(前回の論文の続き)
議論
議論
幼児期、小児期、思春期は、急速に神経が成熟する時期であり、シナプス形成、灰白質の増大などが起きるが、それら全ての現象は脳へのDHAの蓄積に関連している。脂肪酸前駆体からのDHAの合成は、不足しがちな現象として知られており、食事によるDHAの摂取が重要である。しかし、DHAは、非常に限られた数の食品中にしか含まれておらず、世界中の子供達の摂取量は驚くほど低い。
動物での研究では、ω3脂肪酸の欠乏は、海馬、視床下部、大脳皮質の構造と機能の変化を引き起こすことが知られている。さらに、脳のDHAレベルの低下は、動物では空間や系列の学習と記憶の問題、うつ症状の増加、攻撃性に関連していることが知られている。
人においては、DHAは胎生期や乳児期における脳と視覚の発達の上で特に重要である。n-3 LC-PUFAは、児童や成人に共通して、神経精神疾患の予防において重要な役割を担っていると理解されてきている。DHAを含む多価不飽和脂肪酸は、学習と行動障害が特徴とされるある種の発達障害を持つ児童において研究されている。これらの病状の多くは異常な脂肪酸の状態に関連していると想定されており、脂肪酸の代謝異常や摂取不足が原因かどうかを検証するために、多価不飽和脂肪酸の補充による症状の改善がいくつかの研究で示されている。
これらの精神神経的な病状を呈さない健常な児童でも摂取不足によるDHA欠乏に陥っている可能性がある。それ故、DHA欠乏が改善されることは、健常な児童の学習と行動においても有益であると考えることは妥当なように思える。
このレビューの目的は、健常な児童の学習や行動とDHAとの間に関係があるかを同定することである。
DHAや他の脂肪酸は、健常児の認知機能、学習、行動に効果があるように思えるが、我々が調査した結果は、これまでの研究は統一されておらず、デザインやどこに焦点を当てているかといった面で様々あった。さらに、このレビューで一引用した研究は、児童の年齢や使用したテストも様々であった。特定の認知テストではDHAの効果やDHAのバイオマーカーとの間に一貫性のある結果は明らかに見い出せなかった。
しかし、異質性という問題はあるものの、引用された研究の半分以上において、DHAやn-3 LC-PUFAによる認知機能、学習、行動の少なくとも1つ以上の領域への著明で好ましい結果を報告しており、これはDHAは脳活動や認知機能への大きな効果を有するというグローバルな見解を意味するものであろう。
このレビュで引用した2つの研究において、標準化されたテストの実行中に認知機能の神経生理学的指標を用いて脳活動を直接測定することによってDHAの有益性が提示されている。
まず、McNamaraらは、 持続的注意のタスクの実行中のfMRIに所見によって、児童の脳活動へのDHAサプリメントの効果を示した。CPT-IPでは天井効果のために有意差は認められなかったものの、fMRIのデータは、DHAの補充によって児童の背外側前頭前野(DLPFC)活性が増強するという確実な所見を示した。健常で栄養も良い被験者では思春期と成人早期において前頭前野におけるDHAの含量が正常の加齢に伴い増加するが、McNamaraらの研究は明らかに良い栄養状態にあると思われる若者でもDHAが欠乏しており、このDHAの欠乏が脳の活動にどのような影響を与えているかを理解することにつながる。
次に、Boucherらよる研究は、直接、健常な児童の脳の活動を評価するために脳波データであるERPを用いた。その研究では、ERPによって、標準化されたテストのパフォーマンス中の脳活動とDHAの状態との間に有意な正の相関があることを示した。ERPの所見は、現在の血漿のDHAよりも臍帯血のDHA濃度との相関が強かったが、それは10-13歳の児童におけるDHAの状態は最適ではなく(=DHAが不足している)、そのため、脳活動がDHAの補充によってある程度は修正や修飾されたことを示している。
McNamaraらやBoucherらの結果は、高齢者における同様の研究によってサポートされている。Jacksonらは、近赤外分光法near-infrared spectroscopyを用いて、青年者の認知機能タスクのパフォーマンス中における前頭前野のヘモグロビン濃度と還元ヘモグロビンの濃度の相対的な変化を評価した。この研究では、1~2gのDHAが豊富に含まれている魚油は、テストの完了時に、被験者の酸化ヘモグロビンと総ヘモグロビンの濃度を増加させた。酸化ヘモグロビンは血流増加を意味している。しかし、BoucherらとMcNamaraらの研究のように、血行動態反応の変化にも係らず、認知機能テストでのパフォーマンスには一貫した変化は認められなかった。
Boucherら, McNamaraら, Jacksonらの研究のように、測定可能な脳活動とDHAの関係を実証したが、同時に測定可能なテストへのパフォーマンスには影響を与えなかったことは、DHAの有用性を見るために使用された認知機能のテストが適切であり感受性があるテストであったかの疑問が生じる。これは、DHAによる影響を受ける特定の認知機能活性は、一連の心理テストでは評価できない可能性があることを意味する。さらに、統計解析に妥当性を与えるには、大きな被験者数が必要であるように思える。
一方、学業パフォーマンスの改善がDHAの補充によって示されたことは興味深い。
Richardsonらの研究では、DHAの補充によって読書能力(読解力)の改善が示され、Daltonらの研究では、対照群では喪失した書字能力がDHA補充群では維持された。脳の機能は、しばしば、多くの場合、これら2つの研究で提示された言語モジュールや学習に関して記述されるが、脳の機能は記憶力や注意力を含むいくつかの機能を調整する能力を含むのだろう。DHAを適切に補充することは、多くの領域の認知機能に小さい影響を及ぼすが、最終的には読書能力(読解力)や書字能力に大きな影響を与えるものと思われる。
読書能力(読解力)や書字能力を含む学業パフォーマンスが改善する意味は、勉強に苦労を強いられる児童(お受験をさせられる児童)のためには重要である。読書能力は学校における全ての学習の上で主要な基礎スキルとして記載されている。学校の初期において年間に達成すべき読書能力に到達していない学童は、物事の主題を理解することが困難であり、フォローしていかねばならないことが知られている。
読むことを学習するのが困難な学童は、学習への意欲やモチベーションが失われていくことが教育の専門家によって示唆されている。さらに、学問的な成功のためだけでなく、社会的にも経済的にも成功する上で読解力は重要なスキルであると定義されている。
読書スキルが乏しい児童たちは、自尊心や自己概念self-concept(自信?)が低くなり、学習へのモチベーションも低くなり、勉強へのフラストレーションがたまり、勉強することに困惑し続け、勉強への興味が失われていく(=お受験に失敗する)。子供が幸福となり人生での最終的な成功をおさめる上で、学問的に成功することの重要性を考えると、学習の最適化のための栄養改善を含めた全ての教育要因や環境要因を考慮しなければならない。
健常に変化していくため、健常な児童への研究デザイン、被験者の選択、アウトカムの指標を取捨選択することがだんだんと重要になってきている。Richardsonらによる研究では、著者らの試験デザインで読書能力が20%下のランク(実年齢の2年遅れに相当)の児童が選択された。しかし、研究者によって、事前に用意された20~10%未満の読書能力の児童から33%未満(実年齢より18か月以下の相当)の読書能力の児童を含むように被験者の基準が広げられた。治療効果は被験者全体での分析では検出されなかったが、ベースラインの読書能力からのスコアの向上が20%未満の読書能力の児童において さらに、より大きな著明な向上が10%未満の読書能力の児童における読書能力の向上が観察された。
同様の知見は、約2年遅れの読書能力と書字能力を持つADHDの児童の研究(被験者が少ない)で報告された。高EPAあるいは高DHAの魚油の補充の4ヶ月後に、グループ全体では行動や認知機能への効果は検出されなかった。しかし、高い赤血球のDHAレベルは、単語の音読、注意力、反抗的な行動の改善に関連しており、特に、読書と書字が困難なサブグループにおいて関連していた。
このレビューで引用した研究で使用されているDHAサプリメントの用量は様々である。Richardsonらによって使用されたDHAは600mg/日と学習障害児の研究で用いたものと同様であり、健康な小児でも効果が期待できる容量かもしれない。600mgのDHA /日がこの年齢の健康な子供のための最適な用量はまだ検証されていない。今後の研究では、読書能力や書字能力の低さとDHAによって改善を示す指標となるような脳のDHAレベルや血中のDHAレベルを定義する必要がある。
研究デザイン、血液DHAレベル、補給したDHAのレベル、コンプライアンス、など多くの差異があるためにこれまでの研究は不完全であった。
McNamaraらの研究では、赤血球のDHAのベースラインでの含量は全脂肪酸の3.3%であった。400mg/日、または、1200mg/日のDHAを8週間補充した後には、赤血球のDHA組成割合いは、それぞれ7.5%と10.3%に増加した。これらのレベルは、背外側前頭前野DLPFCの活性化と関連しており、将来のRCTなどの研究で採用できる適切な指標となるかもしれない。
4つ研究のみではあるが、RCTにて赤血球のDHA組成割合を調べている(表3)。糸村らの研究、浜崎ら の研究では、DHAのレベルは総脂肪酸の7.1%、7.5%に達した。BaumgartnerらとMuthayyaらの研究では、補給後の赤血球DHAレベルは、6%未満であった。残りの他の研究では、DHAの血球中のレベルは測定していなかったり、正しく測定されてはいなかった。
プラセボとして使用された油は脂肪酸の組成に関しては様々であった。油は、中鎖トリグリセリドのように、体内でn-6やn-3 PUFAへ変換されないものもあるが、他のものは、トウモロコシ油やひまわり油のようにリノール酸(LA)が含まれていたり、大豆、菜種油のようにα-リノレン酸(ALA)が含まれていたり、オリーブオイルのように一価不飽和脂肪酸やポリフェノールが含まれている。
人間や動物実験では、生理活性を持つ他の脂肪酸や栄養素を考慮して、最も適切なプラセーボを定義せねばならない。血液や組織におけるDHAレベルの増加を目的としてデザインするような研究では、体内でALA→n-3脂肪酸という形で変換されるような成分を含む油のプラセーボはプラセーボとして適正とは言えない。さらに、食事中のリノール酸が組織中のDHAの量を減らしてしまうだろう。動物実験でも、リノール酸が高い食事では網膜組織のDHAが減少し、リノール酸の低い食事は脳のDHAが髙くなることが示されている。このレビューで引用された研究のいずれもが背景食の脂肪酸の組成を報告していない。従って、研究で使用された油に含まれるALAやLAがDHAの濃度に影響を与えたかどうかは全く不明なままである。
DHAの服用量や投与期間に加えて、引用された研究で採用された血液や組織のn-3 PUFAのバイオマーカーは、delta-5-desaturasesや、delta-6-desaturasesをコードする遺伝子(FADS1とFADS2)の一塩基変異多型(SNP)や、ELOVL2 elongaseの一塩基変異多型(SNP)と関係していることが既に分かっている。n-3やn-6 PUFAのバイオマーカーは、ハプロタイプごとに異なる関連性があるので、この変異を有する個人では、n-3の補充に関しては多くの一般人と比較して異なる反応を示すだろう。脂肪酸はFADS1-FADS2遺伝子クラスター内のSNPと関連しており、このSNPが存在すると、ALAなどの前駆体の割合が増加し、EPAやDHAなどの不飽和脂肪酸の割合が減少する。
しかし、DHAの生合成は一般集団では非常に限られた現象であり、DHAを直接摂取することが元々DHAが少ないであろうと思われる様々なハプロタイプを持つ被験者を区別しながら、DHAを増加させる主な方法となる。
成人のALAの代謝研究と同様に、FADS1-FADS2遺伝子クラスターにおける多型を持つものは、制御された食事療法の条件の下では、血漿のDHA組成は変化しないことが示されている。このレビューでは、食事中の前駆体ではなく、食事中のDHAを変更した研究に焦点を当てたので、このような遺伝的な変異は、結果に及ぼす影響は小さいことが予想される。
さらに、このレビューで引用した研究には、同じ期間における、バイオマーカーとなる児童のDHAの状態と認知機能や行動をテストした研究が含まれている。しかしながら、動物の研究では、発達の時期の早期においては、適切な量のDHAが特に必要不可欠であるという重要なことが示されている。
周産期におけるn-3が不足した食事は、胎児のDHAを制限してしまい、それが早くに修正されない場合には、胎児の神経細胞の分枝不足とシナプス形成不足を生じてしまう。脳のDHA不足はドーパミンとセロトニン神経伝達の低下にも関連付けられている。これら2つの神経伝達システムの発達は、学習や記憶の制御に関与することが知られている。
Chalonらの齧歯類モデルを用いた研究において、餌の中のn-3不足によって脳のDHAが減少することが示され、これにより前頭皮質におけるドーパミンの量の減少を伴っていた。しかし、餌に含まれるn3を十分に補充したところ、出生時の脳のDHAとドーパミンは通常のレベルにまで回復していた。さらに、n3の補充が遅れると、脳のDHAは部分的な回復に留まり、神経化学的因子は回復しなかった。
発達段階における早期のかつ長期的なn3の重度の欠乏は、不可逆的な脳の特定の機能(=読解力や書字能力)のダメージにつながる可能性がある。ヒトではまだ脳の発達の臨界時期は同定されていないが、発達時期の早期におけるDHAの状態の違いは、小児期後期における学業成績の結果に影響を与えることであろう。
結論
要約すると、このレビューで引用した研究からは、一般的にDHAの状態が改善されれば、学習や行動として観察される脳の変化を開始させることができることを示している。直接、脳の活動を評価した神経生理学的研究の結果からは、DHAのサプリメントによって、脳の変化が健常な児童にも起こることを示している。しかし、標準化された認知機能検査では一貫性のある変化は提示されなかった。
DHAが補充された後に認められた読書能力や書字能力の改善は、テストでは容易に検出できないような複数のドメイン上の変化であり、多くの微妙な変化の集積を表しているのかもしれない。これらの変化は、健常な児童では特に微妙かもしれない。
動物実験で得られたデータをも考慮すれば、健常な児童で行われた今回引用された研究結果は、DHAは学習能力や行動に影響を与える本質的な脳の構成要素であることを実証している。引用された多くの研究では制限があり、研究のデザインが多様ではあるが、我々のレビューによって健常な児童に存在するDHA欠乏の学習や行動への影響の問題点が示されたと言えよう。
(論文終わり)
魚が食卓に並ぶ機会が多い日本と違って、肉食が多い海外では児童におけるω3脂肪酸の摂取量は不足しているようだ。しかし、魚を油で揚げるような調理をしてリノレン酸をも多く摂取していたら魚を食べた効果は減ってしまうのかもしれない。おやつでポテトチップスなどから多くのリノレン酸を摂取していても同様である。我が子はどうも読解力が弱いのでは思えるような場合には、魚油にてω3脂肪酸の補充を試してみるのも1つの手かもしれない。
なお、ω3脂肪酸と脳の発達との関係については以下の論文も詳しく記載されており、参考にして頂きたい。