〈パネリスト〉

三菱UFJ銀行
ソリューションプロダクツ部
部長

宮崎 裕和

三井ホーム
施設・賃貸事業本部
賃貸住宅事業推進部
賃貸住宅事業推進グループ長

依田 明史

三井ホーム
施設・賃貸事業本部
賃貸住宅事業推進部
賃貸住宅事業推進グループ長

依田 明史

三菱地所
関連事業推進部長 兼
木造木質化事業推進室長

森下 喜隆

〈ファシリテーター〉

〈ファシリテーター〉

CSRデザイン環境投資顧問
代表取締役社長

堀江 隆一

CSRデザイン環境投資顧問
代表取締役社長

堀江 隆一

 木造建築には、環境的な価値をはじめ、社会的な価値や経済的な価値など多様な価値が認められる。まずどのような価値があるのか、次にその価値をどう評価できるようにすればいいのか、建築や金融の立場から議論していく。

堀江氏 まず環境的価値につながる脱炭素の流れを説明する。気候変動開示は自社以外での温室効果ガス(GHG)排出にあたるScope3まで要請されるようになる。建築物のライフサイクル全体での二酸化炭素(CO₂)排出量であるホールライフカーボンから運用段階でのエネルギー消費に伴う排出量を除いたエンボディドカーボンの算定の準備が必要になる。国内では2024年10月、ホールライフカーボンの算定ツールである「J-CAT」の正式版が公開された。一方、環境的価値以外にも関連する話題として、国土交通省では2023年3月、「『社会的インパクト不動産』の実践ガイダンス」を公表した。不動産を所有する企業と投資家・金融機関や地域社会などとの対話を促し、不動産が社会的インパクトを創出することが、長期的な不動産価値向上につながるとの考えだ。次に、森下さん、宮崎さんから、自社の取り組みについてご紹介いただく。

森下氏 三菱地所グループでは、発注者として木造・木質建築に関わるほか、MEC Industryで建材製造を、三菱地所設計で設計を、三菱地所ウッドビルドや三菱地所ホームで施工を担う体制を整備し、低層建築から大規模建築まで幅広く手掛けている。

 2016年頃から木造木質化に取り組み、みやこ下地島空港ターミナルビルにCLT(直交集成板)を活用したのが始まりだ(図1)。その後、2019年に地上10階建ての賃貸マンション、2021年に地上11階建てのホテルを完成させた。またMEC Industryでは、空間の木質化を実現する建材として型枠材兼仕上げ材「MIデッキ」やCLTによるフリーアクセスフロアなどを供給している。

宮崎氏 三菱UFJ銀行では不動産アセットファイナンスを担当し、約5兆円を市場に供給している。2021年には国内銀行で初めてカーボンニュートラル宣言を発した。2030年までに自行のGHG排出量ネット・ゼロを、2050年までに投融資ポートフォリオにおけるGHG排出量ネット・ゼロを目指す。

 ESG(環境、社会、ガバナンス)のS分野にも力を入れている。具体例を2つ挙げる。まずALL-JAPAN観光立国ファンドの運用だ。投資対象は50案件ほど。宿泊施設の開発・再生プロジェクトや観光関連のスタートアップなどがある。次にインパクト測定のためのMUFG独自のKPI(重要業績評価指標)リスト策定だ。このリストは国連のフレームワーク及び国交省の「『社会的インパクト不動産』の実践ガイダンス」に即している旨の第三者意見を取得している。

堀江氏 では、木造・木質のポジティブインパクトは何か、をテーマにディスカッションに入る。改めてコメントをいただきたい。

依田氏 三井ホームでは木造マンション「MOCXION」を代表として、戸建住宅に留まらず、賃貸、施設等の中大規模の木造建築を手掛けている。

 木造・木質の良さに対する捉え方は3つある。まずイメージがいい。次に空間の中は居心地がいい。最後は脱炭素に貢献できる。木部が見えていることも重視されるポイントだ。

森下氏 当社がなぜ木造・木質建築に取り組むのか、まずSDGsの推進だ。デベロッパーの場合、CO₂排出量の80%はScope3のもの。森林資源の循環利用を促し、そこで脱炭素を図る。また、快適な環境の提供も重要であり、結果として木質空間が人材確保に貢献することもできる。

宮崎氏 木造・木質建築を投資対象とする一例として星野リゾート・リート投資法人がある。当初はJ-リートの投資対象として木造は不可能といわれたが、木造の価値を訴え続け、総資産2000億円以上にまで成長した。木造・木質は地域の独自性を打ち出しやすい。観光価値も持つ。

堀江氏 反対に木材利用の課題であるネガティブインパクトをどう見るか。

依田氏 まず燃えやすいと誤解されていること。火災の報道では「木造住宅が燃えている」と木造を強調されることが多々あるが、耐火性能の向上や設計により、十分な安全性を確保できるよう進化を遂げている。もう1つは、法定耐用年数という表現。「法定」という言葉が木造の寿命は短いという誤解を生む。金融機関はそれにとらわれず、キャッシュ回収可能な期間を融資期間としていただけるよう期待している(図2)。

注)企業会計において法定耐用年数を超える減価償却期間を採用する場合には、公認会計士等との協議が必要となります(出所:三井ホーム)

宮崎氏 不動産アセットファイナンスではそうしている。案件ごとに独自に不動産鑑定書とエンジニアリングレポートを作成。物理的・機能的・経済的耐用年数を設定し、そこから融資期間を定めている。また今後、社会的インパクト不動産への投融資にはKPIリストを当てはめていく。融資先には期間・金額などの面でインセンティブを付与する方針だ。

堀江氏 建築コストが高くなりがちな点も課題に上がる。

森下氏 設計や調達における工夫次第だ。三菱地所グループでは枠組み壁工法の活用や部材の規格化などで対応している。木材利用の課題にはコストのほか、建築規制の合理化や耐火塗料など新しい資材の開発が挙げられる。

堀江氏 次のテーマは、価値の見える化だ。木造・木質建築には、ポジティブインパクトとネガティブインパクトがあるのは、これまで言及してきた通り(図3)。木材利用を進めるには、これらを総合的に評価する必要がある。そこでの価値の見える化についてコメントをいただきたい。

依田氏 建築コストが上昇する中、賃貸用の木造マンションの建設では利回りの確保が課題になる。その経済価値の見える化に金融機関とともに取り組み、事業計画を見直すことで木材利用をさらに進めていきたい。

宮崎氏 KPIリストには木造・木質に関するものもある。例えば「人権への配慮」や「地域資源の活用」(図4)だ。現状トラックレコードが十分でなくとも、志のある案件には投融資を通じてKPIリストを当てはめ、KPIの実効性を検証し高めていくことが大事。このリストが徐々に市場の共通の尺度になることを目指す。

森下氏 インパクト測定には、林野庁が2024年3月にまとめた「建築物への木材利用に係る評価ガイダンス」が参考になる。また、一般社団法人日本ウッドデザイン協会が運用管理する「Japan Wood Label」「Wood Carbon Label」を活用することで、国産材の使用率や炭素固定量などの価値の見える化が図れる。

堀江氏 インパクトの事前評価だけでなく、快適性・満足度など事後にしか実際には分からない価値をモニタリングし、インパクトを発現できるよう関係者が対話を継続させることも重要だ。それによって、場合によってはKPIリストを見直すなど、価値の見える化をより良い方向に向かわせたい。

※所属・肩書は2024年11月1日時点のものです。