双極性障害BPDは、脱髄性疾患である多発性硬化症MSと共通する疾患メカニズム(ミエリンの欠乏)を持つという論文があったので紹介する(なお、統合失調症SZや大うつ病MDDにおいても同様らしい。)

 もし、この論文が事実であれば恐怖である。なぜならば、脳の神経細胞の軸索のミエリン形成が障害され、だんだんとミエリンが減っていくということは、脳が猿と同じような脳のミエリンの密度に近づくことを意味するからである。そうならないように、神経はしっかりと保護されねばならない。精神科医は、患者に対して人としての脳の成熟過程やミエリン形成までをも考慮した治療はしないだろう。症状が緩和されればそれで十分に使命は果たしたと満足してしまうであろう。しかし、背後には神経(ミエリン)の進行性の変化が潜んでいるのかもしれないのである。自分の脳は自分で守らねばならない。常に神経への栄養素や神経保護作用がある物質を自身で補給しておかねばならない。医師をあてにしていてはいけない。肉を好んで食べる人は人間の生涯にわたってミエリンの材料となる重要な物質であるω3脂肪酸が不足するであろう。常に食生活に気を付けて、魚を食べる回数が少なくなるような食生活を避けねばならない。
(ミエリンについては↓)
 
 なお、この論文で示されているような、ミトコンドリア仮説酸化ストレス仮説炎症仮説は、現在、BPDでは有力な仮説になってきており、さらに調査が進められている。BPDにおける抗酸化剤や抗炎症剤の臨床試験も始まっている。

双極性障害におけるミトコンドリア、オリゴデンドロサイトと炎症:多発性硬化症のトランスクリプトーム研究から類似点の根拠
「Mitochondria, oligodendrocytes and inflammation in bipolar disorder: evidence from transcriptome studies points to intriguing parallels with multiple sclerosis」
 大うつ病性障害(MDD)、統合失調症(SZ)、双極性障害(BPD)は共通する臨床症状を持つことがあり、分子生物学や遺伝子研究から得られた知見では、これらの疾患の間には重複した疾患のメカニズムがあることが示されている。関与する遺伝子が重複するという事実は当然の事実であると受け入れた時、次に成されるべきことはトランスクリプトームtranscriptomeの視点からの研究になろう。我々がBPDのトランスクリプトームな研究から得られたことは、次の3つであった。異常な生体エネルギー機能abnormal bioenergetic function、ミエリン欠乏myelin deficiencies、免疫系の活性亢進increased activity of the immune systemである。この3つの異常は多発性硬化症MSのモデルと同じである。従って、我々はMSの特定の実験モデルはBPDの研究のために使用できる可能性があると結論する。
(トランスクリプトームについては↓を参照のこと。トランスクリプトームとは、細胞中に存在する全てのmRNAを意味するが、個体が有するDNAはどの臓器でも同じだが、DNAが翻訳されて発現しているmRNAは臓器によって異なる。)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%83%97%E3%83%88%E3%83%BC%E3%83%A0

 人の遺伝子発現プロファイリングのための脳標本の入手には大きな制約がある。保管方法、死因、プロファイリングする上で不利な死後イベント、様々な医療介入、高齢化したサンプル、他の疾患の併存、処方薬への曝露、食物嗜好、喫煙習慣などのファクターによって遺伝子発現プロファイリングには制約がかかってしまう。いいサンプルは入手し難い。死後脳の遺伝子発現プロファイリングでは疾患の本質を知ることはできないだろう。この制約をクリアするには動物モデルを活用するしかない。
 
 ヒトゲノムを解析することは、精神障害のより良き理解を可能にし新たな希望につながった。しかし、ゲノムは臓器によって発現は異なる。構造や機能の異常を理解するにはゲノムが翻訳されmRNAとして発現された状態(=トランスクリプトーム)を調べる必要がある。トランスクリプトームは、これまではマイクロアレイを用いて研究されてきた。特に、多遺伝子疾患の研究ではマイクロアレイが威力を発揮する(論文でのマイクロアレイの手法に関する説明は省略する。マイクロアレイに関しては↓を参照のこと)。
http://ja.wikipedia.org/wiki/DNA%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%82%AF%E3%83%AD%E3%82%A2%E3%83%AC%E3%82%A4

 トランスクリプトームを調べればBPDの根本的な病因の解明につながであろう。ミトコンドリア遺伝子のmRNA転写のダウンレギュレーションは、ミトコンドリア自体の損失、ミトコンドリアを多く持つ細胞の損失を示している可能性がある。ミトコンドリアでは、ヒストンの修飾とDNAメチル化といったエピジェネティックなメカニズムによって、発現遺伝子を適正に調節するはずのマスタースイッチ(=調節遺伝子)の機能不全によってBPDとしての病態が生じてくるのであろう。
 
 BPDの病因はこれまで、セロトニンやノルエピネフリンなどの神経伝達物質、グルココルチコイド、GSK3βといった細胞内伝達経路に焦点が当てられて調査されていた。それぞれの研究でBPDに関与しているような所見が提示された。しかし、脳全体の広範にわたる病理所見を説明することはできなかった。一方、トランスクリプトームによる遺伝子発現の調査では、ミトコンドリアミエリン免疫機能という3つの発見がなされた。この3つによって、これまでの仮説では説明できなかった脳全体の広範にわたる病理所見を説明が可能となった。
 
 BPDにおいてはミトコンドリア遺伝子の異常がある。BPDにおける遺伝子やタンパク質の発現プロファイルからは、ミトコンドリアの機能に関連したmRNAやタンパク質の発現減少が示された。酸化的リン酸化(OXPHOS)の減少などである。それらの所見は、前頭前皮質PFC(ブロードマンの9野、46野)、海馬、リンパ芽球細胞lymphoblastoid cellで観察された。OXPHOSの低下は、ATPレベルの低下、ATP依存性イオンポンプ、例えばNa+/K+-ATPaseの速度低下を意味し、膜電位の低下hypopolarizationへと向かう。その結果、神経伝達物質が放出され、再取り込みも遅延される。ATPの減少は脳虚血モデルでグルタミン酸毒性が生じ、細胞死につながることが示されている(PFCや海馬はミトコンドリア遺伝子のモザイク効果によって障害を受け易いのだろうか?)。
ミトコンドリア・モザイク







 
 死後のストレスによって生じる低pHの問題は混乱を引き起こす。そのためpH値にマッチさせた試料によるトランスクリプトーム研究が成されねばならない。pH値にマッチさせた場合でも、BPDとSZの死後脳におけるミトコンドリア遺伝子のダウンレギュレーションがPFCで観察された。培養リンパ球における実験では、グルコースの剥奪によってミトコンドリアの電子伝達系のmRNAは健常者ではアップレギュレーションしたのに対して、BPD被験者のリンパ球においてはダウンレギュレーションが生じた。この所見は、BPDでは、OXPHOS遺伝子の発現が障害され、グルコース不足時に生体エネルギーの産生を適切に調節できないことを示す。

BPDのOXPHOS減少



 
 
 古典的なミトコンドリア病(MERRF症候群、電子伝達鎖欠乏症)では精神病やうつ病を呈しSZやBPDと誤診されることがある。古典的なミトコンドリア病の原因はミトコンドリアDNAの変異による。一方、薬剤もミトコンドリアに影響を与える。第一世代の抗精神病薬はミトコンドリアに負の影響を及ぼすが、気分安定剤はストレス状況下のミトコンドリアに対して保護作用を示した。海馬の遺伝子発現の研究では、ミトコンドリア遺伝子のダウンレギュレーションはBPDに限定され、SZでは観察されなかった。これらの違いは、BPDとSZの脳の領域における特異性の結果であるか、あるいは、SZの海馬における偽陰性やPFCにおける偽陽性所見の結果である可能性がある(さらに調査が必要である)。
 
 BPDではオリゴデンドロサイトのマーカーに異常なパターンを示す。オリゴデンドロサイトは、軸索をミエリン鞘にて長距離にわたり絶縁し白質経路の形成に寄与している。BPDではオリゴデンドロサイトに特異的なmRNAの発現がダウンレギュレートしていることが判明した。PFC(ブロードマン9野)の遺伝子発現プロファイリングでは、オリゴデンドロサイトおよびミエリンに特異的な遺伝子の減少を示した。そしてSZでも同じような所見が重複して認められた。BPDとSZでの遺伝子の重複度は高かった。さらに大うつ病MDDでは側頭皮質(ブロードマン21野)で同様の所見を認めた。MDDはSZとBPDと共通のオリゴデンドログリアの異常を共有すると結論付けられた。BPD、SZ、MDDにおけるミエリン(=大脳の白質)の異常は、MRI検査による拡散テンソルイメージの所見によっても観察されている。

 オリゴデンドロサイトの異常はBPDという病態の全ての鍵ではないかもしれないが、病態との因果関係がある可能性はあり得る。例えば、BPD、MDD、不安障害と同じような精神症状の発生率の増加は、中枢神経系の炎症性疾患である多発性硬化症MSで高率に認められ、MSでは主な病理所見は脱髄である。さらに、ニューレグリン(NRG)、これはオリゴデンドロサイトによるミエリン形成に関与する遺伝子であるが、BPDとSZための疾患関連遺伝子の1つである。NRGは、EGFファミリーに属する(ErbBレセプターチロシンキナーゼに作用する)。ErbBのシグナル伝達を喪失させたトランスジェニックマウスでは、オリゴデンドロサイトの数と形態を変化させ、ドーパミン受容体とトランスポーターのレベルが上昇し、精神障害的な行動の変化を示した。NRG遺伝子はSZで一番調べられているが、BPDでもNRG1のハプロタイプとの関連が示されている。ミエリンの欠乏は精神疾患から生じた結果であるか、あるいは、精神疾患を引き起こす可能性がある。白質の線維束は大脳半球や脳の各部位を接続している。ミエリン欠乏による接続の破綻がBPDの臨床症状と関連していると我々は仮定している。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%97%E3%83%AD%E3%82%BF%E3%82%A4%E3%83%97

 BPDは炎症プロセスとも関連している。BPD被験者のPFC(9野)と眼窩前頭皮質(11野)におけるトランスクリプトーム解析では免疫応答遺伝子のアップレギュレーションが観察された。同様の所見がSZでもPFC(46野)でも観察された。MDDのPFC(10野)でも同様に免疫応答遺伝子はアップレギュレーションしていた。このような免疫応答遺伝子のアップレギュレーションは病気の期間が関係している可能性がある。BPD患者の単球、親がBPDの子も免疫応答遺伝子はアップレギュレーションしていた。一卵性双生児と二卵性双生児における免疫応答遺伝子発現の調査からは、主に環境要因による結果であると考えられた。この免疫応答遺伝子はアップレギュレーションは脳の炎症プロセスを意味し、MSの動物モデルが精神疾患の病態に関する洞察を提供するかもしれない。MSの臨床症状はBPDとは異なるが、BPDの遺伝的環境が脳の炎症過程にどのように影響するかを調べる上で動物モデルが役に立つことであろう。
 
 多発性硬化症の研究は、ミエリン、炎症、ミトコンドリアの機能に焦点が当てられて研究されている。実験的MSモデルは、BPDの生理学的な病態のメカニズムの解明に役に立つであろう。銅をキレートするクプリゾン(CPZ)は、マウスにおける脱髄を誘発し、MSマウスモデルとなる。CPZの投与量や、投与時期を調整し(ラットの思春期に投与)、CPZはラットの他の部位には影響を及ぼさなかったが、特異的にPFCにおけるオリゴデンドロサイトの遺伝子の発現を減少させた。そしてPFCによって媒介される認知行動の欠損を示した。炎症プロセスやミトコンドリアへのストレスはCPZによるオリゴデンドログリアへの毒性によって惹起される必要がある。CPZはフリーラジカルを発生させアポトーシスへと誘導した。神経の酸化窒素シンターゼを欠損させたトランスジェニックマウスでは、それは電子伝達鎖を阻害し、酸化ストレスを減少させることになるのだが、CPZによる脱髄に対して抵抗性を示した。オリゴデンドロサイトの培養実験では、CPZによる細胞死のためには炎症性サイトカインが必要である。それは細胞死における免疫系の関与を証明する所見である。CXCケモカイン受容体(CXCR2)がノックアウトされたトランスジェニックマウスではCPZによる脱髄に抵抗性を示した。これらの所見は、エネルギー代謝や免疫システムが脱髄のメカニズムと脱髄の程度を制御していることを示唆する。実験的自己免疫性脳脊髄炎(EAE)モデルマウスによって、ミトコンドリア膜の透過性遷移孔の活性化が疾患の進行に関連していることが分かった。さらにミクログリアの活性化を抑えることが、EAEの進行を抑制した。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B1%E3%83%A2%E3%82%AB%E3%82%A4%E3%83%B3

 多発性硬化症モデルでは、ミトコンドリアと免疫系が脱髄に関与し、遺伝的環境がオリゴデンドロサイトの能力と脱髄の重症度を調節していることが示されている。そして、特定の条件下(=BPDの遺伝環境)では、細胞死やMSの症状を引き起こすことなくオリゴデンドロサイトの遺伝子のmRNAレベルをダウンレギュレートすることができる。オリゴデンドロサイトの遺伝子のダウンレギュレーションは、BPDにおける細胞ストレスの兆候かもしれない。BPDでのトランスクリプトームの研究では、ミエリン形成、炎症、エネルギー代謝に関与する遺伝子の調節が障害されていることが示されている。我々は、これらのシステムは、髄鞘形成を減少させ、それによって神経細胞膜の膜電位を低下させ、脱分極になり易くなる。脱分極になり易くなることは、BPDや他の精神疾患に伴う症状につながるでことであろう。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%86%9C%E9%9B%BB%E4%BD%8D
(論文終わり) 

ミエリン減少


















 
 

 
 一言で言えば、絶縁体によって被われた電線がところどころ裸電線となるのが双極性障害だと言うのである。電線ならばショートしたり漏電したり伝導速度の低下をきたしやすくなるのだが、それが脳の白質で生じているのだというのがこの論文の著者の見解である。 この結果、脱分極を引き起こし易くなり(=興奮性伝導になり易い)、多動や興奮といった躁症状の形成につながるのだと言いたいのであろう。しかし、この仮説ではうつ症状までをも説明することはできないようにも思える。強いて言えば、伝導速度の低下とうつ症状が関係しているのであろうか。易脱分極性>電導速度の低下となれば「躁」、易脱分極性<電導速度の低下となれば「うつ」として表現されるのかもしれない。あくまで仮説としては興味深いが、双極性障害の病態の一部を説明するに留まるであろう。しかし、進行性変化を説明する上では双極性障害の有力な仮説になり得るかもしれない。ミエリンの修復が双極性障害の進行性変化を防止する鍵になる可能性はある。
 
 一方、ミエリンは人類の脳が成熟する過程で重要な役割を果たしていることが分かってきている。猿と人とのミエリンの密度(ブロードマンの10野など)を比較したのだが、下の図のように大きな差があり、さらに、猿では青年期で新皮質の髄鞘形成は終わり低下していくのだが、人類は20歳くらいの青年期でいったん止まるものの(生涯最大密度の60%で止まる)、25歳頃から再び密度の増加が始まるのであった(おそらく生涯にわたりミエリンの形成は続き、ミエリンの密度は50~60歳くらいまで長く維持されるのだろう)。この猿と人との髄鞘形成の過程と密度の持続の違いは人類の進化の証拠である。もし、双極性障害となりミエリン形成が障害され、ミエリンの密度が低下していくようになれば、もはやそれは猿のような原始的な脳に近づくことを意味する。
人と猿の脳の成熟時期


































 
 一方、魚を食べ始めたことが人類の脳の進化をブーストした。それはω-3脂肪酸のDHAである。DHAは猿から人類への初期の進化を後押しした。といった論文がある。
 
 さらに、人類は植物の中鎖脂肪酸(α-リノレン酸やリノール酸)から長鎖脂肪酸であるDHA(ミエリンの材料となる物質)などのω-3およびω-6長鎖多価不飽和脂肪酸(LC-PUFA)を合成できるようになったため人への進化がさらに加速したという論文もある。ミエリンは非常に大切なものなのである。
 
 なお、オリゴデンドロサイト内のタンパク質である、MAG、Nogo-A、OMgpといったミエリン由来再生阻害タンパク質という物質が神経突起の伸長や軸索の再生や修復を阻害しているという現象も知られてきており(本当にそういった機能に関与しているかは異論もあるようだが)、SZや加齢の影響に関しては既に調査されている(アップレギュレーションされているらしい)。しかし、BPDのオリゴデンドロサイトのトランスクリプトームではアップレギュレーションされているのか、ダウンレギュレーションされているかはまだ不明である。SZではミエリン由来再生阻害タンパク質はアップレギュレーションされているようであり、神経突起の伸長が阻害され、ミエリンが障害されても軸索の再生や修復が促されないのであろうか。逆に、双極性障害では、ミエリンの障害に伴ってミエリン由来再生阻害タンパク質のダウンレギュレーションが働き、軸索の再生や修復が正しく促されるのであれば、それがSZとBPDの決定的な違いを生んでいる可能性がある。もし、そうであれば、双極性障害ではミエリンの材料であるω3脂肪酸やレシチンなどを自己管理して食事で適切に補給することがさらに重要となろう。
(ミエリン関連遺伝子は双極性障害の有力な疾患候補遺伝子らしい。その1つであるMBPはω3脂肪酸によって減少していた発現が増加に転じた。)
http://www.nature.com/tp/journal/v1/n4/full/tp20111a.html

双極性障害ではミエリンが障害を受ける。それを守るのはあなた自身である。

軸索