米Tesla(テスラ)の株価急落、米Apple(アップル)の電気自動車(EV)撤退、米Ford Motor(フォード)のEV事業赤字、ドイツMercedes-Benz(メルセデスベンツ)グループ(以下、Mercedes-Benz)の完全EV化撤回、販売台数の伸び率でハイブリッド車がEVを逆転……。世界の政府や自動車業界、メディアが喧伝(けんでん)してきた「EVシフト」が明らかに変調を来している。世界は何を間違えたのか。そして、自動車メーカーは生き残りを懸けてどこに向かうべきなのか。Touson自動車戦略研究所代表で自動車・環境技術戦略アナリストの藤村俊夫氏が分析する。その第1回は「EVシフト」失速の訳に迫る。
自動車業界では、2016年くらいから二酸化炭素(CO2)削減の手段として、「EVシフト」が叫ばれるようになった。理由は、中国におけるEV補助金の開始や、ドイツVolkswagen(フォルクスワーゲン、VW)の排出ガス不正「ディーゼルゲート」に端を発したEVへの大転換表明、欧米中のZEV(無公害車)規制強化があったからである。
これに対し、筆者は「電力の供給能力や排出係数、顧客にかける負荷(コストや航続距離他)など多くの課題があるにもかかわらず、それらを詳細に分析することもなく、走行中に排出ガスが出ないという理由だけで短絡的にEVを誘導することは愚策に他ならない」と述べてきた。ここに来て、その指摘内容がようやく現実味を帯びてきたように思える。
EVはCO2削減目標を達成するための1手段となり得ても、「救世主」とはなれない上、顧客に価格を含めて多くの負担を強いる製品であることに、多くの人々が気付き始めたからだろう。CO2削減に真剣に向き合わずに、己の利害得失を追求する政治家は、そこから目を背けたがるだろう。だが、「EV信奉メーカー」も、企業の存続を懸けて戦略を見直さざるを得なくなっている。
EVは踊り場?
最近、「EVシフトは踊り場に突入」といった記事をよく目にする。だが、その表現は間違っている。EVの最大の技術課題は2次電池のエネルギー密度向上だ。この点において画期的な改良が難しいことを考慮すると、現在のEVシフトは単なる「幻想」にすぎず、これまでと同様に補助金などの優遇策に支えられたブームに他ならない。
EVシフトをブームで終わらせたくないのであれば、CO2削減効果や顧客ニーズへの対応に関して総合的にハイブリッド車(HEV)を上回る必要がある。だが、それは2035年以降でも難しいといえる。つまり、踊り場ではなく、当面「はい上がることのできない死の谷」に突入したと認識するほうが正しい。
2016年以降、補助金を含む多くの優遇策によってEV販売は拡大してきた。ところが、新しもの好きの購入層であるアーリーアダプター(初期採用層)の購入が一巡し、補助金の支給が中国で2022年末に、欧州では最大の販売を誇るドイツで2023年に廃止されると、予想通りEV販売に急ブレーキがかかった。米Tesla(テスラ)をはじめ、欧米の自動車メーカーや中国の新興自動車メーカーの安売り競争により、各社の収益は大幅に低下し、巨額の負債を抱えて破綻する自動車メーカーも続出している。
政府主導で進んできたEVシフトに対し、2022年には既に主要自動車メーカー各社から懐疑的な声が上がり始め、2023年に入ると、人員削減や長期在庫に伴う生産調整、工場拡大やギガファクトリー新設の凍結など、EVシフトに待ったをかける具体的な動きも出てきた。同時に、HEV王国である日本は言うまでもなく、欧州や米国、中国市場においても、HEVやその派生車でもあるプラグインハイブリッド車(PHEV)が見直されて、販売は急拡大している。
EVの完成度は、電池性能で決まると言っても過言ではない。ただし、電池のエネルギー密度や耐久性の向上には時間を要し、材料費が約70%を占めることから、量産による電池コストの大幅低減も期待できない。そのため、補助金が終了すればEV販売にブレーキがかかることは容易に予想できた。
中国やドイツの補助金廃止に伴うEV販売の鈍化により、「これからはやはりHEVだ」というような論調の記事も見るようになったが、節操のない手のひら返しと、技術に対する知識の乏しさに嫌気がさしてくる。
ごく一部のメディアを除き、彼らは自身(自社)の存在意義を理解しているのだろうか。目先の読者の気を引く記事ではなく、「6年先にCO2削減が実現できるかどうか、課題に対して何をすべきか、正しい戦略とは何か」などを発信することが彼らの使命のはずである。
さらに言えば、政府や自動車メーカーの間違った政策や戦略を指摘することも、メディアに求められる重要な仕事だ。「自動車は全てEVにシフト」という報道と同様、「自動運転はすぐにでもレベル5を実現できる」「ボディー製造は鋼板溶接からすぐにでも『ギガキャスト』に置き換わる」といった報道も全て、技術的な裏付けのない間違った誘導に他ならない。
繰り返すが、少なくとも2030年のCO2削減目標の達成に向けてEVは救世主にならない。それはデータを分析すれば容易に分かることだ。環境と顧客ニーズを両立させる現実解は、短絡的なEVシフトではなく、「新興国をも含めたHEVおよびPHEVの販売拡大」なのである。EVに傾注してきた自動車メーカーは早急に軌道修正すべきだ。
一方で、HEVが各国・地域で巻き返しを図る中、「HEVはつなぎの技術だ」との論調もあるが、これまでEVを推進してきた信奉者の負け惜しみのように聞こえる。やはり技術改良の進展と時間軸の関係が理解できていないようだ。いつまでのつなぎなのか。2035年まで? 2040年までか? それとも2050年か? 技術的な裏付けを示すことなく、いい加減なことを言わないでほしい。
また、CO2削減対象は新車のみならず、エンジン車などの既販車を含むことを認識しておく必要がある。既販車のCO2削減の有効な手段として、自動車用燃料を石油系燃料から炭化水素系のカーボンニュートラル(温暖化ガス排出量実質ゼロ)燃料(drop in fuel;既存の設備や運用で使用可能な燃料)に転換していくことも、極めて重要となる。
現時点でこのことをしっかりと認識し、危機感を持って対応している自動車メーカーが少ないのは大問題だ。エネルギー資本や関連企業とのアライアンス、導入時期、導入量のどれをとっても、具体的なロードマップを示していないというのが現状だ。各国・地域の政府に至っては、全く当てにならない。政府や産業界は、2030年が人類にとっての岐路になるという危機感を持ち、CO2削減の道筋を立てて早急に行動に移していく必要がある。
本稿では、筆者がこれまで訴えてきた「EVシフトの危うさ」を、事実に基づいて検証するとともに、CO2削減に関わる課題と目標達成に向けての対応策及び道筋を提示したい。
2030年CO2削減目標のハードルは非常に高い
国際連合の気候変動に関する政府間パネル(Intergovernmental Panel on Climate Change:IPCC)は、第6次リポートで産業革命以降の地球上の平均気温上昇を1.5℃以下に抑える具体的な目標を提示した。「2019年比で2030年までにCO2を48%削減し、2050年にカーボンニュートラルを達成する」というものだ。
ここで重視すべきは、2030年の目標を達成できなければ、世界の平均気温上昇が1.5℃を超えて気候危機の連鎖が始まり、人間の力では制御不能な状況に陥るということだ。欧州連合(EU)の気象情報機関の発表によると、2023年は観測史上最高となる1.48℃を記録したとのこと。既に尻に火が付き始めていると見るべきだろう。
2030年まで残り6年を切る中、「CO248%削減」というハードルは非常に高く、人類の岐路を決する最大の関門となる。ところが、各国・地域の政府も自動車メーカーも、2030年の目標達成に向けて危機感を持って行動しているとは言いがたい。しかも、これは自動車メーカーのみならず、産業界全体も同様だ。
自動車のCO2削減にフォーカスすると、3つの検討すべき重点課題が見えてくる。
(1)新車のCO2削減は、EVなどに限定した車種規制ではなく、CO2規制の強化でなければならない
(2)CO2削減の対象は、新車のみならず、既販車を合わせた保有車である
(3)既販車のCO2削減に関して、具体的な対応の道筋(ロードマップ)がない
残念ながら、これらを認識・理解していない各国・地域の政府の政策は“木を見て森を見ず”の愚策そのものだ。全体を俯瞰(ふかん)し、CO2削減目標を達成する手段と道筋を早急に検討すべきだ。
そもそもEVシフトは脱炭素か
米国カリフォルニア州のゼロエミッション車(ZEV)規制や、中国の新エネルギー車〔新エネ車:EV、PHEV、燃料電池車(FCV)〕規制におけるEVなどの車種規制は、顧客の負担を軽視していると言わざるを得ない。おまけに、単なるEVの拡大はCO2削減の救世主にはなり得ない。WtW(Well to Wheel;油田からタイヤを駆動するまで)やLCA(Life Cycle Assessment、製造から廃棄・再使用までの全ての段階を通して環境負荷を評価する方法)でCO2をカウントすれば、電力の排出係数次第でEVのCO2排出量はHEVよりも多くなり得る。
図1は、米国と日本、中国、そして欧州で最も販売の多いドイツの4カ国において、HEVとEVを対象にLCAでカウントしたCO2排出量を比較したものだ。条件は15年-10万km走行時である。2018 年時点では4カ国の全てにおいて、EVのほうがHEVよりも多くのCO2を排出している。これに対し、2030年は電力の排出係数を2019年比で48%削減できたと仮定した。すると、依然として中国と日本では、EVのほうがHEVよりも多くのCO2を排出すると計算できる。
一方、米国及びドイツではEVのCO2排出量がようやくHEVのそれを下回るものの、その差は小さい。
これらの分析から、「EVはHEVなどと比較して大幅にクリーンという大義」は崩壊していると分かる。「EVは走行中にガスを排出しないから最もクリーンだ」という説明にだまされてきた、顧客をはじめ多くの知識人にも真実が周知されて浸透しつつある。
一方で、EVが顧客に負担をかける項目は数えきれない。重い、価格が高い、航続距離が短い、充電ステーションが少ない、充電時間が長い、電池が劣化する、低温時に性能が低下する、リセールバリューが低い、保険代が高いなど、上げればきりがない。これらはEVの問題というよりも、大半が電池の問題と言ってもよく、EVシフトが始まる前から分かっていたものだ。
今後、電池のエネルギー密度と低温時の性能や耐久性などが画期的に向上すれば、問題は徐々に解決されると思うが、トヨタ自動車と出光興産が開発を進める全固体電池が2027~2028年に実用化されてもまだ不十分だ。EVが市民権を得るまでの道のりは長く2030年後半でも難しいといえる。
ここ1~2年でEVが市場に広く行き渡ることで、顧客からの生の声(クレーム)が上がるようになり、EVの問題が露呈し始めた。今年、北米や中国を襲った大寒波で「充電時間が長くなる」「航続距離が著しく低下する」などの問題が多発したことは記憶に新しい。現在のEVは、補助金などの各種優遇措置がなければ顧客に買ってもらえない、生煮えの製品と言わざるを得ない。
これは中国やドイツの動向を見ても明白だ。日米政府をはじめ、いまだに補助金を継続している各国・地域の政府には、EVへの補助金が税金の無駄遣いにすぎないことを認識し、政策を早期に変更すべきである。補助金の有効な使い道は、EVの購入ではなく経年車から新車乗り換えの促進だ。そこで、新車購入の選択肢は顧客にある。