前回の続きである。
前回のブログで述べたように、感情的な涙にはchemosignalsのような物質が含まれているらしいのだが、感情的な涙に含まれているのはchemosignalsだけではない。なんと、脳に重要な作用を発揮するニューロペプチドが感情的な涙には含まれているのであった。
涙は、Basal tears(基礎涙)、Reflex tears(反射涙)、Crying or weeping (psychic tears、emotional tears、感情涙)の3種に区分されるのではあるが、この3種類の涙は成分が異なっていることが分かっている。
感情的な涙では、他の涙と比べてタンパク質が24%も増えているのだが、リゾチームやムチンだけでなく、他にも重要な中枢神経系に作用するような物質が感情涙には含まれているのである。すなわち、ロイシンーエンケファリン、プロラクチン、神経成長因子(NGF)、ACTH、などが含まれている。さらにセロトニンも含まれているのである。
さらに、涙にはニューロペプチドY(NPY)、血管作動性腸管ペプチド(VIP)、カルシトニン遺伝子関連ペプチド(CGRP)も含まれている。特に、NPYやVIPは脳には有益な作用を有する物質である。これは、非常に重要な所見のように思える。
なお、余談ではあるが、脳には有害に作用するサブスタンスP(SP)も涙には含まれている(SPは、NPYやVIPよりも濃度は低いようではあるが)。
一方、涙腺やその周辺組織はNPYやVIPを含有する神経の支配を受けていることが解剖学的にも示されている。涙腺も遠心性涙管も神経ペプチドの神経制御を受けているのであった。この所見は神経ペプチドの支配によって、涙の流出がコントールされていることを意味する。感情的な涙の産生においては神経ペプチドが大きな役割を果たしているのである。そして、涙を流す神経伝達刺激が涙腺に伝わると、神経終末からNPYやVIPが放出されて涙液に混入することになる。感情的な涙には、NPYやVIPが豊富に含まれていることは間違いないであろう。
これは、いったい、どういうことなのであろうか。なぜ、感情的な涙にはエンケファリンやプロラクチンやNPYやVIPやNGFやセロトニンやが含まれているのだろうか。しかも、感情的な涙では神経ペプチドの濃度が高くなるのである。この所見は感情的な涙には何か重要な意味が隠されている証拠なのではなかろうか・・・。
そこで、感情的な涙に含まれている脳に有益な作用を及ぼすと思われる物質について調べてみた。
まず、セロトニンやNGFが脳に及ぼす効果(抗うつ効果)は既に良く知られている。
次に、NPYに関してであるが、NPYは36個のアミノ酸から成るペプチドである。NPYは、脳に対しては、抗不安作用や抗ストレス作用を発揮し、レジリアンスを高め、PTSDの発症を予防する効果を有していることが分かっている(関連ブログ2013年12月18日 レジリアンス)。
VIPは、28個のアミノ酸から成るペプチドである。VIPは、脳に対しては、視交叉上核(SCN、マスターの概日ペースメーカー)に作用し、体内時計を調節する重要な作用を有している。さらに、プロラクチンや成長ホルモンの放出を刺激する作用を有する。
ロイシン・エンケファリンは、Tyr-Gly-Gly-Phe-Leu、という5個アミノ酸から成る分子量が非常に小さいペプチドである。C末端がロイシンであり、C末端がメチオンに変化しているメチオニン・エンケファリンもある。その脳への作用は、鎮痛(鎮静)、感情や気分への作用、モチベーションの強化などがあり、内因性オピオイドのδ受容体を介した抗うつ効果は非常に速いことが分かっている(ロイシン・エンケファリンはδ受容体のリガンドである)。さらに、脳内では成長ホルモンやプロラクチンの分泌を刺激することも分かっている。
こ、これは、もしかして・・・。
(ここからは、全て私の仮説である)
結局、感情的な涙を流すと、ロイシン・エンケファリン、NPY、VIP、NGFが増加した涙が鼻腔に流れ込むことになる。そして、鼻腔に流れ込んだ涙に含まれる物質は、鼻粘膜から吸収されることになるはずである。しかも、鼻粘膜から吸収された物質は、血管を経由することなくBBBを迂回して、三叉神経や嗅神経に沿って、直接、脳に到達することであろう。これは、感情的な涙を流すことは、ロイシン・エンケファリンやNPYやVIPやNGFが中枢神経系に直接作用することになるのではなかろうか。
最近では、脳血液関門(BBB)を通過できないようなペプチドホルモンを精神疾患の治療に応用しようという試みが成されている。その原理は、ペプチドホルモンを鼻腔内に投与して鼻粘膜から吸収させることで、BBBを回避し、直接脳に到達させるという方法である。統合失調症状や自閉症などへのオキシトシン、PTSDや不安障害へのNPYの鼻腔内投与が既に試みられている。これと全く同じことが、感情的な涙を流すことで生じているのではなかろうか。
(なお、オキシトシン点鼻薬は海外で既に販売されている)
http://www.oxytocinfactor.com/
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感情的な涙を流すことは、涙に含まれるNGFやNPYやVIPが鼻粘膜から吸収されて脳に直接作用を及ぼし、脳に有益な作用を発揮することになるのかもしれないのである。
特に、NPYには抗ストレス作用やレジリアンスを高める作用がある。感情的な涙を流すことは(もらい泣きをすることは)、脳にNPYを作用させ、PTSDや不安障害やうつ病を予防することに寄与していることになるのではなかろうか。
乳幼児がよく泣くのは、涙液中のNGFやVIPを介して脳に作用を及ぼし中枢神経の発達を促進す行為なのかもしれない。我が子の深夜の夜泣きで親が苦労することが多々あるのではあるが、赤ん坊が泣いて涙を流すことは中枢神経系の発達を促す行為だと思い、我が子の夜泣きに付き合ってあげようではないか。
さらに、赤子だけでなく、逆に、高齢者にも涙は効果があるのかもしれない。アンチエイジング(抗加齢)においては、加齢と伴に成長ホルモン(GH)の分泌が減り、加齢を防ぐには成長ホルモンのレベルを保つことが重要視されているのではあるが、感情的な涙を流すことで、涙液中のロイシン・エンケファリンやVIPによって脳下垂体からの成長ホルモンの分泌が促されて、アンチエイジングとしての効果が期待できるのかもしれない。歳と伴に涙もろくなるのではあるが、それは、加齢に対抗するような意味のある生理現象なのかもしれない。私のようなお年寄りは、映画やドラマを見て、どんどんもらい泣きをすることが老化を防いでくれることになると考えて、私はスポーツ観戦や映画鑑賞を積極的にしている。
一方、涙を流すことで生じるカタルシスは、ニューロペプチドの作用であるのかもしれない。時間的に、鼻粘膜から吸収されたNPYやVIPがそんな短時間で脳に到達してすぐに作用するとは思えないと反論されてしまうかもしれないが、ロイシン・エンケファリンであれば、分子量が小さく、鼻粘膜からの吸収も速く、脳への到達も速く、短時間のうちに脳へ作用することが予想される。
しかも、感情的な涙を流している時に涙腺だけに分岐しているNYPやVIPを分泌する神経が作動しているとは限らない。感情的な涙を流している時は大脳辺縁系が活発に活動している。同時に大脳辺縁系から脳内の他の部位に分枝している神経もNPYやVIPを放出していることも十分に考えられうる。これならば、すぐに脳へ作用することであろう。この涙腺以外の脳の領域に分枝している神経終末から脳内に向けて分泌されるNPYやVIPがカタルシスに関与しているとも考えられうる。
次に、実際にどの程度の神経ペプチドが涙に含まれているのかについて調べてみた。しかし、涙液中の神経ペプチドの濃度に関しては殆ど調べられてはいないようであり、以下の2つの論文が見つかっただけであった。この2つの論文は今回のブログとは直接関係はないのではあるが、アレルギー性結膜炎における涙液中の神経ペプチドの含量を調べた論文と、ドライアイにおける涙液中の神経ペプチドの含量を調べた論文が見つかった。
上の論文によると涙液に含まれるNYPやVIPは5~10ng/mlレベルのようである(基礎涙における含量)。これが、感情的な涙になるとこれまでの調査結果からは、濃度はさらに増えることが予想される。はたして感情的な涙の神経ペプチドの濃度がPTSDの治療で用いられるような鼻腔内投与で使用される実用的な濃度に匹敵するのかは、データがないため現段階では何とも言えないのではあるが、感情的な涙では、NPYやVIPの濃度が高まっており、涙そのものの量も増えているため、涙に含まれるNYPやVIPが鼻粘膜から吸収されて脳に到達し、抗ストレス作用や抗PTSD作用を発揮する可能性は十分にあるものと推測される。
アレルギー性結膜炎の涙液のデータを調べた論文では、アレルギー性結膜炎(=刺激涙)ではサブスタンスP(SP)が増えるようである。SPは、脳に作用すると不眠を起すことになるのだが、花粉症になると睡眠の質が落ちるのは涙の中に増えたSPのせいなのかもしれない。
一方、ドライアイとうつ病や不安障害などの精神疾患との関連性が最近指摘されてきている。涙が減ることは、眼が疲れやすくなり、精神にも悪影響を及ぼすのであろう。うつ病が先か、ドライアイが先かという問題はあるが、眼のケアをすることはうつ病などの精神疾患を予防する上では重要なことなのかもしれない。
ドライアイと精神疾患の関連性が指摘され出したのは最近のことである。かっては、うつ病の薬物療法の主流だった三環系抗うつ剤は抗コリン作用が強いため、薬剤の副作用によって涙が減り、ドライアイになることは十分に考えられる現象である。三環系抗うつ剤を使用しているのならば、ドライアイは薬剤による副作用である可能性もある。しかし、現在の抗うつ剤はSSRIが主流である。SSRIにはそういった抗コリン作用は非常に少ない。従って、うつ病とドライアイの合併は、薬剤による副作用であるとは考えにくい。おそらく、うつ病自体の症状であるか、加齢に伴う涙液の分泌障害や、TVやパソコンのデスプレイからの電磁波などが影響したVDT症候群の一形態によるものだと考えられうる。
http://theimpactnews.com/columnists/positive-power/2013/10/22/watch-out-for-vdt-syndrome/
さらに、ドライアイでは涙液中のNPYとVIPの濃度が減少する。この涙液中のNPYとVIPの低下が、うつ病や不安障害と関連している可能性があるのかもしれない。
パソコンをし過ぎたり、歳を取れば加齢現象にてドライアイになる。眼薬にてドライアイを予防したり、ドライアイのケアをすることも大切であるが、たまには思いっきり涙を流す必要があるのではなかろうか。それには感情的な涙が最適である。オリンピックの感動的なシーンを見てもらい泣きをすることは、脳へのNPYやVIPの刺激を高め、ドライアイによる精神疾患の予防にもなることであろう。
このように、眼(涙腺)と脳は密接に関連しているのであった。
私は、腸・脳・皮膚軸と同じように、涙・脳軸も存在することを提唱したい。感情的な涙は人類にのみ存在する現象である。このことからも、涙が人類でのみ大きく発達した大切な脳の機能に関係していることは間違いないと思っている。
最後に、向社会性行動(利他主義や寛容さ)に関係している脳内のオキシトシンは他者の感情の識別に関与している。感情的な涙の中にオキシトシンが含まれているという報告はまだないが、映画を見て共感をしている際にはオキシトシンの放出がベースラインよりも47%も高まっていることが実験にて示されている。もらい泣きをするという現象は、まさに、相手の感情を認識し共感している状態になることであり、脳内のオキシトシンが高まっているに違いない。もらい泣きをすることは、脳内のオキシトシンの放出が高まるという点からも、脳への良い刺激になると思われる。
もらい泣きをすることは脳にとって非常に良いことなのである。
いよいよソチ・オリンピックが始まる。ソチ・オリンピックでの日本人選手達の活躍を見ながら、思いっきりもらい泣きをしようではないか。