2013年09月

我が子の学業成績を向上したければω3脂肪酸を与えよ(その2)

(前回の論文の続き)

議論

 幼児期、小児期、思春期は、急速に神経が成熟する時期であり、シナプス形成、灰白質の増大などが起きるが、それら全ての現象は脳へのDHAの蓄積に関連している。脂肪酸前駆体からのDHAの合成は、不足しがちな現象として知られており、食事によるDHAの摂取が重要である。しかし、DHAは、非常に限られた数の食品中にしか含まれておらず、世界中の子供達の摂取量は驚くほど低い。

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 動物での研究では、ω3脂肪酸の欠乏は、海馬、視床下部、大脳皮質の構造と機能の変化を引き起こすことが知られている。さらに、脳のDHAレベルの低下は、動物では空間や系列の学習と記憶の問題、うつ症状の増加、攻撃性に関連していることが知られている。

 人においては、DHAは胎生期や乳児期における脳と視覚の発達の上で特に重要である。n-3 LC-PUFAは、児童や成人に共通して、神経精神疾患の予防において重要な役割を担っていると理解されてきている。DHAを含む多価不飽和脂肪酸は、学習と行動障害が特徴とされるある種の発達障害を持つ児童において研究されている。これらの病状の多くは異常な脂肪酸の状態に関連していると想定されており、脂肪酸の代謝異常や摂取不足が原因かどうかを検証するために、多価不飽和脂肪酸の補充による症状の改善がいくつかの研究で示されている。
 
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 これらの精神神経的な病状を呈さない健常な児童でも摂取不足によるDHA欠乏に陥っている可能性がある。それ故、DHA欠乏が改善されることは、健常な児童の学習と行動においても有益であると考えることは妥当なように思える。

 このレビューの目的は、健常な児童の学習や行動とDHAとの間に関係があるかを同定することである。

 DHAや他の脂肪酸は、健常児の認知機能、学習、行動に効果があるように思えるが、我々が調査した結果は、これまでの研究は統一されておらず、デザインやどこに焦点を当てているかといった面で様々あった。さらに、このレビューで一引用した研究は、児童の年齢や使用したテストも様々であった。特定の認知テストではDHAの効果やDHAのバイオマーカーとの間に一貫性のある結果は明らかに見い出せなかった。

 しかし、異質性という問題はあるものの、引用された研究の半分以上において、DHAやn-3 LC-PUFAによる認知機能、学習、行動の少なくとも1つ以上の領域への著明で好ましい結果を報告しており、これはDHAは脳活動や認知機能への大きな効果を有するというグローバルな見解を意味するものであろう。

 このレビュで引用した2つの研究において、標準化されたテストの実行中に認知機能の神経生理学的指標を用いて脳活動を直接測定することによってDHAの有益性が提示されている。

 まず、McNamaraらは、 持続的注意のタスクの実行中のfMRIに所見によって、児童の脳活動へのDHAサプリメントの効果を示した。CPT-IPでは天井効果のために有意差は認められなかったものの、fMRIのデータは、DHAの補充によって児童の背外側前頭前野(DLPFC)活性が増強するという確実な所見を示した。健常で栄養も良い被験者では思春期と成人早期において前頭前野におけるDHAの含量が正常の加齢に伴い増加するが、McNamaraらの研究は明らかに良い栄養状態にあると思われる若者でもDHAが欠乏しており、このDHAの欠乏が脳の活動にどのような影響を与えているかを理解することにつながる。

 次に、Boucherらよる研究は、直接、健常な児童の脳の活動を評価するために脳波データであるERPを用いた。その研究では、ERPによって、標準化されたテストのパフォーマンス中の脳活動とDHAの状態との間に有意な正の相関があることを示した。ERPの所見は、現在の血漿のDHAよりも臍帯血のDHA濃度との相関が強かったが、それは10-13歳の児童におけるDHAの状態は最適ではなく(=DHAが不足している)、そのため、脳活動がDHAの補充によってある程度は修正や修飾されたことを示している。

 McNamaraらやBoucherらの結果は、高齢者における同様の研究によってサポートされている。Jacksonらは、近赤外分光法near-infrared spectroscopyを用いて、青年者の認知機能タスクのパフォーマンス中における前頭前野のヘモグロビン濃度と還元ヘモグロビンの濃度の相対的な変化を評価した。この研究では、1~2gのDHAが豊富に含まれている魚油は、テストの完了時に、被験者の酸化ヘモグロビンと総ヘモグロビンの濃度を増加させた。酸化ヘモグロビンは血流増加を意味している。しかし、BoucherらとMcNamaraらの研究のように、血行動態反応の変化にも係らず、認知機能テストでのパフォーマンスには一貫した変化は認められなかった。

 Boucherら, McNamaraら, Jacksonらの研究のように、測定可能な脳活動とDHAの関係を実証したが、同時に測定可能なテストへのパフォーマンスには影響を与えなかったことは、DHAの有用性を見るために使用された認知機能のテストが適切であり感受性があるテストであったかの疑問が生じる。これは、DHAによる影響を受ける特定の認知機能活性は、一連の心理テストでは評価できない可能性があることを意味する。さらに、統計解析に妥当性を与えるには、大きな被験者数が必要であるように思える。

 一方、学業パフォーマンスの改善がDHAの補充によって示されたことは興味深い。

 Richardsonらの研究では、DHAの補充によって読書能力(読解力)の改善が示され、Daltonらの研究では、対照群では喪失した書字能力がDHA補充群では維持された。脳の機能は、しばしば、多くの場合、これら2つの研究で提示された言語モジュールや学習に関して記述されるが、脳の機能は記憶力や注意力を含むいくつかの機能を調整する能力を含むのだろう。DHAを適切に補充することは、多くの領域の認知機能に小さい影響を及ぼすが、最終的には読書能力(読解力)や書字能力に大きな影響を与えるものと思われる。

 読書能力(読解力)や書字能力を含む学業パフォーマンスが改善する意味は、勉強に苦労を強いられる児童(お受験をさせられる児童)のためには重要である。読書能力は学校における全ての学習の上で主要な基礎スキルとして記載されている。学校の初期において年間に達成すべき読書能力に到達していない学童は、物事の主題を理解することが困難であり、フォローしていかねばならないことが知られている。

 読むことを学習するのが困難な学童は、学習への意欲やモチベーションが失われていくことが教育の専門家によって示唆されている。さらに、学問的な成功のためだけでなく、社会的にも経済的にも成功する上で読解力は重要なスキルであると定義されている。

 読書スキルが乏しい児童たちは、自尊心や自己概念self-concept(自信?)が低くなり、学習へのモチベーションも低くなり、勉強へのフラストレーションがたまり、勉強することに困惑し続け、勉強への興味が失われていく(=お受験に失敗する)。子供が幸福となり人生での最終的な成功をおさめる上で、学問的に成功することの重要性を考えると、学習の最適化のための栄養改善を含めた全ての教育要因や環境要因を考慮しなければならない。

 健常に変化していくため、健常な児童への研究デザイン、被験者の選択、アウトカムの指標を取捨選択することがだんだんと重要になってきている。Richardsonらによる研究では、著者らの試験デザインで読書能力が20%下のランク(実年齢の2年遅れに相当)の児童が選択された。しかし、研究者によって、事前に用意された20~10%未満の読書能力の児童から33%未満(実年齢より18か月以下の相当)の読書能力の児童を含むように被験者の基準が広げられた。治療効果は被験者全体での分析では検出されなかったが、ベースラインの読書能力からのスコアの向上が20%未満の読書能力の児童において さらに、より大きな著明な向上が10%未満の読書能力の児童における読書能力の向上が観察された。

 同様の知見は、約2年遅れの読書能力と書字能力を持つADHDの児童の研究(被験者が少ない)で報告された。高EPAあるいは高DHAの魚油の補充の4ヶ月後に、グループ全体では行動や認知機能への効果は検出されなかった。しかし、高い赤血球のDHAレベルは、単語の音読、注意力、反抗的な行動の改善に関連しており、特に、読書と書字が困難なサブグループにおいて関連していた。

 このレビューで引用した研究で使用されているDHAサプリメントの用量は様々である。Richardsonらによって使用されたDHAは600mg/日と学習障害児の研究で用いたものと同様であり、健康な小児でも効果が期待できる容量かもしれない。600mgのDHA /日がこの年齢の健康な子供のための最適な用量はまだ検証されていない。今後の研究では、読書能力や書字能力の低さとDHAによって改善を示す指標となるような脳のDHAレベルや血中のDHAレベルを定義する必要がある。

 研究デザイン、血液DHAレベル、補給したDHAのレベル、コンプライアンス、など多くの差異があるためにこれまでの研究は不完全であった。

 McNamaraらの研究では、赤血球のDHAのベースラインでの含量は全脂肪酸の3.3%であった。400mg/日、または、1200mg/日のDHAを8週間補充した後には、赤血球のDHA組成割合いは、それぞれ7.5%と10.3%に増加した。これらのレベルは、背外側前頭前野DLPFCの活性化と関連しており、将来のRCTなどの研究で採用できる適切な指標となるかもしれない。

 4つ研究のみではあるが、RCTにて赤血球のDHA組成割合を調べている(表3)。糸村らの研究、浜崎ら の研究では、DHAのレベルは総脂肪酸の7.1%、7.5%に達した。BaumgartnerらとMuthayyaらの研究では、補給後の赤血球DHAレベルは、6%未満であった。残りの他の研究では、DHAの血球中のレベルは測定していなかったり、正しく測定されてはいなかった。

 プラセボとして使用された油は脂肪酸の組成に関しては様々であった。油は、中鎖トリグリセリドのように、体内でn-6やn-3 PUFAへ変換されないものもあるが、他のものは、トウモロコシ油やひまわり油のようにリノール酸(LA)が含まれていたり、大豆、菜種油のようにα-リノレン酸(ALA)が含まれていたり、オリーブオイルのように一価不飽和脂肪酸やポリフェノールが含まれている。
 
 人間や動物実験では、生理活性を持つ他の脂肪酸や栄養素を考慮して、最も適切なプラセーボを定義せねばならない。血液や組織におけるDHAレベルの増加を目的としてデザインするような研究では、体内でALA→n-3脂肪酸という形で変換されるような成分を含む油のプラセーボはプラセーボとして適正とは言えない。さらに、食事中のリノール酸が組織中のDHAの量を減らしてしまうだろう。動物実験でも、リノール酸が高い食事では網膜組織のDHAが減少し、リノール酸の低い食事は脳のDHAが髙くなることが示されている。このレビューで引用された研究のいずれもが背景食の脂肪酸の組成を報告していない。従って、研究で使用された油に含まれるALAやLAがDHAの濃度に影響を与えたかどうかは全く不明なままである。

 DHAの服用量や投与期間に加えて、引用された研究で採用された血液や組織のn-3 PUFAのバイオマーカーは、delta-5-desaturasesや、delta-6-desaturasesをコードする遺伝子(FADS1とFADS2)の一塩基変異多型(SNP)や、ELOVL2 elongaseの一塩基変異多型(SNP)と関係していることが既に分かっている。n-3やn-6 PUFAのバイオマーカーは、ハプロタイプごとに異なる関連性があるので、この変異を有する個人では、n-3の補充に関しては多くの一般人と比較して異なる反応を示すだろう。脂肪酸はFADS1-FADS2遺伝子クラスター内のSNPと関連しており、このSNPが存在すると、ALAなどの前駆体の割合が増加し、EPAやDHAなどの不飽和脂肪酸の割合が減少する。

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 しかし、DHAの生合成は一般集団では非常に限られた現象であり、DHAを直接摂取することが元々DHAが少ないであろうと思われる様々なハプロタイプを持つ被験者を区別しながら、DHAを増加させる主な方法となる。

 成人のALAの代謝研究と同様に、FADS1-FADS2遺伝子クラスターにおける多型を持つものは、制御された食事療法の条件の下では、血漿のDHA組成は変化しないことが示されている。このレビューでは、食事中の前駆体ではなく、食事中のDHAを変更した研究に焦点を当てたので、このような遺伝的な変異は、結果に及ぼす影響は小さいことが予想される。

 さらに、このレビューで引用した研究には、同じ期間における、バイオマーカーとなる児童のDHAの状態と認知機能や行動をテストした研究が含まれている。しかしながら、動物の研究では、発達の時期の早期においては、適切な量のDHAが特に必要不可欠であるという重要なことが示されている。

 周産期におけるn-3が不足した食事は、胎児のDHAを制限してしまい、それが早くに修正されない場合には、胎児の神経細胞の分枝不足とシナプス形成不足を生じてしまう。脳のDHA不足はドーパミンとセロトニン神経伝達の低下にも関連付けられている。これら2つの神経伝達システムの発達は、学習や記憶の制御に関与することが知られている。

 Chalonらの齧歯類モデルを用いた研究において、餌の中のn-3不足によって脳のDHAが減少することが示され、これにより前頭皮質におけるドーパミンの量の減少を伴っていた。しかし、餌に含まれるn3を十分に補充したところ、出生時の脳のDHAとドーパミンは通常のレベルにまで回復していた。さらに、n3の補充が遅れると、脳のDHAは部分的な回復に留まり、神経化学的因子は回復しなかった。

 発達段階における早期のかつ長期的なn3の重度の欠乏は、不可逆的な脳の特定の機能(=読解力や書字能力)のダメージにつながる可能性がある。ヒトではまだ脳の発達の臨界時期は同定されていないが、発達時期の早期におけるDHAの状態の違いは、小児期後期における学業成績の結果に影響を与えることであろう。

結論

 要約すると、このレビューで引用した研究からは、一般的にDHAの状態が改善されれば、学習や行動として観察される脳の変化を開始させることができることを示している。直接、脳の活動を評価した神経生理学的研究の結果からは、DHAのサプリメントによって、脳の変化が健常な児童にも起こることを示している。しかし、標準化された認知機能検査では一貫性のある変化は提示されなかった。

 DHAが補充された後に認められた読書能力や書字能力の改善は、テストでは容易に検出できないような複数のドメイン上の変化であり、多くの微妙な変化の集積を表しているのかもしれない。これらの変化は、健常な児童では特に微妙かもしれない。

 動物実験で得られたデータをも考慮すれば、健常な児童で行われた今回引用された研究結果は、DHAは学習能力や行動に影響を与える本質的な脳の構成要素であることを実証している。引用された多くの研究では制限があり、研究のデザインが多様ではあるが、我々のレビューによって健常な児童に存在するDHA欠乏の学習や行動への影響の問題点が示されたと言えよう。

(論文終わり)


 魚が食卓に並ぶ機会が多い日本と違って、肉食が多い海外では児童におけるω3脂肪酸の摂取量は不足しているようだ。しかし、魚を油で揚げるような調理をしてリノレン酸をも多く摂取していたら魚を食べた効果は減ってしまうのかもしれない。おやつでポテトチップスなどから多くのリノレン酸を摂取していても同様である。我が子はどうも読解力が弱いのでは思えるような場合には、魚油にてω3脂肪酸の補充を試してみるのも1つの手かもしれない。
 
 なお、ω3脂肪酸と脳の発達との関係については以下の論文も詳しく記載されており、参考にして頂きたい。

大塚製薬フィッシュオイル

我が子の学業成績を向上したければω3脂肪酸を与えよ(その1)

 ω3脂肪酸は、髄鞘形成などの中枢神経系の発育や成熟における必要不可欠な物質であり、さらに、統合失調症、双極性障害、うつ病、認知症などの精神疾患の発症予防や補完療法おいても効果を発揮する重要な物質である。小児においても、ADHDや自閉症におけるω3脂肪酸の効果が既に数多く報告されている。ω3脂肪酸は全てのライフステージにおいて必要とされる極めて重要な物質だと言えよう。

 今回は、健常な児童におけるω3脂肪酸と子供の学習や行動への効果をレビューした論文を紹介したい。このレビューによれば健常な児童においてもω3脂肪酸(特にDHA)は不足しがちであり、ω3脂肪酸の補充は効果があると結論付けられている。ω3脂肪酸は特に、勉強していく上で基本となる読解力や書字能力を向上させる可能性がある。これはケアレスミスを減らし、テストでの点数を上げることに作用するのではなかろうか。我が子にお受験をさせたいと考えている親は、子供にω3脂肪酸を与えながらお受験をさせるとより効果的なのかもしれない。

  親によっては、我が子をスポーツ選手にしたいと夢を描いている親も多いことだろう。ω3脂肪酸は10~12歳の女子のテニスの能力を向上させたという論文がある。スポーツでは視力が重要であり、論文では考察されていなかったが、ω3脂肪酸のDHAは網膜の発達や視神経の発達にも必要不可欠な物質であり、高速のボールのスピードについていけるような動体視力を向上させてくれたのかもしれない。私が検索してみたところω3脂肪酸と子供の運動能力の向上に関する論文は非常に少ないものの(運動神経の向上とω3脂肪酸は余り関係はないのかもしれないが)、興味のある方は各自で検索を試みてほしい。
(女子テニスの成績が向上) 
(ω3脂肪酸のエクササイズへの効果について。成人のデータ?。運動能力が向上するらしい。)
http://versita.metapress.com/content/77510x8g0r113540/fulltext.pdf 


健康な児童における学習や行動とドコサヘキサエン酸(DHA)の関係:レビュー
「The Relationship of Docosahexaenoic Acid (DHA) with Learning and Behavior in Healthy Children: A Review」

要約

 子供の頃は脳の成長と成熟の時期である。長鎖オメガ3脂肪酸であるドコサヘキサエン酸(DHA)は、脳内の主要な脂質であり、脳機能を正常に保つ上で必須のものである。動物では脳のDHAが低値の場合、学習や行動が障害されるという結果が得られている。人の乳幼児においては、DHAは視覚と認知機能の発達のためには重要な物質である。人の幼児や子供の間では、DHAは通常は摂取量が低く、いくつかの研究において、DHAを含む多価不飽和脂肪酸を補充した結果、認知と行動の改善を示した。

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 このレビューの目的は、健康な学齢期の子供における学習や行動とDHAとの関連性を特定し評価することである。レビューのために15個の関連がある論文が同定された。検索結果は、引用された論文での目的やデザインは様々なため、認知テストにおけるDHAの摂取量の効果やバイオマーカーとの関連性においては一貫した結論は得られなかった。しかし、脳の活動においては、DHAの補充の利点が報告され、引用された半分以上の研究において、認知や行動のうち少なくとも1つの領域におけるDHAや長鎖ω3脂肪酸の好ましい役割が報告されていた。さらに、学業成績school performanceにおけるDHAの重要な役割が示唆された。

はじめに

 脳重量においては、0~2歳までの期間は、人間の脳の主な成長期と考えられている。しかし、脳の特定の領域は2歳までには完全に完成しない。成長は2歳以降の小児期や思春期にも継続される。前頭葉の髄鞘形成は、早くとも生後6ヶ月には開始され、2歳、7~9歳(または7~12歳)、青年中期では発芽の噴出のように形成が促進される時期があり、小児期や青年期を通して髄鞘化が継続される。長鎖のω3脂肪酸(n-3 LC-PUFA)であるドコサヘキサエン酸(DHA、22:6n-3)は、組織を構成する内容として脳の発達のためには極めて重要である。DHAが豊富に存在する前頭葉は、計画、問題解決、注意力などの高次の遂行機能や認知活動の責任領域であると考えられている。高いレベルの認知機能の発達、すなわち、子供の社会性、感情、行動の発達に対応する部位として、大脳辺縁系を含めた前頭前野の皮質構造との関連性が報告されている。

 食事に含まれる多くの物質は認知機能と学習に影響を及ぼすことが知られている。特にDHAは、脳の正常な機能に必須であると認識されている。DHAは人間の前頭葉皮質の脂肪酸の約15%に相当する脳の灰白質における基本的な物質であり、DHAは神経伝達物質経路、シナプス伝達、シグナル伝達に影響を及ぼすことが知られている。DHAの複数の二重結合ユニークな構造は、疾患と関連し、細胞のシグナル伝達に影響を与える細胞膜にも影響を及ぼす。動物や人における研究は、神経細胞膜中の適切なDHAのレベルが、皮質のアストロサイトの成熟、血管との結合に重要であることを示し、皮質におけるグルコースの取り込みや代謝にも重要であることが示されている。さらに、DHAの特定の代謝物は酸化ストレスから組織を保護する活性分子であることも示されている

(ω3脂肪酸は立体構造的にBDNFと相互作用する?。そのユニークな構造の模式図。下図。)
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 動物では、脳の低いDHAは、行動が変化し、学習障害や記憶障害に関連付けられている。ヒトにおける様々なライフステージでの研究では、DHAは通常のIQを保持し、視空間学習や記憶を保持することをサポートしている。脳や網膜においては、十分なDHAが脳や網膜の機能を最適なものにすることは明らかである。血中におけるn-3 LC-PUFAの低い濃度、n-6とn-3の高い比率は、注意欠陥多動性障害(ADHD)、失読症dyslexia、統合運動障害dyspraxia(子供時代の私のような不器用な子供。汗)などの特定の発達や行動障害を持つ子供で報告されている。一貫性はないものの、様々な脂肪酸が含まれているサプリによるDHAの投与という治療戦略でも、子供の学習や行動への利益を証明している。
 
 子供における脂肪酸欠乏の臨床徴候がn-3 LC-PUFA補給に反応したといういくつかの報告もある。ω3脂肪酸が低い理由は完全には解明されていないが、疾患に固有の脂肪酸代謝酵素や経路の障害が存在するのであろう。しかし、子供においてn-3脂肪酸の摂取が不足しているという説明もできるかもしれない。もし、子供ではn-3脂肪酸の摂取が不足しがちになるのであれば、健康な小児でもn-3 LC-PUFAの不足が学習、記憶、行動に影響を与える可能性があるのかという疑問が生じる。もしそうであれば、n-3 LC-PUFA、特にDHAが健康な子供の学習やパフォーマンスを向上させるのであろうかという疑問も生じる。このレビューは、健常な子供における読書力や書字能力などを含む学習能力、記憶力、行動とDHAとの関連性を評価するためになされた。

研究手法(詳細は省略)

 自閉症、ADHD、学習障害などの問題を持たず、特別な教育を必要としない健常な4歳~18歳の子供を対象とした論文と、食事またはサプリメントとしての学習、行動へのDHAの効果を検証した論文、などを組み合わせて検索し調査した。α-リノレン酸(ALA、18:3 n-3)が含まれている論文は除外したが、微量栄養素や脂肪酸の混合物を用いた研究は除外しなかった。2012年11月に検索を実施した。検索した結果、不適切な論文は除外した。検索は、PubMedのメッシュ条件を使用して、キーワードを組み合わせて検索した。

(αーリノレン酸は最終的にDHAに変化する。しかし、このDHAへ変化する量は少ない。下図。) 
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結果

検索結果(詳細は省略)

 PubMedで検索した結果、38の論文を引用したが、除外基準に基づき26の論文が除外された。しかし3つの論文が著者によって見直されておりそれらを含めた。最終的には15の論文を引用した。なお、表3は、論文中に報告されていたDHAバイオマーカーデータの要約である。

 投与されたDHAの形態は、魚油、藻類油にはトリグリセリドが含まれていた。油はカプセルまたはチュアブルの形でサプリメントとして与えらたか、あるいは強化食品に組み込まれていた。しばしば、ビタミン、ミネラル、他の脂肪酸などの追加の栄養素が含まれていた。ほとんどの研究では、プラセボとしては、トウモロコシ、大豆、オリーブ油、またはそれらの植物油との組み合わせから成っていた。DHAの毎日の摂取用量は1日量として88~1200mgの範囲であった。

引用された研究論文のレビュー
(以下は今回引用された研究論文の簡単な要約である。)

観察研究としての論文

 Bakkerらの研究。出生時の臍帯血の脂肪酸の状態と7歳での認知能力との関係を検証。前向き縦断的研究。306名。臍帯血のDHA濃度と7歳時点のDHA濃度における認知能力との間には関連は認められなかった。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/12548302 

 Boucherらの研究。北極ケベックの学齢児童。DHAの出生前(臍帯血)の摂取量と現時点におけるDHAの摂取量の記憶への効果を検証。前向き縦断的研究。10-13歳。154名。、視覚認識記憶、連続認識記憶タスク、その実行中の事象関連電位(ERP)、知能指数(WISC-IV)、カリフォルニア言語学習テストキッズバージョン(CVLT)を評価。ERPによって臍帯血の高いDHA濃度は学童後期における視覚情報処理と脳の活動性にプラスへの影響を示した。現時点のDHA摂取量は 精通処理を必要とする特定のタスクの実行中の脳活動の向上に関連していた。高い臍帯血のDHAは‘Digit span forward’テスト、及び、CVLTの優れたパフォーマンスと関連していた。連続認識メモリのタスクは、臍帯血DHA、現時点のDHA、どちらとも関連していなかった。
 Kirbyらの研究。頬細胞のDHAと学習能力と行動の関連性を検証。8-10歳の411名。横断的研究。KBIT-2にて言語、非言語性IQを評価。WMTB-Cにてワーキングメモリを評価。WIAT-IIにて読解力と書字能力を評価。TEA-CHにて注意能力を評価。MFFTにて視覚的注意能力と衝動性を評価した。行動に関しては両親や教師によってSNAP-IVとSDQスケールを用いての評価。両親はDCDQも使用した。結果は、頬細胞のDHAと非言語性IQへの正の相関、教師のよる多動や総合的な評価と負の相関を明らかにした。
臨床研究(脂質のみの介入)

 7つの研究論文が基準を満たしていた。DHAとしては魚油または藻類油のいずれかで補充がされていた。(なお、RCTは無作為化臨床試験のことである)

 RyanとNelsonらの研究。多施設RCT。小児の認知機能におけるDHAサプリメントの効果を検証。175名の健常な4歳児。400mgのDHA /日またはプラセボを4ヶ月間使用。認知機能は、Leiter-R SA、PPVT、DNST、ConnersのKCPTを用いて評価した。認知機能にDHAの補給の効果は示されなかった。しかし、Leiter-R SAやDNSTにおいて天井効果ceiling effect(=上限に達した?)があった。すなわち、既に投与開始前から高レベルのスコアを持っていたため、上限値までの軽度上昇ではあったが、スコアの上昇を認めた。興味深いことに、93名の子供たちの事前に計画された分析では、全血DHAとPPVTスコアにおける有意な正の相関を示した。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/18180340 

 McNamaraらの研究。RCT。注意を持続させるの際の皮質活動におけるDHAのサプリメントの効果を検証。8-10歳の33名の健常な男児。400または1200mgのDHA /日を8週間補充。効果は機能的磁気共鳴画像法(fMRI)によって測定された。fMRIのスキャンは、投与開始前と8週間後に持続的注意のタスクによって実施された。プラセボと比較して、低または高用量DHAの8週間の補給によってが注目タスクのパフォーマンス(CPT-IP)の間、背外側前頭前野(DLPFC)において機能的活性化を増加させていることを確認した。両グループにおいてCPT-IPタスクの天井効果を認めた。そのため、CPT-IP上のDHAの効果はコントロールと変わらなかった。しかし、子どもたちの赤血球のDHA濃度とDLPFCの活性化の正の相関とタスクの実行中の反応時間(=注意力の持続の短さ?)との逆相関を認めた。
 Kennedyらの研究。RCT。10-12歳の90名の健常児。400または1000mgのDHA /日を8週間投与。CDRバッテリーとインターネット・バッテリーの2つのを使用して認知機能と気分を評価した。8週間後、CDRでは一貫した認知的向上を認めなかったが、400mgのDHA /日を与えられた子供は、プラセーボを与えられた子供よりも単語認識のタスクおいてパフォーマンスが速かった。1000mgのDHA /日を与えられた子供は、プラセーボを与えられた子供よりも単語認識のタスクおいてパフォーマンスが遅かった。また、インターネット・バッテリーのパフォーマンスは、400mgと1000mgのDHA /日の両群ともプラセーボ群との有意な差はなかったが、“relaxed”という視覚的アナログのタスクでは両群ともプラセーボ群よりもベースラインからの大きな向上を示した。しかし、ベースラインがグループ間で大きく異なっていたので、この差の妥当性は疑問である。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/19356306 

 Daltonらの研究[30]。無作為化、単一盲検、プラセボ対照臨床試験。認知機能におけるω3脂肪酸の豊富さや広がりの効果を検証。低所得家庭の7-9歳の183名。子供達は、6ヶ月間、学校にて海産魚の粉末やその類似物質を含むパンを1日あたり2スライスを与えられた(DHAに換算して 892mg/週)。HVLT、読み取りテスト、スペルテストのベースラインからの変化を評価した。6ヵ月後、DHAを与えられた子供は、HVLTにおける認識と区別での高い得点を示した。DHAを与えられなかった子供で認められたペルテスト点数の減少は、DHA群では認められなかった。さらに、読書能力においてDHAの大きな効果を認めた。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/19201180 

2つの研究は、ω3サプリメントの行動のみの効果を検証していた。

 浜崎らの研究。RCT。インドネシアのLampung州の健常児、9-14歳、233名。3ヶ月間、650mgのDHAと100mgのEPA /日またはプラセボをを補充した。HAQ-C、BIS-11を用いて攻撃性と衝動性を評価した。就学状況も同様に記録した。就学状況はDHA群で高かったが、DHAの行動への効果は認められなかった。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/18586645 

 糸村らの研究。日本の健常児におけるω3脂肪酸の補給の効果。RCT。9-12歳、179名の健常児。約3600 mgのDHA /週(514 mg /日)と840 mgのEPA /週(514 mg /日)を魚油強化食品(パン、ソーセージ、スパゲッティ)として、または、プラセーボ食品が3か月間与えられた。HAQ-C、PFスタディを用いて攻撃性を評価した。注意欠陥、多動性、衝動性は、ADHD用のDSM-IVの診断アンケートを使用して親/保護者が評価した。3ヶ月後、DHA強化食品群では攻撃性が抑制された。すなわち、女児プラセボ群では攻撃性がベースラインから有意に増加したが、女児のDHA強化食品群ではベースラインと変わらなかった。さらに、親/保護者による評価にて、女児の間では衝動性の減少と関連していた。男児では有意な変化は観察されなかった。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/15741051 

 Richardsonらの研究 。RCT。健常児における読書能力、ワーキングメモリー、行動へのDHAの栄養補給効果を検証。7-9歳、362名の健常児。被験者は600mgのDHA /日、またはプラセーボを16週間補充。読書能力はBAS IIを用いて評価した。ワーキングメモリは、BAS IIの2つのサブテストサブテストを用いて評価した。CPRSとCTRSを使用して、保護者や教師が行動を評価した。16週間後、読み取りテストでのパフォーマンスでは有意な差は認められなかった。しかし、読書能力において、DHA群の224名が20%、105名が10%のベースラインからの向上を示した。DHAの補給は、読書年齢をも0.8月分を進歩させた(予想より約20%大きい増加)。ベースラインから10%向上した児童では、予想より約50%大きく1.9月分の進歩となった。両親による評価によって、DHA群は大幅に行動の改善を認めた。プラセーボを与えられた児童に比べて、CPRSの14スケールのうち8スケールで大幅な改善を認めた。教師による行動評価やメモリーテストにおいては効果は示されなかった。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3435388/
 
臨床研究(DHA+他の栄養素)

5つの研究では、DHAの供給源として、魚油または藻類油+他の栄養素(DHA以外の脂肪酸 and or 微量栄養素)が用いられていた。

 Muthayyaらの研究。RCT。インドのバンガロール市。低所得家庭の児童。食事からの投与。ω3脂肪酸+微量栄養素による認知機能への効果を検証。6-10歳、598名。4群に分割。微量栄養素+高(100%RDA) or 低(15%RDA)レベル+930 mgのALA /日+100mgDHA(高ω3)or 140 mgのALA /日(低ω3)を12ヶ月投与。(注;RDAはRecommended Daily Allowance。一日に必要な摂取量)。4つのグループを次のように定義。高栄養素+高ω3、高栄養素+低ω3、低栄養素+高ω3、低栄養素+低ω3。認知機能テストのバッテリーを11のサブテストから評価した。すなわち、流暢推論機能、短期記憶、検索能力、認知スピードを評価した。12ヵ月後、4群とも4つの評価項目の向上、および全体的な認知パフォーマンスの向上を認めた。微量栄養素の補給による差を認めたが、DHAや他のオメガ3脂肪酸の補給による差は検出されなかった。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/19369376 

 Kirbyらの研究。RCT。メインストリームの学校の集団。認知機能と行動におけるω3脂肪酸補給の効果を検証。8-10歳、450名の健常児。16週間、DHA400mg+EPA56mg/日+他の微量栄養素を、またはプラセボのみが補充された。補充の16週間後、両グループは、さらに8週間のアクティブなサプリメントを受けた。言語性と非言語IQをKBIT-2にて、読書能力と書字能力をWIAT-IIにて、ワーキングメモリーをWMTB-Cにて、注意力をTEA-Chにて、視覚注意力や衝動性をMFFTにて、それぞれ測定した。さらに、手書き機能をComPETを用いて測定し、SNAP-IVとSDQを用いて親と教師によって行動を評価した。認知機能テストではグループ間の差がなかった。しかし、MFFTによって、コンプライアンスの基準に達した235名のプロトコル解析で、DHAの補給が大幅に視覚的注意力と衝動性を改善したことが示された。最初に正しく回答した数は、プラセボ群に比べて治療群で有意に高かった。行動に関しては、親が評価した社会的行動の減少が抑制された。しかし、教師はプラセーボ群の児童における"難儀さ"スコアの改善を認識した。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/20171055 

 Sinnらの研究。オーストラリアの人里離れたノーザンテリトリーの学校の児童を対象。魚油サプリメントを提供すべきかを調査するために設計されたオープンラベルパイロットスタディ。3-14歳、47名の児童。12週間、558 mgのEPA+DHA 174 mg+GLA60 mg+ビタミンEが10.8 mg /日のサプリメントが与えられた。WRATを用いて読書力や書字能力が、Raven’s Colored Matricesを用いて非言語性IQが、CBRSを使用して教師が行動を、それぞれ評価された。補充の12週間後、読書や書字スコアとRaven’s Colored Matricesのパフォーマンスが大幅に改善された。なお、このパイロット研究は、プラセボとの対照試験ではなかった。観察された変化はサプリメントによるものではないのかもしれない。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/21973259 

 メンタルを最適化するための栄養機能強化(NEMO)研究グループ 。RCT。微量栄養素、長鎖ω3脂肪酸、あるいはその両方の認知パフオーマンスへの効果を検証。6-10歳の児童。396名はアデレード(オーストラリア西部)の栄養状態の良い児童、384名はジャカルタ(インドネシア)のあまり栄養状態は良いとは言えない児童。フルーツ風味の飲料として投与。微量栄養素のみ、ω3脂肪酸ミッスクのみ、あるいは、微量栄養素+ω3脂肪酸ミックス あるいはプラセーボの4群に分けられた。飲料は6日/週、12ヶ月間投与された。微量栄養素の内訳は、鉄、葉酸、ビタミンB6、ビタミンB12、ビタミンA、ビタミンCがRDAとしての100%の用量、亜鉛がRDAとしての50%の用量が含まれていた。ω3脂肪酸ミックスとしてはDHA88 mg /日とEPA22mg /日の用量であった。神経心理学テストを用いて認知機能と学業パフォーマンスschool performanceを6ヶ月、12ヵ月後に評価した。栄養状態が異なっていたため、インドネシアとオーストラリアのデータは別々に分析された。オーストラリアの児童では、複数の微量栄養素の補給群の12ヶ月は、言語学習と記憶の向上を認めたが、一般的な知能や注意力には影響を及ぼさなかった。オメガ-3脂肪酸の補充は、認知機能や学業パフォーマンスには影響を及ぼさなかった。インドネシアの児童では、女児においてのみ言語学習と記憶の向上を認めた。さらに、オーストラリアの児童と同様に、ω3脂肪酸は、認知機能や学業パフォーマンスには影響を及ぼさなかった。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/17921387 

 Baumgartnerらの研究。RCT。鉄とω3脂肪酸不足の状態にある児童。6-11歳、321名。鉄のみ、DHA / EPAサプリメントのみ、鉄+DHA / EPA、プラセーボの4群に分割。34週間、4日/週を与えた。鉄50mg/日、フィッシュオイルとしてDHA420mg /日とEPA80mg /日の用量で設定。休日や教師のストライキによって中断され、105日間の投与となった。鉄摂取量の平均は、4.8g(45.7 mg /日)であった。総DHA摂取量は41.2g(392 mg /日)、EPA摂取量は7.8gム(74 mg /日)であった。認知機能として、KABC-II、HVLTを用いて、ベースラインからの変化を評価した。鉄を補充された児童はHVLTの学習と記憶でパフォーマンスが向上した。DHA / EPAの補充は、学習や記憶には影響を及ぼさなかった。また貧血の状態によってサブグループ化した解析では、DHA / EPAを補充された鉄欠乏性貧血を持つ児童は、プラセーボを与えられた児童よりもKABC-IIにおける長期記憶が悪化した。性別による分析では、DHA / EPAを補充された女児においてアトランティス遅延テスト(長期記憶と検索能力)のパフォーマンスで有意な負の影響を認めた。HVLTでは、DHA / EPAのみの補給を受けた女児は、プラセボや鉄との併用補充を受けた女児よりも記銘力が優れていた。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/23097272

(以下は次回)

 ここまでのところ、DHAの効果が示されなかった論文やマイナスの結果の論文もあり、ω3脂肪酸の補充は学業成績の向上には余り効果がないようにも思えるのではあるが、著者らは、検索した結果をどのように考察するのであろうか・・・。


(なお、今回引用された論文以外にも、妊娠中の母体へのDHAの補充が生まれてくる子供の知能を高くするという論文がある。興味がある方は各自で検索して頂きたい。)

ω3-6
 

メラトニンの概日リズム以外の多彩な機能。精神疾患や生活習慣病や発癌の予防との関連(その3 メラトニンとメラトニン受容体作動薬)


melatonin-1














(前回の続き)

メラトニンの特性と合成メラトニン薬

 メラトニンアゴニストの化学式を図2に示す。TIK-301(=β-メチル-6-chloromelatonin)を除いて、これらの化合物は非インドール構造を持つ。ラメルテオンロゼレム、TAK-375、武田薬品が開発)はFDAによって米国で不眠症の使用が承認されている。ラメルテオン代謝産物であるM-IIもメラトニン受容体への作用を持つ。アゴメラチン(Valdoxan、S20098、セルヴィエ社が開発)はヨーロッパで成人の大うつ病の治療のために使用されている。これらの合成薬物やメラトニン徐放錠(Circadin)は55歳以上の不眠症で承認されている。他は前臨床段階か治験中である。MT1やMT2受容体への親和性を表3に示す(注;よく使用される解離常数とは違いlogの値に変換したPKi値が提示されており、数字が大きい方が親和性が高いことになる)。天然のホルモンであるメラトニンよりもMT1やMT2受容体に対しては親和性が幾分高めのようである。化合物はいずれも2つの受容体に対して選択的には作用しないが、MT1とMT2では、親和性がかなり異なるUCM765やUCM924のような化合物もある。この受容体への親和性の差が疾患の治療に応用できるかどうかはまだ研究されていない。
メラトニン受容体作動薬

























 メラトニンの半減期は20~30分(最大でも約45分)と非常に短いため臨床的に使用する上での大きな障壁となる。この半減期が短いという問題に対する解決策としてCircadinなどのメラトニンの徐放製剤が発売され、メラトニンよりも長い半減期をもつ合成薬も開発されている。ラメルテオンは急速に消化管で吸収され(約84%の吸収率)、半減期は1~2時間である。メラトニン作動薬の中では、ラメルテオンは、肝臓のチトクロームPで代謝されるが、メラトニンとは異なり、主にCYP1A2、CYP2C、CYP3Aによって代謝される。ラメルテオンの代謝物の中でも、M-IIはアゴニストとして作用し、ラメルテオンと比較してMT1やMT2には10%の効力を持つ。ラメルテオンよりも20~100倍血中濃度が高いため、親和性が低いにも係らず、M-IIはラメルテオンの機能に関連している。また、M-IIの半減期はラメルテオンよりも2~5時間も長い

 アゴメラチンの半減期は1~2時間であり、受容体への親和性はメラトニンよりもいくぶん強めである。メラトニンやラメルテオンににはないセロトニン受容体5-HT2Cのアンタゴニスト作用を有する。5-HT2Cへの作用は、概日リズム障害やある種のうつ病のサブタイプに有効である概日リズムの調整といったメラトニンの作用と区別されなければならない。アゴメラチン抗うつ作用は5-HT2C介する作用と思われているが、最近では、メラトニンと5-HT2Cの相乗作用や相互作用がアゴメラチンの抗うつ薬としての作用であろうと想定されている。
 
アゴメラチンの作用

















 メラトニンアゴニスト+セロトニンアンタゴニストの組み合わせを有する薬剤には、TIK-301もある。この薬物はアゴメラチンよりも5-HT2C受容体を一層強力に阻害し、5-HT2B受容体も阻害する。TIK-301もアゴメラチンに匹敵するような抗うつ作用を有するものと思われる。合成メラトニン作動薬は主に催眠効果に焦点を当てらて研究されている。化学構造が異なるためCYPアイソザイムによるメラトニンの主要な異化であるヒドロキシル化を防止する。半減期は長くなってもいいはずであるが、TIK-301の半減期は1時間である。TIK-301は、FDAによるオーファンドラッグ(希少疾病用医薬品)の指定を受け盲患者における睡眠障害の治療に使用されている。

 Tasimelteonが既に臨床試験されている。睡眠剤としてであるが、前臨床試験では抗うつ効果が確かめらている。しかし、5-HT2C受容体への作用は確認されていない。tasimelteonの半減期は長く。サルやラットでは、2時間(1~3時間)と報告されている。

 他の合成メラトニン作動薬の睡眠に関する前臨床データは存在するが、臨床上の薬物動態のデータはまだ少ない。GR196429とAH-017はラットのメラトニンの振幅を大きくすることが報告された。他の合成メラトニン作動薬によりも逸脱した位相をリセットする能力に優れているかを検証する必要がある。MT2受容体への親和性が高いAH-017、UCM765、UCM924の作用をさらに調査する必要がある。UCM765はMT2受容体を介して網状視床ニューロンの発火を刺激しノンレム睡眠を増やすことが示された。これらの化合物にはMT2受容体を介した疾患の治療効果が存在するかもしれない。UCM924はフッ素原子を取り付けることによってUCM765のヒドロキシル化部位を遮断し、UCM765の0の部位における脱メチル化を防止するために臭素を付加することで半減期を長くするように設計されている。。図や表に提示されていないが、NEU-P1という新しいメラトニンアゴニストは、high-fat/high-sucrose-fedラットにおける体重増加を抑制しインスリン感受性を改善することが報告されており注目を集めている。


短期作用に基づいた治療のためのオプション

時間生物学的への戦略についての概略を説明する。

 短時間作用型のみのメラトニンが必要な疾患と、不十分な夜間のメラトニンレベルを補うような補完療法的な使用が必要な疾患とを区別することが重要である。最初のケースでは、治療としては半減期が短い天然ホルモンであるメラトニンで十分である。特に、入眠困難の場合には十分である。メラトニンは既に0.1~0.3mgの低用量(即時放出製剤)で入眠までの時間を短くした。しかし、睡眠維持への効果は、この用量では殆どない。入眠潜時の有意な減少が全ての合成メラトニンアゴニストで観察されている。しかし、これらの薬剤の推奨用量はメラトニンよりも高い受容体親和性にもかかわらず、ラメルテオンの4mgと8 mg、アゴメラチンの25mgと、かなりの高用量となっている。従って、合成薬物は入眠改善以外の作用もある。脳波所見ではラメルテオンは徐波睡眠やレム睡眠を増加させた。ラメルテオンはメラトニンよりも睡眠維持効果が期待できる。自然なホルモンであるメラトニンは忍容性や生理学的な代謝に関しては好ましいプロフィールを有する。MT1 / MT2を介さないような効果は合成薬剤には存在しないだろう(フリーラジカルスカベンジャーとしての作用など)。なお、化学式からはラメルテオンにはメラトニンのような抗酸化作用はないと考えられている(=メラトニン以外はアンチエイジングのような効果はない)。

 位相をシフトさせるなどの時間生物学的な観点からは、ショートアクションでも十分である。概日リズムの発振器のリセットは、概日リズムが乱れている場合に必要となる。概日リズムの乱れは、(1)夜の光や子午線を越えるような飛行、(2)体内時計が環境の時間サイクルに少ししか同調していない、(3)マルチ発振器システムの位相の逸脱や非同調によって生じる。(2)は、年齢や疾患が起因するメラトニン分泌が低下するような条件の下で、発振器の振動がフラットになることで生じる可能性がある。このため、概日リズムの振幅を高めることができる薬剤に関心が持たれている。外部の同調器(日照時間など)と内部の発振器と間の脱同調や異常な位相関係、並列発振器同士の脱同調や異常な位相関係といった同調性の問題という現象は体系的に調査されていないが、この現象は双極性障害と季節性感情障害も含めた物理的および精神的なフィットネスの障害に関与しているものと思わる。概日リズムの誤動作が気分障害に関与しているのであれば、メラトニンやメラトニン作動薬は概日リズムを再調整すること気分障害の症状を改善できるものと思われる(ラメルテオンではMT2を介した位相シフトを促進するという概日ペースメーカーへの作用が確認されている。)

 ここでアゴメラチンやTIK-301のようなセロトニン受容体を介した直接的な抗うつ効果を混同しないことが重要である。合成メラトニン薬による治療は、概日リズムに有益であることが予想されるが、メラトニンよりもMT受容体への親和性が高いことや半減期が長いことが優れた有効性を期待できる訳ではない。メラトニンのような短時間作用型の時間生物物質は、位相を同調させる能力を有するが、概日リズムの発振器は感受性が広くノンパラメトリック・リセッッティングと呼ばれる。例えば、シンクロナイザー(メラトニン)の絶対的なレベルよりも相対的な変化という刺激が同調因子としての決定因子となる。

 位相をリセットする治療では時間生物学的な基本的な規則を考慮する必要がある。既に解説したようにリセット信号は、それぞれのPRC信号に応じて作動している。ヒトでは、リセット信号としてのPRCを機能させる上で、メラトニンが投与されるタイミングが最も重要となる。概日リズムのサイクルの中で、適切で十分に感受性を有する位相でメラトニンが投与された場合に限ってメラトニンによる概日リズムの再調整が達成される。シンクロナイザー(外界の光の変化)との乏しいカップリングのために概日リズムが同調されていない場合は、発振器が所望の位相に到達するまでに数日以上かかることがある。これらの時間生物学的な基礎を無視した方法はメラトニンの投与が無効であるという誤った結論につながることになる。

 メラトニンや合成メラトニンが概日リズムをリセットする唯一の手段ではない。SCNとの神経接続が障害されていない場合ではあるが、長時間の青色の光刺激(または緑色光)によっても概日リズムはリセットされる。光療法は概日リズムのリセットのオプションの一つになりうる。ある個体では、光刺激とメラトニンの組み合わせが概日リズムのリセットにおいて好ましく、かつ、有利であろう。しかし、SCNの光信号の受容が障害されている条件下では、メラトニンのみしか効果がない場合がある。
(概日リズムリセット装置。↓) 
代替療法の限界

 短時間しか作用しないメラトニンの使用は補充療法としては区別される必要がある。メラトニンの使用は、高齢者やメラトニンのレベルが減少する様々な疾患の患者には好ましいであろう(表1)。しかし、短い半減期のために、メラトニンの即時放出製剤では、十分な補完を可能にすることはできない

 従って、合成アゴニスト徐放性のメラトニンの方が優れていると推定される。メラトニン自体は忍容性に非常に優れているため、メラトニンの徐放製剤が最初に試されることになろう。合成薬の中では、ラメルテオンがFDAによって既に承認されているので、アメリカでは選択肢の1つかもしれない。ヨーロッパでライセンスされているアゴメラチンは比較的良好な結果が得られている。しかし、いずれの薬剤も使用が限定されている。例えば、メラトニンの徐放製剤であるCircadinは55歳以上のみの適応に限るといったように。従って、全ての疾患に使用できる訳ではない。睡眠導入や時間生物学的な効果からはアゴメラチン、ラメルテオン、メラトニンが推奨されるが、適応症に限りがある。

 睡眠の維持や睡眠の質に関してもこれらの薬物が有効であると報告されているが、統計的なデータでは睡眠障害の改善度は中等度である。慢性的な不眠症を有する高齢の患者では、睡眠の維持効果においてはラメルテオンは個人差が大きいことが分かっている(睡眠維持のメカニズムはメラトニンよりも下流の機能が関与しているため、睡眠の維持効果は期待できないであろう。これは全てのメラトニン作動薬に当てはまることである)。統計的に睡眠時間や睡眠効率の増加が実証されているが、これらの知見は夜間の睡眠の持続的で完全な改善を意味するものではない。同じことが他のメラトニン作動薬物についても言える。睡眠開始や睡眠効率に関しては適度に良好な結果を有するが、メラトニンが欠乏するような場合においては、補充療法としてはメラトニン作動薬物のいずれでも十分な睡眠の改善は達成されていない。さらに、50mgや100mgのようなメラトニンよりもはるかに高用量で補充が可能になるかどうかも試験されていない。メラトニンの徐放製剤であるCircadinの標準用量はわずか2mgである。忍容性および有害性の面では、メラトニンの投与量は合成メラトニン作動薬物よりも懸念が少ない。しかし、300mgのメラトニンを経口で2年間ALSの患者に投与したが安全であることが報告されている。

 うつ病におけるアゴメラチンの使用に関しては、うつ症状が概日リズムの機能不全に基づくものか、他の理由に基づくものかを区別する必要がある。概日リズムの機能不全のケースでは、位相調整という時間生物学的観点からは、アゴメラチンの有効性は、MT受容体親和性を有する他のものと区別することができない。大うつ病では、うつ症状は主に概日リズムに起因しているのではなく、うつ症状の改善は5-HT2cの阻害作用に起因しているか、あるいは、MT1 / MT 2と5-HT2Cの相互作用によるものであろう。しかし、これらのプロパティは、古典的な抗うつ薬とは異なる。このため、何人かの研究者は、既存の抗うつ剤の効果が不十分な大うつ病性障害に対するアゴメラチンの有効性を検討した。アゴメラチンでは作用機序を区別することが必要である。アゴメラチンの利点は優れた抗うつ効果にあるのではなく、睡眠の改善作用と抗うつ効果の組み合わせであることが分かった。睡眠障害は、古典的な抗うつ薬でしばしば生じるため、この二重の作用は重要である。

 メラトニン作動薬の制限が薬物相互作用に起因することがある。CYPアイソフォームを阻害する他の薬物の存在下で、高濃度を呈することによる。例えば、ラメルテオンは主にCYP1A2、CYP2C9、CYP3A4によって代謝され、アゴメラチンはCYP1A、CYP1A2、CYP2C9に代謝され、tasimelteonはCYP1A1、CYP1A2、CYP2D6、CYP2C9 によって代謝される。従ってCYPを阻害するようなフルボキサミンシプロフロキサシンメキシレチン(抗不整脈剤)、ノルフロキサシン、azileuton、フルコナゾール(抗真菌剤)、ケトコナゾール(抗真菌剤)などの薬剤との併用は避けなければならない。メラトニンの場合には、CYP阻害によって引き起こされる血中濃度は上昇は重篤な副作用は呈さずに、比較的無害である。にも係らず、自己免疫疾患では全てのメラトニン作動薬ではWillisらによって警告がなされている。なぜならば、メラトニンには免疫調整作用があり、特に、パーキンソン病、小児、妊娠中での使用は禁忌であると警告されている。メラトニンは、子供や妊婦に使用されることもあるが、利益と危険性を同時に考慮する必要がある。承認された合成アゴニストに関しては、肝、腎機能障害、アルコールとの併用、高脂肪食との併用も禁忌として記載されている。

 全ての臨床試験においてメラトニンアゴニストは忍容性に優れていたが、長期間の使用では副作用に注意する必要がある。ラメルテオンの長期使用時の安全性を述べた論文も多いが、多くは主に吐き気や頭痛といった軽度の有害事象にしか触れていない。さらに、肝臓機能への影響、残留性(翌日への持越し?)、リバウンド的な不眠症、6~12ヶ月間使用後の離脱症状や依存性、などといった有害事象はないと報告されている。しかし、長期使用時の変異原性や発癌性が排除されている訳ではない。変異原性はないと発売元はデータで示しているが、それはラメルテオンの場合だけであり、ラメルテオンの主代謝物であるM-IIをも考慮する必要がある。しかも調べられたラメルテオンの濃度はM-IIの3倍までの濃度のデータである。M-IIはラメルテオンよりも20~100倍もの高濃度になるため体内に蓄積すると思われるが、M-IIによる肝毒性、小核形成(核の形が変化し発癌につながる変化が)、変異原性をも考慮する必要があるが、M-IIによる影響はまだ何も調べられていない。なお、ラメルテオンでは小核形成がラットの肺で認められている。、

 アゴメラチンの場合にも毒性の懸念は存在するであろうが、短期間の使用では忍容性は良好である。しかし、ナフタレン化合物であるため、CYP関連の肝臓への影響発癌性を含めた長期の毒性を調べる必要がある。CYP依存性代謝に関しては、薬物相互作用の問題としてではなく、ナフタレン物質の基本的な問題である毒性を有する代謝産物の形成が問題になろう。アゴメラチンの25mg/日という比較的高容量の推奨用量が考慮されねばならない。アゴメラチンの肝毒性のリスクが最近になって示された。さらに、動物実験で観察された高用量における発癌性は警告として解釈すべきである。メラトニン作動薬では長期的な安全性に関しては代謝物のプロパティをも考慮する必要がある。この点でラメルテオンはメラトニンよりも必ずしも優れているとは言えないかもしれない。
(特に、ラメルテオンでは、メラトニン製剤よりも半減期が長く高用量が使用され、MT受容体への親和性も高いため、長期使用ではMT受容体のダウンレギュレーションを引き起こす可能性がある。MT受容体のダウンレギュレーションが免疫系などの末梢組織においてはどのような影響を及ぼすかはまだ不明である。)

(論文終わり)


 メラトニンは日本の薬局には売っておらず、アマゾンなどで購入するしかない。アマゾンでは簡単に購入できる。私は50歳を過ぎており、認知症になりたくないので既にメラトニン徐放剤を内服している。効果の程は20年後くらいに分かることであろう(もう、手遅れかもしれないが^^;)。

メラトニンの概日リズム以外の多彩な機能。精神疾患や生活習慣病や発癌の予防との関連(その2 加齢の影響と疾患との関連)


概日リズム









(前回の続き)

加齢と様々な障害や疾患においてメラトニン分泌が減少した

 夜間のメラトニンのピークは個体間のばらつきがあるが、加齢に伴い減少していく。中等度の夜間のメラトニンの減少はあるもののリズムが良く維持されている高齢者と比べて、高齢者の一部では、夜間のメラトニンの値は、昼間の値と夜の値は殆ど差がなくなっていた。強いメラトニンの低下を持つ高齢者では、昼間の値も多くの場合で減少している。加齢に関連したメラトニンの形成障害は、血中だけでなく、松果体、唾液腺、脳脊髄液、尿中のメラトニン代謝産物(6-sulfatoxymelatonin)でも分かっている。
(夜間のメラトニンは10歳台がピークであり、20歳以降では減少し始める。60歳になる前の40~50歳台で既に睡眠障害を起こしてもおかしくないほど低下している人もいるらしい。)

melatonin-aging










 健常な個体では、松果体機能が低下した個体と比べて尿中の6-sulfatoxymelatoninレベルは20倍もの違いがある。血漿メラトニンの夜間のピークは、若者と比べて、高齢者では位相が前進している(ピークとなる時間帯が早い時刻となる)。加齢に伴うメラトニンの減少はさまざまな疾患の原因となる。進行性の障害は、(i)SCN、(ii)松果体への神経伝達の障害(これは神経変性疾患で観察された)、(iii)松果体石灰化という形で観察された。

 いくつかの神経変性疾患において、特にアルツハイマー病(AD)や他の認知症疾患では、年齢をマッチさせた解析にてメラトニンの強い減少が観察された(表1)。これらの患者の多くではメラトニンのリズムは実質的に無くなっている。このメラトニンの減少はSCNの変性に起因するものと思われる。早熟や頭蓋咽頭腫の原因となることがある視床下部の過誤腫と診断された若い患者においても、SCNの組織破壊の結果としてメラトニン分泌の減少が観察されている。

 SCNの変性では、SCNと松果体や他の部位との間の神経接続の障害がメラトニン分泌の減少の原因であると思われる。しかし、神経接続の障害なくても松果体ホルモンを減少させる多くの他の疾患や機能障害がある。松果体ホルモンを減少させるものとしては、ストレス状況、疼痛、心血管疾患、癌、内分泌や代謝疾患、2型糖尿病、急性間欠性ポルフィリン症などがある。

 これらの知見からは、メラトニンよって疾患を予防したり治療することができるかもしれないという考えが生じる。急性の痛みやストレスなどによるメラトニンの減少は、これらのイベントによって誘導される。酸化ストレスに関連付けられている疾患の場合では、抗酸化作用を有するメラトニンがフリーラジカルによって大量に消費されるような場合でも同じようなメラトニンの減少がこと起きる可能性がある。

 神経変性疾患のような条件下では、メラトニン分泌の減少は、他の疾患の増悪を促進するような方向に作用するかもしれない。しかし、メラトニンの減少が先か疾患としての発症が先かという問題などのため、メラトニン分泌の減少によっていろいろな疾患が増悪していくかを同定することは容易ではない。メラトニンに関連する遺伝子多型といろいろな疾患との関連性が示されているため、メラトニンの低値と疾患の発症や進行との関連が推測されている。

 メラトニン合成や信号伝達の障害は結果的に同じ現象を引き起こす。(メラトニン関連遺伝子の多型リスト。表2)。これらの多型はメラトニン膜受容体であるMT1とMT2遺伝子、メラトニン合成酵素遺伝子であるAANAT、HIOMT、オーファン受容体(リガンドがまだ不明な受容体)であるGPR50で見つかっている。メラトニンとバインドしないGPR50タンパク質は、非哺乳動物のMel1c受容体のオルソログとして哺乳類では同定されている。GPR50はMT1とヘテロ結合しMT1受容体とGタンパク質とのカップルを阻害する。
(GPR50は精神疾患と関連している) 
http://en.wikipedia.org/wiki/GPR50
 
 メラトニンのシグナル伝達におけるGPR50の役割は、特にGPR50がアップレギュレートされている状況での役割は重要である。GPR50ノックアウトマウスでいろいろな代謝的な変化が観察されている。GPR50はメラトニンシグナル伝達を超えた機能を有する。GPR50は、神経突起の成長を阻害するNOGO-Aや、グルココルチコイド受容体シグナル伝達やヒストンアセチルトランスフェラーゼの共役活性化因子として作用するTIP60との相互作用を有する。(NOGOを阻害することで神経突起の成長を促す)

 なお、表1と表2に記載されてい疾患にはかなりオーバーラップしている。時計遺伝子の多型が関与していると、疾患によってメラトニンのリズムは変更するであろうし、メラトニンによる疾患への影響も様々に変化するであろう。最近、癌とメラトニンに関して特に議論が交わされている。しかし、疾患と遺伝子の多型との間の関連性を危険因子として認識することは重要である。多因子性の疾患では、遺伝子の多型性は他の要因との組み合わさることによって影響力を及ぼすようになる。メラトニンの減少と遺伝子の変異が同一疾患で認められることは、疾患とメラトニンとの因果関係を示唆するものかもしれない。


時計機能、同調障害、メラトニンリズムの弱体化とそのリセット

 マスタークロック(=SCN)の障害みならず、周辺発振器の障害としても、時計機能の障害としてメラトニン活性の障害は常に観察される。メラトニンの周辺シグナル伝達経路と代謝とのリンクを詳細に分析する必要がある。

 SCNへの入力と出力の接続障害によってメラトニンリズムの低下や位相の障害が生じる。一方、メラトニンの分泌低下はSCNへのフィードバックが低下し、暗さによる位相のリセットの障害が生じる。このような場合に、メラトニンやメラトニン受容体作動薬の内服によって位相や振幅の両方に関するリズムを再調整できるのかどうかという課題が残る。

 様々な理由で時計機能が弱体化する。視覚入力の障害によってもメラトニンリズムの低下や位相の障害が生じるが、視覚入力の障害とSCNの変化や出力経路の変化とを区別しなければならない。メラノプシン含有網膜神経節細胞によって知覚される青色光に関しては、瞳孔の縮瞳障害や水晶体混濁などによって受光量が減少するため、高齢者において概日リズムの障害が気が付かれずに発生する可能性がある。視覚からの入力障害によって概日リズムが破綻し、睡眠が障害され、その結果、感情障害、メタボリックシンドローム、他の全身性の疾患が惹起さえる可能性がある。視覚的に目の不自由な人でも、もし、メラノプシン含有網膜神経節細胞とSCNへの接続が保持されている場合では、光による概日リズムは保持されることがある。他のブラインド実験では、メラトニンも含めた概日リズムは、外部の時間の手がかりがなくなれば位相が乱れることが示された。あるケースでは、概日リズムは外部のシンクロナイザーによって引きつけられ徐々に外れていき、1日の周期は大きくシフトした。別のケースではフリー・ランニングのリズムとなった。外部時間の手がかりがなく、外部時間と同調できなくなった障害は「フリーランニング障害(FRD)」として知られている。

 SCNと松果体の間の神経接続に問題がない限り、SCNのリズムがメラトニンの形成と放出のリズムを決定する。しかし、夜間の光によって、松果体からのメラトニンが急性抑制を受け、メラトニンのリズムが変化することがある。この現象は夜間の交替勤務やシフト勤務において特に重要である。夜間の光によって、概日リズムの乱れとメラトニンの急性抑制の両方の影響がシフト勤務で観察され、健康問題に関与していると考えられている。疫学的に、ある種の癌(前立腺癌、乳癌など)、心血管疾患、消化性潰瘍、肥満、メタボリックシンドロームなど、様々な疾患や障害の危険因子の1つとして夜間の交替勤務やシフト勤務が提示されている

 SCNと松果体間の相互接続は、常に2つの側面から評価せねばならない。まず、光を受容することが減少すれば、SCNが機能不全に陥ったり、松果体への神経支配が障害され、概日リズムの位相がずれたり、平坦なメラトニンリズムとなる。一方、夜間のメラトニンの低下は、SCNへのフィードバックが不十分となり、暗信号によるリセットが掛かりにくくなる。SCNと松果体との間の関係は複雑である。ある遺伝子的素因の元では 外部の時間サイクル(地球の自転周期)へ適切に同調することが困難となり、極端に短いか、または長い自発的な概日リズムとなる。全ての個人にあてはまる訳ではないが、リセット信号の強度を高めることにより、地球の24時間周期に同期することができる。24時間周期に同期させるには明るい光が、特に朝の明るい光が好ましい

 逆に考えれば、暗信号を強化するため、夕方にメラトニンや合成メラトニンアゴニストを投与することが有効であると考えられうる。理論的に考えれば、もし、個人の生活サイクルが、シフト勤務などによって、24時間のサイクル以外であれば、光やメラトニンによる安定した同期が不可能となる。概日リズムのマルチ発振器システムにおける並列発振器との最適な位相合わせとは何かを今後さらに詳細に検討しなければならない。シフト勤務などによる概日リズムの破綻と低い夜間のメラトニンレベルは、マルチ発振器システム内部での発振器同士の同調をできないようにするか、または、相対的な同調にしてしまう。シフト勤務などでは、マルチ発振器システム内部のリズムの非同期化が観察されており、疾患の原因や指標になるものとして議論されている。

 概日リズムの発振器システムの誤作動に関連した病態生理学的所見は、多くの障害や疾患に関連していると考えられている。しかし、いろいろな危険因子と結合することで、概日リズムの発振器システムの誤作動に関連する症状は強く変化する。概日リズムの発振器システムの誤作動では、入眠困難睡眠の持続障害気分障害が最も多く観察される。これらの障害は、概日リズムの機能不全に関連しているので、基本的にメラトニンの分泌能力の変化を伴うことはなく、発振器の故障、または、神経接続の障害による体内時計の故障の結果として生じる。発振器の故障や神経接続の障害という状況では、SCNや他の関連する中枢神経の領域において発現されるメラトニン受容体の機能は正常でありメラトニンやそのアナログを内服することによって疾患を治療できるチャンスが存在する。

 不眠は様々な疾患の症状となる。人口の約10%に慢性的な不眠があり、時には治療が困難な場合がある。不眠症は、入眠困難、中途覚醒、早朝覚醒、昼間の眠気、疲労感、神経過敏、集中困難、課題遂行困難などの特徴がある。不眠症は他の疾患や障害に併発することを知っておくことが重要である。気分障害では不眠がよく出現するが、それ以外にも、心血管疾患、体重増加、耐糖能異常でも発生する。

 概日リズム障害に関連した不眠症のサブタイプに関しては他の病因の睡眠障害と区別する必要がある。いわゆる概日リズム睡眠障害(CRSDs)は、様々な原因から生じる。概日リズム障害に関連した不眠症は先天的にも後天的にも生じる。、簡単に自発的に概日リズムの周期が逸脱してしまう家族性睡眠相前進症候群familial advanced sleep phase syndrome (FASPS)とdelayed sleep phase syndrome遅延睡眠相症候群(DSPS)である。コア発振器遺伝子であるPER2とPER3の多型性が概日リズム睡眠障害(CRSDs)で同定されているが、他の時計遺伝子の変異もこのタイプの睡眠障害につながる可能性がある。不十分な光の入力による概日リズムの障害が盲などの患者で存在するため、光入力経路の障害でもCRSDsが生じる。フリーランニング、または相対的にしか同調していないリズムでは 概日リズムの昼間の位相が夜間にずれてしまうため睡眠障害となる。不規則な睡眠-覚醒のパターンは概日リズムの低い振幅に関連する。特に高齢患者では、SCNの劣化や夜間のメラトニン減少によって不眠となることがある。

 睡眠障害と気分障害との関連性に対するメカニズムにはさまざまな仮説がある。不眠症状はうつ病性障害の予測因子となると考えられている。この見解は、うつ病が再発する前駆症状として数週間前から睡眠障害や睡眠の変化が発生するという調査結果によってサポートされている。不眠は気分障害で最も多い症状の一つだが、概日リズムの障害が気分障害の原因となるかに関しては、概日リズムの障害のある種のサブタイプでは気分障害の原因となる可能性がある。

 概日システムの変位が季節性感情障害と双極性障害で認められている。コア発振器遺伝子であるPER2、CRY2、Bmal1(= Arntl)、NPAS2の多型性が冬季うつ病で、PER3、CRY2、BMAL1(Arntl)、Bmal2(Arntl2)、CLOCK、DBP、TIM、CsnK1ε、NR1D1の多型性が双極性障害でそれぞれ示されている。さらに、CRSDの一種であるDSPSは季節性感情動障害と関連することが見出された 。双極性障害と季節性感情障害の双方ともが長周期のリズムという特性を示すため、概日リズムの発振器が外界のリズムや体内のリズムと適切にカップリングしていないと解釈することも可能だが、大うつ病性障害(MDD)ではそういった状況は明確ではない。MDDでは、概日リズムが関係しているという説得力のある証拠はまだないが、CRY1とNPAS2の多型性がMDDに関連していることが発見されている。MDD自体に異質性があるため、MDDでは概日リズムは関連しないとまでは言いきれない。

 表2からはメラトニンの関与が推測され、睡眠障害とある種の感情障害のおける概日リズムシステムの重要性は明らかであるが、メラトニンの関与に関する遺伝子的な証拠はまだ比較的少ない。双極性障害はRORB遺伝子の多型性に関連していることが報告された。RORB遺伝子は、細胞核におけるメラトニン受容体と考えられている転写因子であるRORβをコードする。しかし、RORβの作用が、メラトニンに依存した概日時計への入力にどのように反映しているのかは不明である。遺伝子の影響を加味したとしても、メラトニンレベルの低下やメラトニンシグナル伝達の障害は、概日リズムの低振幅と概日リズムの発振器とのカップリングの障害(体内リズムの同調障害)に関連すると結論づけることができる。従って、メラトニンやメラトニン受容体作動薬は、SCNが機能的に損なわれていない限り、概日リズムの機能障害を修正するためのオプションとなる。メラトニンやメラトニン受容体作動薬は、CRSDsや周期的に生じる感情障害の治療では特に重要となろう
 

メラトニンとアルツハイマー病AD

 メラトニンがアルツハイマー病に有益であるかもしれないという仮説がある。この仮説は、ADでは、メラトニンの欠乏や概日マスタークロックの誤作動が観察されており、酸化ストレスや非定型の炎症プロセスがADに伴う症状として観察されており、メラトニンは抗酸化作用と抗炎症作用有するためADに有益であろうと推測されている。

 トランスジェニックマウスや試験管内の実験データでは、メラトニンの効果の可能性が示された。ADのトランスジェニックモデルマウスでは、メラトニンの早期の投与は酸化的ダメージの減少やアミロイド蓄積の減少を示したが生存率の増加には結びつかなかった。別の研究では、メラトニンの投与によってアポトーシスの減少やコリン作動系へのダメージの減少を示したが、この所見からは、メラトニンによって認知機能の改善や行動が改善する可能性が示唆される(特に、軽度知的低下MCIなどの認知症の前段階でのメラトニンの使用が推奨されてきている)。また、メラトニンは抗フィビリノーゲン作用を有することが示された。しかし、発症後の遅い時期に投与を開始した場合ではメラトニンの効果は示されなかった。

 ADと診断されるのは通常は発症後という遅い時期になされる。従って、ADおいては、進行を遅らせたり寿命を延長するような観点からはメラトニンの臨床的効果は期待できない。コリン作動性薬やメマンチンのADへの乏しい効果から分かるように、メラトニンをADが発症した後での遅い段階で投与することは推奨されない。最近、ADにおいては金属(亜鉛)の関与が示され、アミロイドβを分解する神経細胞内の亜鉛の枯渇を予防するというイオン透過性を介した新しい戦略が提示された。メラトニンはイオン透過性にまでは関与できないが 時間生物学と睡眠パラメーターの改善する補完療法としてのメラトニンの投与は再考されうる。
メラトニンは抗アミロイドβ蓄積作用を持つ。MT1受容体を介しBDNFも増加させる。認知症の予防薬としての効果や進行を遅らせる効果が期待できる。)
melatonin and AD











 ADを予防したり発症や進行を遅らせるする上でのメラトニンの臨床的価値は疑わしいようにも思えるが、メラトニンのADへの有益な効果は一般的に除外されない。ADに関連した睡眠障害や行動の変化、特に、 夕暮れ症候群“sundowning”agitationや認知障害におけるメラトニンの効果が想定される。しかし、AD患者の間では個体差が大きい。認知障害が同じ程度でも、概日リズムや睡眠に関連する脳構造の変性の度合いは異なる可能性がある。覚醒と睡眠を電気的に制御しているSCNと下流構造をメラトニンで操作すれば、概日時間パターンに関連付けられている睡眠の改善や行動が改善する可能性が残っている。ある研究では、朝の明るい光と夕方にメラトニンを投与するという併用療法で、入眠の改善、覚醒の改善、睡眠の質の向上、昼間の眠気の防止、といったADへの効果が示された。

 メラトニンによって夕暮れ症候群が著明に減少することが判明したが、これは介護者の負担に関して特に重要である。しかし、最も大規模な臨床試験では、メラトニンの睡眠に関する統計学的有意差は認められなかった。ADのある患者ではメラトニンによって睡眠が促進されたが、コフート分析では、夜間の総睡眠時間の増加や中途覚醒を減らしたことは示されなかった(そういった傾向があることしか示されなかった)。しかし、介護者の評価では、睡眠の質において、プラセボに比べて徐放性メラトニン群で有意な改善を示した。このような研究ではADの異質性の問題がある。ある患者ではメラトニンは睡眠の改善には有効であろうが、他の患者では失敗する可能性がある。

 なお、認知症の前段階である軽度知的機能低下MCIにおけるメラトニンの使用が推奨されてきている。内服量は3~9mgである。


メラトニンとパーキンソン病

 パーキンソン病PDにおけるメラトニンの有用性は、ADよりもさらに意見が分かれている。最も重度のパーキンソンの症状が現れた時点で既に黒質線条体に高度なダメージが存在しているという問題が存在するからである。前臨床試験に使用するために、PDにおける黒質線条体の変性を模倣することを目的して、神経毒である6 -ヒドロキシ、MPTP、ロテノン、マンネブ、パラコートを投与した動物モデルが作成されている。この動物モデルの研究では、メラトニンは、酸化毒性とミトコンドリアへの毒性を示すこれらの化合物によるダメージを軽減させた。

 メラトニンは、抗酸化作用抗ニトロ化作用ミトコンドリアへの調整因子、といった多彩な作用を有し、動物モデルでの効果は活性酸素や窒素化合物の形成を減少させる作用を反映しているのであろう。しかし、さらに調査した研究では結果が矛盾していた。ある研究では、慢性的なモデルでのメラトニンの保護効果が報告されたが、他の研究ではメラトニンによる改善は認められなかった。PDは黒質線状体から病変が始まるのではなく、脳幹や脊髄から病変が始まり、長く無症候性に経過するというPDの病因や特徴が動物モデルでは考慮されていないため結果が矛盾することになる。レビー小体は非常に早い段階で検出されるが、前駆期としての黒質以外の退行性変化は、動物モデルでは無視されている。

 PDでのメラトニンの使用に関しては、ウィリスらによって反対されている。彼はPDの原因をメラトニン・ドーパミンの不均衡にあると考え、メラトニンの過形成がPDの原因になると唱えている。彼はメラトニン拮抗薬がPD に有益であると報告した。しかし、この結論は、PDで見い出された線状体や扁桃体などにおけるMT1やMT2の発現低下という所見とは矛盾する。PDの多くの患者ではメラトニンの分泌の増加は観察されていないし、逆に、あるケースではメラトニンのリズムの振幅は低下していた。PD患者において、Lドーパによる治療にてメラトニンの概日リズムの位相の前進が観察されたが、 Lドーパを投与されていない患者では見られなかった(Lドーパにてメラトニンの分泌低下が改善されたため位相が前進したということか)。従って、PDにおけるメラトニンの過剰生産仮説は支持されない

 他の研究では、メラトニンの分泌を抑制するために明るい光を使用ことがPDでは有益であると報告されてもいるが、これは、言い換えれば概日リズムを強化していることにもなり、光刺激でメラトニンを一時的に抑制することで、メラトニンの分泌のリバウンドを強化するというアプローチでもある。PDの病因においては、黒質線状体が影響されてはいないPDの初期の段階において、メラトニン・ドーパミンの不均衡が存在するかどうかはまだ示されていない。これまでのメラトニンやメラトニン作動薬のPDにおける使用の警告は、ウィリスらによるメラトニン拮抗薬の効果の報告から逆に推論されただけかもしれない。 

 ウィリスらの報告にも係らず、メラトニンや合成メラトニン作動薬はPDの睡眠障害やうつ症状の治療になると考えられてきている。睡眠障害の改善がPDのいくつかのケースで既に証明されたが、まだ注目されてはいない。アゴメラチンによるPDのうつ症状における効果に関しては、メラトニン以外の作用かもしれない。
 

メタボリック症候群、インスリン抵抗性および2型糖尿病との関係

 これらの疾患のおけるメラトニンの研究は新らしい領域である。MT2遺伝子の多型性が2型糖尿病の危険因子となりうると同定されてからメラトニンへの関心が高まった。メラトニンは、様々な実験モデルにおいてインスリン分泌を調節することも示された。膵臓のランゲルハンス島における内因性の概日発振器の存在は、糖、脂肪、エネルギー代謝における時間生物学的な重要性を意味し、メラトニンがこれらに何らかの役割を果たしているものと思われる。ラット膵臓おいて、メラトニンはインスリン分泌のリズムの位相をシフトし、インスリンの分泌の振幅(値)を増加させることが示された。血糖値の変化に関しては膵臓におけるインスリンやグルカゴンの相互作用を考慮しなければならない。

 インスリン抵抗性の条件下では、(インスリンの細胞内への糖の取り込みという本来の機能が十分に働かないため、糖分がないと判断し)グルカゴン分泌は十分なインスリンによっても阻害されない。逆にグルカゴンはインスリン放出を刺激する。ヒトの膵臓のランゲルハンス島では、MT1受容体を介したメラトニンによるグルカゴン分泌の活性化は MT2受容体を介したメラトニンのインスリンの分泌低下作用よりも優位であり、グルカゴンによるβ細胞への効果が優位となりインスリンのレベルは上昇する。メラトニンのグルカゴン分泌刺激効果は膵臓α細胞で確認されている。齧歯類と人では夜間に活性化するメラトニンの作用は大きく異なっており、動物モデルにおけるメラトニンの作用と人における作用とを混同しないようにする必要がある。哺乳類では夜行性と昼行性に係らずメラトニンは夜にピークを迎えるが、夜に活動し摂食も夜が主である齧歯類では異なり、さらに、人では夜のメラトニンは吸息し空腹となる概日サイクルの重要な一部分をなす。ヒトでは、糖新生と糖の利用減少によって、血糖は基本的に夜間に調節されている。夜間のメラトニンによって、グルカゴンの分泌が刺激され、脳への適切なエネルギー源が確保されるように誘導されている。齧歯類で観察されたメラトニンによるインスリンの抑制作用は人には適用されない。時間生物学的観点からは、メラトニンの有用性や代謝や栄養素としての意義は夜行性の齧歯類と人類では異なる。この相違は、エネルギー代謝の他の多くの場面でも認められる。

melatonin-ghrelin











 
 

 インスリンとグルカゴンの分泌促進という効果だけでなく、メラトニンの抑制はメタボリックシンドローム前段階に関与しており 高血圧症インスリン抵抗性肥満という結果をもたらす。メタボリック症候群におけるメラトニンの役割は既に他の論文で要約されている。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/21358175

 松果体を切除されたラットにおいて永続的なインスリン抵抗性が生じることが示された。さらに、メラトニンやメラトニン作動薬がラットのインスリン抵抗性に拮抗することが薬理学的に示された。同様に、MT1受容体遺伝子をノックアウトしたマウスにおいてインスリン抵抗性が誘発されることが報告された。しかし、人間においてはそれほど明確には示されていない。メラトニンとインスリン感受性との関連性を示唆する薬理学的な所見が不足しているため、MT2遺伝子の多型性(表2)において空腹時血糖の上昇が示されているが、インスリン抵抗性を示すデータとしては提示されていない。いくつかの若い個体での研究で、メタボリック症候群とMT2遺伝子の多型性とは関連していたが、メタボリック症候群とインスリン抵抗性との関連性は欠如していたことが示されている。その代わりに、これらの遺伝子変異では、グルコース刺激によるインスリン放出の減少が報告されている。なお、MT2遺伝子の変異とインスリン抵抗性を示した多嚢胞性卵巣症候群が報告されている。メラトニンとメタボリック症候群との関連性を最終的に判断するためには、高齢者のケースにおけるメラトニン受容体の変異に関する追加研究が必要である。

 肥満におけるメラトニンの関与に関しても同様に議論されている。メラトニンが夜行性の齧歯類における脂肪組織の量や内臓脂肪の容量を減少させることができるが、人ではまだ示されていない。いくつかの研究では、メラトニンのレベルは、肥満患者と正常体重の被験者の間では差がなかったが、ある肥満患者ではメラトニンが増加していたと報告されている。短期の断食にてメラトニンが減少することが報告されているが、肥満の後期における所見である。閉経後の肥満の女性においてはメラトニンは減少することが見出された。人の肥満とメラトニンにおいては、さらにデータが必要であるが、特に、メラトニンにおいては加齢や老化との関係に注目する必要がある。夜間摂食症候群などでは概日リズムの逸脱と体内時計の破綻が関係しているが、単純肥満との鑑別が重要である。(なお、メラトニンの抑制と肥満やメタボリック症候群は関連するという意見がますます増えているようである)
(夜間のメラトニン抑制が肥満と関連する)
(メラトニンは脂肪の燃焼を促進する褐色脂肪組織を活性化する。メラトニンによって中性脂肪の燃焼が促進される。)
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/20557470
(メラトニンはフルクトースの過量摂取によって生じるメタボリック症候群を改善する)
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/22220562
(メラトニンと消化器系との深い関連についての詳細なレビュー)
http://www.jpp.krakow.pl/journal/archive/12_07_s6/articles/03_article.html
(メラトニンは心血管疾患の予防となる)
http://www.revespcardiol.org/en/melatonina-enfermedad-cardiovascular-mito-o/articulo/90098386/

(次回に続く)

melatonin-fluctose

 

メラトニンの概日リズム以外の多彩な機能。精神疾患や生活習慣病や発癌の予防との関連(その1 シフト勤務や夜勤への対応)


Circadian adaptation

































  夏も終わり、日照時間が短くなってきた。概日リズムが変化する時期である。この季節の移り変わりの時期にはなぜか精神疾患(特に双極性障害)が悪化することが多い。おそらく概日リズムの変化やメラトニンが関係しているのであろう。今回はそのメラトニンに関する話である。

 メラトニンが近年、注目されてきている。メラトニンは、精神疾患の予防(認知症、特に認知症前段階であるMCIレベルでの使用、夕暮れ症候群などの予防、双極性障害やうつ病などの気分障害の予防)、糖尿病や心血管障害などの生活習慣病の予防発癌予防(夜勤やシフト勤務が起因していると考えられている前立腺癌や乳癌、等)、アンチエイジング(老化予防)など、様々な疾患の予防や治療に効果を発揮することが分かってきている。メラトニンの作用、メラトニンと概日リズム(サーカディアン・リズムcircadian rhythm)との関わり、メラトニン受容体作動薬の開発状況など、メラトニンに関してもっと知っておく必要があろう。
(メラトニンは癌治療での生存率を向上させる)
(夜勤とメラトニン抑制と乳癌と前立腺癌の関係)
(メラトニンと乳癌予防)
(メラトニンと前立腺癌予防)
(メラトニンは血管内皮細胞の増殖、浸潤、遊走を阻害する。これは癌増殖を抑制でき乳癌における血管新生阻害剤として有益である。さらに血管の老化を予防できるようにも思える。)
http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0026286213000289

  一方、時間生物学の分子生物学的研究もかなり進められており、その論文は膨大な数になる。体内時間を制御する分子メカニズムは非常に複雑であるが、その概要くらいは理解しておきたいものである(私の頭では複雑過ぎて全く理解できないのだが・・・)

 今回紹介する論文は、そのような期待に応えてくれる、メラトニンと体内時計の制御に関して分かりやすく解説したレビューである。
 

メラトニンと加齢と疾患:メラトニン分泌低下の帰結、メラトニンの治療におけるオプションやその限界。
「Melatonin in Aging and Disease: Multiple Consequences of Reduced Secretion, Options and Limits of Treatment」

 なお、この論文の著者は最近新しいメラトニンに関するレビューを書いており、同時に参照するのがよいであろう。
(メラトニンと時間生物学:視交叉上核へのフィードバックを超えて。メラトニンの機能不全の帰結)

 さらに、日本のサイトで時間生物学に関して分子メカニズや遺伝子など詳細に解説されているサイトがある。このサイトはお勧めである。
http://staff.aist.go.jp/s-hanai/clock_gene.html

 まず、シフト勤務や夜勤による概日リズムの乱れやメラトニンの分泌抑制にどのように対処すればいいのかを具体化していかねばならないと考えている。

 シフト勤務では、シフト勤務睡眠障害(SWSD)仕事中の過度の眠気注意力低下、などの様々な問題が生じ事故に結びつくのであるが(ナースや運転手など)、事故を起こした者の責任にして終わっていることが多く、背景に無理なシフト勤務が潜んでいることは考慮されず、経営者や管理者の責任が問われることは一切ない。当院でも同様であり、医療事故防止委員会では個人の責任にして終わってしまっている。私がこんな団体は不要だと唱えている日本医療機能評価機構もこの問題については常に無視をしている。
(経営者を守り個人の責任にするための医療事故防止センター)
http://www.medsafe.net/contents/recent/101kikou.html
(シフト勤務に起因する過度の眠気ESや事故)
http://www.medscape.org/viewarticle/532398_5
ES












 さらに、シフト勤務にはもっと大きな問題が潜んでいる。それは発癌である。日本では厚生労働省がこの大きな問題を無視し続けており、夜勤やシフト勤務などの概日リズムを不規則にするような勤務形態による健康被害に関しては何ら有効な対策を講じてない。健康診断の回数を1回だけ増やしているくらいであり、しかも、その検診で行われる項目は通常の定期健診の項目と同じであり、癌を早期に発見するための項目は一切入っておらず(乳癌や前立腺癌の腫瘍マーカーを無料で必ず行うべきなのだが)、呆れるばかりである。官僚達は、そんな勤務をすることがないため関心がないのであろう。個人防衛をしていくしかないのが現状である。私なりの意見を今回のブログの最後に提示するが、各個人が自分なりの防衛策を持って夜勤やシフト勤務に対処していかれることを切に希望する。


(本文)

 メラトニンは、数多くの生理機能を有し、様々な臓器で産生される制御因子である。松果体からの分泌は加齢に伴い徐々に低下する。体内を循環するメラトニンの著しい減少は、2型糖尿病アルツハイマー病ストレス状態疼痛心血管性疾患内分泌疾患代謝性疾患に関連している。体内を循環しているメラトニンの減少が多くの疾患において観察されている。メラトニン系のシグナル伝達の重要性は、これらの病態に関連付けられており、メラトニン受容体遺伝子の研究結果からも明らかである。この論文では、メラトニンとその合成アナログ、サーカディアンリズムの発振器とメラトニン分泌の間の相互作用、体内リズムの再調整の可能性、メラトニンと睡眠の関係、メラトミンと気分の関係、概日リズム依存性疾患へのメラトニンやそのアナログによる治療、その限界に関しての概要を説明する。既に短時間作用型のメラトニン受容体作動薬を使用することで睡眠と位相の調整に成功している。メラトニンに関連による薬剤による治療の重要性が強まってきている。既に承認されたメラトニン受容体作動薬や治験中のメラトニンアゴニストの特性を比較した。

 インドールアミンの1つであるメラトニン(N-acetyl-5-metho-xytryptamine)は松果体ホルモンとして知られている。視床下部に存在する概日ペースメーカーである視交叉上核(SCN)へのメラトニンの作用に関しては、時間生物学的の観点からは特に重要である。メラトニンの機能やメラトニンと関連する臓器は多岐にわたる(ほぼ全ての臓器がメラトニンの影響を受けていると言える)。メラトニンは、胃腸管(GIT)、骨髄、白血球、蝸牛の膜、皮膚、中枢神経系、などの多数の臓器や細胞で産生されている。松果体以外で産生されるメラトニンははるかに多く見過ごされている。GITに存在するメラトニンの量は松果体のものに比べて数百倍も多い。

SCN1









 松果体以外のメラトニンは、体内に循環するメラトニンとしてはほとんど放出されないか、あるいは、放出されたとしても極めて短時間しか放出されない。比較的多量のメラトニンの血中への放出が栄養因子に応答して食後にGITから短時間放出されることが知られている(それで満腹になると私は必ず眠くなるかもしれない^^;)。メラトニンのこのようなパルス的な放出は、放出の量の曲線の形状や位相の位置、いわゆる位相反応曲線(PRC)からすれば、概日システムには大きな影響を及ぼさない。PRCはリズムをリセットするための信号として描かれるが、概日リズムのどの時点でPRCという信号が出されたかという位相に依存する。通常、概日リズムを遅らせる位相に合わせてPRCが出されることが多いが、他にも、概日リズムを前進させたり、概日リズムには全く影響を及ぼさないような(サイレントゾーンの)PRCも存在する。人では、メラトニンのPRCは、SCNをリセットするタイミングで決定されている。松果体のメラトニン分泌は、SCNのリズムを強く再調整することが可能なような位相で主に観察されるが、食後のGITからのメラトニンの放出は、主に、サイレントゾーンで発生する。哺乳類では、松果体メラトニンの生合成と放出は、SCNの制御下にあり、メラトニンの生合成と放出が順番に生じるが、大部分は夜に限定されて生じる。メラトニンは松果体腺を介して血液中に分泌されるが、松果体凹部を介して第三脳室にも分泌される。
 
PRC







 要約すれば、これらの知見は、メラトニンは、様々な臓器に多数の機能を提供するが、SCNにおいては、構成要素の一つとしては重要ではあるが、排他的な機能を構成する訳ではないことを示している。このようなメラトニンの様々な役割と作用を知ることは重要になってきている。なぜならば、メラトニンとメラトニン合成薬は、睡眠障害や気分障害を治療するためにますます使用されるようになってきているからである。これらの化合物は、古典的な薬剤と比較されるが、単に眠剤や抗うつ剤と見なすべきではない。メラトニンとメラトニン合成薬は、これまでの古典的な薬剤とは作用が異なる。しかも、治療の標的となる効果以外にも他の多くの効果を発揮する。特にメラトニンの免疫学的な役割については大いに実用性がある。繰り返すがメラトニンの作用は様々である。

 メラトニンとメラトニン合成薬は、抗炎症だけでなく免疫増強効果がある。後者の特性からは、自己免疫疾患の場合にはメラトニンとメラトニン合成薬の使用は非常に望ましくない。これらの患者における使用は禁忌とされるべきである。メラトニンの抗炎症作用が明らかであるも係らず、メトキシインドールは炎症性サイトカインの刺激を介して、関節リウマチ(RA)の症状を明らかに悪化させる。また、RA患者では血中メラトニンレベルは増加しており、サーカディアンリズムでのメラトニンのピークは高値であった。他の疾患に関する注意事項については、特に、思春期や妊娠中の女性は参考文献を参照されたし。
(メラトニンとメラトニン合成薬は依存性がなく忍容性に優れてはいるが、子供、青年、妊娠中のメラトニン作動薬の使用が懸念されており、特に、自己免疫疾患での使用は避けるべきである)

 ホルモンや合成メラトニンの薬が投与されている場合、メラトニンの強い多面的な効果は避けられない。作用の多くは有益ではあるが、必ずしもメラトニンの全ての作用が必要ではない。しかし、メラトニンというコインの反対側には、この論文に記載されるように、メラトニンの生成と分泌の減少が数多くの疾患において病理学的な影響を持っていることを知らねばならない。


メラトニンの生合成、代謝、シグナル伝達機構

 メラトニンの生合成、代謝、シグナル伝達経路を簡単に説明する。メラトニンは、セロトニンから2段階のステップで合成される(図1)。これらのステップの逆も可能であるが、この逆のステップは脊椎動物に残っているが、生理的に無意味である。メラトニンの合成の際に前駆物質であるセロトニンを十分に使用することができるが、例外がセピアプテリン還元酵素遺伝子の突然変異で見つかっている(メラトニン欠乏により非常に長い睡眠/覚醒リズムとジストニアやパーキンソン症状を呈したケース)。この酵素の生成物であるテトラヒドロビオプテリン(BH4)は、芳香族アミノ酸ヒドロキシラーゼの生成に必要とされる。BH4欠乏はセロトニン欠乏やメラトニンリズムの平坦化という結果につながる。
メラトニンの生合成と代謝























 松果体や他の部位において、セロトニンはarylalkylamine N -acetyltransferase (AANAT)によってNASに、NASはhydroxyindole O -methyltransferase (HIOMT)、別名acetylserotonin methyltransferase(ASMTO)によってメラトニンへと代謝変換される。AANATはメラトニン生合成の律速酵素とみなされているが、ラットの夜間最大値の調査からHIOMTによって制限されることが見い出された。一部の松果体以外の部位ではメラトニン合成は松果体とは異なる場合がある。N-acetylationとO-methylationは他のアセチル・トランスフェラーゼやメチルトランスフェラーゼmethyltransferasesによっても代謝変換されることがある。 松果体のAANATが部分的に欠損したC57BL/6マウスの皮膚でNAS形成が観察されたため、皮膚のメラトニンの合成では他のアリールアミンN -アセチルトランスフェラーゼ(NAT-1)が関与していると推測されている。しかも、松果体のメラトニンが欠損したマウスで、機能的には活性を持つAANATのスプライスバリアントが白血球と骨髄で発見された。HIOMT活性の欠如がメラトニン欠乏に強く関与しているのかもしれない。松果体以外の細胞もかなりのメラトニンを含み、ある量は循環血液中に放出される。さらに、変異が確認されたマウスでは、特異的な他のスプライシングのメカニズムによって松果体以外の細胞ではメラトニンの合成が可能であることも分かっている。これらの知見から、松果体がメラトニンの十分な量を産生しない場合でも、末梢器官や細胞内にメラトニンが形成されることが分かる。

 メラトニン代謝の主要経路は、肝臓のモノオキシゲナーゼであるCYP1A2CYP1A2CYP1B1によって代謝され、さらに、硫酸抱合を経て6-sulfatoxymelatoninとなり容易に対外へ排泄される(図1)。この尿中の代謝物を追跡すれば、メラトニンのレベルとリズムを間接的に測定することができる。メラトニンを代謝分解する抱合のプロセスは中枢神経系からのメラトニンの放出には好ましくないが、驚くべきことに6-sulfatoxymelatoninの形成が脳で検出された。肝臓以外の組織にもメラトニン代謝の経路が存在するが、組織内部のメラトニンの量を減らすためにはこの代謝経路は重要である。メラトニンはCYP2C19によっても代謝されるが、最終的にはCYP1A2、CYP1A1が中心となって代謝される。5-methoxytryptamineへの代謝は、メラトニンカタラーゼや、その酵素よりもメラトニンへの特異性は低いがacylamidaseによっても代謝される。N1-acetyl-N2-formyl-5-methoxykynuramine (AFMK)へと代謝される酸化的ピロール環の開裂からなる全く別のメラトニン代謝経路も存在する。

 このAFMKへの代謝プロセスは多くの活性物質によって触媒される場合があり、様々な酵素、特に、デオキシゲナーゼ、ペルオキシダーゼ、いくつかの偽酵素、フリーラジカルを介したもの、光化学反応などによって触媒される。ラットの大脳漕にメラトニンを注入した後にAFMKが多量に検出されたため、AFMKは脳での代謝産物であると考えられていたが、脳以外でも、マクロファージ、ケラチノサイトなどの細胞内でもAFMKが産生されること分かっている。この代謝物は人間の尿中やマウスの様々な組織では十分な量は検出されない。ただし、同じ研究では、AFMKからmethoxylated kynuraminesという代謝物が一過性に形成されているとも推測された。AFMKは人のウイルス性髄膜炎における脳脊髄液中でも検出された。メラトニンとIL-8やIL-1βは負の相関を示す。脳脊髄液では、50nm以上のAFMK場合には10nMのAFMKの場合と比べて、IL-8やIL-1βは低い濃度であった。AFMKの濃度はメラトニンの夜間の血中濃度よりも高い。AFMKの抗炎症作用と神経保護作用に関心を注がねばならない。AFMKから由来する生成物で抗炎症作用と神経保護作用として妥当な物質がある。メラトニンから生成される別の代謝物であるcyclic 3-hydroxymelatonin (c3OHM)である。フリーラジカルを介した反応により、c3OHMが酸化ストレス(電離放射線への暴露など)の条件下で著しく上昇している(=酸化ストレスを緩和しているため上昇しているのであろう)。
melatonin-antioxidant 
anti free radical



















 メラトニン受容体には抑制性G蛋白質と共役している2つのサブタイプが知られている。MT1(Mel1a、MTNR1A)とMT2(Mel1b、MTNR1B)である(人には存在しないがMel1cも同定されている)。受容体が刺激されるとcAMPが減少し、プロテインキナーゼAの活性低下とCREBのリン酸化が減少する。その他の経路にもMTは関連しているが詳細は省略する。MT1は、PDZドメインタンパク質MUPP1、メラトニンへの親和性を持たないメラトニン受容体ホモログ(GPR50)、MT2と結合しヘテロ2量体化することで調節されている。 さらに、MT1とMT2の相互接続による調節が存在しているようである。どちらか一方に、サーカディアン振動子タンパク質か、あるいは、エネルギー代謝の制御因子が存在する。MT1とMT2は重複して機能するが、同一の作用を同時には示さない。MT1とMT2は、相反する動作をすることが多くの症例で示された。例えば、MT 1の活性化は血管収縮につながり、MT2の活性化は血管拡張につながる。
MT1MT2














 MT1とMT2は、多くの細胞や組織に存在する。例えば、十二指腸、結腸、盲腸、虫垂、胆嚢上皮、耳下腺、膵臓の外分泌細胞、膵臓のβ細胞、皮膚、乳房、子宮、胎盤、顆粒・黄体細胞、胎児の腎臓、心臓の心室壁、大動脈、冠動脈、大脳動脈、末梢血管、茶色・白色脂肪組織、血小板、いろいろな免疫細胞などに存在する。ターゲットとなる組織や細胞の多様性によって身体には多面的な効果をもたらす。メラトニンやメラトニン受容体作動薬は、通常、睡眠を改善したり、うつ症状を軽減させるために設計されてはいるが、薬の販売会社では強調されていないような作用が存在することを知っておかねばならない。

 膜受容体も含めてメラトニンは多くのものと結合することが知られている。しかし、人でのメラトニンの生理特性は不明な点も多い。かって第三のメラトニン受容体と思われるタンパク質(MT3)は、生体異物を代謝する酵素であるキノン還元酵素2(QR2)であることが分かった。メラトニンは転写因子であるレチノイン酸受容体スーパーファミリーと結合するが、特に、スプライスバリアントであるRORα(レチノイン酸受容体関連オーファン受容体-α、ヒト遺伝子ID:6095)、RORαアイソフォームa(RORα1)、RORαアイソフォームb(RORα2)、RORαアイソフォームd(RZRα)、RORβ (RZRβ、ヒト遺伝子ID:6096)と結合する。RORβは神経系に存在し、RORαアイソフォームは多くの体内で普遍的に発現している。多くの研究者がメラトニンによるROR転写因子を介した遺伝子発現の調節について同意しているが、遺伝子発現の調節のメカニズムに関してはまだ議論されている最中である。

 RORSは、概日コア発振器と相互作用し、位相リセットと概日リズムの周期の長さの決定に作用を及ぼすため、時間生物学的においては重要である。しかし、これらがメラトニンに依存しない作用かどうかはまだ検証中である。さらに、メラトニン以外のRORSへのリガンドも存在しているようである。カルモジュリン、カルレティキュリン、カルレティキュリンと相同性を有する他のタンパク質、ミトコンドリア複合体Iとメラトニンは結合するが、その役割はまだ解明されていない。しかし、これらの知見からは、メラトニンの作用が増える可能性がある。最後に、メラトニンとその代謝物は強力なフリーラジカル・スカベンジャー(フリーラジカルを掃除してくれる物質)である。概日リズムへのメラトニンの作用は受容体を介した作用ではあるが、人では、これらのフリーラジカルの処理作用は、受容体やシグナル伝達を必要とせずに、薬理学的には濃度の高さにのみに関連し、抗興奮作用や抗炎症作用やミトコンドリアへの作用として、ラジカルの形成を減少し、抗酸化酵素の発現を増強し、酸化ストレスへの防御として作用する。

melatonin-ROR









 

メラトニンと視交叉上核: 出力と入力

 視交叉上核(SCN)は、intergeniculate leaflet(IGL)などの脳の他の部位からの入力も受けるが、眼からの入力を主に受信する。関連する光受容体は、青色を吸収するメラノプシン含有網膜神経節細胞(Rods)と緑色を吸収する円錐(cones)である。光の情報は多数の細胞時計から構成され概日マスタ発振器システムに反映される。SCNの中では、発振器のサブセットとして細胞はカップルしてながらグループを形成し、光性、非光性の時間的合図によって、リセットのされ方がグループでは異なっている。さらに、左右のSCNでも動作が異っていることが実験で確認されており、自発運動としてリズミカルに出力し、時間的な差を導き出している。その他、SCNでは腹側と背内側では発振器としては異なる(発振器として2個に分かれる)ことがラットでの強制的に脱同調させる実験で示されている。哺乳類では、概日位相に関する情報は、室傍核(PVN)から、上部胸髄から上頸神経節への交感神経を介して、それぞれ松果体に伝達される。カルシウムイオン、プロテインキナーゼC、CaMキナーゼの上昇を導き出すような、cAMPを介したβ1-アドレナリンのアップレギュレーションとホスホリパーゼCβによるα1B-アドレナリンの活性化によってメラトニンの合成が刺激されるが、これらのプロセスは、ペプチドやグルタミン酸系作動機構によって調節されている。メラトニンは松果体で合成され放出されるが、それにはリズムがあり、夜間にピークを迎える。その松果体からの情報はSCNからの一時的な情報を含む。メラトニンの放出はSCNからの出力関数として表現される。しかし、メラトニンはSCNの構造体へフィードバックすることにより、SCNへの入力としても作用する。
SCN-PG
melatonin-SCN







 









 


















 

 メラトニンはSCNでは主に2つの効果を発揮する。一つは、MT1受容体に作用しcAMPを減少させSCNの神経発火を抑制することである。さらに、カチオン(+)イオンチャネルの導電率も変化する。もう一つは、時間生物学的な性質である。例えば、メラトニンのPRCによってSCNの発振器システムの概日リズムの位相を再調整する能力である。多くの哺乳類では、時間生物学的な作用はMT2受容体を介する作用であるが、ヒトのSCNではMT2の発現は少なく、時間生物学的な作用はMT1受容体を介した作用も加わるのではと議論されている。SCNからの光の情報が松果体の活性をコントロールしているのだが、なぜこのようなフィードバックが必要なのであろうか。その答えは、光の別の効果としてメラトニンの生合成の急性抑制を発揮させるためである。光により誘導される概日発振器の位相の変化は一時的で遅く、これはリズムに関連した遺伝子の発現と転写阻害に基づいて行われるのではあるが、光によるメラトニンの生合成の急性抑制は、概日発振器の位相の変化よりも即時に開始され抑制は速い。

 従って、光の情報がCNSに入らなくなると光によるメラトニンの生合成の抑制がかからなくなるため、メラトニンの生合成の増加が始まり、このメラトニンの上昇が体内時計を効果的にリセットする作用に貢献することになる。しかし、現代文明社会では、夜間のシフト勤務の仕事やライフスタイル変化によって夜間も光に暴露されている。SCNを直接介した夜間の光によるメラトニン合成の抑制は、生体リズムの混乱を引き起こし、メラトニンの欠乏は身体機能を最適に維持するために必要なホルモンの概日位相リズムの混乱をも引き起こすことになる。1つのホルモンが多くの生理学プロセスをコントロールしており、そのプロセスを組み合わせれば非常に多くの役割を担っている訳であり、メラトニン不足の重要性は明白である。メラトニンの具体的な効果は睡眠開始に関することである。MT-1を介したこの作用は、視床下部のスリープスイッチを経由して適切な睡眠を引き起こす。視床下部のスリープスイッチはオン・オフ反応を起す特徴的な構造を有する。(なお、睡眠と覚醒のスイッチのオン・オフには、オレキシンORXという外側視床下部の後部領域から分泌される神経ペプチドが関わっている。下図)
ORX






 睡眠と覚醒においては、相互に抑制するメカニズム基づいて、覚醒に関連する神経経路(青班核locus coeruleus、背側縫線核dorsal raphe nucleus、隆起乳頭体核tuberomammillary nucleusなどの核や、視床、視床下部後部、網様体からの大脳皮質への投射系などを含む)、あるいは、メラトニンの影響下で腹外側視索前野核ventrolateral preoptic nucleus{VLPO}を経由した睡眠に関連する神経経路が交互に活性化される。SCNニューロンによるMT1受容体に依存する発火の抑制は睡眠促進回路の活性化の決め手となる。しかし、メラトニンの睡眠導作用はより複雑であり、視床の作用のみならず、視床と皮質の相互作用が絡んでおり、脳波所見ではメラトニンによる睡眠紡錘波の促進が検出されている(睡眠紡錘波は網様視床核がペースメーカーとなり、それが皮質に投射され、視床―皮質回路で形成されている。中脳網様体の求心性入力が減少することで視床―皮質の神経路が独立性をもち睡眠紡錘波を形成するようになる。)したがって、メラトニンによるSCNへのフィードバックや、メラトニンのCNSへの付加的効果は、睡眠開始や、様々な疾患で障害されている生理的にプロセスには重要である。これと同様に、睡眠維持におけるメラトニンの役割も存在するであろうが、生理学的なホルモンの濃度では簡単に説明できないため、メラトニンの睡眠維持効果はまだ議論されている最中である(メラトニンそのものは睡眠を維持することには役立たない。メラトニンは入眠剤にはなるかもしれないが、一定時間の睡眠を維持するような眠剤としての効果はないという意見も多い。睡眠よりも、体内時計の位相のリセットや、眠っている間に体内を掃除するためのフリーラジカルの除去がメラトニンの主な機能であるかもしれない)。
(睡眠維持が障害された高齢者と睡眠健常の高齢者の間ではメラトニンの濃度には差はなかった。すなわち、睡眠維持とメラトニンは関係しない。)
(睡眠と覚醒に関する回路と神経伝達物質に関する詳細な解説。トロント大学のHP。)
http://neurowiki2013.wikidot.com/individual:neurotransmitter-system-and-neural-circuits-gover
VLPO















メラトニンと概日マルチ発振器システム

 メラトニンの時間生物学的作用は、主に概日マスタークロック(=SCN)に関連して議論されてきた。しかし、CNSの時計は視交叉上核SCNの1つしかないという以前の考えは否定された。 実際には、直接SCNによって調整されている発振器もあるが、SCNのマスタークロックとはゆるい結びつきしかなく比較的に独立している発振器など、多数の周辺発振器が同定されてきている。周辺発振器の発見は1958年には発見されており新しい発見ではないが、周辺発振器は概日ペースメーカーとしてSCNが同定されるまでは発振器だとは考えらていなかった。今日では、SCN以外の発振器は、哺乳動物の様々な組織で同定されている。例えば、腸、肝臓、心臓、副腎皮質、(下垂体の)隆起部、網膜、さらには、培養した線維芽細胞などの培養細胞にも発振器があると同定されている 。概日リズムの発振は1個の細胞レベルでも生成されるが、発振している細胞が結合すると安定した集合発振リズムを生み出す。多くの組織で、細胞内部に由来する発振リズムと細胞内部に由来する体内時計タンパク質が発現しているが、周辺(SCN以外)の体内時計の存在は、身体の全てではないものの、多数の体の部位で存在すると推測されている。並列する1個1個の発振器が単一の組織で作動しているので、概日発振器システムは非常に複雑である。これらの概日発振の作動メカニズムは正と副のコア発振器タンパク質を交互に使用することに基づいている。例えば、時計タンパク質であるPER1はPER2によって、CRY1はCRY2によって、CLOCKはNPAS2によって置き換えられる。その結果、発振器としての出力内容が異なることになる。さらに、コア発振器に関連する付加的タンパク質の発現は細胞間で異なる。その結果、主クロックへのフィードバックも異なってくる。
(花井@産総研のHPにある時計遺伝子の発振システムのGIFアニメーション)
http://staff.aist.go.jp/s-hanai/img/negativefeedback1.gif
 
clock






















 メラトニンは、周辺発振器に影響を及ぼす。特に、単一組織における並列した発振器をカップルさせて位相を合わせる上で重要である。末梢発振器の役割の例がマウスの副腎皮質や網膜で見出されている。メラトニンには問題がないC3Hマウスの副腎皮質では、コア発振器タンパク質であるPER1やCRY2やBMAL1は堅実な形の変動を示したが、メラトニンが欠乏したC57BLマウスでは、PER1やCRY2やBMAL1は弱い変動と低い発現レベルしか観察されなかった。網膜の発振器では、C3Hマウスでは堅実なリズムを示したが、C57BLマウスではPER1やCRY2はリズムと言えるような変動を示さなかった。人間の副腎では、ACTHによって誘発される副腎におけるPer1のmRNA、BMAL1やStARや3β-HSDタンパク質、コルチゾールやプロゲステロンの産生をメラトニンが抑制することが知られている。マウスの培養した線条体ニューロンでは、メラトニンによってPER1とCLOCKの発現の著明な低下とNPAS2の著明な増加を認めたが、この効果はMT1をノックアウトすることで消失した。ラットSCNでは、メラトニンによる並列発振器の位相の結合効果が観察された。松果体が切除された動物では、PER1とPER2のmRNAの最大値は通常とは異なる位相の差を示したが、メラトニンで再処理することによって、PER1とPER2のmRNAの最大値は堅固にカップルされて正常な位相となった。
CLOCK3












 
 











 
 これらの知見から以下のことが推定される。(i)加齢や疾患によって引き起こされるメラトニンの減少は、SCNのマスター発振器だけでなく、SCNの発振器のサブセットにも、さらに、周辺の発振器にも影響を及ぼす。(ii)のメラトニンや合成メラトニン誘導体化合物の患者への治療は、SCN内部の発振器同士のリズムの同調だけでなく、SCNと周辺発振器との間のリズムの同調にも影響を及ぼすことができる。それ故、メラトニンとその合成アナログは、多面的な作用を持ち、周辺組織の生理機能を直接アップレギュレーションしたりダウンレギュレーションするだけでなく、時間生物学的に複雑な方法で周辺組織の時間構造にも影響を及ぼすことになる。

(次回に続く)


 日勤⇔夜勤など、勤務時間が変則的に変わるパイロット、看護師などのシフト勤務をする職業では、夜勤中のメラトニンの分泌障害にどのように対抗していくべきかが最近議論の的になってきている。メラトニンというサプリメントを内服すべきかどうかはまだ結論は出ていないようである。メラトニンは常に松果体で作られてはいるが、光によって分泌が抑制されているだけであり、わざわざメラトニンを飲むまでの必要はないのかもしれない。夜勤が終わり眠りにつけばメラトニンは自然と十分に分泌されるものと思える(実験ではメラトニンを内服した方が位相の前進がより確実になるようだ)。ただし、概日リズムが不明確にならないようにするために自身で光刺激をコントロールする必要がある

 光によるPRC信号を確保するには夜勤はなるべく明るい光の下で行うのが良い。逆に帰宅中の朝の明るい光を目に入れることは避けた方が良い。夜勤を終えたらサングラスなどを使用し明るい光を避け、光刺激によるメラトニンの分泌抑制を防止し、なるべく早く帰宅して部屋を務めて暗くして睡眠を早く取った方が良いと思われる。こうすることで昼間の睡眠でもメラトニンは十分に分泌され、メラトニンのPRC信号は体の隅々まで行きわたり、体内時計は全てリセットされることであろう。

 さらに、1回だけで終るシフト勤務と夜勤が続く場合など、勤務形態をよく考慮して、概日リズムが24時間を超えないようにする必要がある。体内時計がリセットされる時間が24時間を超えれば、体の中にはフリーラジカルが溜まり、さらに、臓器ごとの同調性も乱れ、こういったダメージが蓄積していけばいろいろな形で疾患となって表れるかもしれない。特に、日勤⇔夜勤の移行の際に24時間を超えるような概日リズムにならないようにする必要がある。概日リズムが24時間を超えないようにする目的で体内時計の位相を全てリセットするためにメラトニンを内服することは意味があるのかもしれない。メラトニンを内服しメラトニンの濃度がそれなりのピークに達し、PRC信号が体の隅々にまで行きわたった時点で全ての体内時計がリセットされ同調されたと考えれば分かりやすい。

 この観点から、勤務形態の移行の際にメラトニンをうまく使う方法があり得るであろう。勤務形態が変更する日にメラトニンを内服するのである。メラトニンの血中濃度は内服後に30~45分(遅くとも1時間)でピークに達し4時間後にはピーク時の10分の1まで低下する。この血中濃度の推移からは、遅くとも仕事開始の数時間前にメラトニンをそれなりの濃度にもっていき体内時計をリセットしてしまえば良いことになる。概日リズムが24時間を超えてしまうよりは、概日リズムを早めにリセットしてから仕事に就いた方がいいに決まっている。メラトニンを内服すると30分くらいで眠くなるかもしれないが、たとえ眠ったとしてもずっと眠り続けることはない。食後の昼寝のような感じで終るはずである。数時間後には眠気はなくなり仕事に集中できるはずである。日勤から夜勤への移行する場合は、夜勤開始の数時間前の昼間にメラトニンの内服によって1~3時間くらいの仮眠ができればベストであろう。

なお、私が述べた内容と同じようなことを実験した論文があるので紹介しておく。
http://psy2.ucsd.edu/~mgorman/Crowley.pdf 
http://ericlevonian.com/cptr/pharmacy/current%20events%20and%20project%20presentation/ce4/mother%20nature.pdf

 下の論文は非常に参考になる。夜勤やシフト勤務のパターンは様々であり、この論文で提示されているような睡眠チャートを各自が記録・作成し、睡眠不足に陥っていなか、スケジュールに過大な無理がないかを記録しておき、パターンに合わせた具体策を各自のチャートから導き出し、万が一健康被害が生じた場合はその記録をもって労災認定を勝ち取って頂きたいと願う
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3630978/
睡眠チャート1睡眠チャート2睡眠チャート3









































 特に、夜勤明けにさらに連続して勤務することは概日リズムを無視しており絶対に避けねばならない。医師においてこの有害事象が懸念されている。当直中に忙しく殆ど眠っていない医師が、当直明けの翌日にも勤務するということが日本では当たり前のようになっているが、24時間もの連続勤務となり、これは体にとっては非常に危険である。当直開始前日のメラトニンがピークに達し体内時計がリセットされた時刻から換算して、この勤務形態では24時間以上もの間メラトニンの分泌が抑えられ続けることになる。体内にはフリーラジカルがたまり、臓器の同調性は乱れ、医師の体は蝕まれることになる。このような医師の勤務形態に医師会や医学界や大学が異議を唱えないのは日本の医学界の恥のように思える。医師の過労死が後を絶たないのは、こういった科学的なことが考慮されていないためである。

 さらに、加齢によってメラトニンの分泌は減るため、年を取ってからの夜勤も問題となる。年を取ったら夜勤はしないようにするか、中年期以降の夜勤ではメラトニンを必ず補充する必要があるのかもしれない。問題は、どの時間帯に、どの程度の量のメラトニンを補充するかである。適切な対処方法は未だ定まってはいないのだが、夜勤が終わり帰宅して眠る30分前程にメラトニンを内服することになるのであろうが、血中濃度からは1mgを内服すれば十分という意見がある。しかし、1mgで夜勤に伴う健康被害が防止できたという疫学的なデータはまだない。認知症への進行を予防するためのMCIでの使用量は3~9mgとかなりの高用量である。なお、メラトニンは海外から直接個人輸入して入手する必要がある(amazonですぐに購入できる)。医薬品ではなくサプリメントであるため値段は安い。少しづつ体内に吸収されるコントロールリリース製剤も売っている。こちらは値段はやや高めである。

なお、メラトニンはアドレナリンβ受容体を介して合成が刺激されるため、βブロッカーはメラトニンの合成を抑制してしまうため就眠の数時間前はプロプラノロール(インデラール)などのβブロッカー製剤を内服しない方が良いであろう。

melatonin-ar

統合失調症の発症を予防していく上で避けねばならないこと。at-riskな個人が生活する上で注意すべきこと。

今回は前回の続きになるような精神疾患の予防に関するテーマである。

 統合失調症(SZ)への発症を予防するための戦略として、SZのat-riskにある個人においてはストレスなどの環境要因にも配慮していく必要があるのだが、具体的にはどういったことに配慮していくべきなのであろうか。

 今回は以前のブログでちらりと紹介した↓の論文に沿って、他の論文の内容も補足して、SZのat-riskにある個人における配慮すべき環境因子について述べていくことにする。この下の論文には、統合失調症(SZ)へのリスクを高める環境因子についての詳しいレビューが書かれている。長い論文のため全文を紹介できないが、今回のテーマと関連する部分を抜粋して紹介したい。
SZ-risk-Odds










 

統合失調症への環境と感受性
「The environment and susceptibility to schizophrenia」

小児期と成人期の間の特定の環境要因

まず環境要因として注意せねばならないのは

(1) 大麻は絶対に使用しない(注; 大麻以外にも注意しなければならない多くの物質があると思える)
(2) 社会経済的に劣悪にならないようにする(貧困対策、教育、環境衛生、など)
(3) 幼少時期のトラウマを避ける(特に、虐待、いじめ)
(4) 感染症(特にSZと関連する病原体)を防止する

の4つが挙げられている。
 
(1) まず、大麻も含めた注意しなければならない物質の使用について考えてみたい。

大麻に関しては、
 
 以前のブログでもこの問題に触れたが(関連ブログ2013年4月28日)、スェーデンの調査では大麻を使用するとSZのリスクが2倍に上昇した。ヘビーな使用では6倍のリスクであった。オランダでの調査でもリスクは3倍であった。など多くの国の調査で大麻使用とSZの発症リスクの増加が示されている。大麻はカンナビノイド受容体1(CB1)に作用するが、GABAやグルタミン酸神経終末に存在するCB1受容体への刺激が過剰になれば、(GABAを介する)ドーパミン神経への抑制性入力をブロックしてしまうことなどによって、線状体のドーパミンが増加しSZへの発症を促進させることになる(CB1受容体とSZとの関連メカニズムはまだ十分には解明されてはいないのではあるが)。従って、大麻の使用は禁忌だと言えよう。他の麻薬や覚せい剤も線状体のドーパミンを増やすため同様に絶対禁忌である。日本においては大麻への取締りは厳しいため大麻使用の問題への配慮は殆ど必要はないであろうが、しかし、覚せい剤については規制が機能していないようであり(行政と暴力団や北朝鮮や中国密輸組織との癒着などの社会の裏の構図が絡んでいるのであろうが)、未だに多く出回っており、実際に、SZの発病前に覚せい剤を使用していた患者を何例か経験しており、そういった規制薬物の使用がSZの発症を早めてしまった可能性が高い。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/20406253 

 さらに、論文では述べられていないのではあるが、大麻以外にも注意せねばならない危険な物質があると私は考えている。

次に、アルコールはどうであろうか

 アルコールも線状体や側坐核のドーパミンを増やすことが分かっている。さらに、SZとアルコール依存が併発しやすいことも分かっている。従って、アルコールの使用は大麻と同様にSZの発症を促進する恐れがある。SZのat-riskな個人ではアルコールは絶対に避けるべきであろう。

 さらに、飲酒を繰り返せば脳内のグルタミン酸の濃度も上昇することが分かっている。こうなればSZの発症へと一気にプッシュしてしまう非常に危険な状況となる。習慣的に飲酒するようになればアルコールがSZへの発症の誘因となる危険性は極めて高くなると言えよう。

 さらに深酒も海馬のグルタミン酸を増加させ神経の炎症を引き起こすことが知られている。たった1回の深酒がSZの発症を引き起こすとも限らないのである。

 大学在学中にSZを発症するケースも多いのだが、大学生という年齢はSZの好発年齢に一致するということもあろうが、大学進学直後からアルコールを飲み始めることが多く、しかも大学生は合コンや歓迎会など酒を飲む機会が多く、気が緩んで騒いで深酒となり易いものと思える。そういったアルコールに暴露される機会が多いことや、深酒をすることが大学時代のSZの発症に関与しているのではと私は考えている。たまに少量を飲酒するのは大きな問題にはならないであろうが、連日のように飲酒することはSZのat-riskな個人では発症の危険性が確実に増加するものと思われる。SZのat-riskな個人では、アルコール依存症になる前にSZを発症してしまうことになろう。特に深酒は危険である。妊娠中に発熱を経験した子には母親はアルコールは絶対に控えねばならないと大学進学時に伝えておくべきである(このブログを見せて警告してもらえたら幸いである)。

 次に、タバコはどうであろうか。タバコに含まれるニコチンはドーパミンの放出を引き起こす物質として有名である。さらに、ニコチンはグルタミン酸の放出をも促進する。このニコチンによるドーパミンやグルタミン酸の放出増加という現象は、SZのat-riskな個人では非常に危険なことではなかろうか。たかがタバコに含まれるニコチンでSZを発症したなんて考えられないとSZの喫煙者は異を唱えるのではあろうが、SZの患者においては喫煙率が異常に高いのである。しかも、SZを発症する前から喫煙を始めたケースが殆どであり、喫煙とSZの発症が関連している可能性は高いと私は考えている。SZのat-riskな個人では喫煙しないことも発症予防につながる可能性がある。さらに、同じSZでも、喫煙者と非喫煙者では病状が異なるようにも思える。喫煙者ほど陽性症状が重度の病態を呈する患者が多いようにも思えるのである(幻覚妄想が再燃しての再入院は喫煙者ほど多い、など)。ただし、ニコチンが作用するアセチルコリン系とドーパミン系やグルタミン酸系との相互作用は複雑であり、SZを発病し慢性期となれば、認知機能の改善や陰性症状の改善においてはニコチンの効果も想定されており、一概にタバコのニコチンが悪者だと決めつけられない側面はあるが、SZの発病前の前駆期においては、ニコチンはSZの発症を促進する可能性があるのではなかろうか。
(アセチルコリンと精神疾患に関する2013年に出された詳細なレビュー。一読の価値あり。)
避けるべき物質










 さらに、他にもSZの発症に結びつくと思われる物質がある。盲点はコーヒーに含まれるカフェインであろうか。カフェインはアデノシン拮抗剤として脳内では作用し、カフェインを過剰摂取すると不安が高まり、パニック発作を起すことがある程なのだが、カフェインは薬理作用としてドーパミンとグルタミン酸を放出することが知られている。この点からは、カフェインもSZのat-riskな個人では危険な物質となる可能性が高い。at-riskな個人ではコーヒーの過剰摂取も避けねばならないであろう。

 なお、タバコやコーヒーを併用するのは危険性を高めることになる。アルコールとタバコの併用はat-riskな個人では非常に危険であることは言うまでもない。

 酒もダメ、タバコもダメ、コーヒーも控えなきゃいけないなんて、そんな生活は全然楽しくないではないかとat-riskな個人からは言われそうだが、アルコールは飲めるけど飲酒はしないし、タバコも吸わないし、コーヒーも殆ど飲まないという嗜好品には頼らないようなライフスタイルの人は結構いるのではなかろうか。
caffeine











(2) 次に、社会経済的な側面について考えてみたい。

 都市部は農村部よりもSZの発症率が高いことが示されている。都市部にはいろんな劣悪で不利な要素が含まれており、インフルエンザなどの感染症に罹患し易いなどの多くの危険因子が絡んでいるのであろう。しかし、都市部での生活を1つの因子としてSZのat-riskな個人においては避けうるべきものとして考慮する必要がある。田舎でのんびり育つのが精神疾患の予防には一番良いことなのであろう。

 さらに、移民といった住む場所を移動するという行為も危険因子として同定されている。何度も引っ越して転校するという環境が大きく変わることは子供においては大きなストレスであり、可能な限り避けうるべきものなのかもしれない。私は親の仕事の関係で小学校を3回転校し4か所の小学校に通ったのだが、子供ながらに大きなストレスをいつも感じており、落ち着きのない子供であったのは確かである。転校の影響もあったのかもしれない。

 一方、かなり昔から、SZは低社会階層に多いという調査データが提示されている。SZを発症すると低社会層に落ちていき、SZの遺伝子を持つ子供が低社会層に生まれ、だんだんと低社会層にSZが蓄積していくからであろうというのが当時の考察であった。しかし、親から子への遺伝の影響が大きな比率を占めるであろうと考えれていた時代での考察であり、今では遺伝の影響は思った程は大きくないことが分かっており、以前のそういった考察は今では否定的である。にも係らず、未だに低社会階層はSZの危険性を増す環境因子であると多くの学者からそのように考えられている。低社会階層という生活環境では、十分な栄養や教育が受けられず、暴力や虐待、ドラッグやアルコール、不衛生な環境やワクチン不接種などによる感染症の危険性、等、多くの因子が絡んでいるためであろうが、おそらく、低社会層という事象の背景には貧困という最も大きな原因が存在しているのではと思われる。貧困なるが故に多くの不利益を被るため、低社会階層ではSZの発生率が高くなると言い変えることができよう。この観点からは、貧困対策が精神疾患の予防でも重要な項目になると思われる。精神疾患の予防のために国は貧困対策に力を入れるべきであろう。
(幼少時期の貧困とSZは関連性がある)
http://www.webmd.com/schizophrenia/news/20011101/schizophrenia-linked-to-childhood-poverty


(3) 幼少時期のトラウマを避けることも重要である。

 Morganらによって既に幼少時期のトラウマとSZとの関連性が詳しくレビューされているのではあるが(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2632300)、報告されているトラウマによる統合失調症の危険率の増加は3~7倍など様々ではあるが、幼少時期の身体的、精神的、性的虐待などによるトラウマと精神疾患との関連性が多くの調査で既に示されている。さらに、子供は大人より1.5倍もトラウマを受けやすいとも言われている。精神疾患を予防するためには、幼少時期のトラウマを避けることが非常に重要なのである。
http://serendip.brynmawr.edu/exchange/node/6894 
(幼少児時期のトラウマは多くの精神疾患と関連する) 
 臨床をしていると、小さい頃に「いじめ」に逢っていたというエピソードをSZの患者さんからよく耳にするのではあるが(小学生時代の「いじめ」が殆どである)、「いじめ」はat-riskな個人においては耐え難い極度の虐待として経験され、重度のトラウマとして脳に深く刻みこまれてしまうようである。SZを発症して10年、20年以上が経過していようとも、幼少時期の「いじめ」に逢った体験に未だに苦しんでいると話すSZの患者が実に多いのである(実際に、今、私が主治医をしている患者さんの多くがこのトラウマに苦しんでいる)。そして、幼少時期に「いじめ」に逢ったせいで、対人関係に常に自信が持てず、SZの自閉という傾向も加わって、社会的な孤立や引きこもりをいっそう加速させているように思える。また、幻聴などの幻覚と伴に幼少時期の「いじめ体験」がフラッシュバックのように蘇ると訴えるSZの患者さんも多い。幼少時期のトラウマが幻覚という症状に変化して本人を苦しめてしまうようだ。トラウマという負の体験記憶がSZに関連する神経回路を常に刺激しているのであろうか。これは実に悲しいことである。幼少時期に「いじめ」に逢わなければSZを発症しなかった可能性もあるのである。しかし、このトラウマに対する良い対処方法は未だに見出されてはいない。精神医学はトラウマに関しては現時点では無力なままである。精神疾患を本気で予防したいのであれば、国はもっと「いじめ対策」に力を入れなければならないであろう。
(幼少時期のトラウマは時間がたってもなかなか癒されない。↓)

 一方、SZの両親はhigh expressed emotionである(感情表出が激しい)という指摘が昔からなされている。SZのat-riskな個人ではそういった他者からの感情表出に脆弱となっており、特に、身内から激しい感情をぶつけられてしまうと精神的な虐待となって経験され易く、トラウマとして蓄積していき、SZの発症に結びつく可能性があるのかもしれない。同じSZのリスクを負った個人でも、家族(親だけでなく兄弟などの家族全員を含める)の接し方によっては帰結(発症する、発症しない)が異なることは十分にあり得るだろう。この点からは、at-riskな個人に対しては、特に家族は感情をむき出しにして怒ったり否定的な言葉を本人に浴びせることは絶対に避けねばならないと言える。逆に、精神科医療に携わる者は、SZの素因を有する個人においては他者からの激しい感情表出には脆弱であり、SZの発症に結びついた可能性があるという研究を、実際の精神科の臨床の場面に生かさねばならないであろう。
(精神科に従事する者は、患者さんに対しては激しい感情表出を避けねばならない。患者さんに対しては常に優しい言葉使いで接しなければならない。↓)。

 なお、生物学的な基盤としては、母性剥奪や社会的な敗北を意味するラットの動物モデルにおいて、中脳辺縁系のドーパミンが上昇することが示されており、幼少時期のトラウマによってドーパミンの基礎レベルが常に上昇している可能性が考えられうる。さらに、幼少時期のトラウマによりDNAのメチル化の除去が阻害され、ストレスへの脆弱性も亢進することが示されている(この影響で視床下部-下垂体-副腎軸・HPA軸が機能不全になる等、(関連ブログ2013年4月16日)。さらに、幼少時期のトラウマによって海馬の容積も減少することが示されている。幼少時期にトラウマを受ければ生物学的にストレスに対してさらに脆弱となり、SZへの発症のリスクをいっそう高めてしまうことになろう。

 しかし、トラウマは癒される可能性もある。「いじめ」を受けた後にどのような社会的なサポートや他者からのサポートを受けれるかが鍵となろう。「いじめ」を受けたことで生じたトラウマも、親や家族や友人や教師からの言葉や愛情によって支えられ、トラウマは癒えていく可能性があると考えられている。避けるべきは孤立である。孤立していたら社会的なサポートや他者からのサポートは受けれない。しかし、孤立を防ぐのは周囲の人間の役割に委ねられる。「いじめ」の被害者本人に任せていてはいけない。周囲の人間が「いじめ」に逢っている子供や虐待を受けている子供に対して、常に関心を抱いていかねばならない。それ以外には良い方法はないであろう。親や家族や友人や教師を含めた他者との会話は社会的なサポートとして重要であり、その意味からは親や教師などの大人達が「いじめ」や虐待に無関心であることを一番に避けねばならない。親や教師などの大人達が、子供同士の「いじめ」によるトラウマの被害を予防する最前線の防波堤として機能しなければならないのである。しかし、官僚主義に陥っている教育委員会が牛耳っているような今の教育制度では、学校におけるいじめは防止できないようである。行政に期待していても後手にまわるだけである。せめて親として、我が子との会話スキンシップを絶やさないようにして、少しでも大きなトラウマにならないようにしていくことしかできないのかもしれない。赤ん坊の頃は抱き癖がつくまで親が抱っこしてあげて、小学生を卒業するまでの間はぎゅーっと我が子を抱きしめてあげて、親子の会話やスキンシップを絶やさずに育ててあげることが大切であろう。ラットでも、親とのスキンシップによって子のDNAのメチル化の除去が促進されることが示されているのだから。
スキンシップの子への効果





















(4) 感染症(特にSZと関連する病原体)を防止する

 この点に関しては、これまでのブログで述べているため今回は詳細を述べることは省略する。SZの患者で抗体価との関連が報告された病原体は、トキソプラズマ、サイトメガロなどの病原体があるが、しかし、病原体を駆除するような抗ウイルス剤や抗生剤や駆虫剤を投与してもSZの症状はもはや改善することはなく、感染が原因であろうと推測されているSZのケースでは、たとえ感染が後天的であったとしても、現在の医学レベルでは無力であり、感染を予防するしかないのが現状である(後天的な感染症ならば何とかなりそうには思えるのだが、そうはいかないのが現状である)。なお、病原体の遺伝子がコードするタンパク質とSZの候補遺伝子(DISC1、NRG1、RGS4、dysbindin、など)がコードするタンパク質とがインターラクトームを形成し、そういった現象がSZを発症に導く可能性が指摘されているのではあるが、詳細は↓に示されたHPやレビューを参考して頂きたい。
(この下の論文は一読に値する。精神疾患の候補遺伝子がいかにして病原体と相互作用を及ぼしてしまうのかが分子生物学的に詳しく解説されている。)

 その他の注意事項として、今回の論文では示されていないが、SZの発症のリスクを増加させてしまう大きな因子になり得ると思われることについて私なりに述べてみたい。
 

(5) 睡眠を十分に取る。睡眠不足を避ける。

 at-riskの個人においては睡眠不足にならないようにする必要がある。大学生ともなれば夜更かしは自由であり、夜遅くまで遊んでいたり、インターネットやゲームをしたり、徹夜をして睡眠不足となるような乱れた生活になる学生も多いのではなかろうか。しかし、こういった睡眠不足という状況は、SZのat-riskの個人においては極めて危険なものと思われる。なぜならば、睡眠不足のラットのモデルでは、海馬や大脳皮質におけるグルタミン酸が増加し、逆にGABAが減少することが示されているからである。覚醒時の脳が使用するエネルギーの75%はグルタミン酸の神経伝達に使用される。逆に、睡眠と伴にグルタミン酸の神経伝達に費やされるエネルギーは低下する。従って、睡眠時間を削って覚醒を長く維持すればするほどシナプス間隙のグルタミン酸は増加していくことになる。さらに、マイクロアレイによる分析によっても覚醒中にグルタミン酸の神経伝達に関与する遺伝子がアップレギュレートすることが分かっている。眠らずに徹夜をすればグルタミン酸の神経伝達が亢進していくことは確実である。ラットにおける所見ではあるが、このような事象は人間においても同様であろう。夜更かしの習慣はat-riskの個人においてはSZの発症を促進する恐れがあり、絶対に避けなければならないライフスタイルだと言える。

 睡眠不足、睡眠遮断。これはat-riskの個人においては非常に危険である。1回の徹夜でも脳内のグルタミン酸が閾値を超えてしまいSZを発症させるかもしれないのである。
slee-gene






















(6)プロセス依存的なライフスタイルを避ける

 プロセス依存的なライフスタイルはドーパミンのレベルを増加させることが分かっている。まず、むちゃ食い(過食)は線状体のドーパミンの放出を刺激することが示されている。過食をするライフスタイルは避けねばならないであろう。さらに、以前のブログで述べたように、ゲーム中毒やインターネット中毒もドーパミンのレベルを上げる。プロセス依存的なライフスタイルを避けることもSZのat-riskの個人においては発症を予防する上で重要と思われる。徹夜でゲームをし続けることはSZの発症に結びつく極めて危険な行為となろう。


(7)運動不足を避ける。有酸素運動を習慣化する。

 SZを発症した後の研究論文ではあるが、有酸素運動は、SZの患者の海馬におけるシナプスの可塑性を増し、海馬の容積を増加させる効果が示されている。at-riskの個人では海馬の容積が健常者よりも小さくなっており、生物学的な脆弱性を表す表現型であろうと考えられている。SZを発症した後においても有酸素運動は効果があり、健常者でも有酸素運動の海馬への効果は既に示されており、SZを発症する前の有酸素運動は、発症後よりもさらに効果が期待できるものと思われる。有酸素運動を習慣化し海馬の容積を少しでも健常者のサイズに近づけておくことは、脆弱性を克服していくことに結びつき、SZの発症予防においては重要なこととなろう。
http://archpsyc.jamanetwork.com/article.aspx?articleid=210578
有酸素運動


















(8) ω3脂肪酸が多く含まれる青魚を食事で摂る

 at-riskにある個人へのω3脂肪酸の発症予防効果が多くの論文で示されている。at-riskにあると思われる場合はω3脂肪酸が多く含まれている青魚(いわし、さば、さんま、など)を欠かさずに食べるライフスタイルにしておくことが大切である。最近は日本でも肉食が増え、その分、精神疾患も昔よりも増えているのかもしれない。
(ω3脂肪酸にてSZの2割のケースは発症を予防できるだろう) 
http://archpsyc.jamanetwork.com/article.aspx?articleid=210554
ω3脂肪酸の予防効果
















以上、精神疾患を、特に統合失調症の発病を予防していく上で、現時点で考えられうることを列挙してみた。

 母親が妊娠中に(特に妊娠早期に)感染し発熱をした経過を有する子はSZのat-riskにあると同定すべきである。しかし、ライフスタイルに注意していけば生涯にわたって発症を予防できるかもしれないと私は考えている。(1)~(8)以外にも、大気汚染、有害食品添加物、鉛などの有害金属、等の環境要因として注意すべきことは多々あろうが、今回述べたことが発症予防に少しでも役に立てれば幸いである。

 

統合失調症の発症予防のために海馬におけるグルタミン酸の増加を抑制せよ

 前回のブログで妊娠中にインフルエンザに感染すると子の海馬の遺伝子発現が変化し、海馬の組織学的構造が障害されるという論文を紹介したが、今回は、そのような変化が、次の段階として、どのように統合失調症へと発展していくかという1つの仮説を提示した論文があるので紹介したい。

 結論から述べると、海馬に生じた変化に、ストレスなどのエピジェネティックな要因が加わると、海馬におけるグルタミン酸神経伝達の過剰が生じ、それが統合失調症の発症に結びつくことになるという仮説(グルタミン仮説の1つの形)である。

すなわち、

(A) インフルエンザ感染によって母体がサイトカインを産生する。このサイトカインが胎盤を障害し、さらに、子の遺伝子発現にも悪影響を及ぼし、正常な海馬の組織構造が構築されなくなる。
(CA1や歯状回における海馬ニューロンの組織構造の変化。妊娠中のインフルエンザ感染によって海馬における神経発達が確実に障害される。↓)。
http://www.jneurosci.org/content/32/12/3958.full

(B) この結果、海馬では(前頭前皮質でも同様な現象が生じるようなのだが)、神経細胞数の減少をきたす。(→マクロ的には海馬容積の減少という形で表現される)。特に、パルブアルブミン陽性(PV)ニューロンGABA作動性の抑制系の介在ニューロンの細胞数が減少する。そのためGABA作動性ネットワークの形成不全をきたす。GABAはグルタミン酸系の興奮性の神経伝達システムに介入し、介在ニューロンとしてグルタミン作動神経と接続し抑制するようなフィードバックループを形成し、広範囲な脳におけるグルタミン酸系機能の微調整をしている。このGABA介在ニューロンは神経活動の同調性を維持する上で重要な役割を果たしている。しかし、インフルエンザ感染の影響によって、このGABA介在ニューロンによるフィードバック調節システムが十分に発達しなくなる。このためGABA/グルタミン酸神経伝達の不均衡な状態となる。

GABA-iterneuron-SZ












 この状況は、GABA介在ニューロンによる抑制がかからなくなるため、グルタミン作動性の興奮性出力が過剰な状態になり易い状況となっている。これは、下流に位置する腹側被蓋野(VTA)のドーパミン作動性神経を介し、線状体のドーパミンが容易に増加されてしまうことを意味する。さらに、NMDA受容体の機能不全も関与し、GABA作動性神経上に存在するMNDA受容体の機能が低下(減少?)しているため、ますますGABA介在ニューロンからのフィードバック機能を低下させてしまうという事態を招くことになる。前回のブログで触れたように、ラットの母体へのインフルエンザの感染実験結果では海馬などのGABA受容体のmRNAの発現が低下しているため、グルタミン酸作動神経上に存在するGABA受容体の数も低下している可能性がある。(上図を参照)

NMDAhypofunction






















(C) さらに、母体がストレスへの反応として産生したグルココルチコイドによる影響で胎児の海馬のグルココルチコイド受容体の発現抑制も加わる。この現象によって、生まれた子は視床下部-下垂体-副腎(HPA)軸のストレス反応に対する抑制性のフィードバックがかかりにくくなり、ストレスなどのエピジェネティックな要因に脆弱となっている。
http://www.nature.com/npp/journal/v35/n8/full/npp201031a.html
SZ-GR
















 強いストレス状況下ではグルタミン酸興奮性神経伝達が過剰となり、健常ならばネガティブフィードバックがかかるが、HPA軸へのネガティブフィードバックがかかりにくいことも災いして、だんだんとグルタミン酸興奮性神経伝達の過剰が極限に達していく。

(D) グルタミン酸興奮性神経伝達がある閾値を超えると、統合失調症の症状を呈するレベルのドーパミン神経伝達の過剰が始まり、これは不可逆的な神経細胞死を招く現象となる。

(A)→(B)→(C)→(D)という仮説である。

 この一連の流れからは、(B)の段階であるグルタミン酸神経伝達の亢進を抑制することで統合失調症の発病予防が可能になるものと思われる。今回の論文はこの点に触れた注目すべき論文である。


統合失調症のリスクを有する個人への予防的なメカニズムのアプローチ
「A Mechanistic Approach to Preventing Schizophrenia in At-Risk Individuals」
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/23583102
(全文のPDF) 

序文

 Schobelらは 2013年の雑誌「Neuron」で発表した論文で 、統合失調症(SZ)を発症する高いリスクのある人においては、過剰な海馬のグルタミン酸が精神病への変化を引き起こすかもしれないと報告した。 それらのデータには、予防戦略の意味が含まれており、なぜストレスが統合失調症への変化を促進させるさせるかの理由が述べられている。

 (ここで補足しておくと、このSchobelらの論文の要旨は次の通りである。統合失調症のat-riskにある若い25人の経過を追った。統合失調症を発病した患者のケースでは、海馬のCA1領域から細胞外のグルタミン酸の増加が始まり鉤状回へと拡大した。その後、海馬は萎縮し始めた。ベースラインでのグルタミン酸の代謝亢進は、CA1領域において最も顕著であり、精神病へと進行と海馬の萎縮を予測可能にする所見であった。そこで、海馬のグルタミン酸の増加が海馬の変化につながったかどうかを確認するために、マウスでケタミンとを使用して統合失調症のモデルを作成した。マウスのグルタミン酸の活性を増加させたときに、研究者は患者と同じパターンを海馬で見出した。すなわち、海馬のグルタミン酸の代謝亢進が繰り返しなされ代謝亢進が基底の状態となった時に、介在ニューロンであるパルブアルブミン発現ニューロン(=GABA作動性ニューロン)における萎縮が同時に始まり海馬は萎縮し始めた。この論文は海馬におけるグルタミン酸の増加が統合失調症のドライバーとなることを証明した論文である。

本文

 遺伝子、脳イメージング、死後組織の分子生物学的分析の近年の進歩は、統合失調症(SZ)の原因と病態生理に関連した身体の情報の多くを得ることに貢献した。しかし、情報は知識に過ぎず、この蓄積された情報と共に、私たちは統合失調症の遺伝子と非遺伝子的な要因が多く存在し複雑であることに熟考しなければならなくなった。我々は SZに関しては楽観視ができなくなり、SZの治療を見つけることができると思うことや、これまでの抗精神病薬よりももっと効果的なものを提供できると思うことが、だんだんとできなくなってきている。さらに、SZはパーキンソン病やアルツハイマー病といった他の脳疾患と似ており、SZの行動異常などの症状自体が中枢神経における不可逆的なダメージの存在を意味しているのではと考えざるを得なくなってきている。この疾患の予後を改善するための最良の選択枝の1つは疾患への進行(発病)を防ぐことである。

  この10年間で、統合失調症の臨床フィールドは、メルボルン大学のMcGorryとYung、イエール大学のMcGlashanとMillerらによる業績によって、精神病を発病する可能性が高いと想定されるSZの前駆期にある個人(at-riskな個人)を同定する方向に進歩した。この業績の大きな意義は、個々のSZの臨床的帰結を同定することで、精神病の危険因子を同定することができるようになることである。危険因子の同定は、at-riskにある個人にマルチモーダルな非侵襲的方法を使用することで、精神病の前段階や移行時期における脳に生じている変化の特徴を明らかにし、適切な動物モデルを使用して背後に潜んでいる生物学な機序を明らかにすることで可能となる。安全に、かつ、効果的に、精神病を発症しつつある個人に予防介入するためには、発病のメカニズムに関する知識が必要である。

 Schobelら(2013年)が雑誌「ニューロン」で発表した論文は、統合失調症の介入への戦略に焦点をあてたニューウェーブな研究として注目したい。at-riskな個人では、精神病を発病しつつある時期に、海馬の代謝亢進と海馬の萎縮が存在するという、空間と時間における一致したパターンがSchobelらの縦断的な研究によって同定された。著者らは、海馬で同じような破綻のパターンを示す動物モデルを作成し、代謝亢進から萎縮という進行につながるグルタミン酸の利用亢進という精神病に関連した潜在的なメカニズムを同定した。これらのデータからは、グルタミン酸を減少させるような介入が、統合失調症のat-riskにある個人の精神病への移行を防止できるかもしれない

 さらに、Schobelらによる臨床調査の結果(2013)は、海馬と線状体との神経リンクが線条体のドーパミンを上昇させ、SZの前駆症状のサインや精神病への移行につながるというSZの発症メカニズムの洞察につながる。Stoneら(2010年)は、SZのハイリスクな個体における海馬のグルタミン酸レベルの上昇や線条体のドーパミンレベルの上昇を報告した。Schobelらによる発見(2013年)は、海馬のグルタミン酸の上昇と局所的な海馬の相対的な萎縮があれば、精神病への移行につながるドーパミンの異常を引き起こす可能性があることを示唆している。動物モデルと人間の死後の研究から、統合失調症の病態生理変化として、皮質や海馬におけるグルタミン酸が長期間にわたり過剰になっていることが示された。シナプスにおけるグルタミン酸の機能亢進という概念は、グルタミン酸神経伝達や統合失調症におけるこれまでの伝統的な見地に反するような考えではあるが、多くの臨床所見に一致するため、そのメカニズムは受け入れられるようになった。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/20638047 

 理論的には、グルタミン酸の機能亢進は、疾患の原因となる遺伝子が様々に異なっていても共通の経路として存在することができ、皮質や海馬の萎縮を招くアポトーシスを含む神経毒性のプロセスにも一致する。メカニズムの見地からは、グルタミン酸の過剰は、GABA介在ニューロンの機能低下に対する適応的な変化であるというSZの死後脳で観察されたような他の病態生理所見や、ドーパミン・ニューロンは海馬や皮質のグルタミン酸神経からの投射を受けているためドーパミン神経伝達の亢進という事象が生じるのだと説明する上で役に立つ。これらの所見に基づいて、調節的なメカニズムを介しての、例えば、グループⅡ代謝型グルタミン受容体(mGlu2)のアゴニストのようなものを介して統合失調症のグルタミン酸神経伝達を減少させるという試みは今後10年間における重要な課題になろう。

 グルタミン酸の機能亢進を減少させるというアプローチは、慢性的な状態にある精神病の患者を治療する上では長期間の有効性はないかもしれないが、Schobelらの研究は、SZのハイリスクにある個人への予防的なアプローチとしては有益であるかもしれないと示唆する。グルタミン酸の過剰は at-riskの個体の病因になるかもしれないし、なぜ最初の精神病のエピソードがストレスへの反応として表現され易いのかを説明できるメカニズムを提供できるかもしれない。海馬や前頭前皮質の細胞外のグルタミン酸のレベルはストレスに対して敏感である。健常な状態では、ストレスによって引き起こされたグルタミン酸は、数分以内にシナプス間隙から取り除かれる
(さらに、健常者では海馬のグルタミン酸と線状体でのドーパミン再取り込みには相関関係が認められなかったが、at-riskな被験者では負の相関関係を認めた。すなわち、at-riskな個体では、グルタミン酸が増えるとシナプス間隙のドーパミンが容易に過剰になる可能性が高い。)

 しかし、もし、統合失調症への遺伝子的な疾病素因が細胞外液のグルタミン酸の濃度を増加させることによって、亢進したグルタミン酸神経伝達のトーンを伝達するのであれば、ストレスへの暴露やグルタミン酸の増加は ある閾値を超えた場合は、興奮性細胞死という結果につながることになろう。グルタミン酸作動性神経とストレスとのリンクは、予防介入としての非薬理学なアプローチに真剣に取り組まねばならないことを示唆する(下図)。
Glutamate













 認知トレーニングが早期の段階で試みられるようになったが(Addington and Heinssen、2012年)、ストレスへの反応性や不安を軽減させるような、認知トレーニングよりももっと効果的で包括的なアプローチが早期の時期に意図されねばならない。前駆期におけるグルタミン酸の過剰は酸化ストレスや神経の炎症に結びつく(Kaur and Cadenhead、 2010年)。炎症に関連したメカニズムをターゲットとした対処方法、例えば、食事によるω3脂肪酸の摂取は、毎日持続して摂取されることはないし、慢性期における治療的な効果はないのかもしれないが、at-riskな個人が精神病に移行することを減少させる上で予防的な効果はあるように思える。
(Kaur and Cadenheadの論文↓)
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3136161/ 

 一方、通常の抗精神病薬による対処方法では、at-riskな個人が精神病に移行することを予防する効果はないように思える。ケタミンにて誘発されたグルタミン酸放出の動物モデルでは、前駆期のような海馬における代謝亢進を誘導したが、抗精神病薬ではこの現象に拮抗する効果がなかったことは予想された通りであった。同じ動物モデルにおいて、クロザピンを含む抗精神病薬はグルタミン酸の放出増加を逆転させる効果はないことが分かった。さらに、抗精神病薬は細胞外のグルタミン酸を増加させうることが分かっている (Daly and Moghaddam, 1993年)。はっきり言えば、慢性期にある患者への抗精神病薬の使用はグルタミン酸の放出という有害な事象には影響を及ぼさないように思えるが、Schobelらは(2013年)、グルタミン酸の過剰が疾患へと導くことを示し、抗精神病薬の使用が逆に発症を加速させてしまうことになるため、前駆期での抗精神病薬の使用は避けるべきであると結論づけた。

 予防戦略は今や統合失調症治療の大きな分野となっている。予防には神経学的見地も含まれる。統合失調症もアルツハイマー病のような脳疾患であり、推奨されうる食事やライフスタイルが疾患の予防を可能にし、疾患の進行を減少させるであろうという考えが主流になってきている。SZへの移行のハイリスクにある個人の早期の同定は、統合失調症の予防的対策を確実に前進させるであろう。これまでの研究によって、前駆期や初回のエピソード中にある患者は慢性期の患者とは病態生理が異なることが示され (Kaur and Cadenhead, 2010年)、従来の抗精神病薬を使用した早期の介入は効果がないどころか、逆に結果を悪くさせるだけであろう。このことは、Schobelらが試みたように縦断的にメカニズム的に変換されねばならない。特に、SZのハイリスクにある個人の精神病を予防する戦略のデザインに生かされることが重要である。

(論文終わり)

 なお、前回のインフルエンザ感染症に関するブログで触れたように、インフルエンザ感染症(母体が産生するサイトカイン)によって子の海馬におけるGABA受容体遺伝子の発現自体が阻害されることは確実である。海馬のGABA受容体遺伝子の発現低下は介在ニューロンの細胞数の低下を強く意味する所見かもしれない。

 一方、海馬だけでなくmPFCなどの前頭前皮質のグルタミン酸(代謝型グルタミン酸受容体mGluRsを含む)もVTAを経由して線状体のドーパミン神経とリンクしており、前頭前皮質のグルタミン酸とSZとの関連性が海馬同様に指摘されている。前頭前皮質においても海馬と同様に、グルタミン酸作動性神経の活動が線状体のドーパミンを増加させ、介在ニューロンであるPV(GABA作動性)ニューロンの活動がドーパミンを減少させる重要な機能を有するようである。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3090452/ 

DLPFC
















 いずれにせよ、脳内のグルタミン酸の増加を抑え、GABAの低下を防ぐことがSZの発症予防では重要な鍵となるものと思われる。下の図は簡略化した図ではあるが、この図を見ればGABAとグルタミン酸とドーパミンの関係が理解し易いであろう(実際には、GABA介在ニューロンは、もっと複雑な神経回路網を形成しており、視床などからの投射も加わり、さらに、グルタミン酸受容体は多くの種類に分かれ、関与する神経伝達物質もGABAやグルタミン酸以外にも、カンナビノイド{シナプス前部神経終末に存在するCB1受容体}、グルココルチコイド、CCK、アセチルコリン、オピオイドなども関与しており、その全容はまだ殆ど分かってはいないのが現状である。)
http://www.jneurosci.org/content/25/42/9782.full
http://www.nature.com/npp/journal/v35/n8/full/npp201031a.html 
 このような一連の所見からは、グルタミン酸神経伝達系に作用する新しい薬剤の発売が待たれるのではあるが、現在、グルタミン酸神経伝達系に作用する何種類かの薬剤が開発・治験中である。

 イーライ・リリー社のLY2140023が有名であるが、論文で発表されたフェーズ2の治験結果は芳しくなかったようだ。しかし、現在フェーズ3にまで突入しており、最終段階までにこぎつけて発売に至ることを期待したい。

 一方、イーライ・リリー社は苦戦しているようであるが、ロッシュ社が治験中のグリシントランスポーター阻害剤(RG1678)は治験が順調に進んでいるようであり、このまま順調に治験が進めば2015年頃に発売される予定である。

 なお、グルタミン酸受容体やグルタミン酸神経伝達系をターゲットにした新しい抗精神病薬に関するレビューは下の論文が詳しい。興味がある方は一読されたし。一読する価値はあるレビューである。
glutamate-Rs














 さらに、DNA脱メチル化を誘導するようなヒストンデアセチラーゼ(HDAC)阻害作用を有するバルプロ酸のような薬剤も、GABA作動性遺伝子のプロモーター部位のメチル化を減少させることができるため、統合失調症へのat-riskなケースだけでなく、双極性障害へのat-riskなケースにも予防効果が期待できる薬剤になる可能性があることを付け加えておく。

 以前のブログで述べたように、ω3脂肪酸リチウムは既にSZのハイリスクにある個人への予防効果が示されている。重要なことは、第2世代も含めた抗精神病薬を発病していないケースに予防的な目的で投与しないことであろう。紹介された論文では、逆にSZへの発病が促進されてしまうという恐ろしい結果を招いてしまうだろうと警告されている。

 その他、SZのハイリスクの個人に発症予防効果が期待できる物質としては、グリシンが想定されているが、グリシンはBBBの通過性が悪く、大量に摂取しないと効果が発揮できないようである。味の素から休息を促進させるサプリメントとして「グリナ」というグリシン製剤が発売されているが、1包に含まれるグリシンは3gであり、効果の程はあるのだろうかと疑っている。
(統合失調症のNMDA機能障害仮説からみたグリシン治療の可能性についての解説。グリシンは1日15gから初めて最終的には1日に60gという大量投与での臨床試験が試みられている。)
(グリナのHP。値段が高いぞ。30本で6000円もする。もっと安くせよ。もっと1包の用量を増やすべきである。)

 私は、既に3年くらい前から統合失調症にも抑肝散をよく使用している。なぜならば、抑肝散は既にグルタミン酸の放出を抑制する作用があることが分かっているからである。悲しいことにグルタミン酸の放出を抑制する薬剤で使用できるものは抑肝散しかない。グルタミン酸の放出を抑制する目的で処方しようとなると漢方薬の抑肝散を使用せざるを得ない。私はもっぱら陽性症状がなかなか改善せず長期入院を余儀なくされているような薬剤抵抗性の統合失調のケースを対象に抑肝散を使用しているのではあるが、すぐには効果は出ないものの、じわじわと効果が発揮され、投与後2・3週頃からは効果が見られるようになり、最終的には幻覚・妄想も軽減し穏やかで安定した状態となる。抑肝散を併用使用した症例では、抗精神病薬を増量せずとも殆どのケースで効果が認められたように思える。効果発現までに1か月くらいを要する場合もあるため、入院期間が1か月以内に限定されてしまっているような精神科スーパー救急病棟では抑肝散が使用されることはないであろう(薬剤選択の上でも精神科スーパー救急病棟は無意味であることは言うまでもない。こんなシステムは早く廃止すべきである。)。抑肝散単独では効果は全くなく、あくまで併用使用をしなければならないのは当然であるが、しかし、抑肝散のグルタミン酸の放出を抑制する薬理作用からは、抑肝散の単独使用でも、発病には至っていない前駆期にある統合失調症のat-riskな個人への発症予防効果を示すのではと私は期待しているのであった。


 最後に、薬剤だけでは、SZにat-riskになっている個人の発症を予防するのは困難であり、ストレス防止などの環境要因への対策も必ず必要となろう。具体的にはどのような点に注意すればいいのであろうか・・・。

(次回に続く)

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