家具デザインのお薦め本──ジャン・プルーヴェ、アルネ・ヤコブセン、ハンス・ウェグナー、ポールケアホルム
Peter Sulzer, Jean Prouve Complete Works Volume 1: 1917-1933, Birkhauser, 1995.
Peter Sulzer, Jean Prouve Complete Works Volume 2: 1934-1944, Birkhauser, 2000.
Peter Sulzer, Jean Prouve Highlights 1917-1944, Birkhauser, 2002.
Arne Jacobsen Architect & Designer, Danish Design Center, 1999.
Hans J Wegner on Design, Danish Design Center, 1994.
2G No.4 Arne Jacobsen Public Buildings, Gustavo Gili S.A., 1998.
Poul Kjærholm, Arkitektens Forlag, 2001.
昨今の家具ブームというのはまだしばらく続きそうであるが、それが通り一遍のファッションで終わるのではなく、身体に近いところから自分を取り巻く状況をリアルに考えるいい契機になればいいと常日頃考えている。それはともかく、最近家具デザインの大御所であるデザイナー、建築家の集大成とも言える本がいくつか出版されているので、まとめて紹介したい。
まずは、このところ『PEN』(TBSブリタニカ、2002年8月1日号)といった一般誌でも特集が組まれるように注目を浴びているジャン・プルーヴェは、最近家具が復刻販売されたり、ヴィンテージの椅子が人気を呼んだりしている。しかし日本への紹介は毎度断片的であり、書物もほとんどなかったのでその全体像をつかむのはなかなか難しかった。そうした中、生誕100周年に機を合わせ大規模な回顧展がパリで開かれ、またここで紹介するような完全作品集の刊行が進められている。Peter Sulzerによる『Jean Prouve Complete works』は全4巻予定されているうち現在第2巻まで出版されているが(「同 vol.1 1917-1933」, 「同 vol.2 1934-44」)文字通りプルーヴェの業績を網羅しようとする意欲的なものだ。彼の、10代のメタルワークから、家具、建築その他多岐にわたる作品が集められており、まさに決定版というのに相応しいものとなっている。プロジェクトの写真のみならず、多くの製作図、スケッチが納められているので、彼がまさにものを作る職人であったことがよくわかるだろう。ただし、大量なスケッチ、家具のさまざまなヴァリエーションまですべて集められているため、量からも価格からも、マニアではないという人には、過剰な内容かもしれない。嬉しいことに今年になって、この既刊の2冊をまとめたダイジェスト版ともいえるものが発行され、こちらはサイズからも価格からも手に取りやすいものとなっており、一般にはこちらで十分だろう。いずれにせよ、続く第3巻、第4巻が無事刊行されることを望む。
家具にはいくつか定番中の定番というものがあるが、アルネ・ヤコブセンによるアリンコ・チェアはその代表と言えよう。ヤコブセンもプルーヴェ同様日本では家具の印象があまりにも強く、その他の仕事というものがあまり知られていない。しかし、彼はまず建築家であり、彼の建築が特筆すべき美しさを携えていることはもっと知られてもいいのではないか。彼の仕事をコンパクトにまとめたものとしては、デンマーク・デザイン・センターから出ている『Arne Jacobsen, Architect and designer』が、建築、家具、インダストリアル・デザインを美しいレイアウトで紹介している。ただし、一部写真が古いのが難か。
ちなみにこの本と同じシリーズで出ている『Hans J Wegner』もデンマーク家具界の重鎮とも言うべきウエグナーの魅力を余すところなく伝えており、お奨めである。北欧の家具イコール木製というイメージは定着しているが、ウエグナーがどれほど木という素材を探求しデザインをしているかがわかり、それによってデンマークの家具への理解も深まるであろう。この本は一時期日本語版も出回っていたが、最近は見かけないので残念ながらそちらの在庫はすでにないようだ。また、やはり同シリーズにはオーディオ機器の洗練されたデザインで知られるバング・アンド・オルフセンの本などもあるので、デンマーク・デザイン好きの方は一度このシリーズをあたってみてはどうか。(デンマーク・デザイン・センターのサイトはhttp://www.ddc.dk/)余談ながら、ウエグナーの椅子というのは少し前までは、建築雑誌の住宅のダイニングの写真に写っている椅子としては定番であり、特にYチェアは宮脇壇から篠原一男まで幅広く採用されていた。しかし最近はとんとお目にかかった記憶がないのだが、ウエグナー・リバイバルも是非起きてほしいものである。
話をヤコブセンに戻すと、彼の建築に関してはスペインの建築書のシリーズ、2Gの中にある『Arne Jacobsen Public Building』がお奨め。新たに撮りおろしたカラー写真も多く、ヤコブセンの建築の魅力を知るにはうってつけである。ヤコブセンも今年生誕100周年にあたり、当地では各種展覧会等が開かれているのだが、数年前にデンマーク語で出た完全作品集もやっと英語版が出た。(「Arne Jacobsen」 Danish Architectural press刊。)実は今回この本を紹介したかったのだが、いろいろ手を尽くしたものの入手することが出来なかった。また改めて紹介したいと思う。
デンマークの家具は、機能性に優れ快適であり、と同時にデザイン的にも美しく完成度が高いことが特徴である。その中でも、洗練されたデザインの極ともいえるのがポール・ケアホルムのものである。ケアホルムの椅子PK-5に比べると、コルビュジェのLC-15やミースのバルセロナ・チェアですら野暮ったく見えてしまう。また、イームズ、プルーヴェはポップやカジュアルであるところから受けていて、それが現在の空気なのであろうが、ケアホルムはその対極にあるといっていいだろう。そのケアホルムの作品集が『Poul Kjærholm』。彼の家具を撮ったモノクロームの写真は圧倒的に美しく、また彼が行ったディスプレイ・デザインも新鮮だ。テキストもさまざまな視点からのものが収められていて、ケアホルムの全貌を知ることが出来るであろう。
最後にデンマーク家具全体をまとめたものとしては、織田憲嗣による「デンマークの椅子」(グリーンアロウ出版社)が秀逸。170点の椅子が写真、図面とともに紹介されており、また巻頭のテキストはデンマーク家具の通史となっており、なぜデンマークにこのような椅子の文化が成熟したのかをわかりやすく教えてくれる。資料的価値も高く、この内容でこの価格というのも魅力。日本語の本であるが、優れた本であるのであえて取り上げてみた。
[いまむら そうへい・建築家]