さらば涙と言うな(その2)


sea of tears

前回の続きである。

 前回のブログで述べたように、感情的な涙にはchemosignalsのような物質が含まれているらしいのだが、感情的な涙に含まれているのはchemosignalsだけではない。なんと、脳に重要な作用を発揮するニューロペプチドが感情的な涙には含まれているのであった。

 涙は、Basal tears(基礎涙)、Reflex tears(反射涙)、Crying or weeping (psychic tears、emotional tears、感情涙)の3種に区分されるのではあるが、この3種類の涙は成分が異なっていることが分かっている。
 
 感情的な涙では、他の涙と比べてタンパク質が24%も増えているのだが、リゾチームやムチンだけでなく、他にも重要な中枢神経系に作用するような物質が感情涙には含まれているのである。すなわち、ロイシンーエンケファリン、プロラクチン、神経成長因子(NGF)、ACTH、などが含まれている。さらにセロトニンも含まれているのである。

 さらに、涙にはニューロペプチドY(NPY)血管作動性腸管ペプチド(VIP)、カルシトニン遺伝子関連ペプチド(CGRP)も含まれている。特に、NPYやVIPは脳には有益な作用を有する物質である。これは、非常に重要な所見のように思える。

Emotional Tear neuropeptide
 
 なお、余談ではあるが、脳には有害に作用するサブスタンスP(SP)も涙には含まれている(SPは、NPYやVIPよりも濃度は低いようではあるが)。

 一方、涙腺やその周辺組織はNPYやVIPを含有する神経の支配を受けていることが解剖学的にも示されている。涙腺も遠心性涙管も神経ペプチドの神経制御を受けているのであった。この所見は神経ペプチドの支配によって、涙の流出がコントールされていることを意味する。感情的な涙の産生においては神経ペプチドが大きな役割を果たしているのである。そして、涙を流す神経伝達刺激が涙腺に伝わると、神経終末からNPYやVIPが放出されて涙液に混入することになる。感情的な涙には、NPYやVIPが豊富に含まれていることは間違いないであろう。
 これは、いったい、どういうことなのであろうか。なぜ、感情的な涙にはエンケファリンやプロラクチンやNPYやVIPやNGFやセロトニンやが含まれているのだろうか。しかも、感情的な涙では神経ペプチドの濃度が高くなるのである。この所見は感情的な涙には何か重要な意味が隠されている証拠なのではなかろうか・・・。

 そこで、感情的な涙に含まれている脳に有益な作用を及ぼすと思われる物質について調べてみた。

 まず、セロトニンNGFが脳に及ぼす効果(抗うつ効果)は既に良く知られている。

 次に、NPYに関してであるが、NPYは36個のアミノ酸から成るペプチドである。NPYは、脳に対しては、抗不安作用抗ストレス作用を発揮し、レジリアンスを高め、PTSDの発症を予防する効果を有していることが分かっている関連ブログ2013年12月18日 レジリアンス

 VIPは、28個のアミノ酸から成るペプチドである。VIPは、脳に対しては、視交叉上核(SCN、マスターの概日ペースメーカー)に作用し、体内時計を調節する重要な作用を有している。さらに、プロラクチンや成長ホルモンの放出を刺激する作用を有する。

 ロイシン・エンケファリンは、Tyr-Gly-Gly-Phe-Leu、という5個アミノ酸から成る分子量が非常に小さいペプチドである。C末端がロイシンであり、C末端がメチオンに変化しているメチオニン・エンケファリンもある。その脳への作用は、鎮痛(鎮静)感情や気分への作用モチベーションの強化などがあり、内因性オピオイドのδ受容体を介した抗うつ効果は非常に速いことが分かっている(ロイシン・エンケファリンはδ受容体のリガンドである)。さらに、脳内では成長ホルモンやプロラクチンの分泌を刺激することも分かっている。

 こ、これは、もしかして・・・。

(ここからは、全て私の仮説である)

 結局、感情的な涙を流すと、ロイシン・エンケファリン、NPY、VIP、NGFが増加した涙が鼻腔に流れ込むことになる。そして、鼻腔に流れ込んだ涙に含まれる物質は、鼻粘膜から吸収されることになるはずである。しかも、鼻粘膜から吸収された物質は、血管を経由することなくBBBを迂回して、三叉神経や嗅神経に沿って、直接、脳に到達することであろう。これは、感情的な涙を流すことは、ロイシン・エンケファリンやNPYやVIPやNGFが中枢神経系に直接作用することになるのではなかろうか

 最近では、脳血液関門(BBB)を通過できないようなペプチドホルモンを精神疾患の治療に応用しようという試みが成されている。その原理は、ペプチドホルモンを鼻腔内に投与して鼻粘膜から吸収させることで、BBBを回避し、直接脳に到達させるという方法である。統合失調症状や自閉症などへのオキシトシン、PTSDや不安障害へのNPYの鼻腔内投与が既に試みられている。これと全く同じことが、感情的な涙を流すことで生じているのではなかろうか。
(なお、オキシトシン点鼻薬は海外で既に販売されている)
http://www.oxytocinfactor.com/

鼻腔内投与

 感情的な涙を流すことは、涙に含まれるNGFやNPYやVIPが鼻粘膜から吸収されて脳に直接作用を及ぼし、脳に有益な作用を発揮することになるのかもしれないのである。

 特に、NPYには抗ストレス作用やレジリアンスを高める作用がある。感情的な涙を流すことは(もらい泣きをすることは)、脳にNPYを作用させ、PTSDや不安障害やうつ病を予防することに寄与していることになるのではなかろうか

 乳幼児がよく泣くのは、涙液中のNGFやVIPを介して脳に作用を及ぼし中枢神経の発達を促進す行為なのかもしれない。我が子の深夜の夜泣きで親が苦労することが多々あるのではあるが、赤ん坊が泣いて涙を流すことは中枢神経系の発達を促す行為だと思い、我が子の夜泣きに付き合ってあげようではないか。
 
 さらに、赤子だけでなく、逆に、高齢者にも涙は効果があるのかもしれない。アンチエイジング(抗加齢)においては、加齢と伴に成長ホルモン(GH)の分泌が減り、加齢を防ぐには成長ホルモンのレベルを保つことが重要視されているのではあるが、感情的な涙を流すことで、涙液中のロイシン・エンケファリンやVIPによって脳下垂体からの成長ホルモンの分泌が促されて、アンチエイジングとしての効果が期待できるのかもしれない。歳と伴に涙もろくなるのではあるが、それは、加齢に対抗するような意味のある生理現象なのかもしれない。私のようなお年寄りは、映画やドラマを見て、どんどんもらい泣きをすることが老化を防いでくれることになると考えて、私はスポーツ観戦や映画鑑賞を積極的にしている。
decline of GH

 一方、涙を流すことで生じるカタルシスは、ニューロペプチドの作用であるのかもしれない。時間的に、鼻粘膜から吸収されたNPYやVIPがそんな短時間で脳に到達してすぐに作用するとは思えないと反論されてしまうかもしれないが、ロイシン・エンケファリンであれば、分子量が小さく、鼻粘膜からの吸収も速く、脳への到達も速く、短時間のうちに脳へ作用することが予想される。
 
 しかも、感情的な涙を流している時に涙腺だけに分岐しているNYPやVIPを分泌する神経が作動しているとは限らない。感情的な涙を流している時は大脳辺縁系が活発に活動している。同時に大脳辺縁系から脳内の他の部位に分枝している神経もNPYやVIPを放出していることも十分に考えられうる。これならば、すぐに脳へ作用することであろう。この涙腺以外の脳の領域に分枝している神経終末から脳内に向けて分泌されるNPYやVIPがカタルシスに関与しているとも考えられうる。
 
neuropeptide communication

 次に、実際にどの程度の神経ペプチドが涙に含まれているのかについて調べてみた。しかし、涙液中の神経ペプチドの濃度に関しては殆ど調べられてはいないようであり、以下の2つの論文が見つかっただけであった。この2つの論文は今回のブログとは直接関係はないのではあるが、アレルギー性結膜炎における涙液中の神経ペプチドの含量を調べた論文と、ドライアイにおける涙液中の神経ペプチドの含量を調べた論文が見つかった。

 上の論文によると涙液に含まれるNYPやVIPは5~10ng/mlレベルのようである(基礎涙における含量)。これが、感情的な涙になるとこれまでの調査結果からは、濃度はさらに増えることが予想される。はたして感情的な涙の神経ペプチドの濃度がPTSDの治療で用いられるような鼻腔内投与で使用される実用的な濃度に匹敵するのかは、データがないため現段階では何とも言えないのではあるが、感情的な涙では、NPYやVIPの濃度が高まっており、涙そのものの量も増えているため、涙に含まれるNYPやVIPが鼻粘膜から吸収されて脳に到達し、抗ストレス作用や抗PTSD作用を発揮する可能性は十分にあるものと推測される。

hay fever tear

 アレルギー性結膜炎の涙液のデータを調べた論文では、アレルギー性結膜炎(=刺激涙)ではサブスタンスP(SP)が増えるようである。SPは、脳に作用すると不眠を起すことになるのだが、花粉症になると睡眠の質が落ちるのは涙の中に増えたSPのせいなのかもしれない。

 一方、ドライアイとうつ病や不安障害などの精神疾患との関連性が最近指摘されてきている。涙が減ることは、眼が疲れやすくなり、精神にも悪影響を及ぼすのであろう。うつ病が先か、ドライアイが先かという問題はあるが、眼のケアをすることはうつ病などの精神疾患を予防する上では重要なことなのかもしれない。
 
 ドライアイと精神疾患の関連性が指摘され出したのは最近のことである。かっては、うつ病の薬物療法の主流だった三環系抗うつ剤は抗コリン作用が強いため、薬剤の副作用によって涙が減り、ドライアイになることは十分に考えられる現象である。三環系抗うつ剤を使用しているのならば、ドライアイは薬剤による副作用である可能性もある。しかし、現在の抗うつ剤はSSRIが主流である。SSRIにはそういった抗コリン作用は非常に少ない。従って、うつ病とドライアイの合併は、薬剤による副作用であるとは考えにくい。おそらく、うつ病自体の症状であるか、加齢に伴う涙液の分泌障害や、TVやパソコンのデスプレイからの電磁波などが影響したVDT症候群の一形態によるものだと考えられうる。
http://theimpactnews.com/columnists/positive-power/2013/10/22/watch-out-for-vdt-syndrome/

 さらに、ドライアイでは涙液中のNPYとVIPの濃度が減少する。この涙液中のNPYとVIPの低下が、うつ病や不安障害と関連している可能性があるのかもしれない。
dry eye tear

 パソコンをし過ぎたり、歳を取れば加齢現象にてドライアイになる。眼薬にてドライアイを予防したり、ドライアイのケアをすることも大切であるが、たまには思いっきり涙を流す必要があるのではなかろうか。それには感情的な涙が最適である。オリンピックの感動的なシーンを見てもらい泣きをすることは、脳へのNPYやVIPの刺激を高め、ドライアイによる精神疾患の予防にもなることであろう。

 このように、眼(涙腺)と脳は密接に関連しているのであった。

 私は、腸・脳・皮膚軸と同じように、涙・脳軸も存在することを提唱したい。感情的な涙は人類にのみ存在する現象である。このことからも、涙が人類でのみ大きく発達した大切な脳の機能に関係していることは間違いないと思っている。 
Tear Brain Axis

 最後に、向社会性行動(利他主義や寛容さ)に関係している脳内のオキシトシンは他者の感情の識別に関与している。感情的な涙の中にオキシトシンが含まれているという報告はまだないが、映画を見て共感をしている際にはオキシトシンの放出がベースラインよりも47%も高まっていることが実験にて示されている。もらい泣きをするという現象は、まさに、相手の感情を認識し共感している状態になることであり、脳内のオキシトシンが高まっているに違いない。もらい泣きをすることは、脳内のオキシトシンの放出が高まるという点からも、脳への良い刺激になると思われる。

 もらい泣きをすることは脳にとって非常に良いことなのである
 
 いよいよソチ・オリンピックが始まる。ソチ・オリンピックでの日本人選手達の活躍を見ながら、思いっきりもらい泣きをしようではないか。
 
(なお、今回のブログの内容は全てが私の仮説に過ぎず、一切検証されている訳ではないのでご注意ください。)
 
intensive emotional tear


さらば涙と言うな(その1)

SOCHI2014

 いよいよソチ・オリンピックが始まる。日本人選手には、特に、浅田真央ちゃんには何が何でも金メダルを取ってほしいのだが、憎たらしいキム・ヨナというライバルが再び立ちはだかっているのである。神様、お願いします。どうか真央ちゃんに金メダルを取らせてあげてください。
 
 今回は、ソチ・オリンピックに関連したテーマとして、涙に関する話をしてみたい。

 負けて悔しい時でも、逆に、勝って嬉しい時でも、人は涙を流す。そして、その涙を見た人も同じように涙を流す。勝とうが敗れようが、どのような結果で終わろうとも、ベストを尽くした果てに、スポーツ選手から流れ落ちる涙は純粋で美しく、我々の心に深い感動を呼び覚ます。涙もろい私は、いつも、そのような場面ではもらい泣きをしてしまう。

 人はなぜ涙を流すのか。しかも、悲しい時だけでなく、嬉しい時にも涙を流す。そして、結果に係らず、私はベストを尽くしたのだ、やり遂げたのだと実感し、心が満たされた時にも涙を流す。全く異なる感情であっても、感情が高ぶった時には、涙を流すという全く同じ現象が人では起きるのである。そして、その涙は他者にまで伝わり、全く同じように、他者からも涙が流れ落ちる。これはいったい、どういうことなのであろうか。
 
emotional tear

 さらに、涙は毛細管現象によって涙小管に入り、さらに鼻涙管から鼻腔へと流れていく。涙を流し過ぎると鼻がぐしょぐしょになってしまうのは、涙は鼻腔へと流れ込んでいるからなのだが、とにかく涙は鼻腔に流れるのである。なぜ涙は鼻腔に流れるようになっているのだろうか。創造主である神が設計した人体の神秘なのかもしれない。しかし、何も細菌感染が増えるような鼻腔と眼をわざわざ繋がなくても、皮膚に直接涙が流れ落ちるようになっていてもいいのではとも思えるのではあった。涙をどこかに流す必要があるのであれば、細菌感染を防ぐ見地からは、涙小管はリンパ管に繋がっており、リンパ系から涙液が吸収されてもいいじゃないか、その方が大事な眼を細菌感染から守られるはずだと、いろいろと疑問に思えるのであった(誰もが疑問に思わないようなことを疑問に思って、真剣に悩んで考えている暇な精神科医だと笑われてしまいそうだが)。

涙2
 
 涙を流すことには何か深い意味があるのであろうか。なぜ、人は涙を流すのか。そして、なぜ、その涙を見てもらい泣きをしてしまうのだろうか。なぜ、涙は鼻腔に流れ落ちるようになっているのであろうか。いろいろと気になってしまったので調べてみることにした。

すると・・・

 まず、昨年度に出された涙に関するレビューから今回のテーマに関する部分を紹介したい。

涙の産生。健康を向上させる意味合い。
「Tears Production: Implication for Health Enhancement」

上の論文によれば、涙は3種類に分類できるらしい。

Basal tears 基礎涙
Reflex tears 反射涙
Crying or weeping (psychic tears、emotional tears) 感情涙
の3種である。

 その中でも、感情(情動)的な涙(emotional tears)は人類のみに見られる生理的な現象らしい。涙はワニでもラクダでも流すらしい。しかし、感情的な涙は人類のみでしか観察されない現象である。まさに涙を流すことは人たる証拠なのであった。

 人類のみに見られる感情的な涙。いったい、感情的な涙にはどのような意味が隠されているのだろうか。

感情的な涙:それは人類だけに見られるもの
Emotional tears: unique to humans

 最も驚くべき発見の1つは、涙を流すことは、人が情緒的な問題に対処することを実際に助けてくれる方法かもしれないということである。このことは、「泣き止むまで泣くことは、気分が良くなることの手助けとなるであろう」といった言葉でも表現されている。人類だけが涙を流しながら泣く(weep)ことができるため、感情的な流涙は人類にのみに見られるユニークな現象である。

 大気中で生きている動物は全て眼を有しており、、眼を潤滑にするために涙を産生する。しかし、人間以外の生物は、泣く(crying)という不思議なシステムを所有していない。興味深いことに、まだ理由は分かっていないが、ワニは獲物を食べる時に涙を分泌する。

crocodile tears

 科学的な研究では、泣いた後に、多くの人々が身体的にも生理学的にも良くなったと感じることを見出した(注; 感情的な涙を流すことによってカタルシスという現象が生じたものとして解釈している研究論文がいくつかある)。逆に、涙を抑えると、調子が悪くなったと感じるようである。

 泣いて涙を流すことができない珍しい遺伝的疾患、いわゆる家族性自律神経失調症(familial dysautonomia)のケースは、ストレスの強い出来事への対処が上手にできない傾向がある(注; 涙を流すことは抗ストレス作用があるのかもしれない)。

 この所見は人間と動物の間の違いの1つを強調している。

 ミネソタ州のセントポール・ラムジー・メディカルセンターにおいて、単純な刺激物による涙と感情によってもたらされる涙を比較した研究がある。被験者は、最初に悲しい映画を見て涙を流してもらい、次に玉ねぎを切ることで涙を流してもらった。この研究では、映画によって引き起こされた涙(感情的な涙)の方が、物理的な刺激(玉ねぎ)による涙よりも、多くの有毒な生物学的な物質(toxic biological byproducts)を含んでいることが分かった(注; その物質が何なのかは具体的には不明であるが)。

 Freyらは、上の論文において、ストレスによって誘発された涙によって多くの有害な物質が身体から取り除かれたことを見出し、涙を流すことは、情緒的なストレスの間に増加するような物質を除去するための排出のプロセスであると結論付けた。
 
 同様に、1回の泣く行為でも身体のマンガンのレベルは低下した。その低下は気分に左右され、逆に、涙液中のミネラルの濃度は血中の濃度よりも30倍の濃度にも達した。

 さらに、感情的な涙は、物理的な刺激による涙よりもタンパク質の濃度が24%も高いことが分かった。
 
 Freyらは、ストレスによって体内に構築された化学物質が涙によって削除されることで、ストレスも低下するのだろうと結論した。

 涙の中の化学物質には、ロイシン-エンケファリンと呼ばれるエンドルフィン(痛みをコントロールするのを手助けする、Tyr-Gly-Gly-Phe-Leu、C末端がロイシンのエンケファリン。5個のアミノ酸から成るペプチドであり分子量は小さい)、プロラクチン(哺乳類の乳の産生を調節するホルモン、199個のアミノ酸から成り、分子量はかなり大きい)が含まれている。

 涙によって取り除かれる重要な物質の1つは副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)である(ACTHは39個のアミノ酸からなる)。ACTHは最もよく知られているストレスの指標の1つである。

 この所見は、涙を流すことを抑えることは、ストレス・レベルを増加させ、高血圧、心臓疾患、消化性潰瘍のようなストレスによって悪化する病態に関与することを示唆している。ストレスを低下させる上でこれらの物質の正確な役割は完全に解明されていないが、良い涙はストレスに対する健全な反応になり得るのである。

 情緒的な涙も物理的な刺激による涙も、交換神経や副交感神経によって分泌されるが、その神経支配は異なっている。例えば、第5脳神経は、反射的な涙に関係している。眼の表面への局所麻酔剤は反射的な涙や刺激による涙(眼への刺激物により起きる涙)を抑制するが、情緒的な涙は抑制されない

 情緒的な涙は、脳の大脳辺縁系から明らかに生み出されており、その大脳辺縁系の部位は、悲しみや幸せを、痛みや喜びを生み出している部位である。強い情緒的なストレス、苦痛、悲嘆、肉体的な痛みは涙を増加させる。この涙の増加は否定的な感情だけのものではない。多くの人間は非常に幸福な時にも涙を流す。
tear and limbic-system

 人間では、情緒的な涙の場合には、顔が赤くなり、すすり泣く咳のように、呼吸が痙攣し、時には上半身全体の攣縮を伴うことがある。

 感情によって引き起こされた涙には、潤滑のために分泌される基礎涙や反射涙とは異なる化学的成分を含む。情緒的な涙は、より多くのタンパク質ホルモン、すなわち、プロラクチン、副腎皮質刺激ホルモン、ロイシン・エンケファリン(自然な鎮痛剤)などを含んでいる

 大脳辺縁系は、怒り、恐れなどのような基礎的で情緒的な感情の駆動に関与している。大脳辺縁系(特に視床下部)は、さらに、自律神経系に対するある程度のコントロール機能を有する。

 涙腺には自律神経系の副交感神経が分枝しており、ニコチン性・ムスカリン性双方の受容体を介して神経伝達物質であるアセチルコリンによって制御されている。これらの受容体が活性化された時に、涙腺が刺激されて涙を産生する。

人類のコミュニケーション手段としての涙
Tears as part of human communication

 さらに、涙は非常に有効なコミュニケーションの手段であり、常に他のどの手段より速く相手に共感を呼びさますことができる。

 Montaguは次のように結論した。涙を流すことは、個人の健康だけでなく、グループのコミュニティー意識(団結心?)にも寄与する。涙を流すことは、他者の福祉への関与を深める方向に作用する。涙を流すことで、問題に対処することを心から不安に感じているのだと、相手に有効に伝えることができる。
tear and communication-1

 社会的な観点から、男性は女性よりも泣くことが少なく、それ故、感情を自分自身の心の中に留めておけるだろう思われがちである。研究では、成人女性の血清プロラクチンレベルは男性よりも60パーセントも高いことが分かっている。この違いが、なぜ女性の方が泣きやすく、男性よりも4倍も多く泣くのかという説明を可能にするのかもしれない。
 
 一方、思春期以前では、血清プロラクチンのレベルは男性でも女性でも同じである。さらに、思春期よりも前の時期では、泣く程度は少年でも少女でも同じであることが研究にて分かっている。

ーーーーーーーーーーーーーーーーー
 
 調べてみたが、意外にも感情的な涙に関する研究は殆どなされていないようである。しかし、上で紹介したレビューでも述べられているように、感情的な涙には、どうやら、2つの意味合いに大きく分けられるようである。
 
 すなわち、対人的な意味合いと、自己への意味合いである。

対人的な意味合いとしての涙

 対人的な意味としての感情的な涙には、人類のみで進化した社会的なコミュニケーションに関わる機能を有することが分かっている。これまでに、感情的な涙というコミュニケーションの信号を受ける側の効果を調べた実験がいくつか行われている。それによると、感情的な涙は涙を流す側(送信側)の悲しみなどの感情を受け手に伝え、共感を呼び覚まし、社会的なサポートを得られるように導く効果があることが判明している。他者からのサポートを得ることは、ストレスに対処する方法を得ることにもなる。

 まず、涙を流した絵と、涙を取り除いた絵を見た被験者に生じた心の変化の比較から、涙には相手に感情を伝える効果があることが明らかになった。

ラオウの涙

 さらに、涙を流した人を見ると、相手は涙を流している人をサポートしたり保護したいという気持ちに駆られることが分かった。涙を流すことは社会的な支援や助けを得られる重要なツールになる訳である。人は多大なストレスに晒された時に、PTSDなどの有害事象を防ぐためには他者からのサポートを必要とする。その意味でも涙を流すことは大きな意味があることになる。さらに、涙を流すことで、涙を見た相手の攻撃性を抑える作用があることも分かっている。

 ただし、上の論文によれば、涙という信号は受け手となる相手側に高い認識力がないと涙の効果は十分に発揮されないということが実験で示されている。さらに、例えば、恐怖の表情を認識するのは扁桃体であり、特定の脳の領域が他者の感情を認識することに大きく関わっていることが分かっている。涙の意味を認識している脳の領域はどこなのであろうか。調べてみたが、涙の意味を認識している脳の部位はまだ解明されてはいないようだ。しかし、表情を認識する回路の研究結果からは、前頭前皮質が関与しているのではと私は推測している。もらい泣きは前頭前皮質の高次な機能の1つだと考えている。
tear and PFC


 逆に言えば、受け手側にとっても涙は大きな意味を持つものだと言えよう。他者の涙を見て、他者の感情を認識し他者へ共感し、もらい泣きをすることは、前頭葉の認知機能が刺激されていることになり、受け手側の認知機能を活性化する効果があるように思える。特に、喜びの涙や感動的な涙でもらい泣きするをすることは、幸せや感動に関する脳の回路も刺激されているはずであり、幸福や感動といったポジティブな感情に関わる脳の領域を活性化することになるのではなかろうか。オリンピックの感動的な場面でもらい泣きをすることは、前頭前皮質という脳の重要な部位の最も重要な機能の1つである人間でしかできない高次な認識機能を高めてくれることになるはずだと私は考えている。
 
 そういった観点からは、いじめて相手を泣かせて、他者の悔し涙を見て喜んでいるような人間は、幸せや喜びといった高次な認識機能が発達することはなく、逆に、不幸だと認識するようなネガティブな脳の回路ばかりが有意に活性化されてしまうことが推測される。いじめにあった側の影響ばかりが注目されて研究されているのではあるが、逆に、いじめた方にも有害な事象が生じていることには間違いないだろう。子供時代にいじめていた側の児童は、将来、自分が幸せだと感じることにおいて苦労することになるはずである。すなわち、何をやっても満たされないような、人生の幸せを感じることができないような不幸な人生を送る大人になるのである(いじめた罰を受けることになるのである)。

 面白いことに、涙は相手の視覚を介する作用だけでなく、涙に含まれている化学物質(chemosignal、動物でのフェロモンのような物質)が、相手側に直接作用することが実験で示されている。実験では、目隠しをした男性被験者の鼻が女性の涙に晒された時に性衝動が抑制された。さらにテストステロンのレベルが低下した。これは視覚刺激を介した作用ではなく、嗅覚などを介した作用だと思われる。論文では、涙に含まれているchemosignalsが被験者に作用したのではと推測されているのだが、涙には人間の感情に作用する未知の物質が含まれているのかもしれない。
Tears Contain a Chemosignal
 
 一方、涙を流すことでカタルシスが生じることも分かっており、カタルシスは自己の精神の安定性を保つためにも重要な意味を持つ。

自己への意味合いとしての涙

 涙を流し泣き続けた後で気持ちがすっきりすることがある。泣き続けた子供が泣き止んだ時に笑顔が戻ったりすることは良く見かける光景である。臨床場面でも、過去の辛い話をして泣いた患者が、泣き終えた後で、急に笑顔に戻ることがある。それは涙を流したことでカタルシスという現象が生じたのかもしれない。カタルシスは浄化を意味し、怒りや緊張から精神を解放し、心を清め、健康を促進してくれる現象である。既に述べたように、Freyらは涙で有害な物質(ACTH)を体外に流した効果だろうと推測しているのだが、涙を流すことで生理学的な回復や身体の恒常性が保たれることも示されている。これは自律神経系を介した作用ではないかと推測されている。
 
 実際に涙を流す現象は副交感神経に支配されており、交感神経の過剰な興奮を抑えるために副交感神経が作動し、それに伴う現象として涙が出てくるのかもしれない。しかし、上の論文では、確かに泣くことで気分がすっきりするケースもあるが、逆に泣くことで落ち込んだケースもあり、これまでの調査では涙を流すことで必ずしもカタルシスが得られる訳ではないことが分かっている。

 最近の研究では、カタルシスが得られるかどうかは、相手からの情緒的なサポートや社会的なサポートを受けられたかに左右することが分かってきている。泣き続けた子供が泣き止んだ後で笑顔に戻れるかは、親に理解してもらえたと実感できるかどうかによるのである。臨床でも、泣き止んだ患者が笑顔を見せるのは、医師に理解してもらえたと実感できたために笑顔が戻るのであろう。なお、いじめに合って泣いている児童を教師や親がサポートしなければならないことは、涙によるカタルシスを保証する上でも言うまでもない。
 
 オリンピックで敗れ泣いているアスリート達は、監督やコーチから抱きしめられたりしており、しっかりとしたサポートを受けているはずである。たとえ負けた悔し涙であったとしても、彼らは監督やコーチからの支えを受けながらカタルシスを十分に実感することになるのは間違いないであろう。そして、TVを見ながらもらい泣きをしている私は、もらい泣きをしたことで認知機能に関する脳の回路が活性化し、前頭葉の機能が高まることになるのだろう。そして、仕事で疲れた私の脳にも心地よいカタルシスが生じていることであろう。
 
 ありがとう素晴らしい日本のアスリート達よ。私は、感動の涙を与えてくれた選手達に感謝の気持ちを捧げたい。

 しかし、涙を流すことで得られるカタルシスは、Freyら言うように有害な物質が涙で排出されるためによるものあろうか。いいや、私はそうは考えていない。実は、その逆の効果もあるかもしれないと私は考えているのである。
 
(次回に続く)

金メダル間違いなし!!

浅田真央トリプルアクセル


 
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