オランダ人はいつもやりたい放題というわけではない
Claus en Kaan, Building, NAi Publishers, 2002.
Felix Claus, Frits van Dongen and Ton Schaap, Ijburg, 010 Publishers, 2001.
W. M. J. Arets, Wiel Arets: Works, Projects, Writings, Princeton Architectural Press, 2002.
Traast+Gruson "exposed", Birkhauser, 2002.
Envisioning ArchitectureThe Museum of Modern Art, 2002.
Next: 8th International Architecture ExhibitionRizzoli International Publications, 2002.
それどころか、20世紀初頭のモダニズムのムーブメントにおけるオランダは、声高にイデオロギーを主張することもなく、大げさなジェスチャーで振舞うわけでもなく、しかし控えめながら良質の近代建築を供給していたのであった。ドイカーやドュドックといった建築家たちがいた時代のことだ。しかし昨今のレム・コールハウスやMVRDVの活躍、彼の国における建築ラッシュといった情報を得ている我々は、オランダが昔からそうであったかのように勘違いしてしまいがちであるが、そもそもは大人しい表現を好む国民性かと思う。今回はまずそうしたオランダからの本を4冊紹介する。
クラウス・エン・カーンは、彼らの作品集のタイトルに「BUILDING」とつけている。作品性を追及する建築ではなく、まずは建物をつくる、そのことに立ち返ろうというメッセージが込められており、はっきりとレムたちとはスタンスが違うと宣言している。こうした姿勢というのは、歴史的に見ればくり返し現れてきたものであり、例えばミース・ファンデル・ローエは「我々は建物=建てることにしか興味ありません。」と言っていたのと重なる。だが、現在のオランダで発言することに、強い意思が込められているのであろう。今年来日した折に、「あなた方の建物において正確さということはどのような意味を持つのか。」と問うたところ、「それは建築家というプロフェッショナルにおける倫理だ。」という趣旨の回答をもらった。この大部の作品集には多くの集合住宅のプロジェクトが載っているが、それらの多くはローコストという条件もあり、単純な長方形の窓を機械的に反復するだけのファサードを持つ。(村野藤吾のデビュー作、森五ビルをイメージしてもらえばいい。)それらは単純で抑制された表現でありながら、注意深く作られており、その清潔さには共感を覚える。
フィリップ・クラウスによるもう1冊の本は『Ijburg』、アムステルダム東部に浮かぶ人工島における都市計画についてまとめたものである。オランダでは都市計画に建築家が深くコミットするのが最近の潮流であるが、これだけの規模のものを日本で言えばアトリエ事務所が手がけるというのは驚きだ。
ヴィール・アレッツの本『ワークス、プロジェクト、ライティングス』は、そのタイトルの通り彼の建築作品、テキストをまとめたもの。彼のテキストはレトリカルかつコンセプチュアルなものであるが、建築作品の方は極めてシンプルでわかりやすい構成をもつ。ドローイングにおいても、以前はかなり描き込んだパース等を発表していたが、最近のものはあっさりとしている。また、この本の全てエレネ・ビネによる建築写真も見所である。彼女は80年代にはジョン・ヘイダックやダニエル・リベスキンドのモノクローム写真を撮っていて、そのころのこれらの建築家の写真で印象に残っているものがあれば彼女によるものと思ってまず間違いない。彼女は数年前にザハ・ハディッドの建築写真集も出している。
最近好調なオランダのインテリア雑誌『FRAME』を愛読している人も多いことと思う。
その『FRAME』の別冊としてデザイナーユニット、TRAAST+GRUSONの作品集が出版され、そこには彼らの展覧会場の構成デザイン等が集められている。展覧会や博物館の展示などをどのように楽しんで見てもらうかについて、日本ではまだまだ改善の余地がある。この本はそうした展示デザインを専門とする若手デザイナーの作品集である。
以上取り上げたオランダの建築家、デザイナーの現在の年齢は、フェリックス・クラウス46歳、キース・カーン41歳、ヴィール・アレッツ47歳、エウンド・トラースト44歳、エディス・グルソン42歳である。こうした年齢で大きなプロジェクトをがんがんこなしている彼らを本当にうらやましく思う。またオランダでは最近建築活動が活発なのと並行して、こうした建築書の出版も充実している。それは、建築図書出版のための助成制度があるとのことで、それもまたうらやましいものだ。
さて、目先を変えて様々な建築家のプロジェクトを集めた本を2冊紹介しよう。1冊目は、『ENVISIONING ARCHITECTURE』という本で、ニューヨークの近代美術館(MoMA)にコレクションされている建築ドローイングを集めたものである。MoMAでの最初の建築展がいわゆる「インターナショナル・スタイル展」であったことは有名であるが、その当時のル・コルビュジェ、ミースのものから始まり、ルイス・カーン、アーキグラムなどをへて、現代のレムの「エクソダス」、バーナード・チュミの「マンハッタン・トランスクリプト」、ザハの「香港ピークコンペ案」まで多数が収録されている。いままで見難い複製でしかみたことのなかった伝説的なプロジェクトがフルカラーで収められているのは、建築マニアには涙ものである。
もう一冊は今年の夏に開催された第8回ヴェネチィア建築ビエンナーレのカタログである。もう1冊と書いたが、実際は2冊分になっており、1冊はコミュニケーション、ショッピング、ワークなどといった10のテーマごとに集められた世界中のプロジェクトを載せており、もう1冊には各国パヴィリオンの代表建築家を紹介することに充てられている。内容としてはGAが毎年発行するGA INTERNATIONALを10倍、15倍のヴォリュームにしたといえばイメージできるのではないか。あたらし物好きの人には要チェックの本かもしれない。
[いまむら そうへい・建築家]