双極性障害
Bipolar disorder
双極性障害の患者は健常の対照者よりも中等度の有酸素エクササイズで速く消耗してしまうようだ(すなわち、元々、心肺機能が弱い。心肺機能が弱いことも双極性障害の病状に影響をしているのかもしれない。従って運動で心肺機能を鍛えておくことは双極性障害への抵抗力を高めることになる)。
定期的な有酸素運動の双極性障害への効果を調べた2つの研究がある。身体活動は双極性障害(BD)患者では十分に実施可能な運動であり、ストレス、うつ症状、不安症状を軽減することが示された。
しかし、引用された全ての研究がサンプル数の少なさや対照群との比較の仕方など適切ではない点が多いためさらなる調査が必要である。Wrightらの研究者は、構造化されたインタビューを使用して、双極性障害における主観的な利点、潜在的な有害作用、エクササイズへの障壁などを抽出したが、その結果、エクササイズは気分の不安定さを管理する上では役に立つが、その反面、躁症状が重症化する一定のリスクを有すると結論付けた。双極性障害の場合はエクササイズは「両刃の剣 a double edged sword」であるという表現が用いられている(躁状態では元々多動となるため、激しい運動はしない方がいいのかもしれない。運動を継続したいのならば、軽めにゆっくり歩く程度にしておくのが良いのだろう)。
他のレビューでは、エクササイズにて双極性障害における神経伝達の変化が誘導され、有酸素運動はは双極性障害の神経認知機能障害の治療法となり得ることや、アロスタティック負荷(allostatic load)が軽減されることが述べられている。
(アロスタティック負荷について)
摂食障害
Eating Disorders
双極性障害の場合と同様に、摂食障害における身体活動やエクササイズの役割は両価性がある。例えば、むちゃ食い摂食障害(binge eating disorder 、BED)の患者の体重減少、神経性無食欲症(AN)での骨量減少の予防、など負の側面を持つ患者にこのような体重減少などのプラスの側面がある反面、強迫的な傾向を持つ摂食障害患者での過度の身体活動や治療転帰の悪化というマイナスの側面もある。
むちゃ食い摂食障害
Binge eating disorder
むちゃ食い摂食障害(BED)では、殆どの患者が運動をしない傾向があることを考えると、エクササイズを推奨することが必要不可欠である(特に、BED患者の肥満の程度と運動不足が相関しており、BEDでは運動をする必要性が高いと言える)。
注; なお、女性の大食い{むちゃ食い}を売りにしているTV番組があるが、TVで大食いを披露している女性タレントは皆、摂食障害らしい。食べた後で指を喉に突っ込み嘔吐しているとのことが下のサイトに書かれてあった。普通は激太りするはずだが、確かに皆スリムである。あれだけ食べて太らないなんて絶対にあり得ない。TVで騙されて、むちゃ食いしても太らないと誤解しないことが重要である(この疾患については次回のブログで触れる予定である)。
むちゃ食い摂食障害へのエクササイズの治療効果に関する2つの研究がある。1つは、対照群と比較して、6ヶ月間のエクササイズ(ウォーキング)にて中等度の体重減少とうつ症状のスコアの改善を示した。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/8932555
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/8932555
もう1つの研究では、認知行動療法(CBT) + エクササイズ治療にて、12か月後での、BMI(body mass index)のかなりの減少、抑うつスコアの改善、むちゃ食いエピソードが減少したことが報告された(さらに禁煙率も向上した)。
興味深いことに、2番目の研究では、患者の活動レベルは治療の終了直後に即座にベースラインに戻ってしまい、エクササイズのコンプライアンスも適切とは言えなかったが、それでも正の効果があることが明らかになった。この所見は、実際にフィットネスから得られるものよりも、活発でいることを自覚する方がより適切な効果が得られることを示唆している(運動によって健康な体に戻ったのだと自覚できるようになることに大きな意味があるようだ)。
神経性過食症
Bulimia nervosa
過食症の研究が1つだけあるが、CBTとエクササイズを比較した研究である。退院後18ヶ月の時点で、エクササイズは、過食と摂食障害の「ボディ不満尺度(body dissatisfaction scale)」の下位尺度を軽減させる効果はCBTと同等であり、 「痩せることへの過剰な駆動(drive for thinness)」や過食行動に関してはエクササイズがCBTを凌駕していることが見出された(むちゃ食いの頻度や指を使っての強制的な嘔吐や下剤の乱用が、CBTよりも運動群の方が減少した)。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/11828224
(body dissatisfaction scaleについて)
(body dissatisfaction scaleについて)
神経性食欲不振症
Anorexia nervosa
神経性食欲不振症(AN)への運動の効果を調べた研究は6つあるが、Zunkerらは、軽度から中等度の強度のエクササイズプログラムは、エクササイズをしなければいけないといった強迫的な態度や思い込みを軽減させ、感情的なストレスを軽減し、骨量を保護し、体重増加を増加させる可能性があると結論付けた。
最近行われた研究では、十代のAN患者での12週間のレジスタンス(筋肉)トレーニングプログラムでは何の有益は効果は見出されなかった。しかし、この研究はRCTとしての基準を満たしてはいなかった。さらなる研究がこの患者群では必要であろう。
物質使用障害
Substance Use Disorders
ニコチン依存
Nicotine dependence
CBTやニコチン置換療法と組み合わせたニコチン依存へのエクササイズの効果を調べた大規模なRCTがあるが、運動は禁煙達成という治療上の転帰への相補的な効果がを持っていることが示された(喫煙欲求の軽減、ニコチン離脱症状の軽減、禁煙のやり甲斐感の増加、高い禁煙率、タバコをやめたことによる体重増加の防止、など)。
運動はタバコへの渇望を防ぎ、再喫煙を防止する手助けとなる。禁煙患者を支援するための運動プログラムは、禁煙開始前から始めるべきであり、かつ、かなり高い強度の運動で、最低でも約10週間持続できれば、禁煙による気分の変化やタバコへの渇望を軽減するための対処戦略となり得るであろう。
アルコールや薬物依存
Alcohol and drug dependence
禁煙への効果とは対照的に、アルコール依存や薬物依存への運動の効果に関しては非常に小さいようだ(それでもアルコールや薬物への渇望を抑える効果はあるようである)。
発表された研究の殆どが、対照群は適切であるとは言えず、サンプルサイズも非常に小さく、ホームレスや臨床診断されていないヘビードリンカーの学生や強制的に治療を受けているような患者が参加していたり、ドロップアウトの数が多いために参考にはならない。しかし、前臨床試験では、断酒(断薬)の維持、うつ症状や不安症状などへの有酸素運動の付加的な効果が示されている。
注; 補足しておくと、上の論文では、運動によって動物モデルでの薬物の自己投与が減少する。運動は報酬となり、報酬回路に作用し、報酬回路をハイジャックしていたアルコールや薬物の影響を追い払ってくれるのだろう。
十分なサンプルサイズでの適切なRTCにて、これらの調査結果を確認する必要がある。運動の具体的な効果以外にも、運動の異なる作用メカニズム(イベントの社会構造化、ライフスタイルの変化、依存性物質を使用しない社会環境)が議論されており、さらに調査する必要がある。
統合失調症/精神病
Schizophrenia/Psychosis
統合失調症の患者へのトレッドミルトレーニング(16週間)によって、標準的な治療と比較して、体脂肪やBMIの大きな減少、陽性症状や陰性症状の大きな改善、(ただし統計学的には有意ではない)、が見出された研究がある。
統合失調症の患者への有酸素と筋力トレーニングを12週間行った他の研究では、標準治療と比較して、運動群での精神衛生インベントリスコアの大幅な改善が示され、機能や能力の向上と相関していた。
さらに別の研究では、標準的な治療と比べて、統合失調症の患者への中等度の有酸素運動(10週間)によって陽性症状、陰性症状の大幅な改善が見出された(さらに、QOLスコアも改善した)。
最近の研究では、運動の統合失調症への作用の1つとして、エクササイズにて神経保護作用や神経発生作用が誘導されることが示されている。本研究では、好気性エクササイズ(3ヶ月間、サイクリング)にて陽性症状や陰性症状の改善だけでなく、海馬の容積の増加が見出された。海馬の容積の増加は、有酸素フィットネス能力の上昇と相関していた。
さらに、ヨガの統合失調症に関する3つのRCTがあるが、陽性症状や陰性症状を軽減させる効果に関してはエクササイズよりもヨガの方が有効であると結論付けられた。別の研究では、20分間の有酸素運動や30分間のヨガの急性効果によって、不安や苦痛が減少することが見出された(この効果は有酸素運動とヨガの間では差はなかった)。
注; イタリアでは統合失調症の治療としてのサッカーが取り入れられている。イタリア全土では現在50もの精神疾患患者だけで編成されたサッカーチームがある。精神障害者専用のサッカー協会がある程である。サッカーを始めた患者の多くが統合失調症の症状も改善し、減薬が可能となり、半数の患者が仕事へ復帰できたらしい。サッカーは薬物療法以上の効果を秘めている可能性があると言えよう。日本でもサッカーではないが、精神疾患の患者さんだけのフットサル大会が行われている。
注; そして、あのFIFAも統合失調症などの精神疾患の患者さん達へのサッカー療法を応援しているのである。サッカーをすることで、サッカーをするために、就労にまで結びついたケースが紹介されている。統合失調症やうつ病の諸君。サッカーなどのスポーツをどんどんしようではないか。社会復帰の道がスポーツをすることで開けるかもしれないのだ。
認知症/軽度認知障害
Dementia/Mild Cognitive Impairment
いくつかのプロスペクティブスタディにて、身体活動が高いレベルの人は認知症(アルツハイマー病)や神経変性疾患(パーキンソン病)の発症が遅くなることが見出された。
トレーニングによる筋力や持久力の改良が健常対照群と同様に認知障害の患者で見出されており、身体活動(運動トレーニング)は認知症患者でも実行可能な方法である。
軽度認知障害
Mild cognitive impairment
軽度認知障害(MCI)と高齢者への運動の効果に関する研究は、結果が異なっている。最近の研究では、全てのタイプの運動が認知機能の低下を遅くする上で有益であると結論されており、最高の効果が得られた運動は、週5日で少なくとも30分間、中程度の強度のエクササイズ(例えば、早歩き)で見出された。
ある研究では、メモリーや注意力の部分的な改善は、エクササイズ(ウォーキング)を遵守している被験者のみで認められた。
アルツハイマー病
Alzheimer's disease
アルツハイマー病(AD)のための運動の効果のいくつかの予備的な研究がある。ウォーキングはコミュニケーションパフォーマンスを向上させ、音楽運動プログラムはMMSE検査での点数や言語流暢性を改善し、インタラクティブな身体活動は破壊的な行動を防ぐことが示されている。
運動によって、日常生活におけるパフォーマンスの低下や認知症に関連した認知症状の発症を遅くさせ、かつ、部分的に逆転させることが4つの研究にて見出されたが、機能的能力(functional ability)の改善までは見出されなかった。
運動の認知機能低下やアルツハイマー病に対する神経生理学的メカニズムやターゲットなる神経伝達システムに関しては、最近のレビュー(下)に要約されている。(神経可塑性の増強、BDNFなどの神経成長因子などの産生増加、アミロイドβのクリアランスの向上、脳血流の改善、神経変性プロセスの停止などが推測されている。)
注; 昨年度に出された論文では、有酸素運動と心肺フィットネスの高齢者の脳への効果(神経可塑性の増大)がfMRIにて直接確認されている。運動することによって、高齢になってからでも、海馬や海馬傍回の容積の増大、白質の整合性の増加、前帯状皮質・前頭前皮質・頭頂葉の活性化などが確認されている。
注; 東京都健康長寿医療センター(旧東京都老人総合研究所)などが中心となって認知症予防プログラムの1つとしての有酸素運動(ウォーキング)の啓蒙がなされ、現在では多くの市町村で認知症予防プログラムの中に有酸素運動が取り入れられている。
結論および将来の方向
CONCLUSIONS AND FUTURE DIRECTIONS
多くの研究は、補助的な治療としての運動の有効性に関する肯定的な結果が得られているが、エビデンスとしては殆どの精神疾患で限定された内容となっている。未介入の対照群と比べた場合と異なり、介入された対照群を用いた比較では、運動の効果は一般的に小さいという結果であった。これは、治療としてのコンタクト、社会的支援、気晴らしといった非特異的な効果の小ささは運動の強度の低さに由来しており、特に、疫学的な調査結果でその傾向が認められる。コスト効率に関しては、まだどの精神疾患でも推定できていない。今後の研究では、リスクや悪影響の他に、運動の利点(コスト比較など)を考慮する必要がある。条件、標準化された介入、評価戦略の検証、ランダム化は適切か、コントロールの状態、効果の評価、などが正しく記述されることで初めて意味のある結果を得ることができ、メタ分析での効果の大きさを算出可能にするためには研究内容を適正に設定することが必要不可欠である。
しかし、いくつかの結論では、運動は精神障害への有望な介入になる得ることができることを示唆している。公衆衛生的な観点からの研究では、運動の強度や持続時間と、臨床改善度の大きさとの関連性が見出された。実際のフィットネスの向上よりも治療成績の向上のためには、運動プログラムのコンプライアンスや運動の継続性が大切であった。運動のアドヘランスの向上や運動のプラス効果を生じさせる上で、社会的なサポートが重要であると思われる。重要な社会的なサポートとは、運動時間の構成であるかもしれないし、治療としてのコンタクトであるかもしれないし、正の強化であるかもしれない。
屋内/屋外での運動の効果の差は、気分状態への効果が異なるということが示されている。トレーニングのプロのスタッフによるスーパービジョンやトレーニング管理が、特に、トレーニング開始時に、心理療法と統合されたような形で提供されるべきである(例えば、トレーニング+気分日記を使うなど)。最近の研究では、トレーニングの効果や気分の改善は、インターネットや通信アイテムによるサポートを用いれば達成することができることが示されている。運動対象者のトレーニング経験度や実際の適応度に依存して、運動の急性効果が異なってくることに運動を提供する介護者は注意する必要がある。訓練された被験者では、訓練されていない被験者よりも、活力の向上、ポジティブな感情の向上、疲労感の回復を経験し易い。
身体的なエクササイズとは異なり、ヨガなどのマインドフルエクササイズ、例えば、ヨガは、うつ病や不安の対する補助治療として大きな注目を集めている。さらに、ヨガは、統合失調症、摂食障害、禁煙にも効果がある。さらに、うつ病患者においては武道が良好な急性効果を有することが示された。
今後の研究への課題
Implications for Future Research
運動を研究する上で、患者を盲検化することが問題となる:運動を知っている患者は、潜在的なバイアス(ローゼンタール効果、Rosenthal effect)に影響されて、気分が良くなることもあるであろう。そのため、適切かつ信頼性の高いコントロールされた介入が必要である。用量反応関係(dose-response relationship)に関しては殆どの精神疾患では不明なままであり(大うつ病や不安障害のある種の病態を除く)、疾患ごとの運動が最も効果的であるタイプも不明である。コスト、有効性、リスク、有害事象、運動が禁忌のケースを特定する必要がある。最後に、プログラム終了後の患者のモチベーションを向上させるための戦略がプログラムの実行中に必要であることが指摘されている。
(ローゼンタール効果、ピグマリオン効果について)
(論文終わり)
身体活動が抗不安効果などを発揮する生物学的なメカニズムに関しては以下のレビューに詳しく書かれている。
要約すると、運動によってHPA系の変化が誘導されてストレス反応性や不安を調節する。ノルアドレナリンやセロトニンのレベルが上げる。βエンドリフィンが上昇し抗不安効果が発揮される。BDNFが増加する。海馬での神経新生が起こる。曝露への慣れが生じる。自己効力感が高まる。気晴らし効果がある。などが推測されている。
運動は、統合失調症というプロセスによって萎縮した海馬などの脳の容積も運動にて回復する。運動は精神疾患の発症をも予防し、精神疾患からの回復をも促進してくれる。さらに、運動はテロメアの短縮をも防ぎ老化の防止にもなる(関連ブログ2013年10月14日 テロメアの短縮を防ぐもの)。
運動すれば健康には必ず良いはずなのだ。
ウォーキングならば、やや早足で30分以上歩くのが良いだろう。1時間くらい歩けば有酸素運動としては十分だと思える。
しかし、運動(ウォーキング)を勧めてみても運動をしない患者さんが多い。理由を聞くと、近くに歩く場所がないから、近所の人目が気になるから、と言い訳をする患者が多いのだが、もし、そうであるならば、自転車で少し遠くの大きな公園や河川まで出かけて行って、そこで歩けばいいのである(しかし、そういった場所すらないのが今の日本の姿なのかもしれないが)。
特に、木立の中を歩く森林浴は、木々からのマイナスイオンの効果も加わりさらに効果が倍増することであろう。家の中にいたらマイナスイオンは70しか浴びれない。森林ならば2500である。外に出ただけでも200である。とにかく外に出て歩くべきである。