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 「膿(うみ)は全く出し切れていない。これでは三菱電機の不正体質は何も変わらない」──。同社の関係者はこう言って嘆息する。2022年10月20日に外部調査委員会(以下、調査委員会)が発表した、三菱電機の一連の品質不正に関する最終的な調査報告書(第4報・最終報告、以下最終報告書)に対する評価だ(図1)。

図1 三菱電機の品質不正に対する一連の報告書
図1 三菱電機の品質不正に対する一連の報告書
2021年10月1日の報告書(第1報)から2022年10月20日の最終報告書まで4報にわたった。(写真:日経クロステック)
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 これで三菱電機は品質不正に関する調査に完全に終止符を打った。2023年1月5日の年頭挨拶(あいさつ)で漆間啓社長は「全ての問題を出し切った」と語った。今後は、本体ではなくグループ企業の品質不正を調査するのだという。

 残念ながら、最後まで外部調査委員会(以下、調査委員会)および同社の品質改革推進本部は、まともな検証力を発揮できなかった。日経クロステックは客観的な検証のために技術に詳しい第三者の専門家(競合企業のOBや業界団体などの人材)の登用を勧めてきたが、三菱電機側は拒否。現場、具体的には業務用エアコンを造る三菱電機冷熱システム製作所(和歌山市)の報告や回答を鵜吞(うの)みにし、そのまま報告書に記載した。ずさんな調査であり、「膿を出し切る」と何度も口にしてきた漆間社長の姿勢は形だけのものだったと言わざるを得ない(図2)。

図2 三菱電機の漆間社長(左)と調査委員会の木目田委員長(右)
図2 三菱電機の漆間社長(左)と調査委員会の木目田委員長(右)
技術検証力の不足で三菱電機の性能不正という大きな膿を見過ごした。(写真:日経クロステック)
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 「全ての膿を出し切って一から出直さなければ、私たちに未来はない」と2022年の年頭挨拶で漆間社長自身が語った通り、膿を出し切らなければ不正とは無縁の新たな三菱電機に生まれ変わることはできない。膿を残したままでは不正体質が温存され、いずれ組織は腐ってしまう。三菱電機が本当に品質不正を撲滅するために、技術検証力が足りない調査委員会には見つけられなかった大きな膿、すなわち性能不正に関する膿を代わりに指摘したい。真の「新生三菱電機」のために、あるいは他山の石としたい日本企業のためにお役に立てれば幸いだ。

騒音不正の指摘と反論の経緯

 大きな膿の1つは、日経クロステックが指摘した業務用エアコンの「室内機『VMM』シリーズの騒音不正」である(VMMは2000年の発売)。簡単に経緯を振り返ろう。

 三菱電機はその騒音値(冷房能力が16.0kW)について「42~45dB」とカタログに記載して顧客に販売した。風量(弱)のときの最小値から風量(強)のときの最大値までの騒音変化は、わずかに「3dB」しかない。だが、実際は「騒音変化の式」から理論的に「少なくとも7.7dB」が必要となる。この技術的矛盾は物理式(騒音変化の式)が証明する通り、明らかな性能不正である。

 ところが、三菱電機はこの指摘に対し、調査報告書(第2報、以下報告書第2報)でモーター音やビビリ音が考慮されていないと反論した。風量(弱)のときはモーター音やビビリ音が大きくなり、37.3dBから4.7dB分増えて42dBになる。よって、「騒音変化が3dBに留(とど)まることは不自然なことではない」(同報告書)と説明した。

 これを受け、日経クロステックはモーター音やビビリ音を考慮しても、その増分は1dBにも満たない(+0.13dB)という計算式を示し、42dBまでのかさ上げは不可能であると三菱電機の主張に反論した。加えて、ビビリ音とは共振状態の音であり、故障を誘発し得る共振を許す設計では商品として成立しない上に、同社の品質保証基準からも逸脱している点を指摘。「再試験して測定値を見せてみよ」と主張した。

 すると、三菱電機は調査報告書(第3報、以下報告書第3報)において、「当時の設計図に基づ(いて)」(同報告書)再現した実機(以下、VMM再現機)を製作し、外部の騒音測定会社に騒音値を測定させたと発表。その結果、騒音値は「35.7~41.2dB」〔品質担当執行役(CQO)の竹野祥瑞氏(当時)〕だったと説明した(図3)。よって、VMM再現機はカタログ値である「42~45dB」を超えておらず、「騒音値を改ざんして騒音値を低く見せていたといったことは確認されなかった」(報告書第3報)と反論した。

図3 VMM再現機による騒音性能の測定
図3 VMM再現機による騒音性能の測定
三菱電機は当時のVMMの図面に基づいてVMM再現機を製作。それを使って騒音性能を測定し直したところ、当時のVMMの測定値(騒音の最大値)を超えないため「不正はない」と主張した。だが、同じ図面から性能が大きく異なる製品ができている点を三菱電機も調査委員会も疑問に思わなかったようだ。(イラスト:穐山 里実)
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 三菱電機のこの主張を受けて、日経クロステックは、旧型機種(VMM再現機)の静音(低騒音)性能が、その後継であり、空調業界で「画期的な製品」と評された当時の新型機種「VMA」シリーズを超えている技術的な矛盾を突いた。VMAは流体力学の「応用上の大発見」を織り込んだ設計であるのに、なぜ凡庸な設計のVMMが低騒音で勝るのかについて、三菱電機は技術的に納得のいく説明をすべきだと主張した。

 これに対して三菱電機は沈黙。最終報告書にはこの指摘に関する反論や説明はなかった。「技術的な説明をきっちりする」と語っていた漆間社長の言葉はどこかに消えた。日経クロステックが主張した性能不正の指摘について報告会場で問われた調査委員会の木目田裕委員長も「不正があったとは考えていない」、三菱電機常務執行役CQO(品質改革推進本部長)の中井良和氏も「問題ない」と回答する始末だ。

やはり「素人だましの隠蔽工作」

 改めて、この騒音不正に関する三菱電機の一連の対応は「素人だましの隠蔽工作」であると主張しておく。「業務用エアコンのプロ」であるはずの同社が、本当は不正であることを分かっていながら、世間に「問題ない」と強弁しているのだから、悪質と言うほかない。さらに残念なのが、三菱電機のこうした隠蔽工作に「問題なし」とお墨付きを与えた木目田委員長率いる調査委員会である。これまでの報告書に記載した三菱電機の反論内容は、技術的に疑問符が付く点ばかりなのに、丸ごと見過ごしてしまっている。

 では、疑問点を1つひとつ挙げていこう。

再現機は「再現性のない試作品」にすぎない

 まず、VMM再現機の「再現性」の疑問だ。先述の通り、三菱電機は当時の図面に基づいてVMM再現機を製作し、その再現性を「社外の学識経験者の助言を得(た)」、「公証人により(中略)公証を受けた」(報告書第3報)と付言した。言うまでもないが、図面とはものづくりの全てが投映されたものだ。すなわち、「同じ図面からは同じ性能の製品を造れなければならない。世界のどこで、いつ、誰が造ろうが、同じ性能の製品ができるというのが、図面の意味だ」と開発設計の専門家は指摘する。

 ところが、先述の通り、販売したVMM(以下、当時のVMM)の騒音値が42~45dBであるのに対し、VMM再現機のそれは35.7~41.2dBだったというのだ。「騒音性能は、省エネ性能に次ぐセールスポイント。技術者が懸命に静音化(騒音の低減化)を図るもの」(関係者)である。その重要な性能の値が両機でここまで大きくかい離しているのに、これらを「同じ製品」と見なすのは無理がある。両機はもはや「別物」と見なければならない。

 しかも、VMM再現機の騒音の最大値は41.2dBと、当時のVMMの最大値である45dBを大きく下回る(-3.8dB)どころか、最小値の42dBよりも小さく抑えられている(-0.8dB)。同じ図面から造ったのだから当然、改良のための設計は全く施こされていない。にもかかわらず、同じ図面を使って造り直しただけでここまで性能がアップすることなどあり得ない(騒音なので値が小さいほど性能は優れる)。すなわち、VMM再現機は「再現性のない試作品」と見なすのが妥当だ。

 測定誤差の可能性についても、「まともな技術者が騒音を測定したら1dBもずれない。0.1dB程度に収まる」と関係者は明確に否定する。つまり、測定誤差という言い訳が通用するレベルの騒音性能の差ではないということだ。

 調査委員会はもちろん、こうした再現機なるものに当時の図面に対する再現性があると認めた「学識経験者」および「公証人」の見識を疑わざるを得ない。