ラーニング・フロム・ドバイ
Volume 12: Al Manakh, Columbia University GSAPP / Archis, 2007.
Evil Paradises: Dreamworlds of NeoLiberalism, New Press, 2007.
Perspecta 39: Re-Urbanism: Re-urbanism - Transforming Capitals - The Yale Architectural Journal: No. 39, MIT Press, 2007.
──しかし、1980年代のシンガポールや1990年代の中国にとてもよく似て、昨今のガルフ(湾岸地域)、とりわけドバイの発展というものは、物笑いの種となっている。マイク・デイヴィスの「ウォルト・ディズニーがアルバート・シュペアーに出会った」という酷評は、ウィリアム・ギブスンが15年前にシンガポールについて「死を課せられたディズニーランド」と描写したことの、こだまである。
──ガルフは、自らを再構成しているだけではない。世界を再構成しているのだ。★1
このところ注目を浴びている中東の都市ドバイ。建築関連のメディアでも、異常な発展を遂げているこの都市に関する記事をたびたび目にするようになっている★2。なぜドバイが関心を引いているかというと、ひとつには他の地ではありえないような巨大もしくは前衛的な建築の実験場として、ふたつ目には21世紀が都市の世紀といわれるなかで、そのもっとも先鋭な例としてである。とにかく、この地では非常識と断定できる規模や形態の建物が次々に計画され、かつものすごい速度で実現されつつある。世界で最も高いビル、世界で最大規模のショッピングモール。やしの木や世界地図を模した人工島によるリゾート地。ザハ・ハディド、ノーマン・フォスターといった著名な建築家から無名の設計事務所による、さまざまなエキセントリックな形態の巨大なビル。そして、今世紀世界各地で次々と100万人都市が誕生し、人口の集中が進むとされるなかで、ドバイはそれらのなかでもっとも規模が大きくまた発展のスピード、話題性において図抜けている。そこには、まさに砂上の楼閣といった雰囲気が漂っているのだが、これを単なる石油成金によるバブル的現象として片付けてしまっては、事態を表面的に捉えているとされても仕方ないだろう。
ドバイに限らず、中近東というのは日本にとってきわめて重要な意味を持つ地域であるが、その地理的距離、文化的な違い、歴史的接点の薄さにより、これまでよく理解されてきたとは言えない。中近東は、常に重要な石油取引国として認知されるものの、それ以外には興味の対象ではない状況が続き、俄然注目を浴びるようになってきたのは、1990年代の湾岸戦争以降であろう。実際、ドバイをはじめとする中近東諸国の国としてのアイデンティティ確立の歴史はそれほど長いものではない。石油のイメージが圧倒的な中近東諸国であるが、多くの国が石油の生産を始めたのは戦後になってからであり、具体的にドバイの例を挙げれば石油の輸出は1969年からである(湾岸諸国は長らく英国の保護領とされてきたが、それはこれらの国々は中東の中でもきわめて発展の遅れていた地域であったため、英国はあえて植民地とする必要を認めなかったという事実による)。石油輸出国としてきわめてリッチなイメージのある中東諸国であるが、1973-74年の第一次石油危機のあと膨大な石油収入を手にしたものの、例えば1990年代には湾岸によりクウェートをはじめとする諸国は壊滅的なダメージを負うなど、常に順調であるわけではない。
そうしたなかでアラブ首長国連邦のうちの一国であるドバイは、70年代から港湾や空港の整備を継続的に行ない、その成果として今の繁栄がある。他方には、同じ地域でも、国の経済政策や都市のヴィジョンの作成に失敗した国々もあり、ドバイのモデルは、ドバイゼーションという造語すら産み出している。なので、ドバイの現象をここ数年に限ってみると、まるでなにもないところに急に巨大都市が出現したかのような印象を受けるが、その背景にはある成功のシナリオがあったことを忘れてはならない。また、例えば、アブダビが今後100年は石油を生産できると予測されているなかで、ドバイはあとわずか20年限りだと言われている。そのため、ドバイは、石油への依存度をここしばらくで限りなくゼロにするという目標を立てており、そのことがまたこの国の開発をシビアなものとしている★3。
『Al Manakh』は、以前この連載で取り上げた、AMOとアーキスの協同出版プロジェクト「Volume」の最新号として企画され、ドバイのシンクタンク、ムータマラドが加わって、アラブ湾岸地域のリサーチをまとめた本だ。それぞれ、ムータマラドはドバイのガイドを、AMOはガルフのサーベイを、アーキスはグローバル・アジェンダ(世界的課題)を担当しているが、今注目を浴びるこのエリアのこれだけまとまったリサーチおよびガイドというのは、まさに時宜に適ったものといえるだろう。
レムはこれまでにも、ニューヨーク、シンガポール、シンセン、ラゴスと、都市についていくつもの興味深い分析を行なってきたが、その最新の対象がガルフというわけである★4。『Al Manakh』には、今ガルフで起きているさまざまなことが網羅的に報告されている。レムは、明らかにこの地域の異常な変貌に強い関心を示しているが、一方で建築家がバブルのような状態に参加することに関して以下のように発言している。
──高層のタワーがアーバニズムの異議をまったく縮減するモデルであるのと同じような意味で、「スター建築家」もまた非常な縮小主義者です。だから、私は建築家自身が、建築に可能なことがひどく縮小している今日の状況において私たちがみな目撃していることの、共犯者だったのだと思います★5。
一方、『Al Manakh』では、華々しいこの地域の開発の影で、劣悪な環境で働く出稼ぎ労働者についてもレポートがされている。一般的に言って、発展途上国が直面する問題として、労働力は余っているが資本はないということが世界的に共通するのだが、この地域に限っては、資本はあるが労働力が足りないという現象が起きている。そのため、近隣諸国やインド、東南アジアからの出稼ぎ労働者が多数働いており、その労働条件は悲惨だ★6。
同様の指摘は、『Evil Paradses (邪悪なるパラダイス)』に入っている、マイク・デイヴィスのドバイに関するテキスト「Sand, Fear and Money in Dobai」でも読むことができる。マイク・デイヴィスのこのテキストは、ドバイの現状に関する簡潔で要を得たものであり、ドバイの基本的な事項を知るにはうってつけのもので、彼が編集に関わった同書は、世界中で進む都市の変貌を取り上げ、その状況を解説するとともに、負の側面に光を当てている。
イエール大学建築学科のジャーナル誌『Perspecta』も、最新号では現代都市に関する特集を組んでいる。こちらは、首都の変貌をテーマとしているが、首都というのは国家の中心であり、その存在は今後グローバル化が進行するなかで、どのようになっていくのかが議論となっている。取り上げられている首都は、アブダビ、バンコク、北京、ブラジリア、エルサレム、メキシコ・シティ、ワシントンなどである。
★1──ともに、『Al Manakh』のイントロダクションとして書かれた、レム・コールハースのエッセイ「Last Chance」より。
★2──『日経アーキテクチュア』2007年7月23日号(特集:ドバイ特派報告──飛躍の場は中東に)など。
★3──このあたりのドバイ他中近東に関する内容は、細井長『中東の経済開発戦略』(ミネルバ書房、2005)を参照にした。
★4──レムの都市分析の経歴は、彼の手による以下の文献参照のこと。
『錯乱のニューヨーク』(筑摩書房、1995)
"Atlanta" in S,M,L,XL, Monacelli Pr., 1996.
"Singapore Songlines: Thirty Years of Tabula Rasa" in S,M,L,XL, Monacelli Pr., 1996.
Great Leap Forward: Harvard Design School Project on the City, Taschen, 2002.
ラゴスに関する書籍は、出版予告がされているもの現時点では未刊。
★5──『M×M 2007──建築家が語る[都市への処方]』(現代企画室、2007)所収。
★6──『Al Manakh』については、『新建築』2007年11月号「The Gulfは蜃気楼ではない」および12月号「世界はThe Gulfに何を見るか?」(ともに新建築社)に、AMOでこのプロジェクトを担当したトッド・リースと太田佳代子さんへのインタヴューが掲載されている。
[いまむら そうへい・建築家]