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(出所:123RF)
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JITからのコペルニクス的転回か

 筆者はサプライチェーンのコンサルティング会社に属している。コロナ禍以前と以後では、問い合わせの内容が異なっている。以前は、「働き方改革」「人工知能(AI)/RPA(Robotic Process Automation)の活用」といったテーマが多かった。

 それがコロナ禍以後は、「働き方改革」はピタリとなくなった。それまで遅々としてテレワークなどは進まなかったのに、コロナ禍では背に腹は代えられないと、議論や手法論をすっ飛ばしてただちにテレワークの実践が進んだ。この日本人の火事場の転換力には感心した。一方でAIもRPAも現実的な応用に限界があると企業が感じたのか、次のデジタル・トランスフォーメーション(DX)にテーマが移っていった。

 そして、コロナ禍以後に増えたのがコスト削減の相談や、在庫に関わる相談だ。コロナ禍が始まった直後はコスト削減についての相談が多かった。2020年の企業業績が芳しくないはずだとの考えから、何とか利益向上を目指すにはどうするかといったものだった。

 在庫についての相談は、コロナ禍以前は在庫を減らしたいという内容が一般的だった。しかし、コロナ禍が良くも悪くも一段落し、世界経済が予想以上に早く回復し需要が高まってくる中で、在庫をむしろ増やせないかとの相談が多くなった。製品や商品の在庫というよりも、原材料や部材・部品の在庫を確保したいという意味だ。昨今、半導体不足や樹脂材などの原材料不足が一般のニュースになるほどであり、何とか原材料や部材・部品を買い集めて在庫を増やし、生産を止めないようにしたいというのだ。

 ある企業の役員と会食していると、「資材の在庫確保のためなら、いくら払っても構いません。この局面では、物量の確保がもっとも重要です」と教えてくれた。氏の携帯電話には部下から次々に電話がかかってくる。「いくら払えば買えそうです」といった連絡が相次いでいた。

 JIT(ジャスト・イン・タイム)という言葉がある。これはサプライチェーンでサプライヤーに対して、必要なものを、必要なときに、必要な数量を納品してもらうための手法だ。これは、原材料や部材・部品の在庫を減らすには有効であり、これまで多くの企業が追求してきた。

 ただ、考えれば当たり前なのだが、これはサプライヤーが必ず納品してくれることを前提としている。それにもし、在庫を持つメリットがデメリット(生産が停止するなど)を上回るのであれば、在庫は持つべきだ。

 それまで在庫削減に必死になって取り組んできた企業が、物不足の現実の前に、在庫を積み上げようと方針を大きく変えている。筆者は、コペルニクス的転回の場面に立ち会っている気持ちになった。

積極的に在庫を持つ日本企業

 ところで一般的には2011年3月11日の東日本大震災が発生して以後、日本企業は在庫を持つようになったといわれる。災害によってサプライチェーンが寸断したのは誰の記憶にもある通りだ。

 実際の財務データではどうだろうか。法人企業統計を使い、01年の第1四半期から時系列を見てみよう。は、製造業における貸借対照表上の「仕掛品・原材料・貯蔵品」を、損益計算書上の「売上原価」で割ったものだ(この売上原価には現場で働く作業者の労務費や減価償却費なども含むが、それらはさほど変化しないと考えて話を進める)。この値が大きければ、原価に対して在庫を多く持っていることになる。

図 増える在庫
図 増える在庫
2006年ごろを底に、原価に対して仕掛品・原材料・貯蔵品が増加傾向にある。(出所:坂口孝則)
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 すると、06年ごろを底として右肩上がりの傾向にあると分かる。製造業は在庫を積み上げる体質になっているのだ。そして昨今の物不足は、在庫を増やす新たなトレンドを作り上げたというより、加速させた意味合いが強い。