もっと、ずっと、極端にも遠い地平へ
MVRDV,
Km3: Excursions on Capacity, Actar, 2006.
George L. Legendre,
Bodyline: The End of our Meta-Mechanical Body, AA Publications, 2006.
C.J.Lim,
Virtually Venice, Studio 8 Architects, 2006.
遠くへ行こうという試み。それも、極端にも思える遠くのほうへ。着地点の見通しもないまま、それでもとにかく前方へと衝動的に突き進む勇気ある振る舞い。
どのようなかたちであれ、創作とか、提案には、なんらかのかたちでの新しさというものがついてまわる。しかし、そのような普通のというか凡庸な新しさではなく、時には切迫感や緊迫感を携えての彼岸への意志。
モダンという言葉には新しいという意味があるとか、アバンギャルドというのは戦争の前衛=フロンティアが語源だとも言われるが、そもそも敵が誰かもわからず、とにもかくにも先端で戦うこと。
時としては、荒唐無稽であり、そのリアリティのなさから嘲笑されたり、無視されることも多々ある。しかし、それは今日においても圧倒的なまでに新しさを求めようとする限りにおいては、不可避のことかもしれない。
それはバランスを欠いているかもしれない。しかしさまざまな与件を無難に調停し、過不足なく建てられた建物のなんと魅力のないことよ。そうしたビル群の生み出す一見平和に見える砂漠の光景は、時として暴力的ですらある。
かつて原広司は、ある建築家を評して、疑いのニュアンスも含めて「地球上での戦いではなく、宇宙人を相手にしているような」と書いたことがあるが、まさになんのために戦っているのかも不明なまま、それでももっともっと遠くへと戦いのフィールドを求めていく建築家たちがいる。そして、徹底的にこだわることから見えてくる地平。
オランダの建築家ユニットMVRDV★1の最初の本は「FARMAX」と名づけられていたが、それはその名のとおり、最大級=MAXをさらに極限にといったイメージが込められていた。そのように、MVRDVの試みには、極端さがつきまとうのだが、この度出版された『KM3』もまた、彼らの過剰さへの期待を裏切らないものとなっている。
もちろんまず印象的なのは、その分厚いボリュームである。もちろん、これはレム・コールハースの『S. M. L. XL』からはじまった、特厚本の流れといえるかもしれないが、『S. M. L. XL』より一回り版形が小さくなった分、なんだか本であるというよりも、立体的なオブジェのような感を増している★2。
『KM3』はここしばらくのMVRDVの活動の集大成であり、前書きによると、本来ならば少しずつ小さな本として個別に出す予定だった本を、一冊にまとめてこの体裁になったのだという。前半にはリサーチ関係が、後半にはプロジェクトがまとめられるという構成になっている。また、付録としてDVDがつけられており、2つのソフトウエア「OptiMixer」「Climatizer」と22本のフィルムが収録されている。とにかく、すべてに目を通すにはかなり大変な量であることは間違いない。
大量ということは、MVRDVの問題意識の出発点でもあるわけだが、大量ということは今でも価値なのだろうか。それとも、やむを得ず対処すべきネガティブなものなのだろうか。20世紀は、さまざまな局面で大量ということを推し進めてきた。21世紀は、それへの反省をともなう、新たな展開の時代なのだろうか。
MVRDVが活動を始めた時期は、グローバリゼーションの議論が華やかなときであった。多くの建築家が、そのキャリアを始めるにあたって、その時代の趨勢から大きな影響を受け、またその後の活動の指針が決まるように、MVRDVもグローバリズムとともに現われた建築家たちとして記憶される。一方で、グローバリズムというトピックのトレンドは過ぎたようにも思えるなかで、それではMVRDVの活動は、どのように有効なのか、検証は必要であろう。そして、ものやデータを扱うMVRDVの手法は、21世紀の唯物史観なのだろうか。そこでは、美学や文学といったものは、どう位置づけられるのだろうか。
もちろん、グローバリズムが終わったわけではなく、より事態は進行し、また状況は深刻となっている。であるからMVRDVの投げかける問題意識はますます正当なのであろうが、グローバリズムが、一部大国の思惑という範疇を超えて、自動的に成長し、人々や社会がそれに振り回されるという現実の中で、よりひろく、より包括的にという試みは、現状肯定ではなく、批評的であるべきなのであろう。
実験的とされるAAスクールのなかにあっても、とりわけ先端的でユニークな探求を続けているのが、ジョージ・L・レジェンドル率いる、ディプロマ5だろう。そのここ何年かの活動の成果を抽出した冊子が『BODYLINE』である。ここに掲載されたモデルの写真からは、空間の折り曲げが彼らの関心のひとつであることが見て取れて、それはAAでもある種トレンドともいえるフォールディングのひとつの形態なのだろうが、多くのフォールディング派の研究が生物学や数学をよりどころとして、どれも似たような幾分システマティックなものに見えるのに比べると、ここでなされているのは、錬金術的とも言おうか、ちょうど身体をテーマとしていることもあって、まるでフランケンシュタイン博士よろしく、なにかを捏造しているような、場合によっては文学的と言い換えてもいい質を、探求しているように思える★3。
シー・ジェイ・リムの新刊は、一昨年のヴェニス・ビエンナーレにて発表した大作《Virtually Venice》をまとめたもの。英語と中国語となっているのは、この物語性に富んだプロジェクトが、マルコ・ポーロとチンギス・ハンの交流から始められていることによるのだろう。もちろん、彼自身がロンドン在住マレーシア人であり、アジアとヨーロッパという彼の出自にも関わるテーマを、ここで展開していると見ることも可能であろう。神話的に語られもするヴェニスという街には、さまざまなエピソードがあり、それらをいくつかのシーンとして再構成して、このプロジェクトは作られている。CG全盛の今日にあって、あえてすべて手作りで作られたプレゼンテーションは(膨大な作業を要した切り紙の手法は、中国からここヴェニスに紙という文化が伝えられたことに倣っている)、もちろん実物を見ることに越したことはないのだが、しかし、このようなハンディーな本にまとめられたということもまた、出版という文化が後期ルネッサンス期にヴェニスで花開いたことと、関連があるのかもしれない★4。
★1──MVRDVのウェブサイト=http://www.mvrdv.nl/_v2/
『FARMAX』は1998年に刊行されたのちしばらく絶版となっていたが、今年再版されている。出版社は010Publishers=http://www.010publishers.nl/index_ie.htm
★2──念のため、比べてみた。『S. M. L. XL』=縦239mm×横180mm×厚さ74mm、1384頁。『KM3』=縦218mm×横155mm×厚さ70mm、1416頁。ページ数の数え方は『KM3』に倣って、表裏表紙を含んでいる
★3──ジョージ・L・レジェンドルは、ハーバードGSDを1994年に卒業し、GSD、ハーバード、ETHで教えた後、AAスクールで2002年からディプロマ・ユニット5を率いている。IJP Corporation Ltdの創設者であり、シンガポールの歩道橋のコンペなどに勝利し、またいくつかの著作をものにしている。IJP Corporation Ltdのウェブサイトにて、ジェンドルの活動の一端を見ることができる。URL=http://www.ijpcorporation.com/
★4──シー・ジェイ・リムのサイトは、http://www.cjlim-studio8.com/
[いまむら そうへい・建築家]