(前回の続き)
実験手順
実験手順
(概略のみ示す)
この研究の目的は、妊娠7日目(E7)(ラットでの妊娠中期の最初の時期)におけるウイルス感染の結果による、胎盤、海馬、前頭前皮質における遺伝子の発現の変化と形態学的変化を検証することにある。CNSへの毒性が高いA/WSN/33株(H1N1)などを妊娠したC57BL6JマウスのE7の時期に鼻腔内に投与して感染させた。E16(妊娠16日目)で胎盤を回収しマイクロアレイ解析を行い、マイクロアレイのデータセットから、興味のある遺伝子の定量的RT-PCRを行った。さらに、DTIとMRスキャン、光学顕微鏡で脳の形態的変化を調査した。
結果
胎盤での遺伝子発現の変化
マイクロアレイを用いた結果、77遺伝子のアップレギュレーションと、93遺伝子のダウンレギュレーションを検出した。
ダウンレギュレーションした遺伝子の中で最も重要な遺伝子は、グルタミン酸受容体、イオンチャネル、AMPA1(alpha 1) (Gria1)、カテニン(カドヘリン関連タンパク質)、デルタ1(Ctnn1)、フォークヘッドボックスO3(fox03)、ジスフェリン(Dysf)であった(表1)。
アップレギュレーションした遺伝子の中で最も重要な遺伝子は、ホスホジエステラーゼ10A(PDE10A)、Fynプロト癌遺伝子(Fyn)、プログラム細胞死2(Pdcd2)、クェーキング(Qk)であった(表1)。(注; なお、PDE10Aは、CFG分析にて、統合失調症、双極性障害、不安障害の3つの疾患に共通して関与していることが示された遺伝子である。関連ブログ2013年6月12日)
アップレギュレーションした遺伝子の中で最も重要な遺伝子は、ホスホジエステラーゼ10A(PDE10A)、Fynプロト癌遺伝子(Fyn)、プログラム細胞死2(Pdcd2)、クェーキング(Qk)であった(表1)。(注; なお、PDE10Aは、CFG分析にて、統合失調症、双極性障害、不安障害の3つの疾患に共通して関与していることが示された遺伝子である。関連ブログ2013年6月12日)
QRT-PCRを用い胎盤における以下の11遺伝子の変化の大きさと方向性を調べた。Fyn、GPIアンカー型HDL-結合タンパク質1(Gpihbp1)、グアニンヌクレオチド結合タンパク質(Gタンパク質)、ガンマ12(Gng12)、インスリン様成長因子結合タンパク質3(IGFBP3)、マクロファージ遊走阻止因子(MIF)、筋細胞エンハンサー因子2C(MEF2C)、リボヌクレアーゼL(2′, 5′-oligoisoadenylate synthetase-dependent)(RNASEL)、ラント関連転写因子1(RUNX1)、TAF1 RNAポリメラーゼII、TATAボックス結合タンパク質(TBP)関連因子(TAF1)、T細胞特異的GTPアーゼT-cell specific GTPase(Tgtp)、非アクティブX特定転写産物inactive X specific transcripts(XIST)である。表1にQRT-PCRの結果を示した。
子の海馬および前頭皮質における遺伝子発現の変化
マイクロアレイを用いた結果、子の前頭皮質では、P0時期:6遺伝子のアップレギュレーションと、24遺伝子のダウンレギュレーション。P56時期:5遺伝子のアップレギュレーションと、14遺伝子のダウンレギュレーション。を認めた。子の海馬では、P0時期:4遺伝子のアップレギュレーションと、6遺伝子のダウンレギュレーション。P56時期:6遺伝子のアップレギュレーションと、13遺伝子のダウンレギュレーション。を認めた。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3156896/bin/NIHMS268940-supplement-02.doc
qRT-PCRによってマイクロアレイデータセットから選択した前頭前皮質と海馬における遺伝子の大きさと方向性の著明な変化を認めた(表1)。mRNA中の大きな変化が確認された遺伝子は、前頭前野では、グルタミン酸受容体相互作用タンパク質I(GRIP1)(アップレギュレーション)、血小板第4因子(PF4)、コンタクチン1(Cntn1)と神経栄養チロシンキナーゼ受容体、タイプ3( Ntrk3)であった。海馬では、paralemmin 2(Palm2)およびプロテインチロシンキナーゼ2ベータ(Ptk2b)であった(表1)。
注: ここで、他の論文のデータを補足して付け加えておく。他の感染実験(E17時期での感染)では、以下のような海馬における遺伝子発現の変化がこれまでに得られている。Aqp4, Mbp, Nts, Foxp2, Nrcam, and Gabrg1といった統合失調症や自閉症との関連遺伝子。Mag, Mog, Mobp, Mal, and Plp1といった髄鞘形成に関連する遺伝子が変化していた。特に、細胞接着因子Nrcam遺伝子やミエリン塩基性タンパク質Mbp遺伝子など、CFG分析で統合失調症や双極性障害との関連性の高さが示されている遺伝子(関連ブログ2013年6月12日)がダウンレギュレーションしていることが分かる(下表)。また自閉症との関連が指摘されているFoxp2遺伝子なども変化していた。Foxp2はポリグルタミン管とフォーク・ヘッドDN 結合ドメインを含む転写調節因子であり、言語障害という自閉症で見られる症状に関連付けられている。以前このブログで触れた水中毒に関連しているApq4遺伝子もダウンレギュレーションしている。Aqp4 は自閉症の小脳で減少していることが示されている。なお、これらの所見の中でGABA受容体遺伝子もダウンレギュレーションしていることに注目すべきである。この所見がグルタミン酸系の神経伝達系と複雑に絡み合い、ストレスに対して脆弱となり、将来の統合失調症の発症の原因になるものと推測されている(この点に関しては別の機会に触れる予定である)。
(E17時期の感染での子の海馬遺伝子の変化)
胎盤や子の脳ではH1N1ウイルス遺伝子は検出しなかった
マトリックスタンパク1/matrixタンパク質2(M1/M2)、ノイラミニダーゼ(NA)、非構造タンパク質1(NS1)の3つの遺伝子を定量RT-PCRにて検出を試みたが、胎盤、海馬、前頭前野とも3つのウイルス遺伝子は検出することができなかった。これは、ウイルスが胎盤を通過しなかったことを示唆する。

子の脳の形態的変化
海馬の容積、小脳の容積、脳全体の容積 脳室の容積には有意な変化は認められなかった表2)。しかし、35日目での海馬の容積が減少する傾向を認めた。脳のイメージングにて、生後35日目の子の右中小脳脚の白質における異方性比率fractional anisotropy (FA)の増加を認めた(表3)。子の生後14日目での海馬の白質のFAの減少傾向も認めた。
ウイルス感染による出生前の胎盤の構造異常
感染した7日目の母親の胎盤の組織学的異常を認めた(図1)。胎盤の全てのセクションに迷宮ゾーンは消失していた。それは、迷宮ゾーンとして認識できないような組織の広範囲な崩壊であった。直径40~120ミクロンの大きさの血栓が、接合ゾーンを含む胎盤の様々な領域に存在していた(図1B、1D)。接合ゾーンでの炎症性細胞の増加を認めた(図1D)。


結果を要約すると、今回の我々の研究で、出生前のウイルス感染は胎盤や子の脳の変化をもたらしたことが分かった。我々は、出生前のウイルス感染のマウスモデルを使用して、母体に感染させた子の9、16、18日目の脳における遺伝子の発現異常や脳構造の異常を発見した。胎盤における77の遺伝子のアップレギュレーション、93の遺伝子の著しいダウンレギュレーションを観察した。妊娠7週目(E7)に感染した子マウスの脳では次の脳の部位での遺伝子発現の変化を認めた。前頭前野の皮質では、出生0日目(PO)での6遺伝子のアップレギュレートと24遺伝子のダウンレギュレート、出生56日目(P56)での5遺伝子のアップレギュレートと14遺伝子のダウンレギュレート、海馬では、出生0日目での4遺伝子のアップレギュレートと6遺伝子のダウンレギュレート、出生56日目(P56)での6遺伝子のアップレギュレートと13遺伝子のダウンレギュレートを認めた。QRT-PCRでは、低酸素症、炎症、統合失調症、自閉症に関連する多くの遺伝子の変化を確認した。しかし、コントロールと比較した場合、子の脳の形態学的分析では変化は最小限度のものであった。感染マウスの胎盤では、血栓形成などの形態異常を示し免疫細胞が増加していた。これは、感染した母の胎盤は、潜在的に胚に影響を与える可能性がある多くの構造的な異常があることを示している。さらに、我々は母体の胎盤や子の脳における、M1/M2、NA、NS1NAというH1N1ウイルスに特有の遺伝子の存在を調べたが検出されなかった。重要なことは、検証した組織のいずれにおいても3種のインフルエンザウイルス遺伝子のmRNAを検出しなかったことである。
議論
我々の研究は、妊娠中におけるインフルエンザ感染の胎盤への影響を調べた最初の研究である。
興味深いことは、胎盤におけるマイクロアレイ分析の結果が、変化した遺伝子の20%がアポトーシスや抗アポトーシスの経路(すなわち、Atrx、Mef2c、Taf1、Pdcd2、Igfbp3)に関与していることである。さらに、10%が免疫応答(すなわち、Atg5、Dysf、Msln、Pias3、Plek2、Pus1、Tac4、Tgtp)、約11%が低酸素症(すなわち、Atg5、Foxo3、Smad4)、そして約11%は、炎症(すなわち、Rnasel、Gng12、Smad4、Tac4)に関連していることである(表4)。一方、9.4%が統合失調症を含む主要な精神疾患の関連遺伝子と関連していた(すなわち、Fyn、Gria1)。さらに、双極性障害(Fyn、Pura)、大うつ病(Pten、Zfp36)、自閉症(すなわち、Pten、Robo1)と関連する遺伝子の変化も認めた(表4)。
炎症、免疫応答、低酸素症、に関連する遺伝子群は2つに共通するカテゴリー(すなわちATG5、Igfb3、Mif、PRNP、Tac4、F2R、Ptenの、Pdcd2、Tgtp、Dysf)、あるいは、全てに共通するカテゴリ(Foxo3、Smad4、Hes1、Mnt、Zfp36、Fyn)に分類される。これらの3つのプロセスは相互接続されているため、この重複した所見は想定外のことではなかった。これらの遺伝子の発現の変化は、ウイルス感染に由来することを示唆している。従って、胎盤の変化が母や胎児の免疫応答に起因するものかが検証されねばならない。そのため、胎盤遺伝子(Mef2c、Mif、Fyn、Gpihbp1、Gng12、Igfbp3、Rnasel、Runx1、Taf1、Tgtp、Xist)の変化の方向性と大きさをqRT-PCRによって検証した。
特に興味深いのは、MifとFynである。マクロファージ遊走阻害因子(Mif)は、マクロファージや活性化したTリンパ球から放出される炎症性サイトカインである。Mifは、前炎症性サイトカインとインターロイキンの放出を刺激する。腫瘍壊死因子α(TNFα)、IL2、IL6、IL8である。マイクロアレイとqRT-PCRの双方にて、MifのmRNAのダウンレギュレーションを見出した。これはサイトカインの増加に対抗する胎盤における所見かもしれない。Fynプロトオンコジーンは、Srcファミリーキナーゼのメンバーであり、N-メチル-D-アスパラギン酸(NMDA)受容体サブユニットのリン酸化を介してグルタミン酸シグナル伝達に関与している。Fyn遺伝子の多型性は双極性障害と関連していると報告されており、統合失調症を有する被験者の前頭前野の機能を測定する目的でウィスコンシンカードソーティングテストを用いてFyn遺伝子に関連する機能が調べられている。以前の研究では、Fyn遺伝子の多型性と統合失調症と関連性は認められなかった。しかし、Fyn遺伝子のmRNAとFyn遺伝子がコードするタンパク質は、統合失調症の被験者の前頭前野で上昇していることが観察されている。Fynキナーゼは単純ヘルペスウイルスと結合する因子であり、ウイルス感染における重要な役割を示し、Fynキナーゼの上昇は最終的には統合失調症などの神経発達障害に関連する脳疾患に結びつく可能性がある。胎盤におけるFyn遺伝子のmRNAのアップレギュレーションの所見は、ウイルス感染時のFynキナーゼの上昇を意味するものであろう。(注: ただし今回は胎盤のみでの所見であり、脳におけるFynキナーゼの上昇が見出された訳ではない。)
特に興味深いのは、MifとFynである。マクロファージ遊走阻害因子(Mif)は、マクロファージや活性化したTリンパ球から放出される炎症性サイトカインである。Mifは、前炎症性サイトカインとインターロイキンの放出を刺激する。腫瘍壊死因子α(TNFα)、IL2、IL6、IL8である。マイクロアレイとqRT-PCRの双方にて、MifのmRNAのダウンレギュレーションを見出した。これはサイトカインの増加に対抗する胎盤における所見かもしれない。Fynプロトオンコジーンは、Srcファミリーキナーゼのメンバーであり、N-メチル-D-アスパラギン酸(NMDA)受容体サブユニットのリン酸化を介してグルタミン酸シグナル伝達に関与している。Fyn遺伝子の多型性は双極性障害と関連していると報告されており、統合失調症を有する被験者の前頭前野の機能を測定する目的でウィスコンシンカードソーティングテストを用いてFyn遺伝子に関連する機能が調べられている。以前の研究では、Fyn遺伝子の多型性と統合失調症と関連性は認められなかった。しかし、Fyn遺伝子のmRNAとFyn遺伝子がコードするタンパク質は、統合失調症の被験者の前頭前野で上昇していることが観察されている。Fynキナーゼは単純ヘルペスウイルスと結合する因子であり、ウイルス感染における重要な役割を示し、Fynキナーゼの上昇は最終的には統合失調症などの神経発達障害に関連する脳疾患に結びつく可能性がある。胎盤におけるFyn遺伝子のmRNAのアップレギュレーションの所見は、ウイルス感染時のFynキナーゼの上昇を意味するものであろう。(注: ただし今回は胎盤のみでの所見であり、脳におけるFynキナーゼの上昇が見出された訳ではない。)
MifやFyn以外の重要な機能を持つ他の遺伝子も、マイクロアレイやqRT-PCRにて同じようなmRNAの変化を示していた。胎盤におけるGPIアンカー型HDL-結合タンパク質1(Gpihbp1)遺伝子のmRNAがダウンレギュレートしていた(表1)。Gpihbp1は内皮細胞によって合成されるが、心臓や脂肪組織で多く発現しており、脂質の分解に必要とされる。T細胞特異的アーゼ(Tgtp)も、胎盤で上昇することが分かった。マウスにおける最近の研究では、キノコの霊芝Ganodermalucidum(免疫系を調節することで知られている)の胞子によって刺激された後に、単核細胞内のTgtpタンパク質の発現が上昇し、霊芝の胞子に暴露された母体の胎盤の免疫を活性化することが知られている。グアニンヌクレオチド結合タンパク質(Gタンパク質)やガンマ12(Gng12)が、リポ多糖体(LPS)(LPSはグラム陰性細菌などに由来する)によって誘発されるミクログリア細胞の炎症反応をマイナスの方向に調節するという仮説が立てられている。ラーソンらと同様に、我々はGng12遺伝子のmRNAの増加(表1)を観察したが、Gng12がウイルス感染後の胎盤で同様の役割を果たす可能性があることを示唆している。インスリン様成長因子結合タンパク質3(Igfbp3)は、胎盤(特に、母体と胎児が接するような場所で)豊富に発現していた。インスリン様成長因子結合タンパク質3はインスリンアンタゴニストとして作用する。生後6ヶ月未満の子どもの脳脊髄液では、IGF-I、IGFBP1、IGFBP3の高濃度が観察されているが、この所見は中枢神経系における髄鞘形成やシナプス形成に役割を果たしている可能性がある。我々が観察した胎盤におけるIgfbp3の減少は発育中の胎児の脳の発達を損なう恐れがある(表1)。
ラント関連転写因子1(Runx1)は マウスの血管構造(卵黄、臍動脈を含む)から造血前駆細胞や幹細胞を形成する上で必要不可欠である 胎盤の幹細胞の形成のために必要である。Runx1は胎盤の栄養膜細胞のアデノシンデアミナーゼ(Ada)遺伝子の発現調節において重要である。さらにマウスでは、Runx1の不活性化は、三叉神経と前庭蝸牛神経節の感覚ニューロンの減少をもたらした。Runx1遺伝子のmRNAのダウンレギュレーションは(表1)は、胎盤で観察された組織の統合不全を説明するのに役立ち、Igfbp3のように、胎児の脳の発達に影響を及ぼす。
リボヌクレアーゼL(Rnasel)は抗ウイルス効果を持有し、炎症における役割を担っている。Rnasel遺伝子のmRNA (表1)はこれらの役割を反映している所見である。最後に、非アクティブX特定の転写産物(Xist)遺伝子のmRNが胎盤で増加していた(表1)。Xist遺伝子は、女性の2つあるX染色体の中の1の染色体の不活性化のために必要である。何の目的でXist遺伝子のmRNAがアップレギュレーションしているのかは不明であるが、胎盤や胚の発育に関連しているのかもしれない。
リボヌクレアーゼL(Rnasel)は抗ウイルス効果を持有し、炎症における役割を担っている。Rnasel遺伝子のmRNA (表1)はこれらの役割を反映している所見である。最後に、非アクティブX特定の転写産物(Xist)遺伝子のmRNが胎盤で増加していた(表1)。Xist遺伝子は、女性の2つあるX染色体の中の1の染色体の不活性化のために必要である。何の目的でXist遺伝子のmRNAがアップレギュレーションしているのかは不明であるが、胎盤や胚の発育に関連しているのかもしれない。
他の感染時期と比較して、比較的小さい変化ではあったが、妊娠7日目(E7)での感染が子の海馬HPや前頭前夜PFCにおける多種の遺伝子発現の変化を示した。以前の実験結果では、E9時期の感染では出産初日(P0)の脳では39種の遺伝子(全脳)、E16時期の感染では676種の遺伝子、E18時期の感染では247種の遺伝子が変化したが、それらとの比較から、今回の我々の実験では、E7の時期に感染した結果、P0における脳ではHPやPFCの部位において総数40種の遺伝子の発現が変化したことを認めたのと同様に、以前の実験結果では、E9時期の感染では24遺伝子(PFCのみ)、E16時期の感染では349遺伝子、E18時期の感染では182遺伝子が変化していたが、これらの所見との比較で、E7時期による感染において、P56では38遺伝子発現が変化したことが示された。これらのデータは後期の時点になるほど初期の感染よりは子の遺伝子の発現に大きな変化をもたらすことを示している。これらの結果は、妊娠後期の母体の免疫活性化が子の神経伝達物質のレベルの変化や著しい行動障害につながるというBitanihirweらの論文(↓)と一致した所見である。
(ラットの後期の感染は、子の行動異常と複数の神経伝達系の長期間の異常を引き起こした)
我々の実験では、H1N1ウイルスに特異的な遺伝子であるマトリックスタンパク1/matrixタンパク質2(M1/M2)、ノイラミニダーゼ(NA)、非構造タンパク質1(NS1)という3種のmRNAの存在を子の海馬や前頭皮質において検出することができなかった。NS1は、宿主での免疫応答を阻害し、ウイルス複製を促進する役割がある。特に、NS1は、宿主のインターフェロン生産に拮抗する作用を有する。ウイルスのゲノムのRNAセグメント1つでマトリックスタンパク質M1とM2の両方をコードする。M1はウイルス複製、組み立て、出芽という機能に関連し、M2はプロトンチャネル活性に関連する。NAは、hemagglutinin (HA) が結合するシアル酸を除去することによって、感染細胞からのウイルスの放出を促進する。NAは、インフルエンザ感染防止薬として開発されているペラミビルやオセルタミビルなどの薬物の標的である。我々の結果は、感染した母体の肺でウイルスmRNAを検出したが、検査された胎盤での検出は稀であり、検査した全ての子の脳では検出されなかったというShiら結果に似ている これらのデータは、ウイルスが胎盤を通過せず子には感染しなかったことを示唆している。我々の結果は、母体のウイルス感染による子への有害な変化は、母体が産生したサイトカインの作用によるものであるという間接的な証拠を示唆する。
当研究室では、E9、E16、E19という時期の出生前のウイルス感染の有害な影響をこれまでに報告した。E9時期でのウイルス感染は、P0における海馬と前頭前野の異常な皮質形成をもたらし、 脳の適切な層状組織化のために重要な分子であるReelinの減少を伴っていた。さらに、E9時期での感染は、巨頭と成人期における錐体細胞の調節障害をもたらし、その結果、脳の発達に長期的な影響を及ぼした。後期(E18時期、特にE16時期)での感染は、海馬や小脳や全脳の容積の減少と変化をもたらし、複数の領域における白質のFA(DTi検査における異方性比率のことか?)の変化といった有害な影響を及ぼした。一方、E7時期の感染ではP35における右中小脳脚のFAの増加はあったが、脳の形態にはE9、E16、E18という後期における感染と比べて影響は比較的小さかった。マウスでは、妊娠の第1期(妊娠を3つの時期に分けて、その1番目の時期。E0~E10。)と、第2期(E10~E20)の違いは、胎児の器官形成はE10~E14になされ、胎児の成長と発育はE14~E20にかけて成される。個々の脳領域では、成長はタイムテーブルに従う。例えば、大脳皮質はE11.5~E16になされ、海馬はE11~E15.5になされる。従って、E7時期での感染は、これらの重要な期間の前の感染であるため、脳の形態には比較的低い影響で終ることを説明できる。
我々は、感染した母親の胎盤で多くの構造異常を観察したが、H1N1ウイルスの致死用量以下の感染は LZの喪失、血栓形成、胎盤のアポトーシスや壊死、炎症性細胞の増加を認めた。我々が観察したLZの減少は、カンピロバクターの感染でもマウスで胎盤で確認されている。我々は、この胎盤の変化は、呼吸ガス交換の障害につながり、母親と胎児の間での栄養素や老廃物の流れの障害につながる可能性を示唆する。興味深いことに、糖尿病のマウスモデルの研究でも、海綿様細胞の過剰発現によるLZの減少を認めたが、この所見も胎盤輸送の障害を示唆する。胎盤でもウイルスRNAが検出されなかったため、これらの変化は、母体または胎児のサイトカインの産生に起因するものであり、おそらく、サイトカインによって胎盤の炎症性細胞が増加したことが原因であろう。カンピロバクターによる感染でも、インターフェロンγ(INF-γ)の著明な増加をもたらし、INF-γは神経の酸化ストレスやアポトーシスのメディエーターとして作用する。子宮胎盤血流が制限された胎盤機能不全のモルモットのモデルでは、統合失調症モデルで観察されたようなPPIの減少や脳構造の異常を認めた。今回の我々のウイルス感染モデルでも、これまでのモデルと同様のメカニズムによって、子の脳における遺伝子発現に影響を与え、行動の変化をもたらすものと推測される。
(出生前感染によるサイトカインの脳の発達への影響に関する詳細なレビュー。一読の価値あり。)
http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0278584611003186
今回の研究における制限事項は少ないサンプル数である。調査した個体数が少ないため、ばらつきが生じ、遺伝子発現の変化や脳の形態の変化をマスクしている可能性がある。さらなる調査が必要である。今後の研究では、胎盤遺伝子のウェスタンブロッティングを行う予定である。胎盤組織中のサイトカインの測定は、特に、IL-6の測定は、炎症の潜在的な役割についての重要な情報を提供することであろう。
結論
E7時期における出生前のインフルエンザウイルスの感染は、E16時期の胎盤における遺伝子発現と形態の変化をもたらした。変化した胎盤遺伝子の多くは、低酸素、炎症 免疫反応、アポトーシスに関連する遺伝子であり、免疫反応によって胎盤環境が障害されたことを示唆する。また、E7時期の感染で、子の海馬とPFCにおける遺伝子発現の変化をもたらし、これらの変化は青年期まで持続した。E7時期の感染症は、子の脳の形態や白質における異方性比率への影響は小さかった。qRT-PCRを行ったが、胎盤内や子の脳内でH1N1ウイルス遺伝子のmRNAを検出することはできなかった。これらのデータは、ウイルス感染後に観察された複数の結果は、子への直接感染によるものではないことを示唆する。
(論文終わり)
人とラットでは妊娠中の感染時期に注意する必要がある。ラットでは妊娠の後期の方が子への影響が大きくなるが、人では妊娠早期の感染になるほど影響が大きくなり統合失調症へのリスクが高まる。
重要な問題は、妊婦への感染症をどのように防ぐかであろう。特に妊婦へのワクチン接種は精神疾患の予防にとってプラスに作用するのか、逆に、マイナスに作用するのかという問題がある。この問題に関してはまだ決着はついていない。胎児への直接的なウイルス感染よりも、病原体に暴露された母体が産生するサイトカインが胎児の脳に影響を及ぼし、生後でもその影響が子の脳では持続し、統合失調症や自閉症などの精神疾患に結びつくことはもはや疑いようもない事実となってきている。従って、妊婦へのワクチン接種が母体のサイトカイン産生を促し胎児の脳への影響を与えないとは限らない。妊婦へのワクチン接種の影響をさらに調査して、明確な答えを出さねばならないであろう。
さらに、こういったインフルエンザ感染による胎盤や子の脳への影響が、どのような薬剤、物質によって軽減されるのかを調べていく必要がある。タミフルやリレンザなどの抗インフルエンザ剤、NSAIDsなどの抗炎症剤(前回のブログで紹介したように、母体の発熱が長引くほど危険性が増すのであればNSAIDsの効果はあるかもしれない)、ω3脂肪酸、NACやグルタチオンなどの抗酸化剤などによって母体が産生したサイトカインによる子への悪影響は軽減されうるのか、逆に、こういった薬剤や物質によって胎盤や子の悪影響がさらに増すのか、などの想定される事象を動物モデルで検証していく必要があろう。
出生前の妊娠中の感染症と統合失調症の関連が示されたものとしては、インフルエンザ、トキソプラズマ、単純ヘルペス2型、風疹、性感染症などがあるが、統合失調症の発症リスクはこれらの病原体が胎児に直接感染することで生じるのではなく、母体が産生するインターロイキン6やTNFαなどのサイトカインが精神疾患のリスクを高める原因となることは確実である。この意味からは、妊娠中のインフルエンザワクチンの接種は慎重であらねばならないという意見がある。逆に、意味はあるから接種すべきであるという意見もある。それはワクチン摂取による免疫反応と実際に感染した際の免疫反応では、産生されるサイトカインの総量が比べものにならない程違うからであろう。(私には妊娠中のインフルエンザワクチンの接種は実施すべきか中止すべきは、どちらが適切なのかは分からない)。
なお、トキソプラズマに関しては、ワクチンを作ったとしても理論的に感染防御としては機能しないため、ワクチンではトキソプラズマを予防することは不可能であり、かつ、トキソプラズマは胎盤を通過して子にも直接感染するであろうと思われるため、トキソプラズマを予防するためには母体に侵入させないことに尽きる。妊娠中は生肉の摂取を絶対にやめ、肉を切った包丁は続けて使用せずに必ず洗ってから次の野菜を切るなどの注意を払い、家畜やペットといった動物と一切接触しないようにすることでしかトキソプラズマは予防できないであろう。
精神疾患を予防するには、妊娠を計画している女性に、妊娠する前に様々な予防接種を済ませておくべきである。それが理想である。もし、そういった措置を経ずに無計画な妊娠が繰り返される限り、精神疾患の予防は困難となり、精神疾患の発生は減ることはないであろう(できちゃった婚などは精神疾患の予防の上では最低の行為である)。しかし、妊娠前にワクチン接種を義務付けるという計画管理されることを希望しない女性も多いことであろう。この問題への意識が高まっていき、精神疾患の予防のコンセンサスが浸透し、希望する女性には精神疾患に関連する病原体(インフルエンザ、風疹、単純ヘルペス、サイトメガロ、ボレリアburgdefooriなど)へのワクチンを妊娠前に無償で接種できるような体制が整備されることを祈るばかりである。
さらに、妊娠中は仕事を休み、人ごみの中に出歩くのを避け、感染防止に努めるのが理想であろう。国は、本格的に精神疾患を予防したいのであれば、周産期と連動した取り組みを強化せねばならない。妊娠中の発熱の記録を国が一元管理し、妊娠中に発熱のあった母親から生まれた子をフォローアップしていく必要がある。さらに、母体をストレスから保護することも重要であり、妊娠と分かった段階からの休業を保証するような制度を作り上げていかねばならない。育児休暇だけでなく可能な限り出産前から長期間休業できるような出産前長期休暇制度の充実が望まれる。
さらに、妊娠中は仕事を休み、人ごみの中に出歩くのを避け、感染防止に努めるのが理想であろう。国は、本格的に精神疾患を予防したいのであれば、周産期と連動した取り組みを強化せねばならない。妊娠中の発熱の記録を国が一元管理し、妊娠中に発熱のあった母親から生まれた子をフォローアップしていく必要がある。さらに、母体をストレスから保護することも重要であり、妊娠と分かった段階からの休業を保証するような制度を作り上げていかねばならない。育児休暇だけでなく可能な限り出産前から長期間休業できるような出産前長期休暇制度の充実が望まれる。
2009年の新型インフルエンザH1N1に妊娠中に罹患した母親から生まれた子供に対しては、親は常にat-riskにあるかもしれないと注意していった方が良いであろう。なお、 at-riskなケースと想定される子に対してどのようなことに注意していくと良いのかは別の機会に触れる予定である。
最後に、妊娠中の感染症を防止すれば精神疾患の3割は防止することが可能だろうと見積もられていることを付け加えておく。
(SZと関連すると想定される感染症↓。これらの病原体への妊娠前の免疫強化策が重要である。)