悪夢と明晰夢

悪夢と通常夢と明晰夢(その3 明晰夢について)


Lucid dream

(前回の続きである)

 今夢を見ているのだ、これは夢なのだと、夢の中で自分が夢の中にいることを自覚した経験がある人は多いはずである。そんな時に限って、その夢はフルカラーで鮮明であり、空を自由に飛んでいたり、楽園のような場所にいたり、神秘的な場所にいたり、宇宙を旅していたり、自分の思い通りの世界を作り、その中で思い通りに行動ができるという、通常ではありえないような心地よい体験をしており、目覚めた後でも鮮明に夢の内容を覚えていることが多い。そういった夢を明晰夢(Lucid dream)と呼ぶ。まさにハイビジョン映像でバーチャルリアティの世界を体験しているのが明晰夢なのである。しかし、残念なことに、明晰夢はめったに見ることができない。
 
 そんな明晰夢を毎日見ることができたら、どれだけ素晴らしいことであろうか。もし、自由自在に明晰夢を見ることが可能になれば、これ以上の至福はないであろう。そんな夢ならば休日は一日中でも眠って明晰夢を見ていたい。私は、時々、鳥のように空を自由に飛び回ったり、超能力者になって壁をすり抜けたり、物を念力で動かしたり、瞬間移動をしたりといった夢を見ることがあるのだが、そんな夢を毎日見たいと願っていても、月にせいぜい1回あるかないか、そんな頻度でしか明晰夢を見ることができない。
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 しかし、世の中には私と同じようなことを願っている人が多くいるようであり、明晰夢を研究し、明晰夢を自由に見る方法を開発しようと試みている学者がたくさんいるのであった。
 
 下のサイトは古い年代のものではあるが、明晰夢に関する膨大な資料が掲載されているサイトである。全部を読むには相当な時間がかかってしまうが、興味がある方は、このサイトを参照しながら明晰夢を見るトレーニングをしていくと良いかもしれない。
 
 ここで疑問が生じる。明晰夢。この夢はREM睡眠と同じようなものなのであろうか。

 いいや、どちらも夢を見ている状態ではあるが、明晰夢とREM睡眠では脳の状態が全く異なっていることが既に明らかにされているのであった。明晰夢は通常の夢の状態は異なるため、そんな何度も都合よく明晰夢を見れないのである。
 
 明晰夢における脳波解析からは、前頭葉や側頭葉前部における覚醒時の所見とREM睡眠時の所見がハイブリットしたような脳波所見が見出されている。明晰夢は脳波所見からは覚醒時とREM睡眠が合体したような睡眠なのであった。明晰夢では、通常のREM睡眠では逆に抑制されているようなDLPFCや側頭葉中央下側といった領域の特殊な活動状況が関与しているものと考えられている。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2737577/
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 明晰夢を見ている時の画像所見からも、上の論文と同様な所見が得られている。その結果、なんと明晰夢では人類でのみ高度に発達した脳の領域が活発に活性化していることが分かったのである(下図)。この明晰夢に関与している領域の脳の容積は猿と比べて人では32倍にも増大している領域である。猿などの動物でも夢は見ると考えられているが、明晰夢は人類でしか体験できない高度な精神現象なのであった。
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 しかも、明晰夢はハイビジョン映像である。明晰夢を見ないでおくなんて、ハイビジョンのソニーのブルーレイの矢沢永吉のCMではないけども、これ程もったいないことはないのである。
(せっかくの夢を明晰夢で見ないなんて、矢沢永吉も「もったいない」と嘆いております^^;)
https://www.youtube.com/watch?v=mGQpm5TGSnE

 明晰夢。これを自由に楽しめるようになれば、もはや、他の娯楽やドラッグや酒も不要となる。金や地位や権力や名誉も要らない。お金や地位や権力や名誉があっても明晰夢だけは見れない。明晰夢は自分で練習して獲得するしかない究極のアイテム(幸せ)なのである。現実の世界の中では出世できない平のサラリーマンのままかもしれないけれど、私には明晰夢がある。職場の嫌な上司も明晰夢という究極のアイテム(人類のみに与えられたアイテム)だけはまだ獲得できてないはずだ。仕事や出世や金、もうそんな前時代的なものに私は価値を見出してはいないんだよ。ははははは。明晰夢をマスターできれば毎日の眠りにつくのが大いなる楽しみとなり、毎日を充実した幸せな気持ちで送れるようになれるはずである(現実逃避じゃないかと言われるかもしれないが、仕事はしつつも、残業などせずに、さっさと仕事を切り上げて、夜の自由な時間を大切にして、仕事よりも明晰夢をマスターし、明晰夢を楽しむことを優先するような生き方は健全な生き方ではあろう)。

 今回は明晰夢を見る方法を探ってみたい。今回は明晰夢に関する論文でなく、明晰夢を見るハウツウ的なサイトを検索し、その結果をまとめて1つにして紹介する(以下のサイトを参考にしている)
 

 これまでの論文にて報告された明晰夢に関する研究から、明晰夢を見るための最良の方法として以下の6つの方法やテクニックが提示されている。
http://dreamstudies.org/2012/09/18/6-best-scientifically-tested-lucid-dreaming-techniques/

(1) LaBergeのMILDテクニック(mnemonic induction of lucid dreams technique 、ニーモニック{記憶術}誘導明晰夢)
 
 目覚めたら夢の内容を忘れずに全て思い出すことで夢のリコールを強化する練習を行う。さらに、再び眠りに就く時に前回の夢(イメージ)を思い出して夢の続きを見るのだと自分に強く言い聞かせながら眠るようにする。イメージ化(可視化visualization)に成功してイメージが見えてきたら、そのイメージの中で現実ではなく夢であるというドリームサイン(dreamsigns)を探すようにする。夢だというサインを探せたら、既に夢に入っているのだと自覚してさらにイメージ化を続ける。イメージ化は力を抜いてリラックスして受動的な態度で臨まねばならない。そして、昼寝でこのテクニックを磨く練習をする。すなわち、30分くらい昼寝をしたらいったん起きて、また再び昼寝をするのではあるが、その時にこのイメージ化とドリームサインを探すことを意識して再度の昼寝を試みるのである。

 このテクニックを練習している時に入眠麻痺のような状態になることがあるが、そうなっても慌てないことである。入眠麻痺は明晰夢が始まっているサインなのである。麻痺から抜け出そうともがいて手足を動かすようなことはせずに、明晰夢に入っているのだと自分に言い聞かせてリラックスし、体が空中を浮遊しているようなイメージを描き、明晰夢に入っていることに成功していれば、実際にそのような風景とボデイイメージが重なったイメージが描き出されてくるはずであり、そうなれば、後は、これは明晰夢なのだと意識して、浮遊体験を続けるのも良いし、他のことを思い描いてもいいし、思い通りのことを意図して明晰夢を楽しめばいいのである。最初は明晰夢は数分間で終わり長くは続かないかもしれないが、たとえ1分間の体験であっても明晰夢だったと自覚できれば、それは明晰夢に入ることに成功した訳であり、トレーニングを積み重ねていけば長時間の明晰夢を楽しめるようになる。映画「インセプション」でも現実の5分間は夢の中では1時間と表現されていた。現実の世界では1分間でも夢の中では12分間である(本当にそうなのかは分からないが)。中国のことわざにも邯鄲の夢という短時間の眠りのうちに長い生涯にわたる夢を見ていたという逸話がある。邯鄲の夢は明晰夢だったのであろう(と、いったようなことがネットでは書かれているのだが、そんなにうまくイメージトレーニングができるのであろうか。汗;)。
(2) 内省力( Reflection)を鍛える(現実検討能力 reality testingとも呼ばれる)
 
 瞑想をしながら今の自分の意識を認識するトレーニングは内省力(現実検討能力)を養える。内省力が高まっていけば夢の中で「今、私は夢を見ているのだ」という認識をできるようにもなる。さらに、この内省能力が外部からの光刺激を利用する明晰夢を生む装置を使用した時に、光刺激が光の映像として夢の中に反映され、それをドリームサインなのだと気付き易くなることにもなる。明晰夢の鍵は「今、私は夢を見ているのだ」と認識できるかであり、その認識力は内省力がどれだけ鍛えられているかが鍵なのである。

(3) 意志選択(指向性)を確立する Building intentionality
 
 明晰夢は覚醒中の意志選択のプロセスの経験の豊富さと関連している。すなわち、明晰夢の最中では意図制定(意志決定、intention enactment)という意志に関するプロセスが強く関与しているのである。意志を保ちながら行動をする能力は、明晰夢の間の意識と密接に関連している。覚醒時でも夢の中でも、自由に行動するには高次の意識が機能し、なおかつ、意志が機能していないと自由には行動できない。しかし、夢を見ている最中は、高次な意識の多くの側面が機能していないことが多い。夢を見ている最中では、意志だけでなく内省する能力も著しく低下している。そのため、通常は夢を見ているのだとは認識できない。しかし内省能力を鍛えれば夢を見ているのだと認識できるようになる。しかし、夢を見ているのだと認識できても夢の中で思い通りのことができないのでは意味がない。そこで意志決定の能力をも鍛えておくことが重要となる。日中の意志決定の経験が夢の中での意志決定にも反映され、夢の内容を自分の意志で自由に変化させることができるようになる。明晰夢で、空を飛ぼうと思えば飛べるようになるし、瞬間移動しよと思えばできるようになるし、美女を出現させてエッチなことをしようと思えばできるようになるのである。

(4) Tholeyの組み合わせテクニック Tholey’s combined technique (現実チェック+意図性)

 これに関しては、(2)と(3)を組み合わせた方法である(詳細は下の文献を参照してほしい)。

(5) 外部からの光刺激 Light stimulus (明晰夢マスクなどNovaDreamerやRemeeなど)
 
 明晰夢ではしばしば明るい光を体験する。この現象を利用して、LaBergeらは外部からの光刺激を応用したNovaDreamerというアイマスク型の明晰夢を発生させる装置を開発した。Remeeというアイマスクも販売されている。Auroraという装置もある(英語での動画だが、原理は下の動画を見れば何となく分かるであろう)。この装置からの光刺激は、夢の風景に反映され、ドリームサインを形成することにもなるし、完全に目覚めさせないレベルでのDLPFCの覚醒度(活性化)を高め、明晰夢を見やすくさせてくれる(はずだ・・・・、という理論に基づく装置らしいが、はたして、その効果やいかに)。
(NovaDreamerについて)
(Remeeについて)
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http://www.youtube.com/watch?v=f7za7OkjPVY#t=88

(6) WBTB(Wake back to bed)

 6時間位で目覚ましが鳴るように設定し、目覚ましが鳴ったらちゃんといったん起きて、(20分くらしたら)再びベッドに戻り、瞑想したりイメージを思い浮かべながら再び眠りに就ければ明晰夢を見る確率が高まると言われている。すなわち、いったん目覚めてもう一度眠るといった二度寝の時に明晰夢を見やすくなるため、それを利用する方法である。これは睡眠のサイクル(下図)からも早朝に起きて二度寝すると短時間でREM睡眠に入りやすいことは明らかである。
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 次に、Googleで検索して最上位に出てきたサイトを紹介する。このサイトは明晰夢を見るために参考とされている最もアクセスが多い海外のサイトと思われる。

明晰夢を見るための11のステップ

 あなたは夢を制御できる能力があることを信じなければならない。

1 During the day, repeatedly ask "Am I dreaming? "

 日中に繰り返し、「私は今夢を見ているのだろうか」という自問をする練習をしておく。これは内省力を鍛えるトレーニングとなる。夢なのかという自問をする練習が夢の最中にも習慣となって反映され、実際に夢を見ている最中に「これは夢だ」と気付くことに役に立つことであろう。
 
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2 Keep a dream journal

 夢日記(夢ジャーナル)をつける。このステップが明晰夢を見るための一番重要なステップとなる。常にベッドのそばに置いておき、目覚めたら直ちに夢の内容を記載することを続ける。共通の夢があり、夢の続きを見ていることを発見したり(通常は続きを見たいと思っても夢の続きは見れないのだが)、自分の夢に共通の要素があることを見出せることがある。この共通する要素を知ることは、ドリームサインとして夢の中で活用することができることにつながる。

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3 Learn the best time to have a lucid dream

 明晰夢を見ることができるベストの時間帯を学習する。各個人における睡眠スケジュールを熟知することは明晰夢を見やすくなることにつながる。これまでの研究では、朝に目覚めた後での短時間再入眠(nap)した時に最も明晰夢を見やすいことが示されている。明晰夢はレム睡眠と強く関連している。REM睡眠は覚醒前の最後の睡眠時間帯で最も強くなる。これは、覚醒する前の直前に明晰夢が出易いことを意味している。入眠時にREM睡眠が起きるのはナルコレプシーの症状であるが、もし、明晰夢が眠りに就いた直後に生じるのであれば、睡眠の専門家に医学的なアドバイスを受けた方が良い場合があるのかもしれない(ナルコレプシーである可能性もあるが、入眠発作がなければその心配はないだろう)。しかし、夢はREM睡眠だけで生じる訳ではなく、non-REM睡眠中に目覚めた時でも夢を見ていたと報告することが研究で示されている。夢は、入眠中では通常60分ごとのサイクルで生じる。もし、夢のリコールレベルを高めたい場合には、このサイクルに沿って起きてみると良いだろう。夢が中断された時はその夢をリコール(想起)しやすい。

4 Try Stephen Laberge's mnemonic induction of lucid dreaming (MILD) technique

 明晰夢を誘導するStephen Labergeのニーモニック明晰夢誘導テクニックを試みる。目覚まし時計を、入眠してから、4時間半後、6時間後、または7時間半後に目を覚ますように設定しておく。次に、目覚まし時計で起こされた時、可能な限り見ていた夢を思い出す。できるだけ多くの夢の内容を思い出した後で、再びベッドに戻り、目覚めた時の夢の中にいた情景を想像する。そして、(イメージが出て同時に入眠した時に)、既に夢の中にいるのだと気付くようにする。すなわち、自分自身に向かって、「夢を見ていることに私は気付くはずだ」といったことを言い聞かせながら入眠をするのである。「虚脱状態に入った」と思えるようになるまで、このイメージングと言い聞かせを行い続ける。それから入眠状態に入れば明晰夢に入ることができる。もし、眠りに落ちようとしている最中にランダムな思考が出てきても、再びイメージすることを繰り返し、自己に言い聞かせること(夢だと気付けるはずだ)を繰り返す。時間が長くかかっていると思えても心配しないことが重要である。時間が長くかかることは、「虚脱状態」に入り易くなり、明晰夢を見やすくなるからである。

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5 Attempt the WBTB (Wake Back To Bed) Technique

 前述したWBTBテクニックを試みる。これは、最も成功するテクニックである。目覚まし時計を5時間後に設定して眠りに就く。5時間後に目覚めた後で、起きている間は心を明晰夢にだけ焦点を当てて、MILDテクニックを使用して再び眠りに入る。

6 Try attempting the WILD (wake initiated lucid dream) technique

 WILD(明晰夢を開始させる覚醒)テクニックを試みる。基本的に、明晰夢としては、最初から始まる睡眠の際には意識していることはREM睡眠の中に直接運ばれるということである。静かに集中し瞑想を試みる。呼吸をしながら、階段を上り降りするイメージや、太陽系に落下していくイメージや、静かな防音エリアの中にいるイメージなどを描く。睡眠の間際へ導く簡単な方法として、ベッドに横たわり、枕に触れている後頭部の上に意識を集中させる方法がある。自分の内なる声が遮断されるまで待ち、枕が沈んでいくイメージを眠りに就くまで思い描く。意識をできるだけしっかりと保持しようとする間に、知らぬ間に、自身の意識は体の外へとシフトしているはずである(=睡眠に入る)。これはあなたの体が眠りに落ちたことを意味し、明晰夢の世界へと入っていくことであろう。シータバイノーラルビート(Theta binaural beats)を聴いていることで簡単にREM睡眠に入ることもできる。ただし、明晰夢の時に興奮していると当然目を覚ましてしまうことがある。その時には、夢に焦点を当てながら手のひらをこすり回転させ集中すること。
(バイノーラルビートについて)

7 Another technique for overall "dream awareness" is the Diamond Method of meditation, which can shortcut the overall learning curve, of Lucid Dreaming.
 
 別のテクニックとして「夢を意識する」というダイヤモンド瞑想法があり、瞑想をすればショートカットして明晰夢に入ることができる。瞑想をしながら、ダイヤモンドの断面のように、起きている時と夢の中にいる自分を視覚化することを試みる。宇宙や神や自分の精神の認識は、「ダイヤモンド」の断面の選択のようなものである。 ここでのポイントは、生命活動(生活、人生、life)は同時に起こっているものだと認識することである。我々の生命活動は、意識や夢を直線や時間の順番にそって並んでいるだけだと認識(知覚、perception)するのである。各々の個人の経験を、まさにダイヤモンドの断面ように見なすのであれば、 夢という体験は、意識することと同時に存在しているものなのである。この方法は遠隔視(Remote Viewer)としても知られている。この練習は意識の断面から夢の断面へと少しだけシフトする練習であることを忘れないでほしい(ダイヤモンドの断面を2つ同時に見ることが可能なように、意識している状態と夢を見ている状態は同時に可能だと認識し、注意を意識の断面から夢の断面へと少しずらすだけで明晰夢が可能ということらしいが、この文章の内容は難解である)。
(遠隔視について)

8 Try marking an "A" (which stands for "awake") on your palm

 手のひらに「目覚め」を意味する「A」を書いてみる。目覚めているか眠っているかどうかをテストするために、目覚めている時間にいつでも手のひらに「A」を書いてみる。そうすることで、最終的に、睡眠中の夢で「A」を見た時に明晰夢につながることがある。

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9 Get into the habit of doing reality checks

 現実チェックを行う習慣を身につける。映画「インセプション」でもこの現実チェックの場面が頻回に登場する。これは普通ではない、強くイライラする、あるいは無意味なものだと、現状がそう思えたら少なくとも3回の現実チェックを毎回行う。その習慣があなたの夢の中でも反映される。夢の中では、その行為は今は夢の中にいるのだということを告げることになり明晰夢に導いてくれる。夢の中でも現実チェックの仕方を思い出すには、実際の生活の中での現実チェックの習慣を確立しておかねばならない。現実チェックの1つの方法としては、「ドリームサイン」を見つける方法や(ドリームサインはしばしば夢の中に出現し、夢日記の中で見つけることができる)、現実では存在しないような物を見つける方法がある。それらを見つけてから現実チェックを行う。これらの行為が習慣となれば、その行為を夢の中でも行うようになり、その現実チェックによって夢の中にいると結論することができるようになる。現実チェックを頻回に行えば夢を安定させることもできる。この方法はDILD (夢で明晰夢を誘導する、Dream Induced Lucid Dreams)として知られている。

いくつかの現実チェックの例
 
その場所に居続けているのならば時計をチェックする(針が進んでいなければ夢の中)
文字の字体を見る、そして目をいったんそらす、そして文字が変わっていないか再び見る
ライトのスイッチを消したりつけたりする。
鏡を見る(鏡の中の自分の姿は夢の中ではぼやけたりする)。
鼻をつまんで息をすることを試みる
手を見る。そして「私は夢を見ているのだろうか」と問う(夢を見ている時は5本の指が多くなったり少なくなったりする)
ジャンプしてみる。夢の中ではそのまま飛び続けることができる。
自分の体をつついてみる。夢の中では、肉は弾性が強くなる。手のひらを指で押してみるのも良い。
壁に体をよりかかってみる。夢の中では壁をするぬけてしまうことがある。

映画「インセプション」では、こまを回す方法を現実チェックに使用している。こまが回り続ければ現実ではなくまだ夢の中だということになるのだが、はたして・・・。
http://www.youtube.com/watch?v=Hhavsmsi_5M
https://www.youtube.com/watch?v=oeN-jDGQlpQ


10 Prolong lucid dreams by spinning your body or falling backwards in the dream (suspected of prolonging REM), and rubbing your hands (prevents you from feeling the sensation of lying in bed).

 自分の体を回転させたり後ろに倒れれたり(REM睡眠を延長する)、手をこすることで(ベッドで寝ているという感覚を感じさせなくする)、明晰夢を延長させることができる。体を回転させる際には注意する。夢の中で体を回転させたり後ろに倒れる時に、回転をやめた時や地面に当たった時に完全に別の場所に自分がいることを発見することがあり、それによって明晰夢が終わってしまう可能性がある。もし、夢が揺れ動いたり、フェードアウトするように感じたら、まだ夢を見ているのだと思い出しながら地面を見て周囲を視覚化すると良い。

11 Look through previous dreams in your Dream Journal.

 以前の自分の夢日記に目を通す。 もし、自分の夢のパターンに気付き始めた場合、夢の中でドリームサインに気付くようになったり、夢の中で何回も登場する特定の物事に気付くことにもなる。さらに、全ての夢が自分の身近な状況での夢であったり、または、自分の夢がある種の好みを持っているなど、自分の夢には基本的なパターンを持っていることが夢日記で分かることがある。夢のチェックや自分のドリームサイン見つける習慣を付けることで、夢の中で自分のドリームサインが表示されるようになり、それをチェックできれば、夢の中で自分は夢を見ているのだという実感を得ることができる。

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手を見て現実チェックをする方法の変法

1 毎晩の睡眠への準備として、ベッドに座りリラックスする。 手のひらを30分間見つめながら、「私は夢を見る・・・」、「私の夢」といった言葉を自分自身に対して繰り返す。

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2 自分の手を見つめながら、「私は夢を見る・・・」、「私の夢」、このフレーズを繰り返す。

3 30分後、または、疲れてきたら、電灯を消して、睡眠状態に入る。

4 夜の間に目覚めた時には、自分の手を見て、同じフレーズを言う。もし、自分の手を見ない場合は、自分の手を見るという意図を次の夢の中では思い出すように自分自身に言い聞かせる。

5 夜眠る前に手を見ながらこのフレーズを唱える練習を続れば、ある晩突然、夢を見ている時に、手が自分の眼前に突然出現し、意識して、「私の手だ」!ということを理解する。オーマイーゴ(信じられない)、これが明晰夢だ

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 睡眠の1時間前からは水分を飲んではいけない。明晰明晰夢から上手に目を覚ますために眠る前に最後にしておくことはトイレである。

 夢を見ているのだと気付いた場合には、いつでも既に夢の中にいることを熟知しておく。

 夢の中では次のことを忘れずに思い出す。社会的な影響はない。全てのことが、文字さえも自分の想像の単なる一部である。怪我をすることは絶対にない。夢の安定性を維持するためには自分が夢をコントロールする必要がある。自分の行動、夢の中に出てくるキャラクターの行動、環境、物理の法則さえも、全てが自分による完全なコントロールの下にある。それを忘れずに覚えておくことで、明晰夢においては常に夢の内容を完全にコントロールすることができるようになるであろう。

 テレポートをすることもできる。目を閉じて、体を回転させ、新しい風景を想像し、目を開く(と、テレポートしている)。

 目を覚ましている間に明晰夢の中で実現したいことが予め決定される。明晰夢の中で、自分が何をしたかったのかを知ることであろう。

 自分の手で、あるいは、ポケットで何かを可視化しようとすることができる。その重量、形状、質感を感じようとイメージすることは役に立つ。悪夢やその他の恐ろしい夢の中では、もし可視化を練習していた場合、可視化は危険に対する自己防衛システムになることができる。もちろん、それらは本当に危害を加えることはできないが、可視化でロケットランチャーのようなものを出現させ、逆に、怖いモンスターを至近距離で爆破することで楽しむことができる。

 明晰夢では飛ぶことも楽しい。(夢の中で「歩行」していても)、高く高くジャンプして飛行するの試みを開始する。飛びたいと思うことで飛行する練習をする必要があることが分かり、地面から体を持ち上げて、ホバリングを開始する。また、夢見ていることをまだ完全に確信していない場合でも、最初に飛行する時のように、壁や天井の上を歩いてみることができる。多くの人が飛行体験を明晰夢の中で自然に、かつ、非常に爽快な気持ちで体験できる。

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 目覚めた時に夢をリコールする際には移動しないようにする。筋肉の神経細胞が活性化してしまうと、脳の部分にアクセスして夢をリコールすることが困難となる。

 それは夢であるし、夢の中で起こったいくつかのことは再び起こらないことに注意しなければならない。夢の中で友人や愛してした人を見つけた時には、もし、夢であったとしても、再びそのチャンスを得ることはできないことがあるため、自分が何を思っていたのかをその人に伝えておく。死んだ父や母や友人に伝え残したことがあったのならば、夢の中で会った時に伝えるべきである。もう夢の中でしかその人とは会えないのだから。伝えられなかったことでモヤモヤしていた自分の気持ちが必ず晴れるはずである(映画「インセプション」でもそんな場面が出てくる)。

 睡眠中に、もし、体がうずき始め筋肉が弛緩し始めた場合、これは夢を見ているのだと自分自身に伝える時が来た兆候である。

 もし、夢を思い出すのに苦労する場合は、起きて、枕を下にして仰向けになって、目を閉じ、夢の中で何が起こったのかを最後から順番に思い出してみるとよい。

その他のヒント

 創造性と想像力が多くの明晰夢を持ち、自分がしたい夢を見るための鍵となる。

 明晰夢を見つけるための特別な手掛かりが存在する。例えば、色や壁が不自然にシフトし変化しているのを見つけたら、これらの変化をピックアップすることを試みれば明晰夢を今見ているのだと認識できるであろう。

 現実の世界では不可能であるという何かに気付いたら、例えば水中でも呼吸できるようなことであるが、これは、今夢を見ているのだと警告し現実チェックとして機能することができる。

 自分独自の現実チェックをマスターし、それを一日に数回行う。例えばテーブルの上でコインをスピンさせる方法が使用できる。もしコインが回転を止めた場合は、自分の周りの全ては現実であることを知る。1日に数回、毎日のルーチンとして実行すれば、夢の中でもこれを行う良いチャンスを得るようになる。コインが停止しなければ、夢だと知ることができ、完全に夢をコントロールする機会を得ることになる(映画「インセプション」に出てきた方法である)。
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 形状シフトを試すこともできる。これはコマンドして行うのは難しいが、変身マシンや自分を動物へと変身させる魔法のアシスタント作り出すことで、トランスフォームを遂行することができる 。

 もし夢だと発見したが望み通りにならない時は、一瞬「目を閉じて」、その後、力強く目を開ける。この方法は最初はうまく動作しない可能性があるが、最終的には実際に思い通りになることであろう。

 もう一つの現実チェックの良い方法は常に自分のポケットに何かを持っていることである。自分ののポケットを見て、いつもの何かがそこにはない場合、夢を見ているのだと認識できる。

 望んでいたような明晰夢になった数分後にいったん意図的に覚醒する方法も良いアイデイアである。このようにすれば、非常に新鮮な形で夢を思い出すことができる。もし、目を覚さなければ、夢は夜の間に消えていき、そしてどのような夢を見たのかを忘れてしまう。

 睡眠麻痺を終わらせるには(睡眠麻痺自体は危険ではないが)、つま先を小刻みに動かしたり、嚥下をしてみる。睡眠麻痺の時には、脳は眠っている間に転げ回らることがないように筋肉を動かないくし体を休めるような信号を送信している。小さい筋肉よりも大きな筋肉が影響を受け易い。従って、つま先などをじたばたさせて動かそうとすると、睡眠麻痺の状態の間に覚醒してしまう傾向がある(既に入眠している証拠なので、体を動かすよりは体が浮かび上がるといったイメージを描いた方が良い)。

 夢を思い出すことができない場合は、感じたことに(感情に)焦点を当てる。夢をあまりにも一生懸命に思い出そうとすると、逆に、心は夢から離れていってしまうだけである。

 夢日記を続けることは重要でる。夢の中での異常(ドリームサイン)を見つけることができるだけでなく、楽しく思い出に残るような形で夢の追想を手助けしてくれる。

 起床時に現実チェックを実行することは、まだ夢の中にいるのに覚醒するという夢を見ること、すなわち「偽覚醒」を検知する手助けとなり、このようにすれば明晰夢を消さずに済む(これも映画「インセプション」で描かれている)。

 睡眠麻痺になると怖いかもしれないが完全に無害である。体が眠っていることをもはや認識しなくなれば、麻痺は解除されるだろう。
 
 夢の中で特定の事柄をコントロールできるようになるために、覚醒中に実際にそれらの事を練習しておく。例えば、起きている間に電灯のスイッチをゆっくりと消したり灯したりといったことを何回も試してみる。これは明晰夢にする練習となり、夢の中でも同じ動作を試みることで明晰夢に入ることができる。

 明晰夢の中で何をするかは、経験と練習を通じた個人の傾向やスキルレベルが反映される。明晰夢は夢の構造、登場人物、経過、などに影響を与えることができるが、明晰夢は、個人が望んでいるかことに連動して生じる訳ではない(夢の中で必ず望み通りになる訳ではない)。

 明晰夢の熟練者は、夢の中の場面で心理学や発達に関するような課題と対面するよりも明晰夢を楽しんでいる。快適で不快、簡単で困難、美しくて怖い、といった同時に相反するような夢は一般的に全ての通常夢で生じうる。夢だと意識していない通常夢の場合は、夢の内容は、疑問点が列挙されているにも係らず、潜在意識によって螺旋状に渦巻く微妙な内容で満たされてしまうため夢だと分からなくなってしまっているが、明晰夢を見ている場合は、どのレベルでも意識的に夢だと調査するチャンスがある

 明晰夢は夢をコントロールするチャンスを与えてくれるために、頻回に悪夢を経験する人に役立つかもしれない。

 バイノーラルビートを聴くもの良い。バイノーラルビートは、明晰夢を誘発するために使用され、明晰夢に導くことが劇的に向上することが保証されている。理論的には、バイノーラルビートを聴くことで、脳の周波数を下げ、リラックスできたり夢を誘発をトリガーする。特に、シータ・バイノーラルビート(Theta bin-aural beats)は夢を見ている時と同じ脳波の周波数である。なお、アルファとデルタバイノーラルビートもリラックスでき、こちらはnon-REM睡眠に陥る手助けをしてくれる。

 いくつかの薬は、副作用としてではあるが、夢の頻度に影響を与える。

 思い出したこと(以前の夢)を何でも書き留める。殆どの人は以前の夢も覚えている。もし、思い出したこと(夢)を何でも書き留めれば、脳は夢の中でも思い出した内容をも使うようになるだろう。

(このサイトの紹介終わり。意訳した部分が多いため、内容が間違っている箇所も多々あると思います。必ず原文を参照してください。)

 上のサイトでは少しだけ触れられていただけであるが、ある種の薬物や物質は夢に影響を与えることがあるため、薬物やサプリメントを使用して明晰夢を見ようと試みる方法もある。薬物を利用する方法では、ドネペジルやガランタミンなどのアセチルコリンエステラーゼ阻害剤を用いる方法が良く知られているようだが(特に、ガランタミンは5倍も明晰夢を見やすくなる)、明晰夢を見る目的だけで認知症の薬剤を使用するのは有害事象(睡眠麻痺の増加、不整脈、易怒性・攻撃性亢進など)を呼ぶだけで危険かもしれないので試みない方が良いであろう。

 お勧めはできないが、ガランタミンも含めた様々な明晰夢を見るサプリメントが海外のアマゾンでは購入できるようだ(私は海外のアマゾンを使用したことがないので規制にひっかかることなく購入できるのかは分からない)。

 中には怪しげなメキシコのシャーマンが使用していたというハーブ製品である「CALEA」というものもあるようだ。しかし、単なる脱法ハーブかもしれないので使用しない方が良いであろう。
http://www.world-of-lucid-dreaming.com/calea-zacatechichi-review.html

 他には、前述したように明晰夢を導入するアイマスク(Remee140ドル、NovaDreamer)やガシェット(Aurora、28,890円)がある。Auroraは2014年7月から発売される予定である。私はAuroraを購入して試してみようかと迷っているのだが、はたして効果はあるのだろうか。

 なお、明晰夢を見る訓練(lucid dreaming treatment、LTD)は悪夢への治療としても有効であるのだが、他にも明晰夢の効果が研究にて示されている。それはスポーツ上達への効果である。

 明晰夢を増加させる方法を調べた実験では、運動にて明晰夢の時間が増加することが判明した。逆に、スポーツ選手ではスポーツをしている明晰夢を見ることでスポーツの競技能力が飛躍的に向上することが判明している。明晰夢は最高のスポーツシュミレーショントレーニングにもなるのである。オリンピックで金メダルを取るような超一流のスポーツ選手は、運動の積み重ねも加わって、密かに明晰夢を見る能力をもマスターしているのかもしれない。羽生結弦選手はすぐに4回転ジャンプを跳べるようになったらしい。もしかして明晰夢をマスターしているのかもしれない。

 最後に、映画や動画を見て、その内容をそのまま記憶してしまえば、それと同じような内容の夢を見ることができるのかもしれない。なぜならば、夢では記憶の再固定が行われるであろうから、それを利用する訳である。これは、私が思いついた非常に安易な方法であるが、私はその方法で時々成功したようにも思える(映画と同じような夢を見ても、夢だと自覚できなければ明晰夢とは言えないのだが。汗;)。

 私は、ここ1か月以上、明晰夢は見れていない。現実チェックも一度も夢の中で行えていない。夢のリコールはし易くなったのだが、私には明晰夢はマスターできないのだろうか。ああ、明晰夢をマスターして自由に思い通りの世界を構築して楽しみたい。しかし、私は諦めずに明晰夢をマスターすることを試みていこうと思っている。しかし、大きな問題がある。それは、変だと思われないような現実チェックの練習方法がないことである。仕事中に手のひらばかり見ていたら、急にジャンプしたり、ポケットからコインを出して見てばかりいたら、あのドクターは変になったと思われることだろう。もともと変な男だから、まあ、それでもいいかな^^;。

(私が空を飛ぶ明晰夢を見るために使っているブルーレイ)
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悪夢と通常夢と明晰夢(その2 夢を見ることの重要性)


 (前回の続きである)
 
 なぜ人は睡眠中に夢を見るのか。その意味は何なのだろうか。
 
 夢には重要な生理現象や機能があるのだろうが、まだ十分には解明されてはいない。夢を見ることに関しては、様々な仮説や理論が提唱されている。下は海外のウィキペディアのREM睡眠に対する解説であるが、かなり詳細に書かれており参考になる。幼少児ほどREM睡眠の割合が多いことが分かっており、この所見からはREM睡眠は中枢神経系の発達に必要不可欠なものだと考えられている。もし、脳の発育が完了してしまえばREM睡眠は必要ないのかと言われれば、そうでもなく、成人においてもREM睡眠はシナプスの可塑性や神経新生に関与しているのではと考えられている。
%REM-SLEEP

 中枢神経系の発育以外としては、どのような夢の機能や意味が考えられているのであろうか。これまでに唱えられた夢を見る意味や目的や機能に関する主な仮説や理論としては、報酬系活性化理論(reward activation theory:Solms、2000年、PerogamvrosとSchwartz,、2012年)、デフォルト・モード活性化理論(default-mode activation theory:Pace-Schott、2007年、Domhoff、2011年)、脅威シミュレーション理論(Threat Simulation Theory:Revonsuo、2000年)、原始意識理論(protoconsciousness theory:Hobson、2009年)、ドーパミン作動理論(dopaminergic theory) 、代価シグナル理論(Costly signaling theory)、遊びのシュミレーション理論(Simulation theory in a ludic context)、自己組織化のプロセス(self-organizing process)、心の放浪(mind wandering)、心の理論(theory of mind)などがあり、諸説が入り乱れているような状況である。しかし、夢自体には多くの機能や意味を有していることだけは間違いないようである。夢を抑制せずに済むのであれば、できれだけ抑制せずに対処するのが一番良いのかもしれない。

 今回はなぜ夢を見る必要があるのか、夢の意味や機能は何かといったことに関するレビューを紹介したい。夢に関するレビューは多くのものがあるが、昨年度に出された下のレビューに沿って、これまで提唱されている夢の理論や機能の概要を簡単に述べてみたい。


睡眠と夢を見ることは重要なことである
「Sleep and dreaming are for important matters」

(長い論文なため、要点だけを記載した)
 
 睡眠中に脳が活動している領域は均一ではなく、特定の脳の領域が活性化したり非活性化するといった特徴がある。こういった特徴の中に睡眠中に夢を見る意味や目的が隠されているはずである。
 
 夢を見ている最中には、脳内の、記憶に関する回路、感情処理に関する回路、報酬システムの回路が活性化され、これら回路の中で内部情報として処理される。REM睡眠中の扁桃体や中脳辺縁系ドーパミン作動領域における活性化の増加は、夢を見ている最中に、高い感情認識や動機付けの価値化がなされ、並行して記憶のトレースが行われることを意味する。その結果、感情・動機・記憶の統合が促進される。すなわち、記憶に感情や動機がセットになって保持されるように夢の最中に1つにまとめられる作業が行われていることになる。これは重要な出来事の記憶を選択して強化することに寄与する。すなわち、忘れてはいけないような重要な記憶(その記憶は必ずしも快適で幸せな記憶ばかりではない)が強化される。それは、その個人が存在している連続性を保つ上でも重要なプロセスとなる。

REM睡眠中に活性化する領域

 さらに、睡眠や夢を見ている最中に活性化される感情/動機付けに関する回路は、オフラインでの再プロセス化を担っており、覚醒時における重要な機能、すなわち、記憶、感情、連合学習、探索行動、社会認識、パフォーマンスといった神経行動学的な基盤を形成する。すなわち、睡眠や夢を見ることによって、覚醒して活動している時の、記憶の統合の改善感情コントロールの維持感情バランスの安定化パフォーマンスの向上ソーシャルスキルの向上創造性の発展、といった重要な機能に結実できることになる。これらの高次な機能を覚醒中に駆動させるために睡眠中に夢を見ているのである。もし、睡眠中に夢を見ることが抑制されれば、学習、社会機能、創造性といった高次な機能が障害されてしまうことになろう。

 さらに、睡眠や夢が障害されることで動機付けや感情的な再プロセスの調節不全が惹起されてしまうが、その結果、気分障害、強迫行動といった報酬系に関連した障害のリスクを高め、特に、脆弱性を有する個人では、大きな健康被害を与える可能性がある。睡眠中の夢が抑制され続ければ報酬系の機能不全を起してしまうことになるのである。
 
情動(感情)回路や報酬回路の活性化
Activation of emotional and reward circuits
 
 覚醒中と比べて、REM睡眠中には、海馬(HC)、両側の扁桃体、前帯状皮質(ACC)といった情動(感情)に関連した領域が活性化する。これらは夢の最中に恐怖や不安といった強烈な感情を体験することになる理由であろう。夢で体験する感情はマイナスな感情ばかりではないが、必ずしもプラスの感情だけを体験することにはならないのである。さらに、扁桃体とHC、中隔核、内側前頭前皮質(mPFC)、ACC間の接続がREM睡眠中に増加する。これらは、記憶と感情的な価値をリンクさせて強化するという重要な役割を担っている。すなわち、REM睡眠中に、良い思い出は良い思い出として強化され、嫌な思い出は嫌な思い出として強化されるのである。
corticolimbic system

 逆に、REM睡眠中には、遂行機能や注意機能に関わる脳の領域の活性が著明に低下する。それらの領域は、背外側前頭前皮質(DLPFC)、眼窩前頭皮質(OFC)、楔前部、下頭頂皮質などである。これらの領域の活性が低下すると、覚醒時では見当識障害、非論理的思考、認知コントロールの低下、ワーキングメモリの障害を惹き起こすが、睡眠中の夢にも反映されうるであろう。すなわち、それらの領域の活性が低下することで、見知らぬ場所をさまようような迷子になっている夢などが生じうるのである。

 一方、腹側被蓋領域(VTA)側坐核(NACC)といった報酬回路の重要な領域が睡眠中には活性化する。これらの所見から報酬系活性化理論が提唱された。前述した感情回路と連携して、報酬系のネットワークの活性化は、高次の感情や動機付けに関連した記憶の再処理に寄与している。特に、REM睡眠中には、VTAの爆発的な活性化が生じるのだが、これによってNACCでのドーパミンの放出が高まる。このような活性化のパターンは、覚醒時では、自己への報酬や他者への利益供与が予想された時に、あるいは、新規の刺激に反応した時に生じることが分かっている。これと全く同じような脳内の領域の活性化がREM睡眠中にも生じているのである。すなわち、睡眠中の夢によって何らかの報酬を体験していることになる。人は、現実の世界では報酬や刺激を得られなくても、夢の中の体験を通じて報酬系を活性化して強化し、報酬系の機能不全に陥らないように維持しているのかもしれない。
 
 さらに、REM睡眠中に海馬におけるシータリズムの増加が生じるが、人では齧歯類よりもシータリズムが自発的に発生し易い。海馬におけるシータリズムの増加は、覚醒時では新規性を追求したり、探査行動や本能的な行動の際に増加する。睡眠中では夢の中の体験を通じて、人は未知の世界を探査したり、本能や欲望を満たしているのかもしれない(=Expectation Fulfillment Theory)。おいしい食べ物を食べる夢やエッチな夢は本能や欲望を満たしている代償行為なのかもしれない。そして、これらのプロセスは覚醒中の新しいものを探査する機能だけでなく、未知のものへの興味を増し学習をする機能の獲得にも役に立つことになる。
 
 以上の所見は、中脳辺縁系のドーパミン作動性(ML-DA)の報酬システムや本能的な探査動機付けネットワーク(探求システム、SEEKING system)が睡眠中に活性化されることを示唆している。なお、これらの探査行動や本能的な行動は、睡眠時随伴症(パラソムニア、parasomnias)の際にも頻繁に生じる(関連ブログ2013年6月27日 睡眠関連摂食障害 sleep-related eating disorder 、SRED)。SREDでは、覚醒時における新規性を探求しようとする心の増加や報酬系の感度の増加との関連性が示されており、睡眠中に報酬系が明らかに活性化していることが分かっている。

SEEKING system

脳の領域、薬理学、夢の内容分析
Lesion, pharmacological and dream content analysis studies

 睡眠中のML-DAにおけるドーパミンレベルの上昇は夢の発生において重要な役割を果たしている。側脳室の前角周囲の白質病変によって、VTAから側坐核、扁桃体、海馬、ACC、前頭皮質(島・内側OFC、内側前頭葉皮質、vmPFC)といったML-DA回路の基本的な接続が分断されてしまう。これによって夢を全く見なくなってしまうことがある。この回路は探査システムとしての中脳辺縁系回路に相当する。その回路は、本能的な欲望に関連する「好奇心ー興味ー期待、curiosity-interest-expectancy」を指令するシステムである。

 この所見から、探査システム、すなわち、行動や情動(感情)を予想しながらアプローチしていく心理行動学的な情動(感情)・動機付けシステムが夢を生成する源であると考えられている。「切望する」ということは探査システムと概念的に同じである。「切望する」ということで、動機付けがなされ、行動が選択され、報酬に関連する刺激へと注意が切り替わることになる。これは中脳辺縁系におけるドーパミン作動シグナルと関連している。夢の生成が中脳辺縁系の活性化に関連しているという証拠はまだ十分ではないが、ドーパミン作動薬にて鮮明な夢が誘発されるという薬理学的知見から中脳辺縁系活性化仮説が唱えられている。最近の知見では、夢の中ではアプローチしていく行動は回避する行動よりも優勢であることが示されており、この知見は睡眠中は脳がいろんなものを追求していることを意味し、報酬系が活性化されていることを支持する。報酬回路(VTA、NACC、vmPFC)と感情回路(扁桃体、ACC)は共同作業をするが、全てが連動している訳ではなく、一部は独立して作動(片方はマイナスだが、片方はプラス)することもあり、怖いというマイナスの感情にも係らず回避せずに新しい未知の場所に近づくというような夢が生じる

 以上のことをまとめて簡潔に表現すると、夢は未知のものを回避せずに探査し獲得していくために報酬系を強化している作業だと言えよう。
ML-DA

睡眠中の感情/動機付けを高めるネットワークの活性化の役割
Roles of activation across emotional/motivational networks during sleep

オフラインでの記憶の固定
Off-line memory consolidation

 このネットワークの活性化の役割の1つにオフラインでの記憶の固定(Off-line memory consolidation)がある。睡眠中に新しいメモリは徐々に再編成され、既存の長期記憶ネットワークに組み込まれ、オープンエンドプロセスととなる(=固定化される)。この記憶の再生と統合のプロセスは、人ではREM睡眠とNon-REM睡眠の双方で発生している。
 
 Non-REM睡眠中の海馬と側線条体の活性化は文脈や感情や動機付けの要素を備えたメモリートレースの再生をしており、これによって報酬に関連した記憶(=保存の優先度が高い記憶)の固定が行われる。さらに、Non-REM睡眠に依存した運動能力の統合は報酬が高い、例えば、将来の高額な金銭報酬などがあった場合ほど向上した。
 
 一方、REM睡眠中にも記憶の固定が行われている。REM睡眠中の腹側被蓋野(VTA)でのバースト的な発火の増大と、それに伴う前帯状皮質(ACC)におけるドーパミンの増大は、オフラインでの文脈や感情や動機付けに関する記憶の再生や記憶の固定に有利に作用する。REM睡眠中においては、再生される記憶が新規的な刺激や予期せぬ刺激となる時はいつでもML-DAシステムが活性化される。たとえDLPFCからの文脈的な意味の情報や認知コントロールを欠いていても、ML-DAシステムは活性化される。 
 
memory consolodation

 さらに、 REM睡眠中では、長期増強(LPT)に関連するZIF-268遺伝子の発現が海馬、扁桃体、聴覚・視覚・体性感覚・運動などに関連した大脳皮質領域などで上昇する(REM睡眠断眠では、逆に、発現が低下する)。この知見は、REM睡眠中には、感情的な記憶のトレースと伴に海馬-扁桃体ー皮質のいう経路に沿った記憶の転送が行われ、それによって神経系の再統合が促進されることを意味している。 扁桃体とmPFC間のREM睡眠に依存した機能的な接続の強化がfMRIにて見出されているが、この接続によって感情的な記憶の長期的な統合がサポートされるものと考えられている。
 
 以上のことを簡潔にまとめれば、夢の中で報酬系や感情回路と連動させることで、忘れてはいけない大切な記憶を最適化して再固定しているのだと言えよう。

感情調節
Emotional regulation

 一方、睡眠中の感情/動機付けネットワークの活性化は感情調節に関するプロセスにもリンクしている。徐派睡眠とREM睡眠は双方伴に感情調節に関与している。これまでのいくつかの研究では、REM睡眠はうつ病を惹起する作用があるように提唱されているが、このレビューの著者らは、REM睡眠はうつ病を惹起するような睡眠ではなく、感情/報酬ネットワークの統合の維持という重要な役割を担っている睡眠なのだと提唱している。
 
 断眠や部分断眠では、島の活性低下によって、損失(=感情を強く刺激するプロセスである)の際に生じる失望という感情が低下する。この所見は、断眠や部分断眠によって感情/報酬ネットワークが障害されたことを意味する。さらに、睡眠不足は、矛盾したような危険な選択を含むタスクでの矛盾への感度の低下を引き起した(=矛盾を感じなくなったり気付かなくなる)。さらに、mPFC→扁桃体へのトップダウンのコントロールの低下や、ポジティブな感情刺激への報酬系の反応の増幅が生じる(=前頭葉による報酬系の制御が低下する)。そして、REM睡眠は、有害な経験やストレスフルな経験への情動(感情)的な反応を低下させる。一方、双極性障害における躁転/軽躁状態へのリスクは、REM睡眠が抑制されると非常に高まる。逆に、REM睡眠を抑制しないような抗うつ薬(例えば、ブプロピオン)は躁転のリスクが低い。これらの知見からは、睡眠中にREM睡眠が感情/報酬系ネットワークへ作用することによって、覚醒中の適切な情緒反応が維持されていることが分かる。すなわち、睡眠中のREM睡眠のおかげで感情の制御が適切に機能できるように維持されているのである。
 
 夢を見ることは、目覚めている間の脅威を効率よく回避するスキルを得ることを促進するための脅威的な出来事へのオフライン・シミュレーションであるという脅威シミュレーション理論(TST)がある。夢を見ている最中に否定的な感情を経験することは、覚醒中の生活の中で実際に生じる情動(感情)的な反応を最も適応した形にならしめる脅威シミュレーション・システムとして機能するのである。この観点からは、報酬系活性化モデル(RAM)でも、睡眠の間に夢を見ることは、非常に重要で優先的に保存(記憶)されているもの、すなわち、本能的な行動、駆動(摂食、交尾、戦闘、逃避、など)、内部から生成される新規の刺激(例えば、記憶の要素が結びついたオリジナルなもの)といった記憶や感情的な内容に個人を曝露させるオフライン・プロセスであることが示唆される(=脅威に満ちた世界で生きていく上で、何が重要なのか、すなわち、感情を制御することが重要なのだということを夢の内容を通じて本人に再自覚させ、実際に脅威に晒された際にでも適切に感情を制御できるように夢の中で訓練をしてているのであろう)。
 
Threat Simulation Theory

 睡眠は、消去学習の保持や一般化を促進するが、消去学習は暴露療法における治療効果となる事象である。逆に、悪夢では、一時的(例えば、毎日の関心事)な、あるいは、持続的な恐怖記憶(例えば、心的外傷体験)の消去に失敗しており、情動(感情)への負担が増大している状態を意味する。すなわち、悪夢では、脅威シミュレーション・システムが障害されているのかもしれない。
 
 夢の中では過去の問題と現在の問題は同列に扱われ、夢の内容は過去の出来事がそのまま再生されることは稀であり、通常は新しい内容に変化した夢が作り出される。報酬系活性化モデルからは、夢を見ることは、既知の過去の出来事に関連したことだけでなく、予期しない、新しい、ありえる未来に備えるためのものである。睡眠中に夢を見ることは、成熟した防衛機制である感情を伴ったリハーサル(affective rehearsal)や昇華に相当するようなことを夢の中でしているのかもしれない。
 
 以上のことを簡潔にまとめれば、夢を見ることは、たとえ現実の世界の中で脅威的な出来事に遭遇したとしても感情を破綻させないために、様々な出来事に備えた事前のトレーニングをしているのだと言えよう。

夢の心の理論
Theory of mind in dreams

 高次の感情や動機と関連した記憶を再処理し統合するために、夢を見ている間では社会的認識や自己表現プロセスの双方が優先されるのかもしれない。そのために、自己や他者の心の状態に帰属する能力(=心の理論)は夢の中でも部分的に保持される。夢の中で、羨望、困惑、愛着、性的魅力、恥、誇り、といった感情を体験することがしばしば報告されており、夢の中の体験で自分自身の感情や夢の中に登場する他者の感情表現に晒されているのは間違いない。
 
 一方、夢の中でどのような精神状態に帰属するかは、REM睡眠とNon-REM睡眠のメカニズムに左右される。夢の内容はREM睡眠とNon-REM睡眠とでは異なる。Non-REM睡眠の夢の内容は、友好的な交流、自己に関する情報、現実の中での出来事をシュミレートするが、REM睡眠の夢の内容は、積極的(攻撃的)な社会交流をシュミレートする傾向があり、自己を参照し社会的な意味を推論して自伝的記憶に統合するような内容をシュミレートする傾向は少ない。夢の中での本能的な感情や行動(例えば恐怖や攻撃)を体験することは、Non-REM睡眠よりもREM睡眠で一般的であり、それはREM睡眠における扁桃体や他の辺縁系の広範囲な活性化によるものである。
 
 以上のことを簡潔に表現すれば、睡眠中でも心は機能しており、夢の内容に反映される。REM睡眠の夢は、扁桃体や辺縁系の活性化される影響で感情的・本能的・非現実的な夢になり易いのだと言えよう。

 さらに、睡眠中に脳の「デフォルトモード・ネットワーク」の活性化が生じるという理論も提唱されている(=デフォルトモード活性化理論)。すなわち、睡眠中には、自発的な認識、空想、自伝的記憶の検索、想像、内省、といった個人の内部のタスクに関わるような脳の領域のセットが活性化しており、内部のタスクに従事しているのだという理論である。

 2つの主なデフォルトモード・ネットワークのサブシステムが同定されている。1つは、背内側前頭前皮質サブシステム(dmPFC、側頭葉外側、側頭・頭頂との接続、側頭極)であり、この領域は、内省、他者への配慮の際に選択的に活性化される。もう1つは、側頭内側サブシステム(海馬ー海馬傍回、膨大後皮質 retrospenial cortex、vmPFC)であり、記憶を検索したり展望したりする際に活性化される。Non-REM睡眠のN1、N2段階とデフォルトモード・ネットワークとの関連性や、REM睡眠中のmPFCと側頭葉内側のサブシステムの活性化が指摘されているが、SWS(徐波睡眠)の間では前頭葉との接続性が低下し、REM睡眠ではdmPFCのサブシステム内の接続性が低下するという逆の所見も得られている。睡眠の段階におけるデフォルト・ネットワークのコンポーネントの接続性の変化は、Non-睡眠とREM睡眠における内省や社会スキルや精神性の役割の違いを説明する所見かもしれないが、さらなる研究にて検証される必要がある。
 
 デフォルトモード活性化理論に関しては、まだ、多くの議論の余地がある理論のようである。
DMN SUBSYSTEM

創造性
Creativity

 睡眠は創造性や問題解決能力を高めていることを示唆するような芸術家や科学者における多くの逸話がある。小説「ジキルとハイド」や「フランケンシュタイン」は夢の中で見た内容をヒントにして書いたものである。ビートルズのポール・マッカートニーは、夢の中で「イエスタディ」のメロディを作曲し、入眠時幻聴をヒントに「イエローサブマリン」を作曲したらしい。ノーベル賞を受賞したOtto Loewi(化学的なシナプス伝達を証明した)は夢の中で実験をしていた。一方、断眠実験では、思考の柔軟性や創造性が低下することが示されている。REM睡眠は、まだ関連付けられていない情報の統合を強化することで創造性や問題解決に結びつける。特に、REM睡眠中のDLPFCの非活性化とmPFCの活性化は、REM睡眠が人の創造性に貢献していることを示唆している所見である。

 うまくいかない問題を抱えて悩んでいる時は、思い切って眠ってみようではないか。もしかしたら夢で解決方法が提示されるのかもしれない。

睡眠と夢は目覚めている時には提供できないものを提供している
Sleep and dreaming: what the waking state cannot offer

 REM睡眠とNon-REM睡眠の双方伴に、睡眠中の感情/動機付けネットワークが広範囲に活性化されることで、情動(感情)や連合学習のオフラインでの再処理のための神経行動学的な基板を提供している。特に、覚醒中の意識の発達や保守のために、学習と記憶のプロセスを睡眠がサポートし続けるという重要な役割がある。さらに、睡眠障害は精神疾患のトリガーにもなる。重要な所見として、睡眠は覚醒中には提供することができない機能、すなわち、根本(原始)的な神経機能や認知機能に関与しているという所見がある。特に、新たに獲得した情報をコード化するための神経トレースが徐派睡眠やREM睡眠中に活性化する。この神経トレースによって覚醒中の記憶の性能が向上する。

 覚醒中の記憶は不安定なものであるが(容易に干渉されて消えてしまう)、睡眠中に生じる記憶の再活性化によって記憶は安定する。例をあげると、迷路を使用した仮想ナビゲーションタスクを訓練し、5時間後に再び同じタスクを行う実験では、昼寝をせずに覚醒し続けてタスクに関連した思考をしていた場合よりも、昼寝をして夢の中で同じようなタスクを再体験した場合の方が、5時間後に行われた仮想ナビゲーションタスクへのパフォーマンスが著明に改善することが示された(=迷路の記憶が夢を見たことで強化されたのだろう)。この所見からは、睡眠と夢のみに可能な特異的な学習と記憶のプロセスが存在し、そのプロセスは覚醒中のパフォーマンスにとって重要な役割を担っていることが分かる。さらに、睡眠と夢のステージ(=Non-REM睡眠とREM睡眠に関連している)によって異なる感情や報酬の情報のオフラインの再プロセス化が生じている可能性もある。確証的な所見はまだ乏しいが、動機を伴った記憶のトレースはNon-REM睡眠でより特異的であり、感情記憶の固定やシナプスでの固定はREM睡眠でより特異的なものであることがいくつかの実験にて示されている。
 
眠ったことでパフォーマンス向上

 簡単にまとめれば、起きて活動している最中の記憶と連動したある種のパフォーマンスを向上させることは、睡眠や夢でしか提供されえないものかもしれないということである。

 Non-REM睡眠とREM睡眠双方伴に、大脳辺縁系、辺縁系の周辺領域、報酬回路の活性化が生じている強い証拠があるが、これらの活性化によって、メモリの統合、感情調節プロセス、社会認識、心の理論、創造性などの重要な高次な認知機能が支えられており、さらに、夢の中で報酬や不快な刺激に晒されることは、これらの高次な認知機能にはプラスになるものなのかもしれない。夢の理論には、脅威シミュレーション理論、protoconsciousness理論、デフォルト・モード活性化理論、報酬系活性化理論などの多くの理論があるが、確証をサポートするようなデータはどの理論でも欠けており、神経画像データなどと組み合わせていき夢の研究を発展させていく必要があろう。

(このレビューは終わり)

 他の理論としては、意識の自己組織化理論(self-organization theory of consciousness)がある。この理論では、夢を通じて、脳内の自己組織化のプロセスが生じ、その結果、自己の異なる断面が作り出されるとされている(宝石が多くの断面にカットされるような、新しい自己の側面が夢を通じて作り出される)。生物学的なシステムとしての自己組織化は、既存のシステムでは対処できない環境の変化に対する応答としてしばしば生じるが、自己組織化は新しく変化した環境に対処できるシステム(=新しい自己)を作り出すことができる。夢を見ている間は、個々の記憶がどのようにして夢の内容に組み入れられるかを自身自身ではコントロールすることができないが、そのことで逆に、異なる様々な記憶が夢の中で統合されるようになる。その機能を自己組織化が担っているのである。それ故、自己組織化は広範囲にわたる様々な経験のレパートリーを夢の中で提供してくれている。経験のレパートリーが拡大することで、覚醒中の自己の超越と発展が可能となる。すなわち、夢の中でいろんな経験をすることで、多くの記憶が統合されていき、その結果、自己が発展していき、新し環境に適応できるような新しい自己に作り変えていけるというのがこの理論である(私はこういう希望を与えてくれるような理論が大好きである)。

その他の夢の理論については、以下の文献を参照して頂きたい。
 
 夢は心の放浪(mind wandering)である。言い換えれば、夢は個人が自由に創作している心のロードムービーのようなものである。行きつく先(goal)はどこなのか。それは、あなたが起きて活動している時の生き様によって決まるのかもしれない。

 夢は原始意識?(protoconscious)である(この理論は難解である)。
 悪夢は既にあなたの脳に原始意識としてプログラミングされている内容なのかもしれない(不安にさせる夢を見る比率は30%もの比率で原始意識としてプログラムされていると推定されている)。

 夢は覚醒時の行動のハンディキャップのシュミレーションをしている(Costly signaling theory)。

 夢は精神の恒常性を予測し保持するものである(predictive psychic homeostasis)

 ひとことで言えば、どのような理論でも、睡眠中に夢を見る必要性があると唱えられているのだと言えよう。夢は人類にとって必要不可欠な生理現象なのである。

 なお、抗うつ剤(デシプラミン)でREM睡眠を抑制し続けた場合の記憶への有害事象を調べた論文があったので簡単に紹介しておく。REM睡眠は海馬依存性の連想記憶(hippocampus-dependent associative memory)の形成や保持に関与している。抗うつ薬はREM睡眠を阻害することが知られているが、抗うつ剤による学習や記憶への影響はまだよく調べられていない。著者らは、空間的なタスクによる記憶課題(=迷路学習課題)を用いることで、抗うつ剤によるREM睡眠抑制効果が学習や記憶にどのような影響を及ぼすかを調べた。ノルエピネフリン再取り込み阻害剤であるデシプラミン(DMI)を毎日投与することでラットのREM睡眠が抑制され、既知や新規の迷路に対するパフォーマンスが低下した(このパフォーマンスは海馬に依存する)。従って、抗うつ剤によってREM睡眠が抑制されると、海馬の記憶に関する機能が阻害され、新規のことを覚えにくくなったり、新規のことを学習できにくくなったり、さらには、記憶の再固定までもが損なわれるおそれがあろう(人では大事な思い出までもがだんだんと失われていくおそれもあろう)。

 悪夢を抑えるために、抗うつ剤などの薬物で夢を見ること自体までもを抑えてしまうことは、学習や記憶という観点からも好ましい方法ではないと言えよう。
 
 悪夢への対処方法としては、前回のブログで述べたように、IRTという夢を抑制するのではなくて夢の内容を変えてしまうという方法があるのだが、実は、もっと凄いことを考えている学者達がいるのであった。
 
 それは、夢(悪夢)を自分の思い通りの心地いいリアルな夢(=明晰夢)に変えてしまおうという方法である(Lucid Dreaming Therapy、LDT)。LDTの悪夢へのエビデンスレベルはCではあるが、確かに、思い通りの夢を見れるのであれば、そんな素晴らしい方法は他にはないと言えよう。まるで、映画「インセプション」や「トータルリコール」のようなSFの世界の話のようになってしまうのだが、はたして、そんなことが可能なのであろうか。
 
(次回に続く)
 
 次回のブログは映画「インセプション」を見ておくと良く理解できるかと思います。この映画は明晰夢の研究の成果が細かいところに反映されて描かれています。
http://www.youtube.com/watch?v=ZfDm3s_IcqM

 
INCEPTION
 

悪夢と通常夢と明晰夢(その1 悪夢への対処方法)


Nightmare Before Christmas

 時々、無理なことを訴える患者さんがいる。悪夢を見ないようにしてほしいと言うのである。悪夢を消すような薬を出してほしいと言うのであるが、そのような薬は開発されていないと説明している。自分の睡眠中の夢ですら自由にならないのに、ましてや、他者の夢まで自由に操作して消したりすることなどはできないように思える。しかし、悪夢は本人にとっては相当に苦痛な症状だと思われる。頻回に悪夢にうなされるのであれば何らかの対処が必要になろう。
 
 今回は悪夢の対処方法について触れてみたい。
 
 英語版ウィキペディア「悪夢 nightmare」によれば、夢の最中に感情が誘発されるのだが、ネガティブな感情を体験する時間は夢の総時間の約75%にもなるらしい。夢の中ではポジティブな感情よりもネガティブな感情を体験し易いのである。人の夢は元々心地よい夢よりも悪夢になり易いようにできているのかもしれない。ただし、夢の、特に、悪夢の内容は、過去のストレスの強い出来事の再体験として、さらに、いくつかの未解決として残ったままになっている問題の複合体から生じるようである。当然、PTSDのような場合は、心的外傷となった出来事が悪夢となって夢の中で再現され、私の中にトラウマとしてまだ残っているのだと再自覚されることになるのであろうが、日常生活の些細な出来事では心的外傷として当人自身には自覚されないことも多いだろう。悪夢は無意識のうちにPTSDのような体験をしていた暗示なのかもしれないし、未解決の問題が解決されずに放置されているぞという警告なのかもしれない。なお、一般的には悪夢はREM睡眠中に生じるが、夜驚症はNon-REM睡眠中(特に、徐波睡眠中)に生じるとされている。

 ここで、不眠と自殺、特に、悪夢と自殺との関連性が以前から指摘されている。悪夢という症状があると自殺の危険性は5倍にもなると言われている。悪夢に毎日うなされ続けることは危険なのである。映画「エルム街の悪夢」のように、悪夢によって死に結びついてしまう恐れがあると言えよう。問題があるようには全く見えなかった人が突然自殺してしまうことがあるが、もしかしたら悪夢に悩まされ続けていたのかもしれない。昨年度に出されたレビュー(下)によれば、悪夢がどのように自殺に追い込んでしまうのかが説明されている。悪夢によって眠ることへの恐怖だけでなく、日中の思考まで変化してしまい、絶望感が増していき、その結果、強い希死念慮が形成され、自殺に結びついてしまうと説明されている。論文では認知行動療法(CBT)で悪夢に対処できるとされているが、はたしてCBTで悪夢が消えるのであろうか。
(悪夢によって自殺の危険性は5倍となる)

 TV番組では刑事や探偵が活躍する殺人事件ドラマばかりが毎日放送されている。ゲームもゾンビを撃ち殺すゲームなど怖いゲームばかりがあふれている、あなたの悪夢はTVの見過ぎやゲームのし過ぎのせいかもしれないのである。そして、TVの見過ぎで悪夢にうなされ、いつの間にか自殺したくなるのかもしれない(゜∇゜;)。
悪夢の原因

 一般的に、うつ病では、レム睡眠の開始までの時間(REM潜時)が短くなり、REM睡眠の頻度が増す。さらに、REM睡眠の時間も延長する。夢を見る回数や時間が長くなるのである。こうなれば、当然、うつ病では悪夢の頻度も増えることであろう。従って、うつ病患者の悪夢への対処は重要なテーマの1つとなり得る。

 一般に、抗うつ剤によってREM睡眠は減ると言われており、抗うつ剤によってREM睡眠が抑制されるのであれば悪夢も当然減ることが考えられる。抗うつ剤はREM睡眠までに入る時間を遅くすると言われている(REM睡眠潜時の延長)。REM睡眠が抑制される化学的なメカニズムとしては、三環系抗うつ剤においては、抗うつ剤によって青班核からのノルアドレナリン作動ニューロンの出力増加が橋に存在するREM睡眠の発生に関与しているREM-onニューロンを抑制することや、前脳基底部(basal forebrain)への抗コリン作用によってREM睡眠中に増加する大脳皮質でのコリン作動性の活動が抑制されるというメカニズムが想定されている。しかし、PTSDのようにノルアドレナリンが上がり過ぎても、逆に、悪夢が生じてしまうようであり、必ずしもノルアドレナリンを上げればよいということにはならない。このあたりの生理メカニズムは複雑であり、まだ解明はされてはいない。なお、SSRIでは、セロトニン受容体のある種のサブタイプを介するREM睡眠の抑制というメカニズムが想定されている(しかし、セロトニン受容体のサブタイプによっては逆の作用も生じうる)。
TCAがREMを抑制するメカニズム
  
 さらに、抗うつ剤によって日中の夢の想起も減ると言われている。ノンレム睡眠でも夢を見ているらしいのだが、鮮明な夢の想起は殆どがレム睡眠中の夢で生じる。ところが、抗うつ剤によって嫌な夢を思い出さなくても済むようになるのである。うつ病では何らかの抗うつ剤が処方されるであろうから、抗うつ剤にて夢も減るし夢の内容も思い出さなくなるのであれば、うつ病の悪夢対策としては抗うつ剤にて概ねカバーされるのかもしれない。しかし、SSRI/SNRIでは夢の想起は三環系抗うつ剤程は減らないという報告もあるため注意が必要である。悪夢の記憶は鮮明に残る。うつ病のケースで思い出したくもないような過去の不快な出来事の悪夢にうなされるのであれば、三環系抗うつ剤の方を使用した方が良いのかもしれない。なお、就眠前の三環系抗うつ剤の内服は日中の内服よりも逆に夢の想起が増えてしまうとも言われている。夢の想起を防止する目的で使用するのであれば内服する時間にも注意する必要があろう。

 ここで疑問が生じる。本当に抗うつ剤によって悪夢は減るのであろうか。
 
 いいや、そのような好都合のことばかりでもないようである。皮肉なことに、抗うつ剤そのものによっても悪夢という有害事象が生じることが報告されている。さらに、SSRIではレム睡眠行動障害(REM sleep behavior disorder、RBD、レム睡眠中の異常行動など)が起き易いとも言われている。そして、注意しなければならないのは、抗うつ剤の離脱時にも悪夢が起こり易くなることである。特に、SSRIやSNRIでは離脱時の悪夢が三環系抗うつ剤よりも高頻度になると言われており、2~3夜連続してSSRIを飲み忘れたような夜は悪夢にうなされてしまう恐れがあると言えよう。
(なお、NaSSAであるミルタザピンでも悪夢が報告されている)
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC1780138/
 
 従って、一概に抗うつ剤で悪夢が減るとは言い難い。もし、うつ病で悪夢に悩まされ続けているようなケースでは、文献的にはトラゾロン(デジレル、レスリン。α1アドレナリン受容体ブロック作用を有する)を試してみるのも1つの方法かもしれない。トラゾロンによるレム睡眠の抑制効果が報告されているため、悪夢も減ってくれることが考えられる(逆に、非レム睡眠時随伴症 Non-REM sleep parasomniaが増える恐れもあるのだが)。

 一方、悪夢は抗うつ剤以外の薬剤、すなわち、抗精神病薬、抗ヒスタミン剤、βブロッカー、様々な薬剤でも生じる。そういった場合は使用薬剤を中止して別の薬剤へ変更した方が良いであろう。さらに、アルコールでも悪夢が生じ易くなる。アルコールでは交感神経系が亢進するため、PTSDと同じようなレベルにまでノルアドレナリンが亢進してしまうと悪夢になってしまうのかもしれない。毎日飲酒をして悪夢が続いていたら、断酒をした方が良いという危険サインだと認識すべきである。そのままアルコールを毎晩飲み続けていたら、急に自殺したくなるかもやしれない。次にタバコはどうであろうか。コリンエステラーゼ阻害剤であるドネペジルや禁煙用のニコチン経皮パッチ剤での悪夢の報告があることからは、寝る前のタバコのニコチンによっても悪夢が生じ易くなると言えよう。喫煙者で悪夢に頻回に襲われるような場合は、寝る前のタバコが原因なのかもしれない。酒やタバコをやりながら悪夢をなんとかしてほしいと言われても、それはもう諦めてもらうしかないだろう。

 REM睡眠のメカニズムからは、アセチルコリン受容体を刺激するニコチンは、悪夢を防止する上では避けた方が良いだろう。特に、寝タバコは絶対に避けるべきである。悪夢の神経化学的なメカニズムはまだよく分かってはいないのだが、REM睡眠に関しての神経化学的なメカニズムはある程度は解明されている。これまでに分かった範囲では、アセチルコリンを上げるような物質はREM睡眠を強めてしまう可能性が高いため、寝タバコをしていると悪夢を防止することはできなくなると思われる。
(REM睡眠の神経化学的なメカニズムに関しては下の論文が分かりやすい)。
 
 橋や網様体に存在するREM-onニューロン(レム睡眠を発生させているニューロン)はアセチルコリン作動性である。さらに、レム睡眠中は大脳皮質のコリン作動性の神経伝達が優位になっている(下図)。従って、寝タバコはREM-onニューロンが作動していることと同じ現象を引き起こし、必ずREM睡眠を強めてしまうことになる。一方、レム睡眠中では昇順網状活性化システム(ascending reticular activating system、ARAS)を担っている脳幹に存在するモノアミンの諸核(青班核や縫線核など)の活動は、完全に停止した状態となっている。この状態の間はREM睡眠が維持される。逆に、これらの諸核の活動が生じればREM睡眠は抑制されることになる(下図)。抗うつ剤がREM睡眠を抑制できるのは抗コリンやモノアミンを介した作用だと考えられている。
REM睡眠ではコリン作動性が優位になっているモノアミンが上がればREMは抑制されるかもしれない

 次に、実際に、悪夢に悩まされている人はどの程度いるのであろうか。
 
 これまでの調査結果からは、頻回に(週に1回以上)悪夢にうなされている人の頻度(悪夢の有病率)は2~5%(平均4%)程度であり、子供や若者、女性に多い傾向があると言われている(下表のURLを参照のこと)。さらに、トラウマになったならないかに係らず、ストレスに晒された時にも悪夢が増加するらしい。フィンランドで悪夢の有病率を詳しく調べた昨年度に出された研究論文がある。その論文でも、ほぼ同様の結果であった。頻回に悪夢にうなされる人は男性3.5%、女性4.8%であった。しかし、従来の所見とは異なり、男性では高齢になるほど頻回に悪夢にうなされる傾向が認められた。男性では歳をとるほど悪夢に襲われ易くなっていくと言えよう。なお、男性の36.2%、女性の43.5%は、過去30日の間に1回以上の悪夢を体験していた。さらに、PTSD(戦争経験があるケース)が合併していると悪夢の有病率は増加する傾向があった。
悪夢の有病率

 一方、日本人の青少年への調査(90081名)では、悪夢の有病率は35%だったというデータがある。どのような頻度での悪夢の調査であったかは本文が見れないために不明だが、35%という数字は、おそらく1回/1ヶ月程度の悪夢を有する若者の比率かと思われる。日本でも意外に多くの人が、特に、若者が悪夢に悩まされているようである。フィンランドでのデータが日本でも当てはまるのであれば、国内には週に1回以上も悪夢にうなされるという嫌な体験をしている人は数%も存在する、すなわち500~600万人もいることになる。これはかなりの数の人が悪夢に悩まされていることを意味する。

 では、悪夢に対しては具体的にどのようにた対処したらいいのであろうか。

 まず、薬物によって悪夢を抑える方法が考えられうる。文献的には、PTSDへの悪夢(PTSDの80%に悪夢が生じる)対して有効な薬としては、α1受容体ブロッカーである降圧剤のプラゾシン(国内発売名、ミニプレス)がよく知られている(PTSD以外の悪夢にも効果があるかは不明だが)。PTSDではノルアドレナリンの亢進が悪夢を生んでいると推測されており、従って、ノルアドレナリン受容体のある種のタイプ(α1受容体)をブロックすることで悪夢も減ることが予想される。通常では、青班核のノルアドレナリンが高まれば逆にREM睡眠は減り、悪夢も減るようにも思えるのだが、PTSDではREM睡眠は減るという所見がある一方で、逆に増えているという所見があり、見解はまだ一致していない。しかし、皮肉なことに、REM睡眠の所見は異なっていても、悪夢だけはREM睡眠が減ろうが増えようが変わらないのである。正常なREM睡眠を保つ機能が障害されていることがPTSDでの悪夢を生じさせているのかもしれない。必ずしも理論通りにならないのが人体の不思議なところである。

 プラゾシンは脂溶性であり、BBBの通過も容易である。メイヨークリニックでも悪夢に対してはプラゾシンを推奨しているようだ。1mgから開始して、通常は2~5mg/dayが使用される。最大の使用料は論文では16mgであった。症状の改善は数日~数週間以内に得られるとされている。しかし、プラゾシンは主流の降圧剤ではなく、しかも、一般的に睡眠中は血圧が下がるのだが、さらに血圧が下がってしまうおそれがあり、血圧が低めのケースではあまり勧められない薬剤かもしれない。
 
 悪夢に対しての対処方法のレビューとしては、少々古くなるが(2010年度)、下の文献がある。この文献は悪夢への対処方法が分かりやすくエビデンスのグレードと伴に記載されており良い参考資料となる。まずは、特発性の悪夢なのか、PTSDによる悪夢なのか、うつ病による悪夢なのかといった悪夢の鑑別から始めなければならないとされている。

 薬物療法では、レベルAのエデビデンスグレードは、PTSDの悪夢へのプラゾシンのみであり、レベルBはPTSD以外の悪夢へのベンラファキシンのみである。他の薬剤は全てがレベルCと低いエビデンスのグレードである(ただし、レベルCでも試してみる価値は十分にあり得る)。悪夢への高いエビデンスを有する薬剤は殆どないのが現状であり、確実に悪夢を抑えることができる薬剤はないと思っていた方が良いのかもしれない。一方、薬物以外の方法では、認知行動療法(CBT)が、特に、CBTとしてのイメージリハーサル療法(Image Rehearsal Therapy 、IRT)がエビデンスグレードがAとなっている。 他の方法はどれもがレベルAではなく、レベルBかCである(下表。この表ではレベルは1~4として記載されているが、本文中のレベルでは1か2がAである)。
悪夢治療のエビデンスレベル

 ここで、薬物による対処の中心となる効果は、レム睡眠などの夢そのものを抑制する方法であることに注意しなければならない。はたして薬物でREM睡眠を抑制してもいいのであろうか。特に、長期的に夢(REM睡眠)を抑制し続けてもいいのであろうか。なぜならば、人では夢(REM睡眠)を見ている最中に重要な生理現象が起きている可能性があるからである(それに関しては次回で触れる予定である)。
 
 特に、脳の発達や成熟、シナプスの恒常性の維持、記憶や学習に関するREM睡眠の重要性が指摘されている。脳の発達や恒常性を維持する上でREM睡眠も必要なのである。睡眠中の夢を抑制せずに済むのであれば、それにこしたことはないと言えよう。

 さらに悪夢はREM睡眠だけが関与しているのではなく、Non-REM睡眠の異常が関与しているという所見もある(Non-REM睡眠中に覚醒メカニズムが働いてしまうなどのNon-REM睡眠の異常な所見がある)。

 一方、悪夢(nightmare)と通常の悪い夢(bad dream)をどのように線引きするかを、夢の内容から、単なる悪い夢と感じたか悪夢と感じたかを比較検討した研究がある。その結果、夢の結末が悪夢になるかどうかに大きく関与していることが分かった。さらに、悪夢の内容では、体が攻撃される夢が一番多かった(Physical aggression、体に危害が加えられそうになる夢か)。さらに、悪夢では奇妙な内容の夢が多く、侵略されたり、攻撃されたり、不幸な結末で終る夢を悪夢と感じていた。この所見は、結末が変われば悪夢ではなくなる可能性があることを意味する。夢の結末を変えてしまえばいいことになる。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/24497669

 私は夢を抑制しない方が好ましいと思っている。夢自体は睡眠中の正常な生理現象であり、何らかの重要な機能を担っているはずだと思えるからである。可能な限り安易に薬物で抑えない方が良いではなかろうか。もし、夢を抑制することなく悪夢へ対処するのであれば、上のレビューに書かれているイメージリハーサル療法(IRT)が試みられるべきである。これは夢の内容や結末を変えてしまおうという方法である。
 
 しかし、国内でこのIRTを行っている医療機関は殆どないように思える(当院も含めて私がよく知っている医療機関でIRTを行っているところはない)。
 
 IRTの概要は、眠る前の覚醒時に事前のリハーサルをして、夢の内容や結末を書き換えてしまう方法である。夢をイメージしながら、良い内容や良い結末へと書き換えるトレーニングをしていくことで悪夢を減らす方法である。決して夢を見ることそのものを減らす方法ではない。そして、IRTにて悪夢以外のPTSDの重症度などの症状自体も改善すると言われている。

 通常は、セラピストの指導に沿って行うのであるが、日本国内ではIRTを受けることはできないため自分でやっていくしかないであろう。上のJAMAの論文によれば、セラピストが行う場合のIRTは、通常、3つセッションを行うのが標準的な方法のようである。セッションの中では悪夢が生じる素地なども学ぶことになる。重要なことは、夢の階層理論からは、悪夢は深層の夢のリソースから生じるものかもしれないが、表層の夢のリソースの内容はIRTにて十分に変更することが可能であり、夢は必ず別のストーリーに変更できるという理解と信念を持ってクライアントはトレーニングに臨むことが重要であるとされている。さらに、脱感作を目的として不快な出来事への暴露も行われるようであるが、詳細は省略する。
 
 IRTは3(~4)つのステップからなるとされている。
 
 ステップ1: 最近見た悪夢の内容(ストーリー)を簡単に紙に書き留める。もし、最近見た悪夢が強烈な内容であり悪夢を思い出し考えることで非常に動揺してしまう場合は、別の悪夢を選択して書き留める。このステップでは最も最悪な悪夢ではなく中程度の悪夢を選択することが重要である。

 ステップ2: ステップ1で選択された悪夢のストーリーを変更する方法を考える。適切な変更をしていくためには直観に頼って変更していくべきであり、それが悪夢の変更を促進させるため、どのような内容に変化させるのかは、患者から求められてもセラピストは患者に伝えることはしない。自分の直感に頼って書き換えるトレーニングを積み重ねることがポイントだと言えよう。この場合は、決して、復讐や暴力で相手を倒すような結末にしてはいけない。夢の中での自分の感情を平穏な感情にもっていくような結末にしなければならない。そして、最後にこの新しい夢の内容(ストーリー)を紙に書き書き留めておく

 ステップ3: ステップ2の内容を具体的にイメージとして想像するため、毎日数分間(10~20分、最低でも3分間)、1日に2回、そのイメージを思い浮かべるトレーニングを行う。この際、注意しなければならないこととしては、1週間に2つ以上の新しい夢を描くことは絶対にしないことである。1週間に1つの夢のイメージまでとする。まず、静かに快適な椅子に座り眼を閉じて、新しい夢のストーリーを頭の中でイメージする。イメージは言葉による思考ではなく、画像をイメージしなければならない。もし、悪いイメージが浮かんできてしまったらそのままやり続けてはいけない。いったん眼を開けて、大きく深呼吸をして、再度眼を閉じて最初からやり直す。トレーニングの最後に、イメージされた夢の内容を精神内界の絵として単純に紙に描く視覚イメージを描くことで、脳内へ確実にフィードバックさせることができ、それによって夢の内容がトレーニングで変更したような内容に書き変わることが期待できる。

 IRTの参考資料としては下のPDFファイルやWEBサイトがお勧めである。PDFの方はスライド原稿方式で説明されており、簡潔に書かれており非常に分かり易い(上で示した各ステップは下の参考資料をまとめて記載してある)。

 なお、IRTリハーサルの後で筋弛緩レラクゼーション(Progressive Muscle Relaxation、または、Progressive Deep Muscle Relaxation Training、PMR)を行い、PMRを併用すればさらに効果的かもしれない。PMR自体も悪夢へのレベルAのエビデンスグレードの対処方法である。
 
 IRTならば自分独りでも十分にできる方法のように思える。そして、IRTはPTSD以外の悪夢にも効果があることが確認されている(ただし、途中で脱落したケースや効果がないケースも多々あり、逆にIRTでPTSDの悪夢が悪化したケースが1例だけ報告されており、必ずしもうまくいく方法でもないようだ)。

 最後に、どうしても悪夢が消えない時には、曝露療法などの療法にて悪夢の内容と直接対決して消し去るといった方法もある。映画「エルム街の悪夢」はまさに悪夢と直接対決して悪夢を倒すという映画であった。
(次回に続く) 

悪夢の主との直接対決「エルム街の悪夢」
http://www.youtube.com/watch?v=M-EUGp-9VxY

 
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