現する。
<CNKSR2(Xp22.12)>
CNK2は、細胞内伝達経路の1つであるRas→MAPK経路の下流に関与している足場/アダプタータンパク質である。その発現は、神経組織に限定されており、樹状突起棘に集中しPSDとの複合体を形成する。このタンパク質は、シナプス後部膜のシナプス複合体の構築や、細胞膜/細胞骨格のリモデリング関わるシグナル伝達のカップリングにおいて役割を果たしている。CNKSR2の変異による機能の損失は、非症候群性X連鎖知的障害(non-syndromic X-Linked intellectual disability)の原因となる。
<PAK6(15q14)>
PAK6は、脳で高度に発現しているセリン/スレオニン・プロテインキナーゼであり、神経突起の伸長、糸状偽足(filipodia)形成や細胞の生存に関与している。PAK6は、PAK7と伴に機能的冗長性を示し、また、この2つをダブルノックアウトしたマウスでは特定の学習やメモリーの障害を生じる。稀に遺伝することがあるPAK7遺伝子の重複(duplication)は、統合失調症や双極性障害リスクの増加に関連している。
(遺伝子の重複)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%81%BA%E4%BC%9D%E5%AD%90%E9%87%8D%E8%A4%87
<SNAP91(6q14.2)>
SNAP91(AP180)がコードするタンパク質は、哺乳類のニューロンのシナプス前部終末に豊富に含まれており、クラスリン依存性再構築プロセスを介して、シナプス小胞のエンドサイトーシスを調節している。CALMと共に、それは極性を確立し、胎生期における海馬の神経の軸索や樹状突起の成長をコントロールしている。
「神経の他のイオンチャネルに関与する遺伝子」
<KCNB1(20q13.13)>
Kv2.1は、ショウジョウバエshab関連サブファミリーに属する遅延整流VGKCである(遅い過分極電流を生成するタイプの電位依存性カリウムチャネル)。大脳皮質や海馬で豊富に発現しているが、神経細胞の興奮、活動電位の持続時間、活動電位の持続的なスパイクを調節している。
<HCN1(5p21)>
HCN1(カリウム/ナトリウム過分極活性化環状ヌクレオチド依存性チャネル1)は、カリウムチャネルの開口部を形成するサブユニットであり、脳における内向きの過分極活性化プラスイオン電流を発生させる中心的な役割を果たしており、これによって、神経細胞の興奮性、リズミカルな活動、シナプスの可塑性を調節している。HCN1は、脳内で広範囲に発現しており、樹状突起の遠位先端部で豊富に存在している。さらに、心臓のペースメーカーでもある。
<CHRNA3、CHRNA5、CHRNB4(15q25.1)>
ニコチン性アセチルコリン受容体(nAChR類)のαサブユニットをコードしており、リガンド依存性イオンチャネルを形成する。特定のニューロンや、神経筋接合部のシナプス前部、シナプス後部、双方に発現している。nAChR遺伝子のこの群は、ニコチン依存、喫煙、肺癌のリスクに関連している。
「神経発達に関与する遺伝子」
<FXR1(3q26.33)>
FXR1Pは、RNA結合蛋白質のファミリーメンバーであり(FMRPを含む)、この遺伝子の変異は、脆弱X症候群を引き起こす。FXR1Pは、マウスの海馬の樹状突起棘で発見されたが、脳において、mRNAや、miRNA9・miR-24などの特定のマイクロRNAをターゲットにしている。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%84%86%E5%BC%B1X%E7%97%87%E5%80%99%E7%BE%A4
<SATB2(2q33.1)>
核マトリックス結合領域に特異的に結合するDNA結合タンパク質であり、転写の調節、クロマチンの再構築に関与している。この遺伝子の発現は、有系分裂後に分化していく新皮質のニューロンに制限されているが、脳の発達における大脳皮質の上部層の投射性ニューロンの同一性の決定因子として作用する。SATB2を削除すると2q32-q33欠失症候群を引き起こし、逆に、この遺伝子の重複はASDを生じる。
なお、神経発達に関与する追加の遺伝子には次のものを含む。PODXL、BCL11B、TLE1、TLE3、FAM5B、である。
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以上の遺伝子が、今回のGWASで炙り出された注目すべき遺伝子のようである。これから言えることは、ドーパミンだけでなく、グルタミン酸やイオンチャネルも関与していることは間違いなく、統合失調症の治療の標的としては、今後は、グルタミン酸やイオンチャネルも視野に入れないといけないということである。これらの一部は、双極性障害ともオーバーラップしており、今後は、双極性障害とはオーバーラップしていないような遺伝子を炙り出していく作業が求められる。その遺伝子こそが統合失調症の本質を示してくれる遺伝子なのではと私は考えている。
(関連ブログ 2014年4月14日 単一精神病論)
(関連ブログ 2014年3月9日 イオンチャネル)
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最後に、統合失調症の危険度第2位(1位が何に関わっているのかは不明なため、今のところは暫定1位)の遺伝子座(座位)として炙り出されたmiR-137に関しての最近の報告について少しだけ触れてみたい。
下の論文では、統合失調症の発症に関わるmiR-137の標的となるような遺伝子をmiR-137を過剰発現させて同定しようとしたが、時間の経過と共に他の遺伝子との関連性は変化していき、かなり複雑な結果だったようだ。その研究結果では、miR-137は細胞周期の調節、L型電位依存性カルシウムチャネル、細胞-細胞間の相互作用、シナプスの機能、といった神経の微調整に関わるような重要な経路に関わっているようであり、それらの遺伝子の発現がmiR-137の過剰発現によって経時的に増加したり減少し、様々な形に変化していくことが、疾患の表現型を複雑にしているのかもしれない。
(統合失調症のリスクはDLPFCにおけるmiR-137の過剰発現と関連している)
また、統合失調症では、miR-137の発現がDLPFCという脳の局所において低下しており、それによって免疫グロブリンの転写因子であるTCF4の発現レベルがDLPFCでは増加しているという、逆のような論文も発表されている。統合失調症の脳の局所では自己抗体が過剰に作られており、それが障害を惹起させているのかもしれない。脳の局所にだけ存在するような自己抗体は末梢血では検出できないため、今のところは調べようがない(miR-137は、過剰発現しているのか、低下しているのか、いったいどちらなのであろうか)。