将来の新型エンジン開発の噂が聞こえてこないトヨタ自動車だが、とてつもない市販ガソリンエンジンを開発した。2020年9月発売のスポーツ小型車「GRヤリス」に搭載した「G16E-GTS」である。独BMWとの共同開発車である「GRスープラ」に続く豊田章男社長肝いりのスポーツカーで、公道を疾走できるGRシリーズ専用に初めて設計された内製エンジンだ。
市販車からモータースポーツカーにチューンアップするのではなく、GRヤリスのためだけに、「WRC(世界ラリー選手権)」などで培われた技術を基に生み出したエンジンである。プロドライバーが求める動力性能と真摯に向き合い、さらにモデルベース開発(MBD)をフル活用して、最適なエンジンを設計している。今までのトヨタの試作を繰り返す開発プロセスを考えると、とっても“スマート”だ。
トヨタがMBDをここまで使いこなした
怪物エンジンの排気量は1.6Lで3気筒、筒内と吸気ポートの2系統(デュアル)燃料噴射過給ガソリンエンジンである。1.6Lにもかかわらず、最高出力200kW/6500rpm、最大トルク370N・m/3000~4700rpmと、とんでもない数値をたたき出す。自然吸気の3.5Lガソリンエンジン並みだ。スポーツブランドの「GR」とはいえ、ヤリスには有り余るパワートレーンではないか。なお圧縮比は10.5:1と過給エンジンとしては平均的な値、燃料仕様はハイオクである。
1.6Lという排気量は、WRC「グループR5」のレギュレーションから決定。3気筒にしたのはダウンサイジングのためではなく、エンジン性能を最大化するためだ。エンジン技術者には当たり前だが、3気筒にすると各気筒の排気干渉が小さくなり、排気時の背圧を低くできる。残留ガスの掃気性が高まり、吸入空気の体積効率が向上する。
もちろん排出ガス流量も大きくなる。タービン径の大きなターボチャージャーを採用して、出力を高めながらも応答性と両立しやすくなる。おまけに、残留ガスが少ないとノッキング(異常燃焼)耐性が高くなる。3気筒化による掃気性の向上効果をさらに高めるため、吸排気バルブに油圧制御の可変バルブタイミング機構(VVT)を採用している。具体的には吸排気バルブのオーバーラップをエンジン回転に合わせて、掃気効率と吸入空気量を最大化している。
気筒のボア(内径)×ストローク(行程)は、87.5×89.7mmとほぼ同じにした「スクエア」で、モータースポーツ用エンジンとしては常道だ。若干ロングストロークにしたのは、燃費を多少意識したのだろう。
新エンジンの設計で特筆したいのは、ほとんどMBDだけを用いて、多くの設計諸元の最適解を導き出したことだ。試作レスと言える水準のよう。従来はMBDを活用するものの、試作が残っていた。
例えば、吸気ポート形状とバルブ径は、耐ノッキング性の向上と、出力向上に寄与する吸気流量の増大を両立するため、数値流体力学(CFD)の解析で決めたという。具体的にはタンブル流の強度と吸排気バルブ径の最適値を見い出し、燃焼速度を上げた。
その結果は興味深いもので、やはりと言うべきか、トヨタの一般車用の最新4気筒エンジンの吸気ポートと似た形になった。この新型エンジンはスポーツ車用で目的は異なるが、最適な形状というのは近くなるものなのだ。シリンダーヘッド側のペントルーフ燃焼室に、できる限り真っすぐにつながるポート角度にした。また吸気流量を向上するために、吸気ポートのサイアミーズの分岐部を短くする細かい配慮も施してある。