全1783文字

 2023年5月、フランス北東部のグラン・テスト地域圏の地下に大規模な天然水素(ホワイト水素)鉱床が発見された。実は、こうした天然水素は世界各地に存在するとされる。しかし、その埋蔵量や商業的な利用可能性については、いまだにはっきりしない注1)。果たして、天然水素はエネルギー転換に大変革をもたらすのか。2024年12月4日、グラン・テストにおける水素ビジネスをPRするために来日した、同鉱床発見者でロレーヌ大学リサーチディレクターのJacques Pironon氏に聞いた。

注1)1987年にアフリカのマリ共和国で水井戸掘削作業中に天然水素が発見された。発見当時、たばこの火が原因で水素爆発を引き起こしたことから、長らく廃坑になっていた。2012年からカナダHydroma社が採掘を開始。水素を直接燃焼して発電した電気を近隣の村へ供給する実証プロジェクトを進めている。埋蔵量の推定には至っていない。
ロレーヌ大学リサーチディレクターのJacques Pironon氏
ロレーヌ大学リサーチディレクターのJacques Pironon氏
2024年12月4日に在日フランス大使館(東京・港)で開催された記者会見の様子(写真:日経クロステック)
[画像のクリックで拡大表示]

埋蔵量、意外と少ない?

 最新の調査結果によれば、グラン・テスト水素鉱床の推定埋蔵量は3400万トン。特定の鉱床において、天然水素の埋蔵量を具体的に推定できたのは、今回が世界で初めてだ。

 現在、世界の水素需要は年間1億トンに達しようとしている。これと比較すると、3400万トンはすぐに使い切ってしまいそうだ。だが、驚くべきことに、「天然水素は今なお地下で発生し続けており、採掘速度を生成速度に合わせれば再生可能なエネルギーとなり得る」(Pironon氏)という。ただし、その生成速度は明らかになっていない。

グラン・テスト水素鉱床における深さと水素濃度の関係
グラン・テスト水素鉱床における深さと水素濃度の関係
ロレーヌ大学が地下のガス成分を分析した結果、地下1km地点の水素濃度はおよそ20mol%だった。ここから深さと水素濃度の関係や地下水に含まれる溶存水素濃度を推測し、埋蔵量を試算したという(出所:ロレーヌ大学)
[画像のクリックで拡大表示]

採掘技術の開発が商業化への鍵

 資源化できれば価格競争力も十分あるという。採掘と精製による水素製造コストは1kg当たり1~2ユーロと試算する。これは、メタンガス由来の水素(グレー水素)よりも2倍ほど高いが、再生可能エネルギー由来の水素(グリーン水素)と比べると3分の1~4分の1程度である。

 Pironon氏は、水素を発電利用した際のコスト優位性について強調する。「仮に1kg当たりの製造コストを2ユーロとした場合、電気代は1kWh当たり0.08ユーロとなる。これは現在のフランスにおける1kWh当たりの電気代0.27ユーロよりも安い」

 ただし、実際の生産は、今後の採掘技術の進展が鍵を握る。グラン・テストでは、地下3kmに存在する地下水に、30mg/L(ppm)という高濃度の水素が溶け込んでいることが明らかになった。推定埋蔵量3400万トンの中には、この溶存水素の量も含まれている。「水中から効率的に水素ガスを抽出する技術は開発されていない。今後2~3年以内に技術を確立し、5~6年後をめどに生産を開始したい」(Pironon氏)と意気込む。