『コンクリートが危ない』(岩波新書)の著者で、東京大学名誉教授の小林一輔さんが10月7日、亡くなった。半永久的に使用できるはずのコンクリート構造物が早期に劣化している問題を取り上げ、警鐘を鳴らした。
山陽新幹線高架橋の現地調査を踏まえて、「ぼくがJR西日本の社長なら、いつ事故が起きるかと心配で夜も眠れないだろう」と語った。「責任施工という名の無責任施工が、コンクリート構造物の早期劣化を招いた」と批判。完成して間もないマンションで異常なひび割れが見つかった問題では、「消費者は賢くなる必要がある」と、居住者の立場で訴えた。
大組織が相手でも、ひるまずに立ち向かう信念の人は、効率優先で品質をおろそかにした時代にも目を向け、次のような言葉を残した。
「政治家が圧力をかけて不要不急な公共事業を行う構図は、どこかで断ち切らなければならない」「不要不急な公共事業に費やすお金を、維持・補修に振り向けるべきだ」「良質な資産を残すためには、政治を変える必要がある」
小林さんを紹介した「日経コンストラクション」1999年12月24日号の特集「瀬戸際の建設界に立つ」の記事を再掲載する。ご冥福をお祈りしたい。
*登場人物の所属・肩書き、団体の名称・所在地などは掲載時のままとしています。
「山陽新幹線の高架橋で、一時、アルカリ骨材反応が問題になったわけですけれど、もう一つ、ほとんど除塩されていない海砂が使われていたことが、いろんな調査で明らかになっています。それから、炭酸化の速度も大きいことがわかっています」
背筋を伸ばした身のこなし。淡々とした語り口。1990年3月20日、東京・六本木にある東京大学生産技術研究所の退官記念講演での小林一輔教授だ。
炭酸化によってコンクリート内部に塩化物の濃縮が起き、鉄筋が腐食に至るメカニズムは、既に説明済みだ。教授は、コンクリート内部の鉄筋の腐食の程度を簡単に調べる方法がないと言い、話を続ける。
「私が少し気にしますのは、構造物を管理する会社が、入念に劣化状況をチェックしているのかということです。新幹線の高架橋で鉄筋が腐食して問題が起こるとすれば、おそらくスラブの下端筋の腐食による曲げ破壊であると思われます」
この後、新幹線の高架橋のモデルを基に、鉄筋の腐食が進行したときの安全率低下の試算結果を報告し、締めくくった。
「・・・限界値以上に鉄筋の腐食が残っていると、スラブの破壊が生じます。もちろん、こういう破壊によって列車が落ちるなんてことはまったく考えられないことですが、脱線等の事故は十分、考えられる。私は、このことをいつ申し上げようかと前から考えていたわけですが、今日はやっと肩の重荷が下りて、さっぱりした気持ちであります」
最後の記念講演にも新しい研究成果を盛り込み、注意を喚起する。小林教授らしい引き際だった。