三井ホームは「木造マンション」という新たなマーケットを創出し、中大規模の木造建築の価値向上に努めてきた。三井ホーム 施設・賃貸事業本部 賃貸住宅事業推進部 賃貸住宅事業推進グループ長の依田明史氏が、その取り組みを紹介した。
第1号の「MOCXION INAGI(モクシオン稲城)」は5階建ての1階が鉄筋コンクリート造(以下、RC造)、2階から5階までが木造、総住戸51戸の賃貸マンションで、東京都稲城市に2021年11月に完成した。部屋に入れば、三井ホームが展開してきた木造枠組壁工法の戸建て住宅と同様の見かけになっている。
「マンション」と「アパート」という言葉を聞いたときに、大半の人が「マンションの方が賃料が高い」、すなわち「価値が高い」とイメージするだろう。同社の競合とされる鉄骨造の住宅メーカーは、オーナーに対して「当社の建物はマンションとして募集できる。築年が経過しても賃料の下落が少ない」と訴求することも多いという。木造物件で契約が決まりかかっていたのに、その言葉でひっくり返される事態が現場でよく起こっていた。
そうした問題は当時、不動産・住宅のポータルサイトにも表れていた。賃貸物件を探すために「マンション」と「木造」をチェックして検索しても、該当する物件が表示されなかったのだ。「こうした状況は木造を選んだオーナーの損失になってしまうため、対応が必要と考えました」(依田氏)。
マンションには確たる定義はないが、不動産の表示に関する公正競争規約の施行規則に「RC造かその他堅固な建物」という記述がある。これを手がかりに、三井ホームは住宅性能評価の等級などを指標とする「木造マンション」の定義を試みた。各所に働き掛けた結果、2021年12月には前述のポータルサイトでMOCXION INAGIのような物件を木造のマンションとして募集できるようになった。
では、「木造マンション」の価値を入居者はどう判断したのだろうか。同社は、MOCXION INAGIの坪賃料を周辺マンション相場の約1.4倍の8400円に設定した。それでも募集から2カ月弱で全室が埋まった。賃料を高く取れないという常識を覆し、木造建築の経済的な価値の向上に大きく貢献した。
中大規模木造建築のモデルとするために物理的な価値の向上も図った。まず、壁倍率30倍超の高強度耐力壁「MOCX WALL(モクスウォール)」を開発した。強度を確保しながら厚みを軽減できるので、空間のゆとりやデザインの自由度と耐震性が両立する。また、同社の高遮音床仕様「MOCX MUTE(モクスミュート)」を採用した。歩行振動を制振パッドで吸収し、吊り天井で遮断する。これによって上下の住戸間の遮音の課題を解決している。
環境面ではZEH-M Orientedの取得などで価値の向上を図った。炭素の貯蔵量はCO₂換算で約736tになる。今後、MOCXIONシリーズが全国に広がれば脱炭素社会に貢献していける。
「木造マンション」に対する投資価値を高めるために、三井ホームは様々なチャレンジを行っている。
MOCXION INAGIでは、住宅性能評価の劣化対策で最高の等級3を取得し、木造建築として初の第三者機関によるエンジニアリングレポート(ER)を作成した。目的は売却を意識したデューデリジェンスのためで、同時に木造がどう評価されるかを確認する意図もあった。
ERには、MOCXION INAGIの物理的耐用年数は79年と明記されている。これまで木造は、法定償却期間の22年で償却するのが普通だった。法定償却期間を超える物理的な耐用年数が証明されたことで公認会計士等との協議のもと、償却期間もRC造と同等の47年とする会計の運用を実現した。
一般に地主などがマンションを建てる際は、年間の償却費が大きい、キャッシュフローが良くなる事業を望む。一方、デベロッパーが建てる際は年間の償却費が小さい、利回りが高くなる事業を望む。後者の場合は、従来木造は見向きもされなかったが、今後はRC造と同等の償却期間を選択できる。事業の目的に従った柔軟な運用を実現した。
長期償却の仕組みは、金融機関やデベロッパーなどから高い評価を得ている。依田氏は「これまで受注実績がなかったデベロッパーなどにもクライアントが広がった」と語る。MOCXIONシリーズの実績が増えているほか、より大規模で多様な用途に関する相談も目立ってきたという。
木造の賃貸住宅ローンに対する融資は依然、法定償却期間を基本とする22年とされる傾向がある(図1)。賃貸収支では返済額が大きくなってキャッシュフローが不利になる。
鉄骨造やRC造では35年返済が認められる。最近は木造で30年返済を認める金融機関も増えているが、それでもまだ不利な状況だ。「不動産売買の二次流通では木造の担保評価が低いため、融資額が伸びにくい現実もあります。木造の普及を図るためには金融機関の支援が欠かせません。構造形式にとらわれない評価を期待しています」(依田氏)。
「木造マンション」という新たな分野を切り開いたMOCXIONの取り組みは、脱炭素の機運に応えると同時に、多様な木材活用の可能性を示している。依田氏は「今後は住宅以外の施設系分野にも事業を拡大し、元請けの立場にこだわらず、部分請負事業、技術販売を含めて様々な事業者と共に木造業界を盛り上げていきたい」と語った。
※所属・肩書は2024年11月1日時点のものです。